充実したホームページに仕上げていこうと、毎日目を凝らしながら取り組んでおります。淡々と書き続けてきただけで、10年2月に初めて4桁の大台1000回を、そして奇しくも74歳の誕生日に当たる2012年「文化の日」に連続2000回を、15年7月31日に3000回、18年4月26日に4000回、21年1月19日に5000回を数えました。ここでは、出来るだけポジティブな意見や、気軽な独言、時には戯言や想い出を書き込んで、自分自身の気持ちを素直に表わしながら楽しく読んでいただけるよう心がけたいと思っております。意見の主張というより、感じたままを日記風に書き綴って参ります。身勝手な意見や、独断的な表現も見られると存じますが、どうぞご理解下さいますようお願い致します。皆さまの忌憚のないご意見をお寄せいただければ有難く存じます。
ブログ・ご意見番の意見
ブログ一覧
170.2007年10月31日(水) 日本の技術力は本当に大丈夫か?
9月にベトナムのメコン川で新設工事中のカントー橋が突然崩落して、50人以上の現地人が死亡した。ODA支援に基づく大掛かりな工事で、日本のゼネコンが請け負った工事である。日本工営、長大のコンサルタント会社が窓口となり、大成、鹿島、新日鉄の子会社の三社が受注した大プロジェクトである。
今夜テレビ朝日「報道ステーション」が特集番組として、現地取材を交え原因、問題点、等を追及していたが、ベトナム政府と日本のゼネコンから緘口令が敷かれていてはっきりとしたことは話されず、原因は解明されていない。僅かに現地の下請け業者から、危険が指摘されていたにも関わらず補強工事をしなかったとの話が伝えられた。とんでもないスキャンダルである。
もう大分前になるが、ペナン島の小さな空港ビルで、私が壁を叩いたら壁が剥がれ落ちたことがあり、現地の人に杜撰な工事だと言ったところ、これは韓国の会社が建てた建物で、日本の会社なら大丈夫だが高いので頼めなかったと応えてくれた。その当時、島と半島を結ぶペナン大橋を建設中だったが、それも韓国の業者が請け負っていたので、それも心配だと言っていた。それほど日本製はすべての面で安全、丈夫、デザインも良いということで高い評価を得て信頼されていたものである。外国でそういう話を聞くたびに日本人として鼻が高かった。
しかし、いまは違う。日本製も危なくなってきた。カントー橋は来年12月には完成の予定だったという。地元の人々もメコン川を渡るのは、これまでフェリーに頼っていたので橋の開通を大いに期待していた。その期待を裏切ったばかりか、地元の貧しい人々にも大きな悲しみを与えてしまった。ゼネコンの責任は重いと言わざるを得ない。
最後に息子の遺体が見つかった父親は、「見つかったから良かった。完成したら息子が作った橋を渡っていろんな所へ行ってみたい」と恨むことなく率直に語ってくれたのが、身に詰まらせられていじらしい。こういう罪のない人々をどん底に突き落とした責任上、ゼネコンには原因と責任を明らかにして、堅牢な橋を完成させ責任を果たしてもらいたいと思う。
日本国内でも、一昨年の姉歯建築士の偽装事件以来、建築業界ばかりか、消費者を欺く食品偽装問題を始め、NOVA英会話学校の詐欺まがいの事件等々不祥事に事欠かなくなってきた。
鳩山法相のように、言わなくてもよい「友の友はアルカイーダ」のような馬鹿でなければ、口から出ないような放言を繰り返している最低の大臣もいる。みんな頭がどうかしている。
169.2007年10月30日(火) 税の見直し
