ブログ・ご意見番の意見

 充実したホームページに仕上げていこうと、毎日目を凝らしながら取り組んでおります。淡々と書き続けてきただけで、10年2月に初めて4桁の大台1000回を、そして奇しくも74歳の誕生日に当たる2012年「文化の日」に連続2000回を、15年7月31日に3000回、18年4月26日に4000回、21年1月19日に5000回を数えました。ここでは、出来るだけポジティブな意見や、気軽な独言、時には戯言や想い出を書き込んで、自分自身の気持ちを素直に表わしながら楽しく読んでいただけるよう心がけたいと思っております。意見の主張というより、感じたままを日記風に書き綴って参ります。身勝手な意見や、独断的な表現も見られると存じますが、どうぞご理解下さいますようお願い致します。皆さまの忌憚のないご意見をお寄せいただければ有難く存じます。

ブログ一覧

115.2007年9月6日(木) JAPAN NOW 観光情報協会企画会議

 毎月恒例の企画会議に出席するため、断続的な降雨の中を麹町にある海事センタービルへ出かけた。以前膝を痛める前は、毎日代々木の事務局へ出勤していたが、その後はほとんど顔を出すこともなくなった。しかし、一応理事の末席を汚しているので、いつも献身的に活動される方々には申し訳ないと思っている。せめて読んで喜んでもらえる原稿を、定期観光情報紙へ書いてお役に立ちたいと思っている。

 冒頭に先月突然亡くなられた橋元雅司副理事長(元国鉄副総裁、元JR貨物社長)へ黙祷を捧げた。7月の企画会議には出席されていたので、突然の訃報に驚いている。あまりお話したことはなかったが、3年前一部九州新幹線に乗車して福岡を訪れた九州支部設立総会で、東海道新幹線を敷設する際に、資金集めに苦労され、世界銀行に掛け合った裏話をされたことが特に印象に残っている。大変懐の深い方だったように思う。ご冥福をお祈りする。

 企画会議の議題は、参加しなかった7月の白山市(石川県)シンポジウムの報告、9月以降の活動計画として、今月21日広島市内で開催予定の中国支部設立総会、11月札幌市で開催予定の北海道シンポジウム、来年予定される宮崎市の九州支部大会のスケジュールが松尾理事長と白澤事務局長から話された。すべてにはとても出られないが、精々宮崎大会へ参加して、序でに鹿児島で枕崎線西大山駅を訪れて、日本最南端の駅を制覇してみようかと気楽なことを考えている。

 私は雑談風に、先月の小田実さんの葬儀と追悼デモについて勝手なおしゃべりをした。

 ところで、今日も政治家のおカネに絡む問題で新聞、テレビが盛り上がっている。つい最近改造内閣の遠藤農水相が補助金不正受給で辞めたばかりだが、昨日から上川陽子少子化担当相、鴨下一郎環境相、丹羽雄哉自民党元総務会長らが続々と資金管理団体の帳簿を訂正している。曰く「単なる記載ミスなので、訂正する」とのことである。一向に悪びれる素振がない。加えて遠藤大臣の後釜に座った若林正俊新農水相も、遠藤前大臣と同じ悪さをやっている。彼ら、悪代官の金銭感覚は一体どうなっているんだろうか。

 夕方から夜半にかけて、予想通りかなり風雨が強まってきた。雨戸を打つ音がうるさいので、今夜は熟睡というわけにはいかないかも。

2007年9月6日 | カテゴリー : 未分類 | 投稿者 : mr-kondoh.com

114.2007年9月5日(水) 久しぶりに大型台風首都圏を直撃か。

 久しぶりに台風が首都圏を直撃しそうな様相だ。台風9号が今日のところは八丈島近くまで近づいているが、都内は明日の夕方暴風圏に巻き込まれるらしい。いま真夜中12時を過ぎたところだが、外は雨と風がかなり強くなってきた。最近は天気図を正確に把握することが出来るので、精度が高まりほぼ予想通りやってくる。昔は、二百十日とか、二百二十日と呼んで、台風襲来確率の高い日を春分の日から起算していたものだ。いまではそんな情緒のある言葉も聞かれなくなって、防災記念日とか何とか、艶のない表現をするようになった。当時は掌握できる限りの情報を掴んで、不十分な気象図を素に全力を傾注して予報を発信していたものだが、今では、所謂「雲を掴む」気象衛星が雲の流れとスピードを瞬く間に把握してしまうので、予想もしやすくなったということだろう。これでは、気象がらみの俳句なんかはちょっと無理だと思う。

