充実したホームページに仕上げていこうと、毎日目を凝らしながら取り組んでおります。淡々と書き続けてきただけで、10年2月に初めて4桁の大台1000回を、そして奇しくも74歳の誕生日に当たる2012年「文化の日」に連続2000回を、15年7月31日に3000回、18年4月26日に4000回、21年1月19日に5000回を数えました。ここでは、出来るだけポジティブな意見や、気軽な独言、時には戯言や想い出を書き込んで、自分自身の気持ちを素直に表わしながら楽しく読んでいただけるよう心がけたいと思っております。意見の主張というより、感じたままを日記風に書き綴って参ります。身勝手な意見や、独断的な表現も見られると存じますが、どうぞご理解下さいますようお願い致します。皆さまの忌憚のないご意見をお寄せいただければ有難く存じます。
ブログ・ご意見番の意見
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305.2008年3月14日(金) ビルマ民主化に関するペン主催シンポジウム
日本ペンクラブは昨年10月「ミャンマー政府による新たな言論弾圧、日本人ジャーナリストの殺害、僧侶、市民の拘束に抗議し、言論の自由の回復を求める声明」を発表した。
今日この日を獄中作家(Writers in Prison=WiP)の人権を考える日として、毎年日本ペンクラブが開催しているシンポジウムは、今年「なぜこの国を伝えたいのか」―ビルマ報道とジャーナリストの眼―のテーマを掲げて日本プレスセンターホールで開催された。
1部と2部に分かれていたが、第1部では元NHKのビルマ語ラジオ放送で活躍していた、田辺寿夫氏がリードしながら、在日ビルマ人のチョウ・チョウ・ソウ氏とトーク形式で、フォト・ジャーナリスト長井健司氏が射殺された昨秋来のデモの経過、在日ビルマ人のビルマ民主化運動、日本人がもっとビルマに熱い関心を抱くこと、等について話を進められた。
第2部では、それぞれ写真、報道等で活動される3人のジャーナリスト、江川紹子氏、山本宗補氏、綿井健陽氏が、夫馬基彦・日本ペンクラブWiP委員会副委員長の司会進行で報道の自由、規制、大手マス・メディアの報道姿勢、等について意見を述べられた。
これほどの関心があるとは予想外なくらい、多くの人が訪れ、時間が足りないほど充実したシンポジウムとなった。これだけ大勢の専門家がいて、トータルで2時間は時間的に無理がある。だが、中身の濃い説明に引き込まれた。
実は、田辺さんとは35年ほど前にビルマ戦友会の故栗原さんのお宅でお会いして以来、何度かお会いしたことがある。私のことを憶えておられるか分からなかったが、最前席に着席していた関係で、田辺さんと隣り合わせに座ることになり、名乗り出て休憩時間に少々話をした。相変わらず流暢なビルマ語を駆使する田辺さんだったが、いまはビルマ反政府活動をビルマの外で行っていると軍政から厳しい眼で見られ、入国ビザが許可されず、近年ビルマには行っていないと仰っていた。時間があまりなかったので、懐かしい話までは辿り着けなかったが、高校の先輩、山口洋一・元ビルマ特命全権大使とウ・ミャ・タウンさんについては共通認識があった。
聞けば、山口氏とはテレビ朝日の田原総一朗氏の番組で激しい議論を戦わせたと話されていた。当然山口氏とは真っ向から対立する意見を持っておられ、対極の立場におられる。私にとっても先輩とはいえ、山口氏のあまりに独善的で、事実誤認も甚だしい暴論にはとても与することが出来ず、外交官としての見識も疑われるような人間性に失望した。ウ・ミャ・タウンさんには、随分お世話になった。田辺さんも懐かしんでおられた。久しぶりにビルマの実態を理解しておられる人と、ひとときではあるが懐かしい話が出来て、楽しくもあり有意義なシンポジウムだった。
拙著「現代・海外武者修行のすすめ」には、ビルマに関して大分ページを割いている。田辺さんにもその点をお話して贈呈したところ、大変喜んでいただいた。
304.2008年3月13日(木) チベットについて講演
鎌倉の「湘南話し方友の会」例会で講演を依頼され、JR鎌倉駅前の「鎌倉生涯学習センター」で「高地チベットへの旅」と題して1時間半あまりお話をしてきた。この会では、2年前にもお話したことがある。自宅で入念にパワーポイントをチェックしたところ、普段使っているPCとの接続がうまくいかず、止むを得ず、お蔵入りで以前使用していたPCを持参した。会場ではPCの画面が消えて若干当惑したが、プロジェクターからスクリーンには映し出されていたので、話を進めるに当っては特段の支障はなかった。代表者が高校同級生の小山清くんなので、私からも他の同級生にも声をかけたせいもあり、永嶋喜一郎くん、山田勝久くん、轟貞雄くんが参加してくれた。轟くんなんか会社の帰りにわざわざ寄ってくれた。高校時代の友人が一声かけただけでも駆けつけてくれるのは、有難く嬉しいことである。