所属している政策シンクタンク「構想日本」が、しきりに取り上げ各界の専門家や、行政の担当者を招いてシンポジウムをやっている議論の中に、「事業仕分け」と「税の見直し」がある。いずれも興味深いテーマで1~2度参加したことがあるが、このところ地域間の格差が話題として取り上げられるにつれ、後者がクローズアップされ、自民党税制調査会でも法人2税のあり方について検討に入ったという。まだ、緒についたばかりだが、これは従来にはない大胆な発想に基づいている。確か、最初の考えでは、地方税である法人事業税と国税である消費税を入れ換えようというものだ。必ずしも小都市の要望を安易に受け入れようというものではなく、税の精神とか、平等性、法体系の問題等を配慮する必要があるが、自治体への国の交付税が減少されたことがことの発端であり、まあ少なくとも議論を始めようというのは結構なことだと思う。
この問題に対して昨日の朝日新聞では、各知事からアンケートをとったところ、賛成が20、反対が10だったそうだ。今日の日経紙・経済教室でも片山善博・前島根県知事が書いている。税金については、どこの国でも問題があるらしく、今朝の朝日では、相続税と贈与税についても触れていた。かつてタイでは、相続税も贈与税もないとタイ人に聞いて驚いたことがあるが、成金体質の中国でもそれらの税はないそうだ。
とにかくわが国でも、国民に酷税意識を与えないように真面目な税論議を深めてもらいたいものだ。
それはともかく自分自身の問題として、高校時代の友人から私の場合は個人としての確定申告より、個人事業者として青色申告をした方がよいのではないかと今日アドバイスを受けた。少し検討してみようと思っている。
168.2007年10月29日(月) 疑念が消えない証人喚問
今日午後国会で守屋武昌・前防衛省事務次官に対する証人喚問があった。一昨年の姉歯建築士構造計算書偽装事件、古くは1976年のロッキード事件が印象に残っている。2時間余に亘りTV画面を観ていたが、野次馬的な見方からすれば面白いが、質問からは確たる言質を引き出せなかった。これは、守屋氏が弁舌逞しいというわけではなく、格別シャープということでもない。ごまかしながら言い逃れをしているだけで、肝心な点について追求して、もう一声というところで追い詰められない質問者の詰めの悪さもある。
守屋氏への疑念に対する質問は、大きく分けて3点に絞られると思う。①接待は受けたか。②商社への口利きをしたり、指定業者への随意契約をほのめかしたのか。③海自補給艦の給油量を巡る隠蔽に関与があったのか。①は簡単に認めた。②と③については、受託収賄や、贈収賄のような刑事事件に引っかかりそうなので、何となく逃げ切ったという感じで、後にやりきれなさだけが残った。政治家が会合に同席したことまで、証言しながら名前を明かさなかったことなどから、もう一度証人喚問の必要があると感じた。
守屋氏は印象では、大物とか能吏という雰囲気はない。あの程度の人物が次官にまで上り詰めることが出来るということは、結局防衛省内に人材がいないということだ。最近の民間会社の、特に食品会社の不祥事が創業者一族において発生するのは、詰まるところ世襲であるが故に、人材不足に陥った結果だといえる。その点では、防衛省は世襲会社的体質を有しているということになる。こんなところに国家の機密や、安全、治安を任せて大丈夫だろうか。
それにしても、ロッキード事件の証人喚問の際の、小佐野賢治の人を食った答弁ぶりが、ことの是非は別にしてもいやに大物に写るから、やはり人間のスケールが違うのだろう。いずれにせよ、今日の証人喚問の場におけるやりとりは、今のままでは不毛の議論で、国民にとっては何のメリットもない。実際憂鬱になるだけだ。
167.2007年10月28日(日) 母校ラグビー部快勝、ベスト8へ
高校ラグビー全国大会の神奈川県予選があり、今日桐蔭学園で母校湘南高が3回戦で横浜隼人高と対戦した。昨日の台風によるグランド・コンディション不良を心配したが、桐蔭生徒が砂を入れてくれ選手は若干足をとられたようだが、まずまずの状態だった。今年になって私自身ラグビー部OB会長は辞めたが、まだ時間のとれる内は出来るだけ応援にかけつけたいと思っている。
さて、母校は新人戦以来ベスト8入りして、爾来春季大会、本予選ともシード校となっている。春季大会で桐蔭学園に負けたころをピークに、チーム状態も一時どん底まで落ちていたが、ようやく立ち直ってきたようだ。
