ブログ・ご意見番の意見

 充実したホームページに仕上げていこうと、毎日目を凝らしながら取り組んでおります。淡々と書き続けてきただけで、10年2月に初めて4桁の大台1000回を、そして奇しくも74歳の誕生日に当たる2012年「文化の日」に連続2000回を、15年7月31日に3000回、18年4月26日に4000回、21年1月19日に5000回を数えました。ここでは、出来るだけポジティブな意見や、気軽な独言、時には戯言や想い出を書き込んで、自分自身の気持ちを素直に表わしながら楽しく読んでいただけるよう心がけたいと思っております。意見の主張というより、感じたままを日記風に書き綴って参ります。身勝手な意見や、独断的な表現も見られると存じますが、どうぞご理解下さいますようお願い致します。皆さまの忌憚のないご意見をお寄せいただければ有難く存じます。

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105.2007年8月27日(月) 安倍内閣のアキレス筋

 安倍改造内閣が発足した。お友達内閣と揶揄され、先の参議院議員選挙で自民党が惨敗したように評判は良くなかった。特に、塩崎官房長官と小池百合子防衛大臣の評判は芳しくなかった。そのひとり、小池防衛大臣については、ミスキャストもいいところで、本人は意欲満々で、大臣就任早々渡米して英語使いの女性大臣として自らを売り込み、先般ブッシュ米大統領が日本批判演説を行った際には、戦後の日本の民主化にアメリカが手を貸した、その日本の防衛の最高責任者が女性であると妙な持ち上げ方をしていた。小池大臣自身はまだやる気満々でいたが、先月7日に就任したばかりで2度目の外遊をしている間に、どういう風の吹き回しか突然本音でもない、次期内閣では就任辞退と公言したり、そのパフォーマンスにはマス・メディアが振り回され、すこぶる評判はよくなかった。そのくせ未練たっぷりで辞任会見では、何を気取ったのか‘I shall return.’などと彼女独特のパフォーマンスを演出していた。

 もともと女性の防衛大臣は絶対失敗すると思っていたが、案の定在任2ヶ月で内憂外患により辞めざるを得なくなった。次官との人事抗争は、女性は防衛省では受け入れられないとの次官自身の強い信念と省内の本音を、別の形でぶつけたのではないかと思っている。同時に、地味な防衛省内で小池大臣の突出して派手な行動が嫌われたわけだが、こんな渡り鳥を国防の最高位に据える安部さんという人の、見識のなさと人を見る目がないのに呆れ果てていたところで、今日の組閣人事で、ことの是非は別にして、しばらくは落ち着くだろうか。

2007年8月27日 | カテゴリー : 未分類 | 投稿者 : mr-kondoh.com

104.2007年8月26日(日) カラマーゾフの兄弟

 NHKニュースが報道していたが、あの堅いドストイェフスキーの「カラマーゾフの兄弟」が売れているという。書籍販売が低迷している時だけに珍しいことである。たまたま先日再読しようと思い米川正夫訳の岩波文庫の第一巻を買ったのだが、この意外な珍事を知り、いささか驚いている。しかし、人気の秘密は、東京外国語大学の亀山郁夫教授訳による光文社文庫で、その理由も現代訳で分りやすいとの評判に基づくもので、読者にとってどこまでロシア文学の時代背景とか、ロシア人の人間関係を克明に描いたストーリー性に関心があるのだろうか。是非は別にしてやはり気難しい米川正夫や、原卓也、江川卓の翻訳では受け入れられないらしい。この辺りがどうも現代的なのか、亀山訳を読んでみないとよく分らない。

 表現はもちろん分りやすく翻訳し意訳したのだろうが、ドストイェフスキーの表現したいこととあまり乖離しないよう願いたいものである。時間が出来たらいずれ亀山訳本を読んでみようと思う。

 それにしてもこんな肩の凝る名著を、いまさら読みやすく書き換えるというのはどういう意図があるのだろう。現代っ子はこの「カラマーゾフの兄弟」をいとも簡単に「カラキョー」と呼ぶそうである。これでは「風とともに去りぬ」は「カゼサリ」で、「チボー家の人々」は「チボヒト」か? 何でも茶化す現代の軽薄な風潮だ。そう言えば、「ドストイェフスキー」のことを、一部の現代っ子は「ドスト氏」というのだそうである。ふざけている。

