ブログ・ご意見番の意見

 充実したホームページに仕上げていこうと、毎日目を凝らしながら取り組んでおります。淡々と書き続けてきただけで、10年2月に初めて4桁の大台1000回を、そして奇しくも74歳の誕生日に当たる2012年「文化の日」に連続2000回を、15年7月31日に3000回、18年4月26日に4000回、21年1月19日に5000回を数えました。ここでは、出来るだけポジティブな意見や、気軽な独言、時には戯言や想い出を書き込んで、自分自身の気持ちを素直に表わしながら楽しく読んでいただけるよう心がけたいと思っております。意見の主張というより、感じたままを日記風に書き綴って参ります。身勝手な意見や、独断的な表現も見られると存じますが、どうぞご理解下さいますようお願い致します。皆さまの忌憚のないご意見をお寄せいただければ有難く存じます。

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110.2007年9月1日(土) 不誠実で脳力低下の講談社

 昨日講談社の一社員から手紙が届いた。先日来同社野間佐和子社長に対して説明を求めていた質問に対して、代理として回答してきたものである。いままで私の3回の質問に対して、漸く間違いを認めた内容である。一件落着とほっとしているが、それにしても出版業界最大手の講談社にはまったく誠意が見られず、そのうえ社員のレベルの低さ、お粗末な対応には呆れ返った。

 社長であった婿養子の夫の急死により、急遽社長職を継承した野間佐和子社長には、会社全体の経営はもちろん、現場の営業、管理がまったく分っておらず、ましてやリスク・マネジメントなんかまるで理解できていないようだ。大きなお世話であったが、私の質問は、最近同社発行のあるベストセラー書の表紙帯の言葉の使い方が間違っていると指摘したものだ。

 いかに講談社が会社としての体をなしていないか。第一に、外部の正しい指摘に対して長い間無視していたことである。卑しくも、間違っていたら謙虚に間違いは間違いと認めるべきである。第二に、社長宛の、しかも三度目は親展書留便に対して、漸く誰か分らぬ社員が一方的に詫びてきたことである。社長に成り代わって、返事を書くには、それなりの立場の人物がこういうわけで代理として返事を書いたと名乗るべきである。にも拘わらず、差出人は同社の学芸図書出版部の「淺川○人」というだけで、どういう立場にあって、どういう権限と責任を負った人物なのか一向に不明である。第三に、返事をくれた淺川○人氏なる人物が手紙を書きなれていないと見え、まったく手紙の書き方のイロハが分っていない。封書に講談社とあるが、アドレスが書いてない。受け取り拒否したら郵便局が困る。それに、文面をみると日付が漏れ、結語はあるが前文の起首が落ち、差出人の淺川氏の名前が2箇所あるが、いずれも読み取れない。最もおかしいと思ったのは、言い訳の中で、社内の一部から私の指摘の通りだとの声はあったが、読者(私も買おうと思ったが、こんな間違いを犯すようでは信用出来ないから買わなかっただけだが)から疑問が出なかったからそのままにしていたという。いずれ訂正したいということだが、いつ、どういう風に訂正し告知するのか明確に書かれていない。まったく中途半端であいまいである。この人は一体何を考えているのだろう。こんなイージーな考えと教養で出版に携わっているのは、不遜ではないか。少なくとも出版という人並み以上に教養と、知的レベルを求められる仕事に関わっている人物が、この程度の認識しかない。しかもそういう人物が社長の代行として返事を書いて、それを世襲社長が認めている。

 講談社というのは、もう少し歴史と伝統、そして出版業界の王者としてのプライドがあると思っていた。馬鹿らしくてこれ以上正論を突きつける気にもならない。聞くところによると、思い上がった講談社は永年保っていた出版業界トップの座を、今年2月決算期で、ついに小学館に譲ったという。至極当然だろうが、小学生の頃「少年クラブ」をむさぼり読んでいただけに、何とも寂しい気がしてならない。げに情けないのは、世襲経営者とボンクラ社員が働く、優良だった伝統企業だ。よほどしっかりしないと一気に会社は斜陽に向かうぞ。これまでの経営者や社員に対して申し訳ないという気持ちはないのか。

2007年9月1日 | カテゴリー : 未分類 | 投稿者 : mr-kondoh.com

109.2007年8月31日(金) 楽しいランチとダイアナ妃の思い出

 3日ほど前に大阪の高校の先輩・井上篤太郎さんから電話があり、帰省の合間の今日食事会をやるので来ませんかとご案内をいただいた。場所は有楽町・電気ビル北館20階の外国人特派員協会である。お会いした方々は、井上さんの高校、大学、仕事上のお知り合いばかりで、井上さんと昵懇の人たちばかり。井上さんは、高校ラグビー部の先輩で学習院大を卒業されてから、今日までほぼ半世紀に亘ってずっと関西方面で働き、いまも現役でおられる。先輩に失礼な言い方だが、お人柄が素晴しく、お世話役を率先してお引き受けしておられるので、その人望の篤いことは名前の如しで広く知れ渡っている。私も敬服しているひとりである。ビュッフェだったが、世界中の著名人、政治家からスポーツ選手、例えばサッカーのマラドーナやロベルト・バッジオらが記者会見を行った場所だけに、シェフも外国人の腕利きが多いようで、料理もいろとりどり、お味も絶品にして贅沢なものだ。それが、食べ放題で○千円だというのだから安い。皆さんは私より年長の方ばかりだったが、まだ現役の方も多くいて、健康、ラグビー、旅行、年金、朝青龍、政治家のお金、役人の収賄等々、世間話を交えて楽しいひとときを過ごすことが出来た。

