充実したホームページに仕上げていこうと、毎日目を凝らしながら取り組んでおります。淡々と書き続けてきただけで、10年2月に初めて4桁の大台1000回を、そして奇しくも74歳の誕生日に当たる2012年「文化の日」に連続2000回を、15年7月31日に3000回、18年4月26日に4000回、21年1月19日に5000回を数えました。ここでは、出来るだけポジティブな意見や、気軽な独言、時には戯言や想い出を書き込んで、自分自身の気持ちを素直に表わしながら楽しく読んでいただけるよう心がけたいと思っております。意見の主張というより、感じたままを日記風に書き綴って参ります。身勝手な意見や、独断的な表現も見られると存じますが、どうぞご理解下さいますようお願い致します。皆さまの忌憚のないご意見をお寄せいただければ有難く存じます。
ブログ・ご意見番の意見
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250.2008年1月19日(土) 怖い高山病対策
昨日の日経夕刊に「中国『秘境の旅』潜む危険」なる記事が掲載されていた。当初山深い奥地への旅のことではないかと思っていたら、副題に「高齢者らが高山病発症」と書かれていたので、ひょっとするとチベットを取り上げているのかも知れないと興味を持って目を通した。現地日本大使館の報告によれば、最近チベットを中心に高山病などで亡くなる日本人中高年旅行者が急増しているらしい。
去年5月から10月までの僅か半年間に高山病などで死亡した日本人は、8人もいたというから驚いた。そのうち6人が60歳以上で、最高齢者は88歳だったというから怖い。やはり先日乗車した青藏鉄道が話題の中心になっている。この鉄道でチベットへ行く旅行者が増え続けている。チベット自治区は日本大使館に対して、旅行者が日程にもっと余裕を持つようにアドバイスしている。チベット旅行は基本的に高地旅行であり、高齢者の衰弱した肉体問題という以前に高山対策をないがしろにせず、予備知識を持たせることを求めているのだ。
実際、先に参加したツアーでは毎日標高3,600m以上の土地を旅行したので、旅行会社では一人ひとりに毎日酸素缶1本とミネラルウォーター2本を配布して、それなりに旅行者に気を配っている。それでも19人の参加者のうち、6人が医者にかかったし、その中で5人が点滴を受けていた。添乗員に聞くと、今までのツアーでも参加者の約三分の一が医者にかかっていたというから、やはり普通のツアーとは大分違う。旅行会社としても、旅行者の健康問題を考慮すると、これまでのように健康管理は旅行者自身で気をつけるというだけでは済まないように思う。
私自身体調を崩すということはなかったが、2つの点で今更ながら高地にいるということを再認識させられた。ひとつは、持参した血圧計で毎日計測していたが、血圧は若干高めという程度で特に問題になることはなかった。しかし、驚いたことに脈拍数が平常値の2倍に上がった。普段60前後の脈拍数が120近くにまで上がったのである。もうひとつは、外へ露出している肌の荒れ方が尋常ではなかったことだ。毎日ハンドクリームを塗っていたが、両手10本の指先がすべてひび割れ、あかぎれ状態になった。こんなことは今までなかった。いずれの異常な状態もチベットから北京へ到着した途端元へ戻った。滞在中は、酒と熱い湯は慎むように言われたが、賢明だったかも知れない。
この計測した数値をグラフにして旅行会社に参考資料として提供して、今後のツアー手配と管理に役立ててもらいたいと思っている。それにしても、68~75歳の賢明な知人はツアーにお誘いした時、行ってみたいが高山病が気になるので遠慮したいと言った。もし、参加していれば健康を害したかも知れず、止めた理由が納得出来る。
249.2008年1月18日(金) 「選択」誌の訂正公告
昨年12月以来、選択出版社との間で月刊誌「選択」12月号掲載の写真取り違いの件で小さな立ち回りを演じていた。こともあろうに次期ロシア大統領と目されているメドベージェフ氏の写真を、別人の写真を使用した大失態について同社に指摘し、正式に訂正すべきではないかと申し入れを行った件である。それに対して編集部の名無しの権兵衛氏から1月号に訂正すると言ってきたが、その文言が1月号にどうしても見つからないことに対する不審を問い質した。
