充実したホームページに仕上げていこうと、毎日目を凝らしながら取り組んでおります。淡々と書き続けてきただけで、10年2月に初めて4桁の大台1000回を、そして奇しくも74歳の誕生日に当たる2012年「文化の日」に連続2000回を、15年7月31日に3000回、18年4月26日に4000回、21年1月19日に5000回を数えました。ここでは、出来るだけポジティブな意見や、気軽な独言、時には戯言や想い出を書き込んで、自分自身の気持ちを素直に表わしながら楽しく読んでいただけるよう心がけたいと思っております。意見の主張というより、感じたままを日記風に書き綴って参ります。身勝手な意見や、独断的な表現も見られると存じますが、どうぞご理解下さいますようお願い致します。皆さまの忌憚のないご意見をお寄せいただければ有難く存じます。
ブログ・ご意見番の意見
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26.2007年6月9日(土) 天城山心中と第3次中東戦争
ふたつの事件にまったく脈絡はない。朝日の土曜特集では、50年前の天城山心中事件を2面に亘り取り上げていた。あれは予備校生だった12月で、日本中が大騒ぎしていたのが思い出される。亡くなった男女は学習院大生で、2人の出自がとりわけマスメディアの興味を呼んだ。何年か前に、下関の浜辺を歩いていて偶々愛新覚羅社というところへ入り込んでしまったが、それが紹介されていてやはり愛新覚羅家の菩提社だと知った。当時は、大学受験で日夜受験勉強に勤しんでいたので、私には事件としてほんの一過性だったが、妙に気になる事件ではあった。
日経では、第3次中東戦争勃発40年の記事が載っていた。これこそ私には忘れられない出来事であった。いまでも鮮明に覚えている。黒い眼帯をかけたイスラエルのダヤン将軍の勝ち誇った顔は印象的で記憶に留まっている。その半年後、ひとりで戒厳令下にあったそれらの戦地へ実際に行ってみた。そこでいろんなことに出くわした。それらの出来事は拙著「現代・海外武者修行のすすめ」にも記した通りである。あの時イスラエルが奪い取った、ヨルダン川西岸とゴラン高原はいまもイスラエルが占領したままで返還されていない。むしろ原状復帰から乖離している。イスラエルとパレスチナの対立は一層深まり、和平より治安が重視されているのが実態である。私にとってあまり愉快な思い出ではなかったが、いま自由に講師などをやって旅の危機管理なんかを偉そうに喋っていられるのも、このときの苦い経験が随分生きているからだ。
25.2007年6月8日(金) 厚生労働省はグジャグジャ
何とも情けなくずさんな業務が続くものだ。このところ厚労省管轄の社会保険庁年金未払い問題と昨日来のコムスン処分問題でマス・メディアは、社保庁の無責任ぶりを追求している。社保庁自体が、そもそも無責任というより、役所の体質であり、ほとんどの役人が怠け者で無責任なのではないか。一例を挙げると、どんなに来客があっても時間になると業務を停止してしまうことなど、その最たるものであろう。対外的な業務は絶対時間延長とか、休日の事業所オープンはない。民間では考えられない。かつての社会主義国家がそうだった。その挙句、社会主義崩壊、国家崩壊となってしまったではないか。
プーチン大統領もサミット開会前までぶつぶつ言っていたが、アメリカは「2050年までに排出温暖化ガス半減を真剣に検討する」との数値目標にしぶしぶ同意した。京都議定書を受け入れなかったアメリカの本心は、いまひとつわからないが、これを見たプーチンは表向き文句を言わなかった。だが、これから中国とインドの巨大温暖化ガス排出国が、これに異を唱えるのは明らかである。温暖化ガスを排出規制することは、地球規模的にみて絶対メリットがある。いまは国内向けに賛成しにくいだろうが、世界的に見てこれが流れである。どうせ中国やインドの首脳だってそのころには生きている保証はないので、世界中の人々に対して温暖化ガス半減の言質を与えた方が、国際的に喝采を浴びて得だと思うのだが、少々無責任かな。
24.2007年6月7日(木) コムスン処分
介護事業最大手のコムスンが事業所の新規指定や更新が認められなくなった。会社にとって致命的な処分で、厚労省の処分が取り消されない限り会社は消滅するしかないと思っていたところ、悪どい親会社は、処分を察知し役所の先回りをして、コムスンを別の企業に譲渡してしまった。これで処分を逃れようとの魂胆である。別の企業といったって、所詮同じグループ内企業であり、子会社だったのを孫会社にしたようなものである。コムスンの悪知恵には呆れるばかりである個人では先日自殺した農水大臣、企業ではコムスンが怪しいと感じていた。大体介護事業で金儲けをしようとは、品性を疑う。このコムスンの親会社、グッドウィル・グループの総帥は、バブル期にディスコ「ジュリアナ東京」などを経営していた人物である。厚労省もコムスンを糾弾するばかりでなく、厚労省の主旨をよく噛み砕いて事業者をもっと厳格な審査の許に、当然ありうべき対応をとるべきではなかったか。介護事業を金儲けに利用されるなどとは、厚労省も恥ずべきであるし、コムスンこそ不届き千万である。処分すれば済むという問題ではない。コムスン事業所で世話をうけている人たちは実際途方に暮れている。
23.2007年6月6日(水) サミット開催
サミット出席のため安倍首相がドイツへ飛び立った。ドイツ北部のハイリゲンダムというバルト海沿岸のリゾート地に世界のリーダーが集合して、地球温暖化を主要議題に話し合われるようだ。私はあまり期待していない。その最大の理由は、環境問題でアメリカが及び腰であることと、安倍首相のリーダーとしての力不足である。さらに、引っ掻き回し男、プーチンの参加である。プーチンだけがまだ現地入りしていない。それで、むしろ厳戒態勢の治安対策に興味を持った。サミット会議場近くは網の目も潜り抜けられないような、厳重な警戒網を敷き、ドイツ治安部隊が最大級の防御ラインを固めている。そこに、あな懐かしや、入域する車の検査である。車の下にお盆のようなものを付けたポールを突っ込んで爆発物の検査をやっている。久しぶりに見た光景だが、かつて東西ドイツの国境だったベルリンのチェックポイント・チャーリーで何度か体験したことがある。相変わらずドイツでは、昔ながらの原始的なやり方でやっているなと可笑しくなった。
22.2007年6月5日(火) プーチン流のパフォーマンス
今に始まったことではないが、ロシアのプーチン大統領がいよいよ本性を顕してきた。北方領土を返す意思がまったくないことを表明した。第2次世界大戦の結果、4島の帰属性がロシア側にある点では、疑問の余地がないと断言した。ついに来たかという印象である。ロシアという国はそういう国であることは、歴史的に国際紛争を追っていけば推測できる。私自身最近ロシアに関する講演が多いが、改めてロシアの横暴について私の考えを書かねばなるまい。もうひとつ、プーチンが言い出したことは、ロシア大統領の任期が4年では短いと言い出した。来年の大統領選挙に憲法改正をやてのけてでも出るのではないかと言われていたのを終始否定してきただけに、法衣の下に衣が見えた感じである。こんな理不尽な大統領と付き合わされるのは大変だ。残念ながら対抗できる政治家が日本にはいないことが残念である。