 早いもので今日はイギリスのダイアナ王妃が亡くなって10年目の命日にあたる。イギリス各地でも追悼儀式があったようだが、私にもドラスティックな思い出がある。

 ダイアナ妃のパリにおける事故死は、間違いなくカレンダー上の1997年8月31日払暁のことだが、私が事故を知ったのは、何と事故の前日、つまり8月30日だった。私自身の旅行履歴書「Myギネス99」にも珍事として記載している。それどころか、時折クイズ風のQUESTIONにして、人を煙に巻いてはひとり悦に入っている。

 何のことはない。その日私はカナダのバンクーバーに滞在していて、時差の関係でバンクーバーがパリより9時間遅れていたために、事故死を知ったのは30日夜11時だっただけのことである。でも現実にそういう世界的な事件のときに稀なる体験の場にいたということに、オーバーに言えば運命的なものを感じる。その後1週間してトロントに滞在していたとき、今度は聖母と慕われていたマザー・テレサが亡くなった。

 その時の旅も、カナダ・ロッキー山麓をカナディアン・パシフィック号の展望車に乗った思い出深いものだったが、別の意味でも印象に残った。

2007年8月31日 | カテゴリー : 未分類 | 投稿者 : mr-kondoh.com

108.2007年8月30日(木) 「第121回J.I.フォーラム」に参加

 今日の「構想日本」のフォーラムは有意義で大分勉強になった。テーマは、「『福祉』は本当に人を幸せにするのか」で、ゲストに宇沢弘文東大名誉教授、田中優子法政大教授、コーディネーターは前回に引き続き、ノンフィクション作家山岡淳一郎氏が登場された。

 冒頭加藤秀樹代表(慶大教授)が、これまで年金についてはその仕組みについて議論されるばかりで、年金を生み出した福祉政策は国民にとって果たして幸せなのか、という肝心な点に絞って話を伺いたいと挨拶された。

 2人の専門家の話を聞くのを前々から楽しみに出かけた。宇沢先生は苦労人で、世界各国で研究に当っておられただけに、含蓄に富んだ話を面白おかしく聞けた。宇沢教授のお名前とその白ヒゲの独特の風貌は承知していたが、かつて日経連載の「私の履歴書」を読んで感動したことがあり、一度どんな話をされるのか関心を持っていた。確か父上が腕の良い木工職人で、その人柄を見込まれ養子に入ったが、養父母に気に入ってもらえず、幼かった宇沢先生を残して母の実家を去った。しかし、生涯再婚せず、近くに掘っ立て小屋を建てて遠くから宇沢先生を見守っていたという切ない話だった。とにかく話題が豊富で人間味に溢れている。成田空港闘争に際して、政府の依頼により、政府と地権者の間の仲裁役を務めた。一応決着がついたように見えるが、根本的には解決していないとの話だった。政府が地権者、農民たちのCOMMONSを破壊してしまったからだと説明された。シカゴ大学時代に同僚のフリードマン教授が唱えた「市場原理主義」に反論したが、タカ派急先鋒の教授に言い負かされてしまったと笑っておられた。限られた時間内ではあったが、社会共通資本、COMMONSについて持論を展開された。

 田中先生は流石にTVのレギュラーとして出演しているだけに、弁舌爽やかに江戸時代の「個と集団」の関係について話され、住む場所と働く場所が一緒だったのが、産業が起きたことにより家と仕事の分離が始まり、家に仕事がなくなった。それが昔に比べて生活しにくくなった原因であると指摘された。また、相互扶助をするとどうしても排他的になる例として、江戸時代の盲人仲間の「座」の話をされた。

 山岡氏も前月より、一層ゴーディネートぶりが上達され、充実したシンポジウムになった。

2007年8月30日 | カテゴリー : 未分類 | 投稿者 : mr-kondoh.com

107.2007年8月29日(火) 横綱朝青龍の帰国と日本相撲協会の醜態

 横綱朝青龍がモンゴルへ一時帰国した。横綱の非礼でわがままな行動に対して相撲協会が課したお灸が効き過ぎたのか、横綱のストレスが溜まり、専門医が診断した結果、「解離性障害」ということで昨日臨時理事会を開催して謹慎処分のまま、故国へ返すことにした。連日のマス・メディアの加熱した報道で大騒ぎである。

