充実したホームページに仕上げていこうと、毎日目を凝らしながら取り組んでおります。淡々と書き続けてきただけで、10年2月に初めて4桁の大台1000回を、そして奇しくも74歳の誕生日に当たる2012年「文化の日」に連続2000回を、15年7月31日に3000回、18年4月26日に4000回、21年1月19日に5000回を数えました。ここでは、出来るだけポジティブな意見や、気軽な独言、時には戯言や想い出を書き込んで、自分自身の気持ちを素直に表わしながら楽しく読んでいただけるよう心がけたいと思っております。意見の主張というより、感じたままを日記風に書き綴って参ります。身勝手な意見や、独断的な表現も見られると存じますが、どうぞご理解下さいますようお願い致します。皆さまの忌憚のないご意見をお寄せいただければ有難く存じます。
ブログ・ご意見番の意見
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255.2008年1月24日(木) 新聞連載小説は面白いか。
新聞連載小説をある面で楽しみにしている。朝日と日経を購読しているので、朝夕刊を併せると毎日4つの連載を読んでいることになる。中には、興味津々で翌日の続きを期待して待つこともある。ところが、全然面白くもなくおかしくもなく、実にくだらないと思えるような連載もあって、根気強く毎日読み続けている内についにさじを投げ出してしまうものもあり、それぞれ千差万別、玉石混交である。
朝日と日経の小説を読み比べてみると最近では、断然日経に軍配を上げたくなる。最近の朝日はどうしてこうもつまらない小説を、次から次へと連載するのか。選び出す眼力がなくなったのではないだろうか。選出する編集責任者の慧眼に衰えが見えるのだろうか。まだ読んでもいない作品を採用する根拠は何なのだろうか。つまらない小説は、一般にストーリー性がない。漫画的幼児的、荒唐無稽、面白くない、感動を呼ばない、話の筋に一貫性がない、深みがない、等々に大体途中でギブアップしてしまう。作者は割合今風の売れっ子なのに、どうしてこうもつまらないのだろう。作者の売り込みとか、最近のネームバリューに負けたのだろう。
その点で日経の小説の方が面白い。ただ今朝刊に連載中で、明治時代に賭場の抗争の末に台湾に流れ落ち、故郷九州を想いながら働く主人公を、鉄火女の妻や周囲の人物像とともに描いた、北方謙三の「望郷の道」にしろ、或いは、亡くなった画家の絵をめぐり、未亡人と出版社のやりとりを画家の故郷を背景に情感を込めて描く、夕刊連載篠田節子の「薄暮」にしろ、話の設定もよく出来ていて骨太く、考えさせられ興味もそそられる。流石に大御所の作品である。
一方、最近の朝日の連載小説は、何とか読んでいるという感じであるが、それでも今の朝夕刊の2つの作品は、つまらない。夕刊連載の長嶋有の「ねたあとに」は読むのを止めてしまった。朝刊島田雅彦の「徒然王子」も今のところあまり読みたいという意欲を掻き立ててくれない。先日連載を終えた夢枕獏の「宿神」が、前半の話の展開から後半に期待をさせてくれたのだが、「あっと驚く為五郎」式に一気に完結となってしまった。後半の重要ストーリーをカットしたからだ。平清盛と西行法師の友情という珍しい組み合わせや、清盛の成長過程で武士と僧侶、公家のからみがどんな展開になるか期待していたところ、あっという間に何十年の月日が流れ、西行は浄土寸前の年齢に達し、清盛はすでに死んだというあまりのスピーディな展開には、呆気にとられた。肝心要の箇所で、期待していた内容が欠け落ちていますよと言いたいところが、案の定今日の朝日夕刊によると作者は、この点を充分承知したうえで別途清盛編を書くという。「書ききれぬ部分が残ってしまった。それは、たとえば‘清盛編’とでも言うべき部分であり、もっとわかり表現するなら、世に言うところの『平家物語』まるまるひとつ分である。あの『平家物語』の中で、清盛と西行がどのように生きたのか。あらためて、これを朝日新聞社の雑誌『一冊の本』で、連載させていただけることになった」。冗談じゃない。これまで熱心に読んでくれた読者を愚弄しているようなものだ。最初から新聞社と作家がグルになって新刊本として売りつけようとしているのではないか。大朝日も大朝日なら、作家も何を考えているのか。えらくせこいご時勢になった。
254.2008年1月23日(水) ガソリン暫定税率はどうなるのか?
