ブログ・ご意見番の意見

 充実したホームページに仕上げていこうと、毎日目を凝らしながら取り組んでおります。淡々と書き続けてきただけで、10年2月に初めて4桁の大台1000回を、そして奇しくも74歳の誕生日に当たる2012年「文化の日」に連続2000回を、15年7月31日に3000回、18年4月26日に4000回、21年1月19日に5000回を数えました。ここでは、出来るだけポジティブな意見や、気軽な独言、時には戯言や想い出を書き込んで、自分自身の気持ちを素直に表わしながら楽しく読んでいただけるよう心がけたいと思っております。意見の主張というより、感じたままを日記風に書き綴って参ります。身勝手な意見や、独断的な表現も見られると存じますが、どうぞご理解下さいますようお願い致します。皆さまの忌憚のないご意見をお寄せいただければ有難く存じます。

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135.2007年9月26日(水) 福田内閣発足はともかく、ビルマの政情が心配だ。

 昨日衆参両議院で首班指名選挙の結果、参議院に優先する衆議院で指名された自民党福田康夫新総裁が、内閣法により内閣総理大臣に決定した。今日任命式と認証式を終えて正式に福田康夫氏が、わが国の第91代首相に就任した。昨日すでに閣僚が決まったが、ほとんどが留任で変わり映えのしない、皮肉を言えば、実に実直な福田氏らしい布陣となった。

 安倍前首相のご乱心に始まり、その後首相代理を置かなかった危機管理能力と国政の停滞、国民無視は、日本人はおろか世界中の失笑を買った。前途にいろいろ問題を抱えているが、今回醜態を曝け出した、国家の統治者が欠けるという事態だけは、止めてもらいたい。どこの組織でもトップがいない組織なんてない。中央政府だけ、トップなしでいられるのは、政治家の無能と国民の寛容心のおかげである。しかし、こんな馬鹿な事態は二度とあってはならない。

 日本の政治が迷走している間に心配していたビルマ情勢が一層険悪になってきたようである。例によって内政不干渉宣言をした中国を除き、国連人権委員会、及びほとんどの加盟国が非難したり、追加経済制裁をほのめかしている中で、ブッシュ米大統領が、ミャンマーと呼ばずにビルマと敢えて呼んでいたのが、印象に残った。この国に愛着を抱く人は、現軍事政権が改名したミャンマーという呼称を好まず、元のビルマと呼んでいる。旧日本軍人は例外なくビルマと呼び、私もビルマと呼んでいる。今日、遂に軍はデモ隊に対して催眠銃を使用し、すでに5名の死者を出したという。この先どうなるのだろうか。心配でならない。

 昨日の太田道灌公の「追憶の碑」儀式の記事が毎日新聞外のマス・メディアに紹介されたと、わざわざ「江戸城再建を目指す会」鈴木武朗理事がFAXを送って下さった。

2007年9月26日 | カテゴリー : 未分類 | 投稿者 : mr-kondoh.com

134.2007年9月25日(火) 太田道灌公江戸城築城550年記念

 太田道灌公が江戸城を築いてから今年で550年になる。昭和11年7月26日に道灌公没後450年祭に際して、東京市がその遺徳を偲び皇居東御苑外堀に「追憶の碑」を建立した。そのまま70年が経過して、碑は充分な手が加えられずに汚れたままになっていた。最近になってその碑を洗い清め、記念すべきこの年に、その傍に記念の標を立てることになり、今日その除幕式を行った。その碑に、居城について謳った‘吾庵は松原つつき海ちかく富士の高嶺を軒端にぞ見る’と当時の江戸の情景を彷彿とさせる和歌が、歌人らしい鋭い観察眼で表現され刻字されている。

 石川雅巳千代田区長、高山肇千代田区議会議長、高木茂千代田区観光協会会長、太田道灌家18代目当主太田資暁氏、江戸城再建を目指す会・丹羽晟会長、同小竹直隆理事長を始め、関係者数十人が参列した。

 その後に、東京駅前・丸ビル大ホールで「江戸天下祭」ウィークの行事の一環として、「太田道灌シンポジウム」が開催されたので参加した。「『スーパースター』道灌の素顔にせまる」と題して、道灌に所縁の深い前記太田資暁氏、長塚幾子伊勢原市長、太田道灌公菩提寺・静勝寺高崎忠道住職をパネリストに、コーディネーターを東京新聞編集委員田中哲男氏が務め、約1時間半に亘って興味深い話を聞かせてくれた。

