ブログ・ご意見番の意見

 充実したホームページに仕上げていこうと、毎日目を凝らしながら取り組んでおります。淡々と書き続けてきただけで、10年2月に初めて4桁の大台1000回を、そして奇しくも74歳の誕生日に当たる2012年「文化の日」に連続2000回を、15年7月31日に3000回、18年4月26日に4000回、21年1月19日に5000回を数えました。ここでは、出来るだけポジティブな意見や、気軽な独言、時には戯言や想い出を書き込んで、自分自身の気持ちを素直に表わしながら楽しく読んでいただけるよう心がけたいと思っております。意見の主張というより、感じたままを日記風に書き綴って参ります。身勝手な意見や、独断的な表現も見られると存じますが、どうぞご理解下さいますようお願い致します。皆さまの忌憚のないご意見をお寄せいただければ有難く存じます。

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6062.2023年12月18日(月) 2年前に亡くなった親友の思い出

 大相撲の元関脇・寺尾(錣山親方)が昨日心臓の不整脈により死亡した。まだ若く享年60歳だった。私にも心臓不整脈の兆候が見られるとのことで、寺尾の死にちょっと関心を抱いた。私の場合、定期的に慶応病院で心電図検査をして現在のところ一応落ち着いており、医師からも「心配するようなことはないと思う」と言われているので、寺尾のようにはならないと信じている。

 寺尾の死とは直接関係はないが、偶々2年前に亡くなった学生時代の友人からもらった手紙が、思いも寄らず抽斗の奥から見つかった。改めて読み返してみると懐かしい彼との交友が思い出される。亡くなる1年前に書かれたこの手紙の文面には、病気の記述が多い。体調が悪いことは、死の半年前に電話で話した時に聴いていたが、10年前から前立腺ガンに罹っていたことは知らなかった。頻尿のために睡眠不足に陥って食欲不振、倦怠感で恒常的に体調が優れないことに大分悩んでいたことも今になって知った。

 大学経済学部で同じクラスになり、山岳同好会・慶應アルペンクラブの仲間としても4年間に何度も一緒に山行を重ねた。今でもクラブの山仲間とは、付き合っているが、皆80歳を超えて年齢なりにやや衰えが見られるようになった。すでに他界した友人も何人かいる。

 彼とは、卒業してからも付き合いが欠けることはなく、忘れられない思い出がいくつもある。中でも特に印象的なメモリーは、商社勤めだった彼が、インドのボンベイ(現ムンバイ)に駐在していた時、私がケニアからの帰途ボンベイに立ち寄り、彼に市内を案内してもらい、彼の自宅で奥さんともどもおもてなしを受けたことである。ちょうど娘さんが生まれた直後だったが、今ではその娘さんの孫娘が2年前に慶應の法律学科に推薦入学したことが、残り少ない人生の最高のプレゼントだと率直に喜びを手紙に記している。

 もうひとつ忘れられない思い出がある。旧厚生省主宰の太平洋戦争戦没者遺骨収集事業にほぼ20年に亘り関わったが、それには、その前段のストーリーがあった。加藤隼戦闘隊戦友会の希望により1972年に「加藤隼戦闘隊ビルマ戦跡巡拝慰霊団」を企画、実施した時である。当時のビルマ(現ミヤンマー)には観光に関する情報、知識がなく、そのうえ受け入れ施設が充分整備されておらず、旅行手配上不安があったため、企画の前年に現地へ単身で下見、ツアー企画の交渉に出かけた。訪れる前に友人の父親がベネズエラ、及びアフガニスタン大使を歴任された元外交官だったことを思い出し、当時民間企業にお勤めだったお父上を訪問し、ビルマ旅行の特殊性をお話して、ビルマにおける観光についてお知恵を拝借したいとお願いしたところ、よく存じ上げている鈴木孝・ビルマ駐在特命全権大使に宛てて紹介状を書いていただいた。そのうえでラングーン(現ヤンゴン)の日本大使館に鈴木大使を訪問し、直接大使にお会いして慰霊団企画のご相談をしたところ快く関係筋を紹介して下さった。

 そのせいもあり慰霊団一行は、予定していたすべての慰霊を終了後、唐突にビルマ内務省から迎賓館で盛大なパーティに招待され、慰霊団は現地新聞、ラジオでも取り上げられるほどの大成功を収めた。それが厚生省へ伝えられ遺骨収集団を継続的にお世話することに繋がった。友人父子のお世話により、厚生省から永続的な仕事を請け負うことになったのは、このように友人父子のお陰である。処女出版「現代海外武者修行のすすめ」にこの事実を取り上げたほど嬉しいことだった。その友人のご両親のご葬儀にはそれぞれ参列したが、当の友人の葬儀はコロナ禍のせいで、ご親族だけで行われ、残念ながらお別れの言葉を伝えることは出来ていない。