今日の試合は、どうなるか戦前の予想では、何とか勝てるのではないかと思っていた。その最大のよりどころが何と、部員数が最近になく多いことだ。母校がスポーツであまり芳しい成績を残せなくなった原因のひとつは、女生徒が増え、男子数が相対的に大きく減少したことだろう。われわれの頃は、一学年400人で、女生徒はとても一割にも満たなかった。それが、今では一学年生徒数は400人を欠き、女子生徒が男子を上回る。200人足らずの男子を各運動部が奪い合う有様で、全般的に激しいスポーツであるラグビー部なんか、打算的で気力に乏しい今どきの高校生には最も敬遠される運動部のひとつである。それが、今年は13名の新入部員が加わり、ラグビー部も活気が出てきた。これが、相乗効果となって強くなり、それにより来年さらに入部希望者が増える好循環になれば嬉しい。
結果的に試合は、前半17-0、後半38-0、合計55-0のややワンサイドゲームとなり、圧勝した。結構大柄の選手もいて突進力は頼もしい。FWが結構強いので攻めの形が作れる。タックルもしっかり決めてディフェンスもまずまずだったので、一週間後の準々決勝の健闘を期待したいところである。対戦校は相手にとって不足はない、慶應高校だ。新人戦でも準々決勝で当り、5-63のスコアで完敗している。しかし、強豪校ではあるが、今ではまったく歯が立たない相手ではない。これからの一週間の鍛錬によって活路を開いて欲しいものである。
台風一過で秋晴れの下のスポーツは、見るだけでも気持ちが良い。
166.2007年10月27日(土) 拙いエッセイ寄稿
この時期には珍しい台風12号が発生して今日は朝から雨に、少しずつ風も出てきた。所属する「知的生産の技術研究会」の機関誌「知研フォーラム」を知人に郵送するために、雨の中を車で玉川郵便局へ出かけた。同誌今月号に写真6枚を含め、12頁に亘る拙いエッセイを寄稿した。「岡本太郎さん、藤山一郎さん、野口富士男さん、そして岳父」と題して、妻護江の父・川手一郎と慶應義塾幼稚舎、同普通部で竹馬の友だったお3方との交友関係を綴ったものである。岡本太郎さんは画家、藤山一郎さんは声楽家、野口富士男さんは作家としてそれぞれ名を成した。父だけが芸術畑へ行かず実業界へ進んだ。結婚当初は知らなかったが、同じ敷地内に住むようになってから追々話を聞いている内に、個性的な有名人同士でなかなか良い話であるし、世にも稀な?親しい関係だったことを知り、4人はすでに故人となったが、これは出来るだけ紹介しておいた方がよいと考えて書くことにした。小中陽太郎さんからも、励まされたし、良い話だと言っていただいたので、義兄が保管していた幼稚舎の卒業記念写真(大正13年3月)や、岡本さんと父との写真、野口さんの書簡、野口さんのご著書、それに生前父から聞いた話を頼りに傍で見ていて感じたままをまとめたものである。
どう受け取られるか分らないが、少し食い込みが足りなかったかも知れないと思っている。実際、先日大学ゼミの後輩で、元毎日新聞編集委員だった冨田昌志氏が、野口さんが毎日新聞のコラム欄に父との交友関係について書かれた記事を探してくれたが、父と岡本さん、父と藤山さん、父と野口さんとそれぞれお互いの関係はよく紹介されているが、四人でつるんで行動した描写がない、四人の関係がすぐ分る内容があるとなお良かったと手厳しいコメントをもらった。確かにそうかも知れない。だが、残念ながらそこまでの話は生前父から聞いていなかった。今にして思えば、惜しかった。もっと微に入り細に入って聞いておけばよかったとも思う。
いずれにしろ、今回は知研から240冊送付してもらい、親戚、知人、友人に207冊送付した。こんなに大量に別注したのは初めてだ。すでに、手渡した分もあり、まだ届ける予定もあり、今回は奮発したが、中には余計なものを送ってきて迷惑だなんて思っている友人もいるかも知れない。僭越かも知れないが、喜んでもらえれば有難い。