 明日、明後日と外出するので、少々心配だ。

2007年9月5日 | カテゴリー : 未分類 | 投稿者 : mr-kondoh.com

113.2007年9月4日(火) 瀬島龍三氏の功罪

 瀬島龍三氏が亡くなられた。戦後政財界でとかく話題になった人である。伊藤忠商事会長まで上りつめた人だから、日本経済の成功者とカリスマ的に崇める空気も根強い。中曽根首相時代には行財政改革に取り組み、当時の中曽根首相のブレーンとなった人であり、国鉄、電々公社、専売公社の分割民営化に貢献した人である。

 しかし、一方で関東軍参謀として戦前から終戦まで戦争と縁の深かった人でもあった。シベリアに11年間も抑留されていたこともカリスマ性を煽った。

 厚生省遺骨収集事業に関わっていたころ、日本遺族会の役員の方から瀬島氏の人となりをじっくり伺ったことがあったが、その頃からどうもこの人は、生き方において一般人とは違う考え方をする人だと思っていた。95歳で亡くなったのだから天寿を全うしたわけで、中曽根元首相がすぐ弔問にかけつけるほどの方であるが、一方で言を違える人も数多い。その筆頭は、太平洋戦争史に詳しい作家・半藤一利氏で、あれだけ戦争にかかわっていながら、自分の知っている戦争に関する歴史や、秘史を全く口外せず、真実をあの世へ持っていってしまったと極めて批判的である。鳥越俊太郎氏もそう言っていた。戦没者と遺族に対しても責任があると仰っている人もいた。

 私はこの人は戦争犯罪人だと思っている。私が生まれた昭和13年に陸大を首席で卒業し、以来陸軍の中枢部で作戦立案に関わっていた。つまり大東亜戦争を作戦面でリードしていた人である。もうこれは誰が何と言おうと戦争責任から逃れられない。しかも終戦の1ヶ月前に関東軍司令部へ配属され、ソ連と何か秘密事項を話し合っている。日本人シベリア抑留もソ連と瀬島氏との裏取引ではなかったかという識者もいるほどだ。極東軍事裁判でもソ連の証人になっていたとは、驚天動地の驚きである。何かが隠されている。瀬島氏は秘密を握りつぶしたまま逝ってしまった。ある面で戦争責任から逃げて、卑怯だと思う。

 関東軍参謀、伊藤忠元会長ということで、ヒーローのように扱っているが、こういう人が戦争を大きくし、犠牲者を多く生んだ原因を作ったのではないだろうか。騙されてはならないと思う。死者を鞭打つのではなく、もっと瀬島氏の功罪を追及し、はっきり検証すべきだと思う。

2007年9月4日 | カテゴリー : 未分類 | 投稿者 : mr-kondoh.com

112.2007年9月3日(月) 悪い奴ほどよく眠る。

 風前の灯の安倍内閣で、自らが組合長を務めている農業共済組合の補助金不正申請がばれて、遠藤農水相が大臣の職を辞することになった。またかという感じである。とにかく悪質である。大臣に就任して僅か1週間の早業?である。これまでの大臣短期在任記録のワースト2だそうだから、呆れ果てる。農水大臣は発足1年未満の安倍内閣になって4人目である。今度の若林新農水相は、前大臣が辞職するたびに臨時大臣を務めていたので、今回の正大臣を含めて安倍内閣で4度農水相を拝命していることになる。これはもうギネスブックものである。大量生産で、まるで大臣のための産業革命である。坂本外務政務官も不正疑惑で辞任、玉沢徳一郎代議士は事務所経費五重計上が明るみに出て自民党離党、まだまだありそうだ。おかしいのは職の辞任だけだが、議員職を辞めさせるべきではないか。そして、次の選挙では被選挙権停止というくらいのお灸をすえないと、この悪党集団の病癖は治りそうもない。