 学生時代には、登山に熱中したが、とりわけ北アルプスの山々はほとんど登った。ともに関西や箱根旅行をしたり、湘南鵠沼の私の実家にも何度か、遊びに来てくれたこともある。心置きなく話が出来る信頼し合える心からの知友だった。遠からず、また冥界で会えると信じている。

2023年12月18日 | カテゴリー : 未分類 | 投稿者 : mr-kondoh.com

6061.2023年12月17日(日) 広島市長、失効した「教育勅語」を教育研修に

 松井一実・広島市長が新規採用の職員研修の際、あるまいことか「教育勅語」を資料に使っていたと知り、原爆被災地の市長のイメージとはあまりにもかけ離れたものではないかと疑問に思っている。今朝の「天声人語」でも次のように指摘している。「教育勅語は天皇のために命を捧げよと求めている。部分的に共感できる表現があったにしても、わざわざ勅語を引用する必要はあるまい。本質を無視するのは何か別の意図があってのことか。そもそもあの戦争で私たちは何を学んだのか。どんな思惑にせよ、右向け右と、国民が同じ方向を向かわされることの怖さではなかったのか。その象徴の一つが教育勅語であった歴史を、忘れるわけにはいかない」。

 そもそも「教育勅語」とは、明治憲法発布の翌年、明治23(1890)年に天皇が直接国民に発する言葉として制定され、教育の基本として戦前、戦中の学校教育の場で生徒たちに教えられたものである。「朕惟うに我が皇祖皇宗國を肇むること宏遠に徳を樹つること深厚なり~」で始まる315文字の冒頭の言葉は、意味は分からないなりにテンポがよく、今以て結構覚えている。天皇を国父とする家族国家観による愛国主義と、儒教的道徳を基本とすることが基本にあった。それが、軍国主義が発展するにつれ、私が誕生した昭和13年に国家総動員法が生まれ、本来の主旨から離れて軍国主義を正当化する教典として利用されるようになった。

 しかし、敗戦によりGHQが教育面でも、監視、指導するようになり、軍国主義が流れている教育勅語がやり玉に上がり、衆参両議院の文教委員長を呼び出し、干渉の形跡が残らないよう口頭で教育勅語の廃止を命じた。昭和23年6月に衆参両院では全会一致で教育勅語の排除失効決議を行い、明治23年に制定された教育勅語が、戦後昭和23年に廃止されることになった。

 松井現市長は、任期3期目ですでに12年目になるが、官僚上がりだが、被爆二世の被爆地市長として「脱原発」を唱えている。その市長が、軍国調の教育勅語を研修に採用していることに疑念を抱かざるを得ない。確か父母に孝行を尽くし、兄弟は仲良く、夫婦は助け合い、友だちは信じあい、学問を修め、等々は教育面では今日においてもあるべき姿ではある。しかし、戦後これらの教育的指導方法は軍国主義を助長するとして失効したものである。それを敢えてこの原爆投下地において指導要領として採用しているのが理解出来ない。松井市長! これからも「教育勅語研修」続けていくのか? さあどうする?

 さて、今日もパレスチナ・ガザ地区ではイスラエル軍によるハマス掃討作戦が続けられ、ハマス側に捉われた3人の人質がイスラエル軍によって殺害されたことが国際社会から厳しく非難されている。3人は白い旗を掲げていたと言われ、交戦規定に違反するとされ、それをイスラエル側は認めた。イスラエルに対しては、最近になって同盟国のアメリカや国際社会から停戦を求める圧力が高まっているが、ハマスを殲滅させることが停戦の要件と主張しているネタニヤフ・イスラエル首相は、「嘆きや国際的圧力はある。それでも我々は最後まで作戦を続ける。我々を止められるものは何もない」と相変わらず強気の姿勢である。

2023年12月17日 | カテゴリー : 未分類 | 投稿者 : mr-kondoh.com

6060.2023年12月16日(土) 大谷選手の記者会見と日大アメフト部の対応

 昨日行われたMLBドジャース入りが決まった大谷翔平選手の入団記者会見が、ドジャースの地元ロサンゼルスを中心にアメリカ国内ばかりでなく、日本でも1日中メディアで取り上げられている。昨晩のテレビ朝日「報道ステーション」では、冒頭から約45分間大谷トピックを集中的に取り上げていた。このため現在話題の自民党安倍派の裏金問題も影が薄れた感じだった。それにしても大谷翔平というプロ野球選手の存在感は、国際的にも群を抜いている。これは、もちろんプロの選手としての優れた実績の結果であるが、爽やかなイメージに真面目な性格、他人への思いやり等々、誰からも好かれる魅力を備えている。これほど人格の備わった選手は、スポーツ界にはあまりいないと思う。今日の朝刊にもかなりのスペースが割かれて、契約、及び今季のファンからの期待について大谷選手自身が語っている。

