ブログ・ご意見番の意見

 充実したホームページに仕上げていこうと、毎日目を凝らしながら取り組んでおります。淡々と書き続けてきただけで、10年2月に初めて4桁の大台1000回を、そして奇しくも74歳の誕生日に当たる2012年「文化の日」に連続2000回を、15年7月31日に3000回、18年4月26日に4000回、21年1月19日に5000回を数えました。ここでは、出来るだけポジティブな意見や、気軽な独言、時には戯言や想い出を書き込んで、自分自身の気持ちを素直に表わしながら楽しく読んでいただけるよう心がけたいと思っております。意見の主張というより、感じたままを日記風に書き綴って参ります。身勝手な意見や、独断的な表現も見られると存じますが、どうぞご理解下さいますようお願い致します。皆さまの忌憚のないご意見をお寄せいただければ有難く存じます。

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100.2007年8月22日(木) 佐賀北高校初優勝。おめでとう!

 高校野球は今日が決勝戦で、初優勝を賭けて伝統校・広島代表広陵高校と、佐賀県立佐賀北高校の対戦だった。4-0で8回表まで広陵がリードしていたが、佐賀北が8回に満塁本塁打を含む一挙5点を奪い、5-4の逆転勝ちで優勝を手にした。

 自宅にいながらほとんど観ていなくて、これほど劇的な試合の感激の場面を見損なってしまった。たかが高校野球、されど高校野球。今年は高校野球界も不祥事が噴出して、どろどろしたものになりつつあったが、爽やかな球児の活躍で多少払拭された。特に、良いのが「野球高校」が、敗退して、下馬評にも挙がらなかったほとんど無名の公立高校が勝ちあがり、初優勝した新鮮さと清清しさある。

 プロ野球のファームチームのような、お金で施設を充実させ、遠隔地からリトルリーグで活躍した中学生を、野球のために内地留学させるシステムは、高校野球を土台から崩壊させる元凶である。その意味で、無名の公立高校が他校より1試合多く戦って、堂々実力で優勝旗を勝ち取ったのは、大いに賞賛してあげたい。

 わが母校湘南高校も遥か昔に全国優勝を遂げたが、優勝旗を手に凱旋帰郷した際には、藤沢市民から大歓迎を受けたという。地元とつながりのある公立高校だからこそ、共感される。私立の野球高校ばかりでは、地元代表といっても選手が地元でなく、応援にも熱が入らない。

 やはり高校野球は、地元の人々と密着した交流と、地元選手が活躍するということが、繁栄の原点ではないだろうか。

2007年8月22日 | カテゴリー : 未分類 | 投稿者 : mr-kondoh.com

99.2007年8月21日(火) 岩波書を取り扱わない書店

 毎月恒例のJAPAN NOW観光情報協会主催「観光立国セミナー」にフリージャーナリスト・北岡和義氏を講師としてお招きした。テーマは「日本とどこが、何が違うのか~ジャーナリストが目撃した米国」と題して質疑応答を含め1時間半、大変興味のある内容を、現場の人でなければ分らない視点で話してくれて出席者にも好評であった。「観ると住むとは大違い」「情報は、Information とIntelligence」「Something new, Something different」など、思い当たることである。北岡氏の在米27年という経験、しかも日本で読売記者として活躍された後に、ロスで邦字紙編集長を務め、日本語TV局を立ち上げた経歴は、話し方や内容においても説得力があった。北岡氏を講師にお願いして本当に良かったと思う。

 会場である海事センターに近い地下鉄半蔵門駅の地上にある山下書店で、岩波文庫本を探したがどうしても見つからず、店員に尋ねたところ取り扱っていないとの回答だった。かなり大きな書店だし、都内にもチェーン店として12店舗ほどあるが、まったく取り扱わないようだ。

 岩波書店は、小売書店にはなかなか厳しい条件をつけ、特に返本制度を認めず仕入れ書はすべて買い取りと承知している。また、内容的にも堅い書籍ばかりで販売に苦労があるとは推測できる。しかし、岩波書を取り扱うことは、書店としての「格」を表わすとともに、経営者の矜持ではないだろうか。極端に言って、店頭にマンガと週刊誌ばかりの書店は、書店と呼べるだろうか。書店を開業し書籍を販売するのは、他の商品を販売するのとは理想とか、目的、意義においてまったく別物だと思う。少なくとも文学とか、教育、教養に関心がなければ、書籍を取り扱うような商売は始めないはずである。経営者には銭勘定だけではない、幾許かの理念とか、教養志向、読書好きのようなインテリジェントな気持ちがあると思う。ところが、この山下書店には、そんな理念なんかこれっぽちもないようだ。

 書店が書籍販売不振に追い込まれていく過程で、経費節減と事業の効率化を図る。小規模経営より大型店舗が増え、小規模書店が淘汰され会社組織になり、社員の中にも読書にさほど関心のない人が多くなり、本来の書店としての目的が薄れていることは、残念ながら事実であろう。

 岩波に身びいきするわけではないが、山下書店の販売戦略は書店経営としては志が足りず、いささか情けないと感じる。昨日パソコンを習いに行った帰りに、立寄った東横線都立大学駅前の小さな八雲堂書店でさえ、岩波コーナーを設けていた。つい再び読みたくなり、米川正夫訳「カラマーゾフの兄弟」第1巻を買い求めたが、奥付を見ると初版が80年前の1927年で、東京の地下鉄が開通し、芥川龍之介が自殺した年である。購入した文庫本は、77刷とあった。長く深い歴史を感じさせる名著である。山下書店はこういう名著に背を向けている。情けない!