今日になって漸く同誌編集長惠志泰成氏より署名入りの回答書を受け取った。返答の催促を含め、当方4通の手紙に対してやっと責任ある立場の人物から回答を得たというところだ。私が手紙を宛てた人物は編集人と称していて、ついに返事はもらえなかった。その理由とは驚いたことに、業務の多忙もあるが、本職以外の大学の講義で返事を書く時間がなかった。また、3月一杯で退職する予定とのことだった。少々呆れている。こういう無駄なやりとりをしていると、会社の組織、人材、社員の能力、会社の責任感などが段々分かってくる。一応知りたいことの回答をもらったので、もうこれ以上当方の考えや、意見を言うつもりはない。1月号に訂正公告を掲載するとのことだった件については、掲載されていた。あまりの遠慮がちの訂正に私の方が見落としていたのだ。しかし、読者の指摘に対しては真摯に対応するような掲載の仕方にはまるでなっていない。掲載はこうなっていた。「●前号82ページの写真はメドベージェフ会長ではなくメドベージェフ副社長のものでした」とあった。随分簡単なものである。しかも私が3回ほど全ページを見返して見つけられなかったほど小さな文字(フォントは記事の半分の大きさ)で欄外の下部に認められていた。こういう表現の仕方を真摯に反省というのだろうか。私にはとても理解出来ない。まあこういう一般人の理解では図れないところが出版業界の「常識」なのだろう。いずれにしろ、論理的に正論を伝えても責任逃れをしようとの本音がどうしても透けて見える。これは、今や日本社会が重症に陥っていてどうしようもないところまで来てしまった現実を、出版業界が示してくれたひとつのサンプルではないか。読者(消費者)から指摘された誤りは、出来るだけ早い内に謙虚に誤りと認め訂正することが求められるのではないか。こんな商道徳上当たり前のことが出版業界には出来ない。嘆かわしいことである。
248.2008年1月17日(木) 阪神淡路大震災から13年
早いもので阪神淡路大震災から今日で13年になる。神戸ではいろいろな行事が行われたようだ。テレビでも神戸の様子をいろんな角度から伝えていたが、私には実体験がないので恐怖の臨場感は分からない。しかし、1999年8月にトルコで大地震に遭遇した時は現場にいて、腰を抜かさんばかりにびっくりした。阪神大震災だって、朝起きた時テレビ画面から煙の立ち上がる光景を見た時の驚きは、忘れようにも忘れられない。その晩のことだった。突然地球の裏側の、リオ・デ・ジャネイロの友人、アリンド・フルタードさんから電話があった。「神戸の震災をニュースで知った。セツオの家族は東京だから大丈夫だと思うが、神戸の友人は大丈夫か?」と知り合いの中に震災による被害者がいないかどうかを心配してくれて、わざわざ国際電話で尋ねてくれたものだ。神戸に知り合いはいないので、被害者はいないと伝えたら、安心して直ぐ電話を切ったが、こういうところまで細かく気を遣ってくれる外国人の友情に感激したものだ。
午後、池袋にある東京交通短期大学を訪ねた。会社勤めのころに、部下だった桑原賢二さんから外部特別講師として講義してもらえないかと先日電話があり、その打ち合わせに出かけた。私が会社を辞めてから、彼はリストラされ、随分苦労したがこの短大に就職関係の事務職ということで職を見つけ、現在では講義を持ち助教(准教授の一方手前)として堂々活躍してくれている。喜んで引き受けることにしたが、こういう形で元の部下が頑張っている様子を見るのは嬉しいものである。彼の元気溌剌とした顔色を見ていると、水を得た魚のようである。日時は短大に委ねてあるが、彼のためにも期待に応えてあげて良い講義をしてあげたいと思う。
夕方には、渋谷で山崎洋さんと再び会った。いつも日本に帰ってくるとお互いに旧交を温めながら、情報交換をしているが、山崎さんとの話はリベラルな話が中心になって、いろんな意味で触発される。聞けば、先日父上の遺骨を戦火で見失った場所が判明したとのことだったが、その場所、世田谷キリスト教会庭園で土を採取し、翌日富士霊園の両親の墓へ納めたそうである。波乱万丈の生涯を送られたご両親も喜んでおられるのではないだろうか。
