充実したホームページに仕上げていこうと、毎日目を凝らしながら取り組んでおります。淡々と書き続けてきただけで、10年2月に初めて4桁の大台1000回を、そして奇しくも74歳の誕生日に当たる2012年「文化の日」に連続2000回を、15年7月31日に3000回、18年4月26日に4000回、21年1月19日に5000回を数えました。ここでは、出来るだけポジティブな意見や、気軽な独言、時には戯言や想い出を書き込んで、自分自身の気持ちを素直に表わしながら楽しく読んでいただけるよう心がけたいと思っております。意見の主張というより、感じたままを日記風に書き綴って参ります。身勝手な意見や、独断的な表現も見られると存じますが、どうぞご理解下さいますようお願い致します。皆さまの忌憚のないご意見をお寄せいただければ有難く存じます。
ブログ・ご意見番の意見
ブログ一覧
280.2008年2月18日(月) 寺島実郎氏定期講演会
「知的生産の技術研究会」の定期講演に、顧問を務めておられる寺島実郎氏の講演をお願いした。毎年大体この時期の恒例として寺島講演会も定着して、毎年決まって聴講に来られる人もいる。昨日八木会長から受付の手伝いをして欲しいと依頼されたので、少々早めに会場のテラハウスへ出かけた。
高校の先輩である天野武和さんと和田正温さんもお誘いしたら快く参加してくれた。やはり寺島人気で熱気が溢れ、会場には100名を超える受講者が待っておられた。寺島さんの講演は、7日に伺ったばかりだが、その時は前段に大勢のお祝いの挨拶やら、その後のパーティもあり、中に挟まった寺島さんご自身の講演はほんの30分程度だったので、何となく物足りなく消化不良の点があった。今日は、質問も交え2時間たっぷり時間をとってくれた。
寺島さんの話は、相変わらず核心をずばりと突く小気味よさがあり、いまナウい話題を捉えては次から次へ関連づけて解説してくれて、聴く者を納得させてくれる。話に数字の裏づけが伴うので、とにかく説得力がある。講演時間がたっぷりだったおかげで、前回に比べ論点を掘り下げて、分かりやすく説明してくれた。
前回同様中国の巨大さ、進展について、アメリカとの対比の中で日本がいつまでもアメリカの後追いでよいのかとの問題点を再び指摘された。
いまの日本経済力低下を救うために、輸出に有利な円安誘導を唱える声があるが、過去湾岸戦争時に原油価格高騰を凌いで経済破滅を防止出来たのは、国内産業成長によって培われた底力と、外国経済の波を円高によって吸収したものであり、一概に円安、低金利がよいとは言い切れない。また、企業物価指数として素材原料と最終財の極端なギャップや、ワーキングプア、さらに失われた10年についても熱をいれて話された。
今回特に力説していたのは、空海についてだった。昨年夏高野山のセミナーで講師を務めて、改めて空海を学んでいるという。空海が理工系の人だったとは初めて知った。
日本国内では、科学で飯を食えない。そのようなプラットフォームが整備されていないと嘆いてもおられた。まだまだ書ききれないほど話されたが、受講者は私語もなく熱心に聴いておられた。ほとんどの人が満足されたのではないだろうか。終わってから、天野さん、和田さん、それに「JAPAN NOW観光情報協会」の杉さんに感想を尋ねたら、とても良かったと言っていた。こういう講演会は主催する方としても、やりがいがあって楽しい。
279.2008年2月17日(日) 日本語の乱れ
一昨日新潟から一時里帰りしていた二男が今日新潟へ戻った。やはりその土地に住んでいる人間から聞くとなるほどと思うことがある。1つはガソリン代について聞いた話だ。車がないと仕事にならないようだが、ガソリンの需要が多い地方都市なので、経済原則から言えば安くて当然である。ところが輸送費がかかるのか、逆にガソリン代はかなり高いらしい。やはりこういう問題は、現地に住んでみないと分からない。2つ目は、新潟は雪国であるだけに人々は雪に慣れ、雪について詳しく知っている。雪が降ってくるのを見て、この雪は積もるか、積もらないかを即断出来ると言って感心していた。
今年は全国的に積雪が多く冬山の遭難者も多い。ところが、油断したのか航空機の人為的なミスが札幌・新千歳空港で起きた。日本航空機が離陸しようと滑走路を飛び立つ寸前に、同じ滑走路の前方で着陸したばかりの同じ日航機がまだ残っていた。雪で前方が見えなかったというパイロットの証言だが、札幌は冬になれば毎日雪が降るので、その対策は充分やっていたはずである。管制官のいう通り鸚鵡返しに繰り返せばよいのに、違う言い方をしたらしい。マニュアル通りに操作していなかった。これは、明らかに慣れからくる油断だ。幸い事故にはつながらなかったが、生命に関わる事故と連動しかねないだけに、航空会社は乗務員を再教育して、マニュアルの再点検を徹底して欲しい。