今週の天気予報で今日は「雪」が予想されていたが、案の定今朝起きたら外はしんしんと雪が降っていた。辺りは銀世界で最近では珍しい。やはり日本の風景は古来花鳥風月がよく馴染んでいると思う。その中でも雪景色は日本の雅とか、わび、寂びの表現にぴったりである。
さて、今通常国会で議論される中心テーマは何が何だかさっぱり分からない。ガソリンの暫定税率か、年金、医療、景気なのか。
ガソリンの暫定税率は奇妙なことに、すでに34年間に亘り「暫定」が継続されている。本来ガソリン収入は税率云々より、それ自体が道路特定財源になっていることが、むしろ問題になっていた筈である。なぜガソリンだけ特別扱いしたのか。この特定財源は、いまや5兆6千億円の巨額に達していながら、一般会計に対する財政投融資と同じように国民の目にそれほど触れられていない。国民の目を逃れながら、地方の道路財源を主に、要らない箱物を作る財源ともなっている。隠し玉みたいなものだ。いま急に表舞台に飛び出したガソリン減税を、どうしようとしているのか。ガソリン税暫定税率を延長しようというのか。これだけマス・メディアが報道するなら、敢えて他の税法と一緒にセットで法案を通すことも問題ではないだろうか。暫定税率廃止を声高に国民に訴えている民主党内も賛否両論で、中には政府案に賛成の民主党員もぞろぞろ現れてきた。同じ党内で喧々諤々の議論を戦わすのなら結構であるが、そういう過程を省略して一方的に国民の人気稼ぎに夢物語を発表されても困る。もうひとつ、政府も他野党もガソリン税に関して、分かりやすい説明をする責任があるのではないだろうか。
253.2008年1月22日(火) どうなる株式市場の行方
ここまで株安が進行するかと思うほど株式市場の低落傾向はひどい。昨日の東京株式市場の日経平均終値は、驚いたことに前週末比535.35円安の13,325.94円となり、2年3ヶ月ぶりの安値となった。それにも関わらず、今日も昨日に続き株価は下げ続け、対前日比752.89円のダウンで、日経平均は何と12,573.05円まで下がってしまった。私の経験上これまで1日でこれだけ下がったのを聞いたことがない。昨日と今日のたった2日間で1,288円も下げ、年初以来の値下げ幅は、実に2,700円を超えている。今日の夕刊各紙は申し合わせてように、東証13,000円割れをトップ記事で報道している。
この惨状に対して、例によって福田首相の今日のコメントは「米経済の下ぶれリスクや金融資本市場の変動、原油価格の高騰などがわが国経済に与える影響を充分に注視していく必要がある」と、相変わらずノー天気で新たな金融政策を打ち出す気持ちはないようだ。もっとも昨日、この株安傾向に対して「福田政権になって具体的な金融政策が打ち出されないことが、原因のひとつではないかという専門家がいる」との質問を受けた首相は、「そういう専門家はいますか。いればお会いしたい」とまるで意に介していない。また、自民党伊吹幹事長も記者会見で「福田首相が経済・金融政策をよく分析していないとの声がありますが・・・」と同じような質問を受けて、「そういうあなたの分析がおかしい」と大物ぶり?を発揮している。また、担当の額賀財務相もいまは一喜一憂すべき時ではないとつれない応答である。
いよいよこれでは日本の政治と金融政策はダメになるということを痛感する。いま咄嗟にどうすればよいかと聞かれれば考えあぐねてしまうが、大きな要因として、①米金融筋の信用不安、②外為市場の円高とドル安、があると言われている。そうだとするなら、当分この泥沼から抜け出ることは出来まい。多少株式を所有している身としては、これから先も気のもめることである。
252.2008年1月21日(月) 心配な日本外交の将来
「論座」2月号に中々秀逸な論文が載っている。戦後の日本外交が辿ったトレースと未来展望を分析したものだ。「日本外交を構想する」と題して、添谷芳秀慶大東アジア研究所長が寄稿したものである。論点は二つある。日本外交のスタンスに観念論が左右しているということと、日本の外交機軸は米中ロの谷間の存在ではなく、それらに捉われない、アセアン、豪州、韓国に軸足を置くべきであると提唱している。吉田外交の平和憲法による武力放棄を、何とか日米安保で下支えしてきた矛盾の経緯についても触れており、大筋で同感出来るもので内容的にも読み応えがある。