また、山崎さんから小田実さんに関する個人的な話も聞いた。1990年以前にミロシェビッチ大統領に対する反対デモがあった頃、ベオグラードで彼は小田さんを諌めたそうである。小田さんは一丁やるかと勢い込んでいたそうだが、山崎さんは、その当時のデモは学生主体でアメリカやNATOに支援されたものだから、これに労働者でも合流すれば基盤が出来るが、学生だけの反対デモではいずれ終息すると小田さんを止めたそうである。これも面白い話だ。山崎さんも小田さんを説教するんだから大したものだ。夕食は3時間以上に亘って日本酒とウナギで大いに盛り上がった。
247.2008年1月16日(水) 人材不足で行き詰る日本社会
昨年夏に起きたアメリカのサブ・プライム・ローンの破綻以来、アメリカ証券市場を中心に世界的な株安傾向が止まらない。日本の株式市場の下落も目を覆わんばかりである。今日の東京株式市場日経平均の終値は、対前日468.12円安で、4日連続して下がり、この4日間だけで1,000円を超える大幅の下落だった。昨年末以来でも日経平均は2,000円も下げている。日経平均がついに13,500円台になって、バブル経済崩壊期を思わせる勢いである。
問題は、これだけ日本の株式市場が低迷して世界的に信用ががた落ちしている中で、政府首脳や、財務・金融当局は、相変わらず手を拱いているだけで、一向に新しい対策を打とうとしない。今年後半には株価は戻ると信じていると、保証のないおまじないを当てにしている馬鹿な大臣もいる。打開するには難しい局面であることは分かるが、このまま放置するだけでは国民の不安は解消しないし、金融当局には働く人は必要ないということになるのではないか。
おりしも、オーストラリア近海で日本の捕鯨調査船が、NGOシー・シェパード船の追撃を受けて2人が強引に日本の調査船へ乗り込み、逆に取り抑えられたニュースがオーストラリアでは大きくマス・メディアに取り上げられ、スミス外相やギャレット環境相が日本を強く非難している。ギャレット環境相の如く、日本の主張はデタラメだと言うに至っては、いかに日豪首脳の間にコミュニケーションが欠けているかを如実に表している。これまで日本政府の外務省、農水省、環境省がいかに無能であったか、彼らは自分たちの任務、職務を何もやっていなかったのではないか。
いまや政府職員の養成には、アメリカの大学、それもHYPS(ハーバード、イェール、プリンストン、スタンフォード)に派遣させて外交術、交渉術を学ばせることが、対外交渉上不可欠だと言われるようになっている。中国では年間8,000人をアメリカの大学へ留学させる計画だというが、日本では現状で80人だそうだから、いずれ中国あたりとマン・ツー・マンの交渉では勝負にならなくなってくる。こうして、日本は役人が海外のエリートに打ちのめされ、政治家は発育不全の世襲議員ばかりになって、国際社会の中で相手にされず、漂流するようになるのではないか。
早くまともで、外国人と議論できる人材を養成しないと日本の将来は、外国の言いなりになる。
246.2008年1月15日(火) 酒のペンクラブ会合
西新橋の「ひそか」で、酒好きの文士の集まり「酒のペンクラブ」の1月例会があった。以前に2回ほど参加したことがあるが、今回は先月号の機関紙「酒だより」に寄稿した縁もあって、11月の洞窟コンサートに参加した小中陽太郎さん、日経の西山貢さんからお誘いを受け出かけた「酒だより」も先月が第176号というから、随分長い歴史がある。酒だけを肴にして、いろいろ各地の酒、中にはキューバの地酒を持って来られた女性もいて、これほど酒を楽しみとして嗜む幸せな人たちの集まりは知らなかったが、文章作りのプロが集まって、持ち込んだ酒を飲みながら他愛なく楽しんでいる姿は、これまで知らなかった世界だけに面白い。これまで勤めていた会社と違って、思い思いに感じたことを他に気兼ねなく発言しているようで斬新な感じがする。新しい発想が生まれてきそうな気もする。
終わって帰りに東横線沿線仲間の小中さんと大倉山の岡敬三さんとともに、小中さん馴染みの都立大学駅前のバーに立ち寄り、いろいろお話を伺った。
今日新風舎から拙著の引き取りについて社長名の書状を受け取った。この件について小中さんや岡さんからご意見を伺ったが、今後どうするか、次の出版も含め熟慮しないといけない。拙著については放っておいてもよいが、岡さんの経験に照らせば、新風舎に対して主張すべきは主張した方がよいようだ。