 大谷選手がドジャースと交わした契約の内容であるが、初めて知る内容だった。その特徴として、総額7億ドル(約1,015億円)という史上最高額の契約の他に、いくつかの付帯条件が付いていたことである。ひとつは、支払い方法である。契約金の内、200万ドル(約2億9千万円)を2024年から33年までに受け取り、残りの6,800万ドルは10年契約が終わった34年から43年までに後払いされる。それは、チームへの入団交渉中の他選手への契約金の制約問題が絡むようなのだが、幾分不利に思える契約も大谷選手がチーム強化のために敢えて申し出て行われたという。もう一点目立った条件は、オプトアウト(契約破棄)という条件を盛り込んだことで、その内容は、契約締結上世話になったドジャースのウォルター・オーナーとフリーマン編成本部長のいずれかが退団した場合、契約解除が出来るというものである。

 大谷は選手として来シーズン以降選手生活が終わるまで、ドジャースで優勝を目指してプレーしたいと語ったことが、ファンの心を掴んでいる。

 こういうプロの超一流選手のすっきりした記者会見に比べて、アマチュア、それも大学の体育会運動部の釈然としない決定には、失望している。それは、8月以来文部科学省までも巻き込んだスキャンダラスな日本大学アメリカン・フットボール部の今後の扱いである。とりわけ廃部か、存続か、が注目されていたが、昨日の理事会で「廃部」と決定した。その決定も理事11対9の僅差だったというから、存続させたい要望も強かったのだろう。日大アメフト部現役部員の存続希望の署名や、ライバル関西学院大学アメフト部の強い存続要望も通じなかった。ただ、まったく道が途絶えたわけではなく、来年度に現在の部とは関係なく、新しい部を立ち上げ、それを今後再起への道を図れるようルートは残されているようだ。これまでにも日大アメフト部には、トラブルがあった。今回の違法薬物事件は、20人の部員が共同生活を営む合宿所に、大学、或いはアメフト部の然るべき管理者が誰もおらず、部員だけに自主管理させていたことに最大の原因があると思う。これからの日大アメフト部の不祥事とその立ち直りは大学のみならず、他大学の運動部や、集団活動をする組織にとっても他山の石となることだろう。一人前の大人だからと管理を任せるのは結構だが、それを好いことに身勝手に行動させるということがあってはならないと思う。

2023年12月16日 | カテゴリー : 未分類 | 投稿者 : mr-kondoh.com

6059.2023年12月15日(金) 0.415票差で当選の魔訶不思議

 選挙では誰しも自身が投票用紙に立候補者の名前を書いて投じた清き1票が、確実に1票と数えられると信じていると思う。それが、昨日東京高裁で4月に行われた東京都中野区議選では0.415票差で当選者が確定したとの判決が出た。この中途半端な数字がどうやって出てきたのか分からない。有権者が1票の投票権を与えられて投票したつもりが、半人前にもならない0.415票としか評価されなかったのである。1人前の権利を認めてもらえなかったことになる。この摩訶不思議な中野区議選は、定数42名の中で最下位で当選した伊佐哲郎(共産党)議員が、都選挙管理委員会による票の再点検の結果当選無効とされた。本人が都議管の採決取り消しを求めた訴訟を起こし、高裁から採決取り消しと認められたものである。

 そもそもことの発端は、伊佐議員が次点候補者を0.415票上回って最下位当選したが、次点候補者が異議を申し立てたことにある。区選管は異議を棄却したが、都選管は1票を無効票と判断し、伊佐議員の当選は0.585票差で無効とされたのだ。結果的に元のさやに納まったが、この意味不明の票差が問題である。誰にも分からないし、その記事にも書かれていない。

 しかし、それ以上に首を傾げたくなるのは、投票用紙に記入された当選者「伊佐哲郎」の名に関する解釈の相違である。名前はカタカナで書かれ、しかも正確ではなかった。「いさてつろう」ではなく、「いさしんいち」と記入されていた。普通なら、間違った時点で、無効となると思う。それが、このケースでは高裁が拡大解釈をした。他の立候補者の中に「いさ」姓も、「しんいち」名に類する候補者がいなかった。高裁の判断は、「姓は明確に記憶していたが、名は不確かで、誤記したと考えられる。この票は伊佐氏への票で、当選は維持される」と結論付けた。この結論の導き方もどうにも納得し難い。