 シンポジウムを通して私自身これまで知らなかった道灌公に関する新しい知識を得ることが出来し、疑問も大分氷解した。ひとつは、鎌倉の扇谷上杉家の家老であった道灌が、なぜ江戸に築城する必要性があったのか、との疑問に対する答えである。太田氏の説明で大筋を理解することが出来た。もうひとつは、道灌が神奈川県伊勢原市で、主君の上杉定正に謀殺された経緯である。これまで、太田道灌といえば、江戸城を築城した業績と、教養ある歌人として知られていた。しかし、幼少のころより才知に優れ、兵法に強く、挙句の果ては、疑い深い主君に疑念を抱かせるほどの切れ者であったこと、また伊勢原と縁の深い武将であったことなどは、それほど知られてはいないように思う。主君に尽くしてその主君から討たれるという悲劇は、後の世の判官贔屓の江戸市民から愛されたという。

 江戸城再建を目指す会の会員としては、いささか不勉強で迂闊ではあったが、今日道灌に関して新たな知識を仕入れることが出来たことは良かった。残された文献や、資料はそれほど多くないが、これからもう少し太田道灌公について勉強してみようという気を起こさせてくれるシンポジウムであった。

2007年9月25日 | カテゴリー : 未分類 | 投稿者 : mr-kondoh.com

133.2007年9月24日(月) 懐かしい国・ビルマのデモ

 ビルマ(現ミャンマー)の様子がいよいよおかしくなってきた。この国は大分前から、強権的な軍事政権が民主化の芽を摘み取り、鎖国的で専制的な軍事独裁国家に成り下がってしまった。国連から経済制裁を受け国民の生活状態は最貧国のレベルにまで下がってしまった。かつては、戦時賠償という償いの気持ちもあって、日本との貿易もまずまずの線であったが、いまやそれもない。戦時中の従軍兵士のビルマへの熱い想いを永年傍で見てきただけに、それを考えると切ない気持ちに捉われる。報道の自由を希望するジャーナリストの常駐を現政権は歓迎せず、ほとんどのマス・メディアの取材は、一旦緩急あれば、隣国タイのバンコックからおっとり刀で駆けつける状態である。

 しばらく鳴りを潜めていた市民のデモが、今度ばかりは大きく広がってきた。ラングーン(現ヤンゴン)におけるデモ参加者は、昨日2万人、今日はついに10万人に達したそうである。大きな暴動にならなければよいがと願う。今度のデモの中心はやはり仏僧である。一般市民は弾圧を恐れて集団行動にさえ加わらなかったが、今日は僧侶のデモに勇気づけられ参加した模様である。民主化運動指導者、アウン・サン・スー・チーさんが自宅に軟禁されたのはいつになるだろう。2003年5月に自宅前に姿を見せてから、4年4ヶ月ぶりの写真が今朝の新聞に公開された。

 個人的にビルマへの思いは格別に強い。随分この国に関わって仕事をしてきた。それも印象深いツアーばかりで、加藤隼戦闘隊の戦没者慰霊団を初めて結成して以来、航空隊の慰霊団で何度も訪れた。他の国とは異なるお国柄で、旅行システムの違いや手配の仕方の違いで随分戸惑わされ、ビルマ流手配方式を一からすべて見よう見真似で独自にマスターして乗り切ってきた。そのおかげで、その後陸軍航空隊慰霊団や、国家事業である戦没者遺骨収集等の尊い仕事を厚生省から取り扱わせていただいた。まさにビルマさまさまである。数えてみるとビルマへ出かけた回数も1970年以来23回に達する。これまで知り合った優しいビルマの人たちとの交流は忘れがたく、いまでも縁が切れない。あんなに素晴しい人間性のビルマ人が、どうして世界中から非民主国家として非難され、敬遠されるようになってしまったのだろうか。世界に比類ない優しいビルマの人たちが気の毒で堪らない。

 1980年6月号「セリングツアーズ」誌に、ビルマの旅行事情について寄稿した(ホームページ上に掲載)。いま読み返してみて、懐かしい思いが尽きない。当時のビルマはまだ独裁政権ではなかったが、穏やかな市民がいる反面、強面の軍人もいた。軍事独裁政権への素地はあったのだ。しかし、貧しいながらも人々は温和で優しく、刺々しい空気は微塵もなかった。最後にビルマを訪れてから、もう7、8年も訪れていない。ビルマの将来が気がかりでならない。近々ビルマの友人に手紙を出してみよう。

2007年9月24日 | カテゴリー : 未分類 | 投稿者 : mr-kondoh.com

132.2007年9月23日(日) 自民党総裁に福田康夫氏

 今日午後行われた自民党総裁選挙は、予想された通り元官房長官・福田康夫氏が対抗馬の幹事長・麻生太郎氏を386票VS 141票の大差で破り自民党総裁の椅子を射止めた。安倍首相があのように無責任な形で首相の座を放り投げ、目の前に問題が山積している時だけに、明後日国会で首相指名され、次期首相に就任してもこれから大変な苦労を強いられるだろう。

