充実したホームページに仕上げていこうと、毎日目を凝らしながら取り組んでおります。淡々と書き続けてきただけで、10年2月に初めて4桁の大台1000回を、そして奇しくも74歳の誕生日に当たる2012年「文化の日」に連続2000回を、15年7月31日に3000回、18年4月26日に4000回、21年1月19日に5000回を数えました。ここでは、出来るだけポジティブな意見や、気軽な独言、時には戯言や想い出を書き込んで、自分自身の気持ちを素直に表わしながら楽しく読んでいただけるよう心がけたいと思っております。意見の主張というより、感じたままを日記風に書き綴って参ります。身勝手な意見や、独断的な表現も見られると存じますが、どうぞご理解下さいますようお願い致します。皆さまの忌憚のないご意見をお寄せいただければ有難く存じます。
ブログ・ご意見番の意見
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230.2007年12月30日(日) 今年1年を振り返って
とうとう今年もあと2日となった。ありきたりだが、あっという間の1年だった。来年はいよいよ「古希」を迎えることになる。幼いころや、若いときにはとても老いた自画像なんて想像もしなかったが、現実にそれに近い年齢になってみると、何だか寂しいような気がする。振り返ってこれまで自分がやってきたことについて、特別悔いが残ることはないが、これから先新たに、大きな目標を持ち先頭に立って動ける可能性がないことが残念で寂しい。ちまちまとのんびり生きていくことは、まず大丈夫だが、やはりこれまでガツガツとやってきただけに、大勢の先頭に立ち、身体を使って動く機会がないことは、人生において画竜点晴を欠くような気持ちに捉われないこともない。人生というのは、自分が主体的に動かなければ成長もしないし、やりがいも生きがいもない。
人並みに今年を振り返ってみると、健康面でドック検査を2度も受け、内臓疾患のないことが確認出来た。また、通院しながらも両膝の炎症が若干回復しつつあるが、まだ完治に至っていない。後は風邪をひいたことと、ひょうそうをやってしまったことぐらいか。血圧もやや高くなってきたので、内科で血圧降下剤をもらい、毎日数値を測定し経過観察している。幸い、一時は上が160ぐらいあったものが、最近では120前後にまで下がってきた。充実した生活を送るためにも、年齢的には来年も健康管理が最大の目標である。
執筆関係では、ある程度自由に書くことが出来たが、肝心要の次回作品「停年オヤジの海外武者修行」を上梓出来なかったことが情けない。今年の年賀状では年内に上梓すると宣言しておきながら実現出来なかった。大体大筋は書き上げたのだが、構成上どうも気になって文章の入れ替えをやったり、書き換えたり気持ちが定まらないまま遅れている。日本旅行業協会会長・新町光示先輩(㈱ジャルパック会長)に推薦文をお願いしたのは、昨年のことである。お詫び状は差し上げてご了解はいただいたが、期待していただいている新町さんには申し訳ないと思っている。
特記事項は、①元旦早々高校ラグビー部OB会長を辞したことだ。7年間会長職を務めたが、やはり心身ともに解放された感じである。これからはOBのひとりとして側面的に協力していきたい。②4年ぶりに海外へ出かけたことである。それも念願としていたチベットへ行き、ポタラ宮殿を見学したことと、青海チベット鉄道に乗車して海抜5千mを越えたことである。③自分の墓石を近藤家の墓地内へ建てたことも大きい。
長い間気がかりだった、湘南高ラグビー部の1年先輩である、清水丈夫さんが元気でどこかにおられるということが分かったことは嬉しかった。前進社へ連絡すれば、メッセージは届けてくれるようだ。清水丈夫選集を1冊入手しただけでも清水さんの息吹を感じられるようで安心出来る。失礼ではあるが、一時はもう亡くなられているのではないかと心配していただけに、直接コンタクト出来なくてもどこかに元気でおられるということだけでも、ほっとしている。清水さんは学生時代に六〇年安保闘争へ導いてくれた人でもある。