 中野区と言えば、生誕地で本籍地でもあるが、こういうすっきりしない結果を中野区民は納得しているのだろうか。今以て1票が0.415票とされた理由が分からない。

 さて、選挙は結論が出ると、通常市民はそれにどうにか納得させられるが、どう考えても理解出来ない考えや結論がある。それは今世界中から注視されているウクライナへのロシアの侵攻と、パレスチナ・ガザ地区へのイスラエルの執拗な攻撃である。そこには、為政者、或いは独裁者の個人的な偏屈さがあまりにも露骨に表れている。まず、ロシアのプーチン大統領の戦争論である。ロシア人とウクライナ人は一つの民族であり、ウクライナ政権は「非ナチ化」と「非武装化」を追求しなければならないと主張し、ウクライナを併合するつもりである。プーチンの覇権主義が顔をもたげている。スターリンを尊敬し、独裁者スターリンの後継者になるつもりのようだが、スターリンは74歳でこの世を去った。いまプーチン首相は71歳である。余命は残り3年である。そろそろ腹を括った方が良いのではないか。

 また、イスラエルのネタニヤフ首相が、イスラム過激派組織ハマスを徹底的に攻撃し壊滅させると執拗に言い続けていることである。「国際的な圧力に直面しても、我々を止めるものではない」。例え、世界中から休戦の要請があろうと、犠牲者が出ようとハマスを駆逐するまで戦いを続けるとの強い意思により、同盟国アメリカの要望も無視しようとする強硬な姿勢である。利己的な独裁者が現れることによって、世界中が振り回されている。棲みにくい世界になったものである。

2023年12月15日 | カテゴリー : 未分類 | 投稿者 : mr-kondoh.com

6058.2023年12月14日(木) 岸田内閣、人事大改造で立ち直れるか。

 心臓に若干不整脈が見られると診断されて以来、今日は3か月ぶりに慶応病院で心電図検査を受けた。現状では不整脈も感じられず、その他の数値なども問題なく順調との診断で、次回はまた3か月後に診てもらうことになった。

 さて、昨日臨時国会が閉会し、本来なら国会議員はホッとしている時期であろうが、数日前から政治資金パーティの裏金問題が表面化して、メディアで厳しく批判される事態となり、昨日辺りから人事交代についていろいろ報道されている。今日は、朝から岸田首相官邸周辺は慌ただしいようだ。刷新人事が後から後から出てくる。 

 各メディアの内閣支持率もバラバラではあるが、このところ急降下している岸田政権支持率は、過去最低と言われている。今日公表された時事通信が行った最近の世論調査によると、遂に20%を下回り17.1%を記録したという。保守的な産経・FNNの合同世論調査でも、内閣支持率は22.5%だったというから、20%を切ったというのは、最早末期的な数字と言って良いだろう。しかし、対抗馬である筈の野党、それも野党第1党の立憲民主党の支持率が、この数年期待するように伸びて来ない。かつて2009年に自民党に代わって民主党が政権を握った当時は、民主党が24.5%、自民党は28.4%でかなり接近していた。そのうえ投票日直前になって、民主党が26.4%、自民党24.9%と立場が逆転し、そのまま民主党が総選挙に勝ち、政権の座に就いた。残念ながら現在の自民党は腐っても鯛と言ったら良いだろうか、この低支持率のまま政権を維持し続けることだろう。

 これは、何も日本だけに限ったことではないようで、イギリスでは最近スナク首相の支持率が急激に下がり、現在の支持率が21%と岸田政権とほぼ同じだ。ただ、岸田政権の支持率は徐々に下がってきたが、スナク政権は、先月60%の支持率だったというからあまりの凋落ぶりには驚くばかりである。
 まだ内閣の後任人事は流動的であるが、現時点で安倍派の閣僚、松野博一官房長官、西村康稔経産相、鈴木淳司総務相、宮下一郎農水相の更迭が決定し、それぞれ後釜に林芳正氏、斎藤健氏、松本剛明氏、坂本哲志氏が決まった。他に自民党内の萩生田政調会長、高木国会対策委員長、世耕参議院幹事長らから辞表を取り付けているようで、党務のために辞任は22日ごろになりそうだ。他に副大臣5名が辞表を提出したが、政務官については安倍派の反発もあり、6人中ひとりだけしか辞任しないようだ。しかし、いずれにせよ、内閣大改造となる。これは、安倍派が派閥ぐるみで脱税して裏金作りに励んだことが、大事件の発端であるが、知るや知らずや、これまでこれを放置してきた自民党総裁でもある岸田首相の責任はあまりにも大きい。今月は、来年度の予算編成も大きな山場となり、何かと多忙な時期であるが、果たして改めて褌を締め直す岸田首相に、それだけの覚悟と実行力があるだろうか。

 偶々元禄15(1703)年の今日、赤穂浪士47士が吉良上野介邸に討ち入りした、日本史上画期的な1日だった。岸田政権にも自民党浪士が討ち入りするやも知れない。

2023年12月14日 | カテゴリー : 未分類 | 投稿者 : mr-kondoh.com