2007年8月21日 | カテゴリー : 未分類 | 投稿者 : mr-kondoh.com

98.2007年8月20日(月) 那覇空港で航空機炎上

 今日午前中那覇空港で起きた中華航空機の炎上事故には、TV画面を見てそのあまりの生々しさに圧倒された。乗務員と乗客を併せて165名が無事だったのは、間一髪の幸運以外の何者でもない。乗員がすべて脱出してまもなく機体が爆発し、破壊されたので、少しでも脱出が遅れたら多数の犠牲者が出て大事故につながった。

 幸い今まで航空事故に遭ったことはないので、航空事故の怖さに対する臨場感が充分とは言えないが、規制緩和と自由競争に伴う安売り航空運賃による経費削減が、安全を脅かさなければよいが・・・。

 このところ猛暑日が続いたせいで、TV局も地球温暖化について繰り返し報道してくれている。今日も「報道ステーション」の古舘キャスターが、スイス・アルプスから生中継していた。近年の温暖化で、氷河が減少し、災害発生の前兆が感じられる。私自身カナダでもスイスでも年々氷河が後退しているのを目の当たりに見ている。すでに、スイス山中では毎年2m程度氷河が薄くなっているという。1993年9月に好天の下ブリーク駅前通りを襲った鉄砲水は、貯水された氷河の水が暑さのために凍土雪が融けて流れ出たものだ。そのブリーク駅で列車を乗り換えたときに、洪水が下っていった道路を眺めていたことを思い出す。もう地球温暖化の流れは止められないのか。古舘キャスターは、専門家の意見としては、まったくないわけではないとコメントしていたが、どうも具体的な提言ではないように思える。人間には開発する力もあるが、それを制御する力もあるはずだ、等と言っていたが、少々性善説に過ぎやしないか。もっと現実的な解決策を地球規模で考えないと、温暖化は止められないのではないだろうか。もう遅いかも知れない。

2007年8月20日 | カテゴリー : 未分類 | 投稿者 : mr-kondoh.com

97.2007年8月19日(日) TBS番組「世界遺産」を見て

 毎週楽しみに観ているTBSの「世界遺産」は、タイのアユタヤだった。初めての海外ひとり旅でバンコックから列車でアユタヤへ行った。その楽しい思い出のせいもあり、同じように新婚旅行にもアユタヤへ行った。その後何度となくアユタヤを訪れたので、懐かしい気持ちで番組を期待していた。しかし、これが今風の取材というべきなのだろうか、「世界遺産」という番組のせいか、町の風景はほとんど写さず、いくつかの遺跡とタイ青年の出家式の様子、周辺国との戦争の歴史を伝えただけで、いささか失望した。

 世界遺産の遺跡をクローズアップするのは当然としても、それを育み共存する周囲の環境というのは大切であると思うし、なぜそれをもっとカメラで迫らないのか。実際アユタヤの町には、タイの田園風景と田舎町らしい雰囲気が漂っており、どうしてそれを報道しないのか不思議な気がした。況してや町を二分する大きな河があり、中心街の川向こうには、山田長政時代の日本人町跡がある。そのほかにも立派な寝釈迦像もあるが、それらはまったく写さず、40年前は森の中だったという遺跡を紹介していた。TBSは事前調査をあまりやらなかったか、或いは取材の際観光に詳しい人が関わっていなかったのではないか。多少アユタヤを知り、思い込みの強い者にとっては、期待外れのドキュメントだった。とにかくアユタヤらしさが全然感じ取れなかった。

2007年8月19日 | カテゴリー : 未分類 | 投稿者 : mr-kondoh.com

96.2007年8月18日(土) MLB、元巨人軍桑田投手の解雇について

 大リーグ・ピッツバーグ・パイレーツの桑田真澄投手が戦力外を通告された。つまり解雇である。全盛期ならともかく現在の桑田投手は、投手の生命線であるスピードがないし、ボールに威力がないので、このところ打たれっぱなしだった。もう潮時だと思う。彼の努力は多として労苦を労ってあげたい。彼の巨人軍時代の活躍とチャレンジャー・スピリットは、若い選手にも良いお手本になったと思う。

 昨年巨人軍を解雇された時、すでに限界だった。体力的に恵まれていたわけではないし、魔球を持っていたわけでもない。年齢的にも39歳といえばもう充分やったという印象だ。しかし、彼の夢は野球の最高峰、アメリカ大リーグで腕を試してみたかった。挑戦した結果、ラッキーなことに念願の大リーガーにはとにかくなることが出来た。だが、すでに日本でも通用しなくなっていた実力をアメリカで通じさせるには、投手としての力が足りなかった。甲子園でPL学園時代の桑田投手を見て、並の投手ではないと舌を巻いたものだが、時の流れには勝てない。もともと頭の良い選手だから、今後は指導者として大成して欲しいと思う。

 いまさらと思われるかも知れないが、巨人を解雇された時、桑田の顔が柔和で円くなり、いつも笑顔で応対しているのを見て、これから新しい分野に挑戦する人としては、荒々しさが少々足りないのではないか、大丈夫かなと気にはなっていた。タイトル奪取を狙う挑戦者の顔、金メダルを目指すスポーツ選手の顔等は、いずれも精悍で近寄りがたいオーラを感じるものだが、桑田の顔からはそのような精気とか、ファイティングスピリットがほとんど感じられなかった。もう胸の内の闘争心があったにしても、それが表には出なくなっていたのではないだろうか。こうなっては、スポーツ選手は潔く身を引いた方がよいと思う。

 桑田投手へ長い間本当にお疲れさまでしたと言ってあげたい。

2007年8月18日 | カテゴリー : 未分類 | 投稿者 : mr-kondoh.com