2007年8月26日 | カテゴリー : 未分類 | 投稿者 : mr-kondoh.com

103.2007年8月25日(土) 「私は貝になりたい」

 昨晩、終戦月のTV番組の定番といってもいい、日本のBC級戦犯を取り扱ったドラマ、「私は貝になりたい」を昨晩観た。2時間半の長編である。TV局も相当力を入れているとみえ、前日1時間の特集を組み、番組内容、撮影ロケ、インタビューと解説があった。その解説者は小松隆二東北公益文科大学長で、小松学長は足尾銅山公害事件を告発した田中正造翁研究の専門家である。しかし、寡聞にして番組の主役・加藤哲太郎の父である、思想家・加藤一夫の研究家でもあることは存じ上げなかった。「加藤哲太郎の手記は奥底から戦争犯罪への抗議の手記」であると解説され、「日本におけるトルストイの普及に最大の貢献をした」「坪田譲治らがトルストイへ傾斜する契機となった」「トルストイの農本主義を実践された」と父・加藤一夫を紹介された。

 小松学長には、学生時代にサブゼミで熱意溢れるご指導をいただいた関係もあり、いまでもご厚誼をいただき、ゼミ仲間とともにしばしばお会いしている。来月2日に銀座でお会いするのも楽しみである。

 いまから50年ばかり前にフランキー堺主演「私は貝になりたい」が、評判になった。そのイメージが強烈な残像としてあり、私は主役が当然絞首刑に処せられると思っていたが、それはフィクションで、実は実在の人物、加藤哲太郎なる人物がいて、彼は自由の身になったという。このドラマは今回初めて彼の獄中手記を下敷きにシナリオが書かれたということを知った。加藤はわれわれ大学経済学部の先輩で、戦後新潟俘虜収容所所長時代の部下の罪を被り、国内を逃走しながら、遂に捕われ、絞首刑の判決を受け、いつ断罪かと怯える中で悶々とした拘置所生活を送る。

 それを救ったのが、意外なパフォーマンスであった。そして、存命の妹・不二子の献身的な愛情と行動であった。そのパフォーマンスとは、ひとつは、父がトルストイを研究し、トルストイ書を翻訳した関係で、トルストイの娘、アレキサンドリア・トルスタヤ女史が減刑嘆願書を書いてくれたこと、もうひとつは、不二子の突撃的なマッカーサー占領軍司令官への直訴である。これが、減刑、釈放へつながり、晴れて自由の身になった加藤は、戦争の無意味さを訴えながら、執筆活動に精勤した。

 「戦争で罪を犯してあとは知らん顔

  罪を犯したと思えばこそ知らん顔をせざるをえなくなるのだ。

  罪は戦争にあるのではなく、戦争に参加した人にある。

  自分が戦争であんなことをしたのは、仕方がなかったというより以上には考えない、あるいは考えようと欲しない人たちは

  またいつの日か

  同じ過失をくりかえすに相違ない」

 加藤哲太郎は、長い拘置所生活で身体がぼろぼろになり、入退院を繰り返しながら昭和51年食道がんのため、59歳でこの世を去った。

 感激的なドラマである。偉大な先輩を持ったことを嬉しく誇りに思う。ドラマはそれなりに骨太で中々見ごたえのあるものだった。主役加藤を演じた中村獅堂、妹役の優香、妻の飯島直子らはそれぞれに熱演だった。久しぶりに社会派番組の力作を観て、やや疲れを憶えたほどである。

 難点を言うなら、時代背景から考えて男はみんな坊主頭でないと臨場感が出ない。戦時中の幼少期の印象からしても、長髪の大人をほとんど覚えていない。戦後のドサクサ時代を多少知っているわれわれの世代としては、長髪頭の男というのは、あの時代ほとんどいなかったように思う。それに、加藤の手記が達筆すぎる。死刑を前にしてあんなに綺麗で上手な字が書けるのか。実際画面に映された直筆はもっと崩れた文字である。この辺は少し時代考証とか、リアリティをもっと研究した方がよいのではないかと、つい余計なことを考えた。

 なお、今朝の日経日曜版の瀬戸内寂聴の連載もの「奇縁まんだら」に、荒畑寒村についていつもながらの面白いエピソードが書かれていたが、サブゼミで当時小松チューターから学習したのは、「寒村自伝」の輪読だった。当時、寒村の骨っぽい生き方に共感したものだった。寂聴さんが寒村に会ったのは、「プラハの春」の1968年、寒村が80歳の時だった。

