ブログ・ご意見番の意見

 充実したホームページに仕上げていこうと、毎日目を凝らしながら取り組んでおります。淡々と書き続けてきただけで、10年2月に初めて4桁の大台1000回を、そして奇しくも74歳の誕生日に当たる2012年「文化の日」に連続2000回を、15年7月31日に3000回、18年4月26日に4000回、21年1月19日に5000回を数えました。ここでは、出来るだけポジティブな意見や、気軽な独言、時には戯言や想い出を書き込んで、自分自身の気持ちを素直に表わしながら楽しく読んでいただけるよう心がけたいと思っております。意見の主張というより、感じたままを日記風に書き綴って参ります。身勝手な意見や、独断的な表現も見られると存じますが、どうぞご理解下さいますようお願い致します。皆さまの忌憚のないご意見をお寄せいただければ有難く存じます。

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285.2008年2月23日(土) 初めて認められた陵墓立ち入り調査

 宮内庁が管理する神功皇后陵に考古学会・歴史学会の代表者が初めて墳丘の立ち入り調査をした。陵内に入り古墳の外周を歩きながら、測量図と実際の古墳の形を見比べ、写真を撮っただけだったが、初めて天皇・皇族クラスの墓と言われる「陵墓」へ立ち入りが認められたということ自体に意義がある。今回は立ち入ったというだけであるが、いままで認められていなかった内部への立ち入りが許されたことを評価したい。始めの一歩である。これからはもっと考古学的な調査が細部に亘って出来るような、実のある立ち入り調査を認めてもらいたい。

 それにしても情報公開の世の中で、宮内庁はどうしてこれまで陵墓への立ち入り調査を頑なに認めてこなかったのか。陵墓では、かりに発掘調査まで許されるなら相当価値のある考古学的な、また歴史的な遺跡、遺品が発見される可能性が高い。日本史上の新しい歴史的発見だって見出せる希望がある。こうした陵墓が日本国内には700箇所ほどあるという。史跡の宝庫ではないか。考古学者がよだれを流して流し目を送っているのがよく分かる。

 エジプトやインド、その他の陵墓には観光客ですら容易に見学することが出来る。日本では、現存する天皇家の出自にも関係する、遺品発見だけに慎重になるのも分かるが、あまりにも閉鎖的ではないだろうか。

 現在活動しているNPO「江戸城再建を目指す会」の目的は、国民の賛意を得て旧天守閣跡地へ当時のままの天守閣を再建することにあるが、皇居東御苑の天主跡は完全に空き地になって、しかも天皇ご一家がお住まいの吹上御所や、東宮御所とは大きく仕切られている。防犯上の問題点も見られないと思う。されど宮内庁には、天守閣再建について拒絶反応が強いようだ。宮内庁職員には、国の土地、つまりは国民の土地だとの意識がまったくなく、自分たちの土地だとの気持ちがあるようだ。

 とにかく宮内庁は一歩踏み出した。この動きがどこまで進展するのか。国民のためにも、考古学のためにももっと英断を振るってもらいたい。

2008年2月23日 | カテゴリー : 未分類 | 投稿者 : mr-kondoh.com

284.2008年2月22日(金) 防衛省と海上自衛隊のお粗末

 心配していた通り、房総沖の漁船とイージス艦「あたご」の衝突原因の究明で上へ下への大騒ぎである。問題が段々大きくなってきた。もう4日間も行方不明になった漁船の乗組員父子の海上捜索で、地元の漁船が動員されている。少しずつ様子が分かってきたが、いまだに防衛省では「ただ今調査中」の一点ばりで、責任や原因を明言していない。「あたご」が漁船を発見した肝心の時刻が少しずつ修正されている。辻褄あわせをやっているとしか思えない。自衛隊の呆れた体質には、堂本千葉県知事や、20年前の「なだしお」事件の被害者の遺族からも批判の声が挙がっている。元海上自衛官や専門家に言わせれば、この状況下での衝突自体があり得ないという。防衛省の言い分にはいくつかの疑問点がある。漁船を視認した時刻、それが艦内に伝えられた後の措置と対応、漁船に対して警戒注意を発しなかったこと、自ら回避しようとの行動をとらなかったこと、等々で地元の漁業組合員に不信感を与えてしまった。防衛省はそれに対して、即応した的確な回答や対応をしていない。こういう公海上の事故に対してどうすべきかは、専門家や当事者でなければ分からないが、今回ばかりは防衛省と自衛隊サイドに過失があることが徐々に明らかになりつつある。

 それにしても国会質疑を聞いていると、防衛大臣の責任論ばかり追及しているが、いま辞めてどうするのか。漁業組合からもすぐ辞めるようなことはしないで、きちんとかたをつけろと言われているのだ。大臣が逃げたら、真相はもっと暗闇である。政治家というのは、政局だけで動くからピントが外れている。防衛省という官僚機構も内部崩壊しているが、政治家どもの馬鹿さ加減も一向に良くならない。