チベットは青海チベット鉄道開業以来、観光地として脚光を浴びつつあり、日本人旅行者の関心も高く利用者の数もうなぎ昇りである。しかし、昨年後半だけでも8人の日本人旅行者が死亡しており、そのほとんどが高齢者で、高地特有の高山病が直接の原因である。今日の受講生の中にも熱烈なまでにチベットへ行きたいと考えられている方がおられたが、高山病について警告に近い話をしたので、皆さんがどう受け取られたか。
旅行中の血圧と脈拍の数値変化表を、スライドとレジュメに載せて説明したので、かなり関心を持ってもらえたと思う。特に、海抜4,000m前後と5,000m地点の脈拍の亢進を示すグラフ変化は分かりやすく理解していただけたのではないかと勝手に想像している。脈拍数がチベット滞在中は平常値のほぼ2倍にまで上昇したことは、私自身も驚いたくらいなので、初めて知った人たちにとっては新鮮な驚きではないかと思う。
今日準備段階で感じたことだが、講演の機会が増えるに連れ、パワーポイントを使用するケースも増加しているが、しばらく時間が空くとついパワーポイントの起動が不安になる。情けないことに、まだ完全に習得したわけではなく、これなら絶対大丈夫というまでの確信が持てない。自信を持って取り扱えるようにしないとこれからも常に不安を抱えることになるし、何とかそのようにしないといけないと思っている。
講演を終えてから夕食をご馳走になりながら、中心メンバーの方々と話をしたが、小山くんに聞けばこの趣味の会が出来てから、もう32年にもなるという。よくもこれほど長く続いたものだと、幹部の方のご努力に敬服するばかりである。また新たなテーマでお話出来たらいいと思っている。
さて、このところアメリカの景気不安で日本でもドル安と円高が同時進行し、それが日本の株価まで大きく引き下げている。今日は帰宅した途端、妻から1ドル100円を割ったと聞いてびっくりである。円相場が1ドル=100円を突破したのは、12年ぶりである。8年前に妻とエーゲ海をクルーズした時には、1ドルが150円に近かったほどの円安に海外での物価の高さを痛感したものだ。それが現在はこの円高である。これで訪日観光客が減少しなければ良いがと願う。株価も下がりっ放しで、日経平均でも前日比427円安でお先真っ暗である。多分有効な術は打たないだろう。
一方でわが国の愚鈍な政治家たちは、政局を絡ませつつ国家、国民のことを頭から忘れ去り、この緊急時に金融当局のトップ人事も決められない体たらくである。やはり、本当の意味で政治改革をやって政治家の質を向上させなければいけないと痛感する。
303.2008年3月12日(水) もめる新日銀総裁人事
JAPAN NOW観光情報協会理事会が開催された。最大の目的は、5月の総会に向けた予算・決算の報告と事業報告、それに役員改選である。私も理事のひとりとして再選されることになった。今年8年目を迎えるNPOが、多くの会員を集め、組織を発展させ、観光振興の一翼を担っていくためのアイディアのひとつとして、広い分野で講師紹介・斡旋をして、併せて手数料収入を得ようとの考え方も披露された。私自身も登録することになるが、うまくいけばよいと思う。
今日参議院本会議で、次期日本銀行総裁人事案が否決された。これも衆参のねじれ現象のなせる業で、与党としては参議院では議員数において過半数を握っていないために、投票になれば負けるのは分かっている。これで日銀総裁人事は完全に行き詰まってしまった。まもなく福井現総裁の任期が切れる。そうなると総裁空席という異例の事態になる。世界的に金融市場が大荒れで、経済の舵取りが難しい時期に、金融のトップがいない未曾有の事態は避けなければならない。だが、現状は与野党の政局が絡んでにっちもさっちも行かなくなってしまった。各党の代表者がともに自己の都合ばかり主張して、国民不在の政治取引にうつつを抜かしているからだ。
投票の結果では、総裁候補は否決され、副総裁候補は一人(白川方明氏)が同意され、もう一人(伊藤隆敏氏)が否決された。否決されたのは財務省OBで、財政と金融の分離がなされないという野党の主張通りとなった。