 寂聴さんの「いま一番望んでいることは何ですか?」との質問に対して、寒村は「もう一日も早く死にたいですよ。ソ連はチェコに侵攻する。中国はあんなふうだし、日本の社会党ときたらあのざまだし、一体自分が生涯かけてやってきたことは何になったのかと、絶望的です。人間というやつはどうも、しょうのないもんですね。この世はもうたくさんだ」という回答でした。

 振り返れば、まさにこの年この事件で私もチェコへの留学を諦めた。

2007年8月25日 | カテゴリー : 未分類 | 投稿者 : mr-kondoh.com

102.2007年8月24日(金) 肺がんの疑い?にドキッ

 先日東京医療センターで行った胸部CT検査の結果について、今朝同センター総合内科で保坂由美子先生と仰る女医さんから説明を受けた。人間ドックのレントゲンでやや影らしいものがあるとの話で精密検査を受けたのだが、検査結果としては、胸部異常陰影、つまり右肺に気腫性嚢胞があるが、タバコも吸わず、自覚症状もないとすると、あまり心配は要らず、いままで発見出来ずにそのままの状態できているので、風邪などひいて黴菌が入り込まないよう注意されたいとの診察説明だった。その説明を受けているときに、「CT撮影」用紙に「肺がんの疑い」の文字を発見して、質問する。一応その可能性があったということと、保険申請上の問題とのことで女医さんはすぐ消してくれた。やれやれである。残るは、来月末の大腸の内視鏡検査である。

 女医さんとは前回の診断相談で、考え方において私と共鳴するところがあると感じた。かなり進歩的な考えも持たれているようで、前回小田実さんの末期の話をしたが、その後に小田さんが亡くなられたので、そのタイミングにオヤッという感じである。

 今回初めて受けたCTだったが、レントゲンでは発見出来ない死角があり、身体を輪切り状態に写真撮影することによって、かなりレントゲンで分らない部分が映し出されるとのことであった。

 輪切りについて話が発展して、身体の輪切りについて女医さんにシカゴ科学博物館の人体標本を説明した。ご存知なかったが、人間の身体を横にスライスしたものと、縦にスライスしたもののホルマリン漬けの標本の話をした。女医さんは人体解剖のビデオの話をされたが、まあ医学の進歩は歓迎すべきであろうが、一部とはいえ、生身の人間をホルマリン漬けにして一般に公開する点で、倫理的に問題があるのではないかと、ともども意見が一致した。

 それにしても、医学の道を歩む女医さんが結構進歩的な社会観を持っているのに驚いた。特に、「プラハの春」を著された春江一也とか、ロシア関係者・佐藤優についてよく勉強しているのは意外だった。中々楽しい病院である。

2007年8月24日 | カテゴリー : 未分類 | 投稿者 : mr-kondoh.com

101.2007年8月23日(木) 死刑執行に問題ありや?

 どうもよく分らない話だ。3人の死刑執行を行ったことについて、長勢現法相はひとりの法相の命令による執行数(10人)は最多になり、内閣改造前になぜ急ぐか、生存死刑囚の増加により執行とか、執行は法相の強い意志とか、いろいろ批判的な声が聞かれる。

 現行法で、死刑制度が認められ、現実に裁判官が死刑の判決を出せば、いずれ死刑台の露と消えるのは当然のことである。いま出ている反対論は、死刑制度廃止の議論とは、筋が違うのではないか。法務省内には生存死刑囚が増えている(103名)現状では、執行を増やすのが大切だとの声も根強いという。一方で、民主党は、仮釈放のない終身刑(重無期刑)の創設を含み、刑罰のあり方の再検討を提言している。よく問題点を整理し、議論の本質と根幹を見定める必要がある。

 考えるべきは、法律の原点と精神はどうなっているのかということであり、それが現行で問題があるということなら、まず法律改正を検討すべきではないだろうか。法律をそのままにしておいて、死刑囚の数が増えたから死刑執行したとか、自分の意思に適わないので命令を出さないということになったら、無法国家と同じではないだろうか。

2007年8月23日 | カテゴリー : 未分類 | 投稿者 : mr-kondoh.com