 だいたい行方不明者父子の捜索に、漁業組合の僚船が毎日仕事を休んで必至になって当っているのは、本来の主旨から言えばおかしいのではないか。いまごろになって海洋探査船を捜索活動に投入してきた。防衛省はすべて人任せで自分のミスで起した事故の責任すら解明出来ないでいる。対空ミサイルを打ち落とす性能は抜群と自慢たらたらで、杜撰な航行によって国民を犬死させたりして、こんな傲慢な「海軍」で、国家を守ることが出来るのか。

2008年2月22日 | カテゴリー : 未分類 | 投稿者 : mr-kondoh.com

283.2008年2月21日(木) 国際ペン・フォーラム前夜祭

 いつもなら日比谷の東京會舘で開かれる日本ペンクラブの月例会が、今月はペンの年間行事の一環として「世界P.E.N.フォーラム『災害と文化』」前夜祭を兼ねて、新宿・京王プラザホテルで開催された。件のフォーラムは明日から4日間代々木の全労済ホールで、自然災害に関係する劇、映画、各種の催しが行われる。各国からのゲストも参加した前夜祭は、江戸火消組による木遣りがあって中々威勢のいいものだった。ペンとしても力を入れ、意気込みのほどが感じられる。ただ、挨拶者が多いことと、スピーチが長いのでもう少し参会者の年齢等も考慮して端折るなり、カットするなりした方がよいと思う。実際会場でもそんな声が聞かれた。開会が午後6時で、セレモニーが延々1時間も続いていたのは少々興ざめである。

 小中陽太郎さんは無理しても来るとメール連絡をいただいていたが、姿を見せなかった。いま小田実さんについて書いておられるとのことだったので、忙しいのだと思う。阿刀田高会長、浅田次郎常務理事にはご挨拶したが、昨年週刊誌上で読んだ、浅田さんがモン・サン・ミッシェルで会った日本人若者カップルについて書かれたエッセイに関して尋ねてみた。

 モン・サン・ミッシェルのテッペンは中庭と回廊から成っているが、浅田さんが若いカップルからカメラのシャッターを押して欲しいと頼まれ、気安く引き受けたが、彼らが浅田さんだとはまったく気がつかなかったという。浅田さんにとってはそれが不満で愕然とされた。それを面白おかしく浅田さんはエッセイに書かれた。今日浅田さんに「彼らは分からなかったんでしょうかねぇ?」と、意地の悪い質問をしたところ、本気になって「本なんか読んでないんでしょう」と憮然としていた。それが失礼ながらまた面白い。程度が低い近頃の若者なんて所詮そんなものだろう。

 さて、一昨日明け方房総半島沖合いで、漁船が海上自衛隊イージス艦「あたご」と衝突して船体が真っ二つに割れ、乗り込んでいた父子が行方不明となった。防衛省、海上自衛隊の説明が明快でなく、疑念の目で見られている。今後相当問題になりそうな様相である。

 海外では、コソボ自治区がセルビアから独立を宣言し、アメリカ、イギリス、フランス、ドイツが承認した。セルビアはもちろん、ロシアも強烈に反対している。

 アメリカ大統領選は民主党候補のつばぜり合いが、益々ヒートアップしている。オバマ候補が流れに乗って勢いをつけ、スーパー・チューズディ以降9連勝で、ついに獲得代議員数でもクリントン候補を圧倒した。このままオバマ候補の優位が保たれるか?

 ついに、キューバの象徴であった、カストロ議長がその座を退くという。81歳だから激職の議長職は少しハードだと思う。アメリカにとっては、実に好ましからざる人物だっただろうが、最早東西冷戦は終止符を打ち、キューバも旧ソ連という後ろ盾がなくなったので、カリスマ性は完全に失せた。われわれ安保世代にとっては、象徴的な人物である。キューバはこれからどんな道を辿るのだろう。

2008年2月21日 | カテゴリー : 未分類 | 投稿者 : mr-kondoh.com

282.2008年2月20日(水) 元上司との懐かしい昔話

 久しぶりに元上司とお会いして昼食をご馳走になり、その後のコーヒータイムを含め、5時間もの間話詰めだった。若かったころ経理時代の上司で、いろいろお世話になったのにわがままを言っては困らせてしまったことが気にかかっていた。かねがね一度お会いしたいと思っていたところ、一昨年秋電話をいただきご自宅へお邪魔して、懐かしい話に興奮して時の経つのも忘れて7時間ぐらい話し込んだような気がする。