来年の目標としては、①健康管理にもう少し気を配って、血圧を安定させ、風邪をひかないよう注意する。②前記拙著を上梓する。③気の利いた自信作エッセイを書きたい。④この「ご意見番の意見」を軽装丁の自費出版物として記録に残したい。⑤海外へ1~2回は出かけたい。等々挙げることが出来るが、どの程度実現出来るだろうか。健康状態は今年よりは良くなると思うので、何とか大(中)願成就してみたい。
ところで、現在「世界遺産」としてユネスコから承認されているのは、851箇所である。そのうち、134箇所を訪れたつもりで、チベットのポタラ宮殿と大昭寺を加えて136箇所と計算したら、ポタラ宮殿も、大昭寺もラサ市内の施設ということで一括承認されている。ということは、1箇所追加するだけだ。京都市内の寺院が一括して京都歴史地区として指定されているのと同じである。そこで、改めて私自身が訪れた世界遺産を正確にチェックしてみた。新たに登録された場所も付け加えたりして増減を調整したところ、その数は138箇所だった。昨日訪中している福田首相が、世界遺産である孔子の故郷・曲阜を訪れたそうだが、もう20年以上も前に列車で北京から上海へ向かう途中で曲阜を通過した時に孔子に思いを馳せたことがある。その福田首相が今日中国から帰国した。人気が低迷して自民党としても悩んでいたようだが、薬害肝炎一律救済を議員立法化で解決しようとの意気込みと、中国内における首相への好評価によって点数を稼ぎたいようだ。就任以来、3ヶ月余で福田色も充分な結果も出せず、真の評価は来年が正念場だろう。
229.2007年12月29日(土) いつも楽しいゼミの忘年会
いよいよ年の瀬も迫ってきた。とりあえずほんの少し大掃除の真似事をする。今年は、次男・崇史が新潟へ転勤して正月に戻って来ないので、夫婦水入らず?の正月を迎えることになる。
夕方ゼミの忘年会で下北沢へ出かけた。普段から親しい仲間ばかり、12名が集まった。ゼミの先輩、東北公益分科大学の小松隆二学長が来年3月で学長を辞められるという。山形県酒田市に開学以来7年になるというので、もう一度大学を見学がてら酒田市中心に、東北地方をみんなで旅行しようという話もある。この飯田ゼミは、ご高齢の飯田鼎先生がまだお元気でおられるので、毎年秋の例会を始め、ちょっとした理由をつけては現役を去り、時間的余裕が出来た仲間が集まって親交を深めている。いつも刺激を受けて、まだ若いつもりでお互いが切磋琢磨しているのも、それとなく恩師飯田先生に倣っているところがある。いつもながら学生時代に飯田ゼミで学ぶことが出来たことを、ラッキーで幸せだったと思っている。飯田先生のご薫陶を受けることがなかったら、きっと考え方も、生き方も別の方向へ進んだのではないかと思う。飯田先生を中心に、いまでも先輩、同期生、後輩がしっかりスクラムを組んでゼミの同窓会組織を継続させ、その中で知的刺激を受けることが出来ることはありがたいことである。
来年になると古希を迎えるゼミ会員も多いので、古希と還暦祝い、そして小松先生のご苦労さん会を兼ねて、4月にパーティをやろうということに一決した。
228.2007年12月28日(金) ブット・パキスタン元首相暗殺される。
昨晩の臨時ニュース「パキスタン・ブット元首相暗殺」にはびっくりした。いま、世界中で最も政治・社会情勢が不安定で、崩壊すると最も危険な国はパキスタンと言われている最中である。ブット氏は10月に亡命先のイギリスから帰国したが、まさにその直後カラチ市内で自爆攻撃により間一髪で難を免れたばかりである。帰国当初はムシャラフ大統領と手を組むのではないかと憶測されていたが、結果的には離反する結果となり、事件の背後にはムシャラフ派の暗躍があるのではないかと噂されてもいた。