それにしても新日銀総裁候補の筆頭だった武藤敏郎・現副総裁としてはやりきれない思いだろう。針のムシロだろう。夕べも「報道ステーション」で加藤千洋氏が、武藤さんはこれでもまだやりたいのでしょうか、などと発言していたが、本人も本音としてはもうやりたくない心境だろう。ただ、自民党が熱心に推してくれるのに、当の自分が自ら降りたのでは、自民党首脳の面子をつぶすので、止めるに止められない気持ちなのではないだろうか。
ところで、金融の舵取りは当面どうするつもりなのか。
302.2008年3月11日(火) 北京オリンピックで大気汚染は大丈夫か。
今日エチオピアのマラソン世界記録保持者で、シドニーとアテネ・オリンピックの10,000m金メダリスト、エチオピアのゲブレシラシェ選手が北京オリンピックではマラソンに出場しないと宣言した。気管支喘息の持病がある同選手にとっては、北京市内の大気汚染は自分の健康を損ねる恐れがあるというのがその理由である。しかし、排気ガスの多い市内道路を走るわけではなく、競技場内の10,000mレースには出場するとも述べた。また、女子マラソン世界記録保持者で、同じように喘息の持病を抱えるイギリスのラドクリフ選手も何らかの対策を検討すると言い出した。二人ともマラソンでは有力な金メダル候補者である。これが口火となって、他の有力選手に引火しなければよいがと願う。
五輪開催まで残り5ヶ月に迫ったところで、このハプニングに北京政府は慌てて環境浄化を宣言し、クリーンな環境を提供出来ると大気汚染説打ち消しに必死である。国際オリンピック委員会(IOC)では、以前から中国オリンピック委員会に対して、大気汚染を改善するよう注意を喚起してきたが、ついにゲブレシラシェ選手のような有力選手側から忌避する行動に出られて北京五輪のイメージダウンは免れない。
最近の北京上空を見れば、空気があまりクリーンでないことは察しがつく。日本のマラソン代表・野口みずき選手も口ごもりながら、現地を下見して検討するとも話していた。
それにしても、こんなことは前代未聞ではないかと思う。かつてのモスクワ五輪ボイコット問題のように、政治が絡んだ問題とは異なり、選手、つまり主催者側の人間から興行主に対して、きちんと興行出来るように問題を解決しろと釘を刺されたようなものだ。中国政府から、いくらきれいな環境に自信を持っているなどと抽象的に言われても、主催者であるIOCが心配だという不安を払拭する材料と、目に見える解決策を具体的に示さなければ、主催者の心配は募るばかりである。
301.2008年3月10日(月) 64回目の東京大空襲記念日
東京大空襲があったのは、63年前のまさに今日である。最近大東亜戦争の歴史的記念日に関する報道が少なく、戦争自体に対する反省すら希薄になっている。その中で東京大空襲に関するニュースが目立つようになったのは、当然とは云え、亡くなった方々への鎮魂であり、忌まわしい戦禍を伝えていくことこそが、生き残ったわれわれの責務でもあると思う。
昨晩のNHKドキュメンタリー番組「小田実特集」の中で、小田さんが大阪大空襲に遭い、それが小田さんの思想と行動の原点だと言っていた。大阪大空襲は東京大空襲に遅れること3日後の3月13日をきっかけにして、度々繰り返され、最後の空襲は、実に終戦前日の8月14日だった。小田さんはこの爆撃の下に恐怖を体験した。しかも、大阪市内の被害者数は10万人を超えたと言われ、広島原爆犠牲者と同じで、長崎原爆犠牲者の7万人を大きく上回った。なぜ執拗なまでに米軍は大阪を徹底的な攻撃で殲滅しようとしたのか。国際法違反の疑念も消えていない。小田さんはテレビの中で言っていた。大阪大空襲は広島、長崎への原爆投下で日本政府がポツダム宣言受諾を決めていたにも関わらず、日本が国体の護持を主張してポツダム受諾に条件をつけたために、アメリカが日本の降伏を早めるため、空から絨毯爆撃を敢行し、日本の息の根を止めようとしたと。
戦争に正義も正当性もない。ただ無闇に人を殺し、悲劇を生んでお互いに憎しみを増幅させているだけだ。「悪」である戦争を止めさせるためには、いつも戦争する愚を精査し反省する機会を持ちたい。そのためには戦争と関わりのある歴史を風化させてはならない。
アメリカは日本軍による中国の重慶などへの無差別攻撃を、国際法上問題があると批判していた。では、昭和20年3月10日に始まった米軍機による日本国内各都市への無差別絨毯爆撃は、アメリカの理念や平和主義とは矛盾しないのか、また国際法上何ら問題はなかったのか。アメリカ政府、市民の間にも疑義がある。