 もう報道で言い尽くされたことだが、ことの発端は朝青龍が肘と腰を痛めたので、夏巡業を休みモンゴルへ帰った。ところが、モンゴルで元気いっぱいにサッカーをプレイしている姿がTVに映し出されてしまった。分らないことばかりだ。仮病は明らかだが、その折の診断書はどうだったのか。横綱として地方巡業をさぼることはどうなのか。高砂親方がまったく部屋の親方としての指導、弟子管理をやっていないのではないか。相撲協会も親方と弟子の言い分、さらに診断書とやらを承認したのではないか。

 機内の様子を見ると親方と朝青龍との会話が一切ない。これまでも親方と横綱との会話、意思疎通がなかったことが見えていた。これでは、師弟関係は意味を成さない。親方の監督が、弟子には通じていない。むしろ嘗められている。

 相撲協会の対応もお粗末で、これまでは一切放任、親方任せをしておいて、それでいながら立場上一応処分は出した。ところが、事態がこじれても一向に毅然とした態度がとれない。結局日本相撲協会というところは、親方日の丸なのだ。関係者はみんな未熟でわがままで、何をしてよいか分らず、ただおろおろしているばかりだ。組織を運営するに必要なマネジメントや統治能力がまったくゼロで、話にならない。大きな組織としてこれほどみっともないことはない。理事長は恥ずかしいという思いもないようだ。相撲界出身者だけで、これだけ大きな組織を管理、運営していること自体が無理なのだ。組織内にもっと発想の豊かな知恵者を加えるべきである。元来営利事業を行っているのだから、もういい加減に財団法人を返上して、株式会社として営業すべきだし、相撲発展のための伝統的業務については、そのまま財団として残したらよいのではないか。

 相撲協会にはそもそもビジョンがない。かつて営業成績が低下した時代には、場所数も増やし6場所で一杯になると、人件費節約のために幕内力士数を減少させるなど、すべてがご都合主義である。もともと先への展望が見えなかった。

 もう半世紀以上も前に、お茶屋制度が協会役員のポケットマネーになっていると問題になり、当時の出羽の海理事長(元横綱常の花)が、割腹自殺を図ったことがあったが、その台詞が笑わせる。「大麻唯男元文相が存命なら、こんなことにはならなかった」というのだから、時代感覚のずれとタニマチを当てにする強欲には呆れたものである。当時中学生だった私が呆れたくらいだから、かなり印象に残っている事件だ。時代は進化しているが、日本相撲協会のお偉方のオツムなんて、所詮あまり変わってはいないのではないか。

2007年8月29日 | カテゴリー : 未分類 | 投稿者 : mr-kondoh.com

106.2007年8月28日(火) 安倍改造内閣は大丈夫か?

 先月の参議院選挙惨敗以来、安倍内閣は針のむしろだった。世の批判、何するものぞとありとあらゆる忠告、意見、批判、非難、雑音を無視して安倍首相は強気に居直り、内閣改造により軌道修正して政権維持を選択した。そして、昨日何とか組閣を終えた。総裁派閥会長の森元首相が、お友達が年小組から年中組になったという程度にしか看做していないのだから、所詮大して評価されるような内閣ではない。

 年金、カネ、失言の3点セットが内閣支持率を下落させた要因と言われているが、年金は安倍内閣が全責任を負うべき性質のものではなく、カネは「カネ亡者」拝金主義者の政治家のことゆえ直ぐにクリーンになるはずがなく、失言は見るからに軽薄、失言癖のある閣僚のたまり場みたいな国会を舞台にするので、とても3点セット問題を根本的に解決することは期待出来ない。

 私見を言えば、あるコメンテーターがTVで言っていたが、悪いことをやったら厳罰に処することしかないように思う。一罰百戒により議員を追放するのである。私利私欲で抜け道ばかり考え出す政治家には、一旦不祥事を引き起こしたら再起の道を閉ざすくらいの厳罰を課さないと再発防止は難しい。いやしくも国会議員たるもの、そのくらいの責任感と良識を持ってもらわないと困る。

 かなりの議員が過去に脛に傷を持つ身なのであろうが、意地の悪い見方をすれば、改造内閣閣僚のうち、誰が最初にスキャンダルを露呈するか、心配であり、興味もある。

 今日はいくつかニュースがあった。明るいニュースは、先月来タリバンに拘束されていた韓国人グループ19人が解放されることで、韓国政府とタリバンとの間で合意に達した。条件は、①年内に駐留韓国軍のアフガニスタンからの撤退、②アフガニスタンで今後キリスト教布教活動をしない、だそうである。どうも韓国人キリスト教徒がボランティア活動とは言え、あの危険な国内であれだけ活動していることに疑問を持っていたが、イスラム教徒にとっては目の上のたんこぶみたいだったのだろう。ともかく解決へ向かって良かった。

 猛暑の中で夕方、一時雷を伴った大雨がやってきた。久しぶりの降雨で気持ちよいが、昨夏近所の落雷でパソコンがやられてしまったので、最近は雷が鳴るとすぐコンセントを抜くようにしている。いずれにしろ、これから少しずつ涼しくなってくるのではないか。その代わり雨雲のせいで、せっかくの「皆既月食」が見られなくなった。この次の皆既月食は3年後である。

2007年8月28日 | カテゴリー : 未分類 | 投稿者 : mr-kondoh.com