昨日ブット氏が銃撃されたのは、ラワルピンディ市内の集会後、車へ乗ろうとした瞬間である。首都イスラマバードから西へラワルピンディ、ペシャワール、そしてタリバンの潜むパキスタン・アフガニスタン国境へ通じる国道沿線は、部族勢力、タリバン、パキスタン国軍らが激しい綱引きを繰り返している、極めて治安の不安定な地帯である。現場の臨場感はぴりぴりしている。今年7月にも宗教学校寄宿舎で軍隊と衝突があり、多数の犠牲者を出している。この様子では、来年1月8日に予定されている総選挙も予定通り実施出来るかどうか微妙になってきた。
ブット氏の父、アリ・ブット氏は国連外交で鳴らした著名な外相だった。その後首相になったが、反対派のシャリフ元首相に追放され、挙句に処刑された非業の人だった。娘のブット氏は昭和天皇の葬儀に参列されたが、その来日時、日本の警察制度を高く賞賛し、交番制度をパキスタンでも採用することを決断された。
2000年3月、私がインダス文明のモヘンジョダロ遺跡を見学した時に、モヘンジョダロ入り口に、ブット元首相のアイディアで設置された、新しい交番がぽつんと建ってあった。しかし、地元の人に聞くと、あまり効用がないようで、巡査はおらず子どもの遊び場になっていたのが、何とも儚かった。
それにしても、核保有国パキスタンの治安が不安定なのが気になる。強烈なイスラム教徒を抱えるパキスタンから世界中に放たれたテロリストも、どれくらいいるのか見当もつかないという。いまや不穏な空気が漂って危険ゾーンとなった国道線も、私が訪れたころもすでに不穏な空気が漂っていて、カイバル峠近くの銃砲店の繁盛する現場を見て、臨場感から近々反米テロを指摘したものだった。ニューヨークの9・11テロが勃発したのはこの1年半後だった。
世界中の指導者が一斉にテロリストを非難する声明を出した。地球上に安全なところは益々なくなりつつある。
今年の東京株式市場の大納会は、日経平均株価が前日比256.91円安の15,307.78円で終わった。年初から下がったのは、実に5年ぶりである。アメリカのサブ・プライム・ローン問題の影響を受け、世界中が衝撃を受けた中で最も打撃を受けたのが東京市場である。7月9日に最高値18,261円になったにも関わらず、結局日本の株価は世界経済の中で評価されず、瞬く間にしぼんでしまった。日経夕刊紙にも「世界主要市場の中で東京市場の低迷ぶりが際立つ一年になった」とある。来年はもう少し明るい年であって欲しい。
227.2007年12月27日(木) ミクロネシアのモリ大統領と高校ラグビー人気低下
来年4月20日に講師を引き受けている小金井市の雑学大学事務局から、2週間繰り上げて6日にお願い出来ないかと要請があった。当日は特に予定が入っていないので、了解の回答をした。タイトルは「中高年の海外旅行の楽しみ方」というもので、7月に宇都宮市民大学でお話したタイトルと同じである。宇都宮のパワーポイントに、さらに最新のニュースも加味して受講者に興味を持っていただける内容を準備しようと思っている。
「JAPAN NOW」紙に連載している2つのエッセイ原稿を書き上げ送信した。ひとつは、「世界遺産物語」の4回目で、先日訪れたチベットのポタラ宮殿について書いた。もうひとつは、もう6年目で32回目の連載になるコラム欄である。来年1月号だが、課題を終え、とりあえず年末はのんびり過ごせる。
今朝の朝日にちょっと気になる記事が2件載っていた。ひとつは、「ひと」欄に取り上げられた、ミクロネシア連邦大統領のエマニュエル・モリ氏である。パラオ本島で手広くスーパー等を営んでいた「モリさん」の子息である。エマニュエルさんにお会いしたことがあったかどうかは、記憶にないが、お父上には何度となくお会いしたことがある。お父上は、「冒険ダン吉」の孫だったから、大統領はダン吉のひ孫に当たる。厚生省の戦没者遺骨収集事業に関わっていたころ、パラオでよくお世話になった。一方トラック島にも同じような生い立ちの実業家・相沢進さんがおられた。親戚の方がJR藤沢駅前で手広く不動産業を営んでいる。相沢さんは一時プロ野球のトンボ・ユニオンズの投手として活躍された。偶々湘南高校の先輩というご縁もあり、同じ遺骨収集事業では随分助けていただいた。遺骨収集事業では、多くの人と出会い、人脈を利用させていただいた。懐かしい人たちである。