 もともと経理という仕事が性に合わなくて、いやいやながら机に向かっていたようなので気持ちが集中出来るはずもなく、毎日職場でうっとうしい気分のまま過ごしていた。一大決心をして会社を辞めようと、海外留学を考えていたそんな時代の直属の上司である。辞表を提出した時に説得されたが、頑固に退職ばかり主張して上司をはじめ周囲を悩ませていた。結局1968年8月に「プラハの春」事件で、チェコ留学が吹っ飛んだことから、辞表を取り下げるというみっともない結末で幕引きをした。上司は、いまでもその当時私がこのまま仕事を続けるよう説得したことが、私のために良かったかどうかとのジレンマに陥るというが、個人的なわがままでそのような精神的な負担をかけたことを申し訳ないと思っている。経理時代は気が向かないままに、ちゃらんぽらんな仕事ぶりだったのではないかと、いま思い出すと反省しきりであるし赤面の至りでもある。でも、今になって振り返ってみると、その後経理を続けていたことが、天職と信じている旅行業に転職する結果となり、そこで自分が思うように精一杯やれたような気がする。サラリーマンとしては、必ずしも順風満帆と言うわけではなかったが、人生の勉強は充分することが出来たと思っている。それが今でも自分のエキスになっている。悩み深かった若気の至りで、ご迷惑をかけた元上司に対して今では思いのままを素直に話せることが嬉しい。上司も不出来な元部下と会って旅行談を聞くのが楽しみだと言ってくれている。ありがたいことである。これからも時々お会いして、人生が楽しいと思えるような話が出来るよう、自分自身ももっと研鑽を積みたいと思っている。

2008年2月20日 | カテゴリー : 未分類 | 投稿者 : mr-kondoh.com

281.2008年2月19日(火) 中條高徳氏の気炎溢れるセミナー

 永田町の憲政記念館で、第2回「ふるさとテレビ」顧問セミナーが開かれた。先月の第1回は、当日になって喉が痛み出して参加出来ず、今日初めて出席した。講演会場でテーブルに着席してカレーライスを頂きながら、講演開始を待った。

 講師は、アサヒビール名誉顧問・中條高徳氏で日本の伝統、文化、しつけ等について、全国で元気のない現代人の心に「活」を入れておられる。日本は国家としての緊張感が足りないとも言われた。今年81歳とはとても思えない、張りのある声の通る元職業軍人である。

 主に「ふるさと」について話された。「ふるさと」と「戦争」について、ご自分の強い思いと信念をお持ちの方である。自分の存在、生活、人生の原点は、自分の「ふるさと」であることを忘れてはならないと強調された。「ふるさと」は母親の子宮であり、自分は十月十日間母の子宮で育ち、しかも自分が選ぶことなく育った場所であるとの強い気持ちについて熱っぽく話された。

 元職業軍人、そして元陸士60期生としての強いプライドと戦争観を持ち、「いかなる戦争においても国際法が適用されるべき」「勝者の論理が優先するのが戦争」と捉え、大東亜戦争について、また日本の敗戦についても持論を話された。職業軍人としては国家のために身を捧げることで国家に貢献する。国際法に則り、日本は止むを得ず戦争を始めた。敗戦は力が足りなかったからだと仰る。敗戦後、日本人にとって最大の願いは、国体の護持であったが、戦後処理、憲法制定はすべて勝者の思い通りになされた。しかし、日本人の気持ちは、アメリカが朝鮮戦争を朝鮮半島で戦うことによってマッカーサー司令官にも理解された。だが、それはアメリカ政府にとっては不都合で危険思想であり、それによって結局マッカーサーは解任されたとのお説であった。

 また、人には強い縦軸がバックボーンにある。つまり、先祖であり、子孫である。この縦軸を通して日本固有の伝統、文化が継承されていく。これを壊してはならない。地域社会、隣組との関係は横軸であり、「恥」を知るのはこの横軸である。

 次のような話もされた。「言い分にはいつも正しいふたつの考えがある」とか、「時の正義」と言われる通り、正しいことも時代に合わないと正しいと見られないことがある。

 アサヒビールの経営者としては、戦後の企業分割のせいもあり、企業再生に苦渋を飲んだようだが、結果として「スーパードライ」のようなヒット商品を生み出し、結論として、「豊かさは人に気づきを忘れさせる」「勢いは勢いを呼び、勝ちは勝ちを呼ぶ」との哲学を得られたように感じたがどうだろうか。

 中條氏の話は必ずしもすべてが正しく、すべてが誰にも受け入れられるというわけではないが、いま日本人にとって一番大切な精神論を分かりやすく伝えるという点で、元軍人が日本の文化観を守りながら、戦後の経済界で自分を確立させた成功談について、その原因を熱の入った信念の吐露の中で披露してくれたと思う。81歳に負けてはいられない。

2008年2月19日 | カテゴリー : 未分類 | 投稿者 : mr-kondoh.com