これを読んでいると外交官は単なる職業外交官というわけではなく、政治力、先見性、教養、コミュニケーション力も持たなければ、国家の過ちに加担することになると示唆している。そのためには外交官は、平素から生きた正確な情報収集のために、現地の人と幅広く、ポジティブに接触する努力を怠ってはならない。
どうも日本の外交官は、情報はパーティで入手するものだと思っている節がある。迫力も泥臭さもまるでない。特に地位が上がるにつれてそういう傾向がある。同誌上の「歴代の駐日英国公使1859-1972」書評欄にも書かれているが、「東京に駐在する外交官の中で日本の悪口ばかり言う人がいる。彼らはたいてい日本人の友人がいない」。これは、日本人外交官にとっても反面教師であって、引っ込み思案の日本人外交官には、プロトコールばかり気にして尊大なエリート意識が強い人が多く、現地の人たちとのコミュニケーションが少ない。その点では、賛否はあるが、ある面で外務ノンキャリア官僚の佐藤優氏のように、相手国の言葉を話せて酒も強く、どんな人とも対等に付き合い人脈を構築し、相手の懐に飛び込んで情報を手繰り寄せる、図太さがある面では必要である。場合によっては、「清濁合わせ呑む」度量も必要ではないか。
日本の外交官は昇進の階段を昇るにつれて、自分の経歴に傷がつかないよう大胆な行動を慎む傾向がある。しかも、上に行くに従って赴任地における直近の勤務経験がない。情報を取るべき相手国の要人との間に緊密な人脈が構築されていない。自然に情報収集は部下任せになる。これでは自分の直感や判断力が鈍って、独自の構想もまとまらないし、まったく外交面で力を発揮することは出来ないだろう。日本では一番重要な外交と防衛が弱々しいひよこなのだ。とても、したたかな一等国の外交官と太刀打ち出来るわけがない。日本には、まだ鎖国時代のトラウマが残っている。
251.2008年1月20日(日) 愚かな政治家を何とかして追放しよう。
一昨日通常国会が開幕した。福田首相の所信表明演説の評判があまり良くない。ねじれ国会で中々思うように政治が機能せず、つい野党・民主党に遠慮する意見しか「言わず」、「出来ず」で、世論の支持率も就任当初に比べてぐんと下がった。所信表明演説でもやたらに「国民のために・・・」という表現が目立つばかりで、言葉だけが宙に浮き本当に国民のことを考えているという気持ちがメッセージとして伝わってこない。国民に伝える政治家の伝達力が完全に衰えている。これでは「もうこれ以上は出来ません」とばかり無能ぶりをさらけ出し、政権を放り出した「長州のバカ殿様」、安倍晋三前首相と大して変わらないではないか。
先日衆議院で与党が三分の二条項を使って新テロ法を採決した際、肝心の採決直前になって野党第1党の民主党小沢一郎党首が一票を投じることなく議場を去り、大阪府知事選の応援に駆けつけ物議を醸した。これを見ていると、焚き火をしていて火事になると慌てて逃げる子どもみたいで、この小沢という人間の無責任さには呆れるばかりだ。当然他政党や良識派の同党議員の間から批判的な声が上がり、罪の意識を感じた鳩山民主党幹事長が謝罪する一幕があった。民主党内もバラバラで分裂寸前を思わせる。それでいてご本人の小沢党首は、非難をまったく意に介さず居直り会見をして、新テロ法は国民のためにも、民主党のためにもそれほど重要とは思っていないと、この期に及んですごんで見せる。仮にそうだとするなら、新法案を国会に提案するまでもないではないか。ならば、それまでの新テロ法案騒ぎは何だったのかと問いたい。小沢氏の政治感覚とバランス感覚は少し狂っているのではないか。
こういう国民を舐めきった国会議員と称するアホな「地方大名」が、大きな顔をするから政治がだめになり、国家が崩壊し、いずれ国民が路頭に迷うことになる。早いうちに、政局に明け暮れるばかりで理念のない、福田、小沢、町村、石破、両中川、麻生ら政界を牛耳る世襲議員連中を、何とかして締め出す方策を考えないと国民が、彼らの食い物にされるだけだ。