 早速記者会見を拝見した。そつがなく、党内から評価された「バランス感覚」が随所に発揮され、確かに無難ではあるが面白味に欠ける答弁だった。特に、気になったのは、記者の質問に対して歯切れの良い率直な回答がまったくなかったことである。すべて、これから考えるというもので、立候補から時間が少なかったとはいえ、首相という日本のリーダーになろうという政治家が、国民に対して何ら具体的なメーセージを送れなかったのは、少々情けないのではないか。大体国のリーダーたるものが、バランス感覚で評価されるということ自体、恥ずかしいことである。現在のように多事多難な時に総理大臣を務める以上、すぐにでも国民にヴィジョンとか、力強い施政方針を語るのが首相の最初の仕事ではないか。

 年金、消費税値上げ、テロ特措法延長、北朝鮮拉致、内閣・党新人事等については、どれひとつとして明快に答えることはなかった。また、教育再生、美しい国日本、憲法改正、靖国参拝等については、記者団から質問がなかったせいもあり、まったく触れず仕舞いだった。小泉、安倍路線を踏襲すると言いながら、彼らの看板政策でもあった重要課題について、マス・メディアが追求しなかったのも怠慢の謗りを免れないが、首相になるつもりなら、自ら進んで語るべきではないか。

 父親も首相だったのは、憲政史上初めてだそうだが、その点では典型的な世襲代議士であり、父福田赳夫元首相がかつて「こどものために資産は残さない」と言っておきながら、結果的に「総理大臣への近道」という資産を残した。七光りを継承したリッチマン福田康夫氏は、当面ワンポイントと見られているが「世襲の美味しい味」を知っているだけに、政治を家業としてゆくゆくは子息に世襲させる腹積もりのようで、今後どれだけ国民のために、全身全霊を傾けることが出来るのか、これから当分の間監視する必要がある。

2007年9月23日 | カテゴリー : 未分類 | 投稿者 : mr-kondoh.com

131.2007年9月22日(土) テロ特措法はザル法だ!

 どうも釈然としない感じがする。一昨日「報道ステーション」で伝えられたテロ特措法に絡む、海上自衛艦の海上阻止活動が、アフガンのための支援活動だけでなく、はっきりとイラクで戦闘中のアメリカ艦に給油していたと新たな証言が現れた。

 今日の朝日夕刊トップ記事にペルシャ湾で作戦展開している米空母「エンタープライズ」のホートン艦長とのインタビューが掲載されている。艦長は、前職「ジュノー」艦長当時、イラク作戦に関わり、海上自衛艦から燃料と食料の供給を受けたと明言した。同艦は、対テロ戦争の後に、イラク戦争開戦により両作戦に参画するようになった。こうなると、もともと日本の自衛艦から給油された燃料を、ふたつの作戦活動に使用することはあり得ることである。実際ホートン艦長がふたつの作戦に関わったと証言したのである。

 問題は、アメリカ政府がこの点について、日本政府に対して何らの事前の連絡も、了解もなく、日本の法律外の行動を独自に行っていたことである。日本政府は、アメリカの意図するままに利用され、協力させられ、騙されていたことになる。由々しきことである。折も折り、特措法成立当時の内閣官房長官が明日自民党総裁に選ばれるかも知れない、福田康夫氏である。しかもこの御仁は、そういう噂が出た時、その噂を断固否定し、後になって嘘だとばれるような苦しい言い訳をこじつけていたのである。実情は福田氏も知らされていなかったようである。これは、日本政府はもちろん、福田氏にとっても決して名誉なことではない。アメリカ政府からおちょくられていたのだ。断固アメリカ政府へ抗議すべきである。

 アメリカは日本の善意を出し抜き、利用出来るだけ利用している。幼稚で、インテリジェンスに欠ける日本政府は騙され、それでなお特措法の延長を何が何でもやってアメリカのご機嫌をとろうとしている。どこまで未成熟でお人好しなのか。民主党党首・小沢一郎氏が言うように、アメリカと対峙して、両者の言い分を言い合い、お互いが納得したうえで行動するようでないと、また日本は舐められ、最後には世界中から仲間外れにされるばかりである。

 福田氏、麻生氏は、特措法期限切れに際して、ともにアメリカに対して主張すべきは主張する気概をお持ちだろうか。いささか気がかりである。

2007年9月22日 | カテゴリー : 未分類 | 投稿者 : mr-kondoh.com