もうひとつ気になった記事は、高校ラグビーについて「『3K競技』参加校激減」という衝撃的なものである。ついにここまで来たかというのが率直な感想である。「きつい、汚い、けが」というのが、ラグビーの代名詞になり、高校生に最も嫌われるスポーツのひとつになってしまったようだ。はっきり言ってこれでは成長期に身体を鍛錬することから逃避してしまっている。16年前の最盛期に比べると高校全国大会への予選出場校が、1,490校から900校台まで減少した。ほぼ三分の二に減ったことになる。16年前と言えば、ちょうど次男が高校ラグビー部で全国大会出場、全国制覇に向け汗を流していた時代だ。あの頃は、教師も気合が入り保護者も熱が入っていた。いまは、危険だからというだけで学校も、親も腰が引けているらしい。時代の空気も随分変わったものである。ラグビーが他のスポーツに比べて、どれだけ人間を成長させるか、分からない人が多い。また、一度プレイしてみると、どんなに面白いスポーツであるかということが身体で分かるのに、最初から子どもにその機会を与えることを避けているのは、教育全体から考えて如何なものかと思う。みんな人間としてのスケールも、肝っ玉も小さくなったものだ。
226.2007年12月26日(水) 役人天国・日本
「文芸春秋」新年特別号に「暴走官僚」-エリートたちが日本を食い荒らす-という特集記事がある。5人の識者がそれぞれ専門のアイテムについて官僚の悪賢さと狡さを暴いて糾弾したもので、中々興味深い。初めて知ったことが多いが、それにしても官僚の悪質な仕事ぶりと自分自身への利益誘導ぶりには、いまさらながら開いた口が塞がらない。
これを読むと役人にはそもそも国家公務員、あるいは地方公務員になるための志がまったくないことが良く分かる。敢えて言えば、本来なってはいけない人たちが公務員になっている。公僕としての誇りや、責任感がまったくない。どうしてこういう奇妙な組織、組織人になってしまったのだろうか。
国民の収入のうち約40%が所得税を中心に国家に掠め取られている実態、公務員の高額年収、天下りのなくならない理由、等々について分かりやすく説明されている。中でもジャーナリスト若林亜紀氏の「公務員の仰天手当て」を読むと、ほとんどの国民は血が上るのではないだろうか。筋の通らない互助組合的発想で給料を下げない諸々の仕組みを考え出して、挙句に国家公務員の昨年度平均年収は、814万円に達している。地方公務員なら東京都職員の801万円を筆頭に平均700万円台である。民間企業は435万円、大企業でも616万円だそうだから、公務員はかなり優遇されている。加えて、公務員は官舎が格安、リストラなし、退職金や年金が多い、天下り斡旋、等々を考えると馬鹿馬鹿しくて税金を払うことに懐疑的にならざるを得ない。これだけの高待遇に甘えて、仕事はしない、公金はポケットに入れる、威張る、罰せられない、では話にならない。特に、技能・労務職員の高給ぶりがひどいと若林氏は指摘する。本給のほかにいくつもの手当てを組み合わせてもらっているからだと説明する。電話交換手800万円、清掃職員900万円、給食調理員850万円、バス運転手の如きは、何と1,600万円を年収としていただいている。高給の原資は、すべて国民の税金である。やはりこれは異常という以外にないのではないか。マス・メディアももっとこの点を論点として訴えるべきではないか。現下の公務員と他の国民のアンバランスは、何とかしないといけない。あ~腹が立つ。