 さて、悪循環がまだ続いている。どん詰まりの年金問題で保険料横領がまた明るみに出た。自治体職員が懐に入れた保険金が約2億円というのだから恐れ入る。先日公表された社会保険庁職員の横領が1億余円だったから、現在判明しているだけで3億円強の保険金が役人にこっそり奪われていたことになる。しかし、これは案外氷山の一角で、まだまだ余罪がありそうだ。役人には罪の意識なんかまるでないようだ。これは社保庁に限らず、他の省庁でもあるのではないかと疑心暗鬼になってしまう。当然関係者から全額返してもらい、過去に遡って責任をとらせるべきである。

 かつて三船敏郎主演の「悪い奴ほどよく眠る」という映画がヒットしたが、「悪い政治家と役人ほどよく眠る」を製作公開したら、いまならヒット間違いなし。

2007年9月3日 | カテゴリー : 未分類 | 投稿者 : mr-kondoh.com

111.2007年9月2日(日) 初めて文士劇を観る。

 小中陽太郎さんから文士劇のご案内をいただき、知研秋田事務局長と日比谷公会堂へ出かけた。この文士劇は、確か生前遠藤周作さんが熱心にやられていたように思う。文壇関係者と政治家の方々が、共演するユニークなもので一時はかなり話題になり、新聞等でも取り上げられていた。

 受付にいたら武士姿の小中さんに後ろから肩を叩かれた。「草奔崛起!高杉晋作と奇兵隊」と題して、小中さんの役柄は高杉晋作の兄貴分、周布政之助で見事な自決シーンを演じられた。文士はあまり知った人がいなかったが、政治家は呉越同舟で、かなり著名な自民、民主、国民新党ら国会議員と地方議員、学生、企業経営者等賑やかな顔ぶれだった。素人芝居だけに、時折トチったり、台詞を忘れたり、大砲の轟音と画面のタイミングが合わなかったり、政治家らしい台詞が出たり、終始笑い通しだった。台詞を覚えきれていない出演者が何人かいて団扇を読み続けた人、眼鏡をかけていた人などがお愛嬌だった。3時間はやや長いが、結構厭きずに楽しめた。終演後小中さんに楽屋を案内してもらった。生憎民主党藤田幸久代議士が席を外していたが、出来れば世襲議員制度について話をしてみたかった。

 その後秋田さんと開業間もない「ペニンシュラホテル」へ、見学がてらコーヒーでもと行ってみたら、千客万来でお茶を飲むための長い行列がロビー内に延々と続き、止むを得ず他店に入る。有楽町駅近くのカフェで時間をつぶした後に、ゼミ仲間と約束の銀座「ライオン」へ駆けつける。

 われわれ38年卒業組前後の仲間が12名集まった。一種の暑気払いであるが、気兼ねなく仲間同士で話しあえるのが、いつもながら楽しく、あっという間に時間が経ってしまう。今日の話題は、先日の日テレ番組「私は貝になりたい」で解説役を務められた小松隆二先生のお話を伺うことであり、いずれ来年学長を務めている「東北公益文科大学」と日本海、酒田市を訪ねようということである。先生から最新刊「公益の種と蒔いた人びと」をいただいた。

 もうひとつの話題は、6月にオーケストラのチェリストとしてデビューした、赤松晋さんの次回コンサートが11月に行われるとのことなので、みんなで応援に出かける決起集会の場になったことである。ゼミには、クラシックからタンゴまで音楽に詳しい仲間が多く、私のような軍歌派とは次元が違うが、まあ結構話しているだけで愉快である。いつまでもこういう学生仲間のフレンドリーな雰囲気を保ち続けたいと思う。

2007年9月2日 | カテゴリー : 未分類 | 投稿者 : mr-kondoh.com