昨日文科省による学習指導要領の改訂が発表されたが、国語については、適切に表現し正確に理解する能力を育成し、伝え合う力を高める云々とある。皮肉なことに、今朝の日経紙最終頁のエッセイに作家・工藤美代子氏が「原宿はらはら」というテーマで、最近の原宿風景を描写していたが、近頃の女子中学生の服装と言葉遣いの乱れに呆れ果てていた。長い間住んで愛着もあり懐かしい原宿だが、とても住んでいられなくて最近引越ししたそうだ。
今朝の「天声人語」にも最近の言葉遣いには、会話を弾ませる大切な熱を奪う言い回しが多いと嘆き、その例として「自分の中では・・・」とか、「わたし的には」、「~かな、みたいな」という表現が間々見られると指摘している。文科省は精一杯やっているのだろうが、言葉の破壊に力を貸しているのは、間違いなくテレビ局だろう。あまりにも愚劣なバラエティ番組で低級な笑いを誘って、程度の低いタレントが程度の低い視聴者に迎合している。このまま日本語が破壊され続けると、日本の古典はいずれ外国語になってしまう。
278.2008年2月16日(土) 学習指導要領の改定
文部科学省が、学習指導要領を改定する。09年度から段階的に移行して、小学校が11年度、中学校が12年度から全面実施する。「ゆとり教育」に対する懐疑的な声がかなり出ていたうえに、国際的にも日本の児童・生徒の学力低下がはっきりしてきたので、改定には大きな反対はないようだ。
しかし、「ゆとり教育」が問題ありとするなら、当然精査して、まず不十分な箇所を補う方策を考えてみるのが、教育のような地道なアイテムにとっては最も大切ではないだろうか。徹底的に議論を重ね、時間をかけて解決していくことこそが、教育には大切だと思うが、ダメと断定してばっさり切ってしまう点は、とかく優柔不断の日本人にしては珍しい。これでは「ゆとり教育」は何だったのかということになる。少なくとも「ゆとり教育」が検討され、それを取り入れるために充分分析され、そのうえで新しい道へスタートしたはずだった。それを草木もなびくが如く、すべてアンチ「ゆとり教育」というのでは、徒に時間を浪費していただけだったということになる。現場の教師や、生徒のことを考えずに、統計結果だけを捉えて概念的に決めてしまうやり方は、どうだろうか? あれだけ「ゆとり教育」を大騒ぎして鳴り物入りでスタートさせていながら、10年足らずで方針転換だから、現場に関わっている教育者が一番苦労されるのではないだろうか。
今度の改定では、授業時間数が確実に増える。特に、理数系の授業が大幅に増える。しかし、教師の数は充足されているのか。文系ならともかく理数系の教師の養成が大丈夫なのか、おいそれと充足出来るとも思えない。すると、従来の理数系の教師に負担がかかることになる。「ゆとり教育」で評判のよくなかった「総合的な学習」は、すでに授業時間数が減らされているらしい。授業時間が増える分は、「総合的な学習」が削られるようだ。
そのほかには、数学で3.14を条件付きながら、3.1として計算してもよいなどと馬鹿げたことを言っていたが、案の定今後は再び3.14でなければならないということになった。
最大の問題は、表向きでは教育は最も大切と言っておきながら、本音としては金を稼がない文部行政は、政治家からは最も軽視されている。すべて文部官僚に任せ、事が起こればポーズとして動く。それが証拠には、一番長期的な戦略が求められる仕事であるにも関わらず、結論だけは短期的な即決を求めていることからもみてとれる。
277.2008年2月15日(金) 市川昆監督作品・映画「ビルマの竪琴」
映画監督の市川昆氏が亡くなった。大変話題の多い監督だった。ヘビースモーカーとしても知られていた。監督をされた東京オリンピックの記録映画が、芸術か記録かと論議を呼んだことが懐かしい。凝り性の市川監督は、随分多くの名画を撮ったが、本人が納得しないともう一度同じ映画をリメイクして撮った。私自身どちらかというとあまり映画は観る方ではないが、市川監督が撮った2つの「ビルマの竪琴」だけは、いずれも観た。第1作はモノクロで安井昌二が水島上等兵を演じた。第2作はカラー映画で中井貴一が主演した。なぜ監督はこの映画を2度も撮ったのか。今朝の日経「春秋」によれば、「赤い土の色、僧侶たちの黄色い衣、金色に輝くパゴダをカラーで撮りたい」渇望を忘れられなかったからだそうだ。確かに赤、黄色、金色はビルマを象徴するカラーと言えば言える。しかし、監督が惚れこむほどビルマを表すのにカラーに魅力は感じない。私は、第1作のモノクロ映画の方が、ビルマの落ち着いた雰囲気をよく表していると思っている。
映画は現地ロケを敢行したが、ビルマにおいては非現実的なシーンをいくつか撮っている。私自身かつてビルマへしばしば行っていた頃に、2つの点でビルマの人たちから教えられたことがあった。ひとつは、第1作で日本兵が土足のまま、ラングーンの象徴、シェ・タ・ゴン・パゴダ内を走り回るシーンで、あの光景はあり得ない。確かにあそこでは靴を脱がなければ、上へは上がれない。2つ目は、お坊さんが楽器を奏でることは絶対ないということだった。修行する僧侶が悦楽のための楽器なんか絶対に弾くことはないと強く言われた。小説の内容は、なかなか日本人の琴線に触れるストーリーで、戦後まもなく出版されたこともあり、戦地に残る日本兵のことを考えると身に詰まらせられて、つい涙もろくなった時代性が背景にあった。原作者の竹山道郎氏は元一高の教授だったが、残念ながらビルマへ行ったことがなかった。それが、細かい点で整合性を欠く結果になってしまった。
まあしかし、小説も映画も良かった。市川監督のご逝去でついビルマに話が行ってしまったが、国情が落ち着いたら再び行ってみたいと思っている。国民性が素晴らしく、懐かしい国である。
276.2008年2月14日(木) 悲しいかな、南大門消失
3日前の夜、韓国ソウル市内の中心にある韓国歴史建造物の象徴的存在だった南大門が放火により焼失した。南大門は韓国国宝第1号で、消火作業の近くで心配そうに見つめる韓国人が焼け落ちた瞬間、泣き崩れるシーンが放映され、身につまされた。その前を何度か通ったことがあり、また韓国人のプライドでもあることを知っていただけに彼らの気持ちが痛いほどよく分かる。
600年前に建造されたこの木造建築物は、いまも韓国の人々にとっては大切な文化財であり、国民の心のよりどころであっただけに惜しみても余りある。1950年に日本でも同じように、金閣寺が修行僧の放火によって焼失した。いずれも同時代の貴重な建造物だった。ただ、どうも解せないのは、これだけ大切なものがどうしてこんなに警備の手が薄く、簡単にホームレスが入り込み、放火されてしまうのか。なぜ防火用のスプリンクラーも設置されていなかったのか分からない。それに、消防と文化財保護担当者との縄張り争いのような両者の間に齟齬を来たしていたような憶測もあり、消火活動がスムーズに出来なかった点も指摘されている。それにしてもやはり管理が甘かったとしか言いようがない。消防士も悔し涙を流しながら、消火出来なかったことも悔しいが、国宝を失ったことがもっと悔しいと話していた。元ソウル市長で、次期韓国大統領の李明博氏も早速現地を訪れた。再建されるとのことだが、所詮本物ではない。同じところに同じ形をした、同じデザインの建物が建ってもそれは、はっきり言って偽物である。一旦失ったものは大きい。そして、永久に帰ってこない。国宝や重要文化財を管理する人は、こういうことも念頭に本腰を入れて防止策を講じて欲しいと思う。
さて、昨日検察長官会同において、鳩山邦夫法相がまた呆れた発言をした。昨年鹿児島県警の捜査手法が冤罪だったとの決着がついていた事案を、蒸し返して冤罪と呼ぶべきではないと考えているというような発言をして、当事者、常識人を怒らせ、世間を呆れさせている。これほど失言・放言を繰り返す大臣、しかも法の番人である法務大臣はそう滅多にいない。大臣としてのセンス、資格がないし、本来大臣になってはいけない人だったのだ。つい最近も友人の友人はアルカイダだどととぼけた発言をして世間の顰蹙を買ったばかりである。
現行の死刑制度についても、刑が確定したら自動的に刑を執行出来ないかと不謹慎な発言もしている。この人は苦労をまったく知らず、世の中のことが全然分かっていない。こういう人がトップにいる法務官僚もたまったものではない。もっと頭にきているのは、国民である。親から「選挙で当選する印籠」を世襲しただけの世襲議員はこれだから困る。いつも騒ぎを起すのは、世襲議員ばかりではないか。こんな放言・失言癖のある人は、また近いうちに放言をやりかねない。安倍首相に任命されたからといって、そのまま引き継いだ福田首相の任命権者としての責任が問われないわけではない。福田首相は一日も早く鳩山法相を罷免すべきである。