充実したホームページに仕上げていこうと、毎日目を凝らしながら取り組んでおります。淡々と書き続けてきただけで、10年2月に初めて4桁の大台1000回を、そして奇しくも74歳の誕生日に当たる2012年「文化の日」に連続2000回を、15年7月31日に3000回、18年4月26日に4000回、21年1月19日に5000回を数えました。ここでは、出来るだけポジティブな意見や、気軽な独言、時には戯言や想い出を書き込んで、自分自身の気持ちを素直に表わしながら楽しく読んでいただけるよう心がけたいと思っております。意見の主張というより、感じたままを日記風に書き綴って参ります。身勝手な意見や、独断的な表現も見られると存じますが、どうぞご理解下さいますようお願い致します。皆さまの忌憚のないご意見をお寄せいただければ有難く存じます。
ブログ・ご意見番の意見
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315.2008年3月24日(月) イラク戦争のアメリカ軍犠牲者4千人に
イラクで戦ったアメリカ兵の戦死者が、ついに4,000人の大台に達した。開戦5年でこれだけの戦死者を出してしまった。1日に2.2人、5日で11人が命を落としたことになる。朝鮮戦争では戦死者34,000人、負傷者は10万人と云われた。泥沼戦争となって厭戦気分が横溢し、私も参加した反戦運動が激しくなったベトナム戦争では、戦死者46,000人、戦闘以外で亡くなった兵士が1万人、負傷者は30万人を超えたと云われている。いまのところ数字的にはベトナム戦争ほどの戦死者を生んでいるわけではない。しかし、世界的に生活水準が向上し、平和志向になっている現代社会で、これだけ多くの若者が意味のない戦争で尊い生命を落とすことは、非人道的であり、罪悪ですらある。
実際アメリカ国内では、PTSD障害により多くのイラク帰還兵が社会復帰出来ずにホームレス化していることが、大きな社会問題となっている。
いま接戦を繰り広げているアメリカ大統領選挙運動でも、イラク戦争賛否は大きな論点となっている。共和党のマケイン候補はアメリカ兵のイラク駐留継続を主張しているが、民主党の二人の候補者、オバマ氏とクリントン氏はいずれもイラクからの早期撤退を明言している。誰が大統領になろうとも前途は険しいが、仮に米軍撤退となれば、別の面で新たな混乱を引き起こすことになろう。散々イラク国土を荒廃させ、イラク国民に犠牲を強いた現在のマリク・イラク傀儡政権からアメリカの影響力を取り除いたら、曲がりなりにも築かれていた支配体制は一気に崩壊し、イラクは一層混乱の極に達するのではないかと懸念する。アメリカにとって、自己都合によって他国へ土足で踏み込んでおいて、結果的に自国の兵士に犠牲者が生じたからといって、このまま勝手に身を引くわけにはいかないのではないか。退くも地獄、留まるも地獄というのがアメリカの立場であろう。いまやイラク国内の混乱の最大の原因は、アメリカによるイラク開戦それ自体にあるからである。
それに引き換えて日本の役人は気楽なものである。散々行政を手前勝手に操り、手抜きと欲で失敗してもまず責任はとらないまま見過ごされる。敵前逃亡すればよいからである。イラク国民と同じ苦渋を味わうのは、いつもわれわれ国民なのだ。
314.2008年3月23日(日) 一次情報の大切さ
昨日加藤秀俊先生とお話した中で、先生は1次情報が大切で、いまの日本ではとかく2次情報や3次情報に頼りがちの傾向があると話された。私自身もまったく同感である。直に見聞してそれを情報として活用することがいかに大切かということを、ご自身の体験を通して仰った。戦時中に来襲した敵機から機銃掃射された時のパイロットの怖い顔とか、昭和27年のメーデー事件の際に警官隊に追われた体験のような、必死の体験は忘れることはなく、いつも現場で1次情報を得る大切さにつながるというようなお話だったと思う。
自分なりに解釈すれば、新聞社の外電は自社特派員が現地で得たホットなニュースでなければ、ほとんど価値がない。ましてや他のメディア媒体から得た情報は、すでに新鮮なニュースではない。地方新聞に多い共同通信配信の情報は、共同通信の自社特派員が現地で得た情報は一次情報であるが、契約した地方新聞社が共同通信から得た情報は2次情報になる。それがまったく意味がないというわけではなく、そう割り切って読む必要がある。
昨今日本のマス・メディアが現地通信社から得た情報やニュースを採用しなかった例として、1月の韓国利川の冷凍倉庫爆発惨事と今月韓国で判明した中国産ネズミ死体混入食品が頭に浮かんでくる。日本のマス・メディアはいずこもその情報を何らかの手段によって得ていたと思う。これらは、2次情報だから採用されなかったのではなく、報道の段階で何らかの規制、あるいはそれに類する圧力があったのではないかと考えざるを得ない。マス・メディアはうっかりしていると周囲からの圧力によって、抹殺されかねない。よほど信念と意志をしっかり持ち、報道の自由と権利を守るという毅然とした姿勢を忘れないようにしていないと為政者に魂を抜かれてしまう。最近の日本のマス・メディアの取材や報道を見ているとどうもそんな嫌な予感がしてならない。
さて、昨日加藤先生が紹介された夏目漱石の「私の個人主義」を早速読んでみようと、読書好きだった義父から譲ってもらった、初版「夏目漱石全集」全18巻(昭和11年、岩波書店発行)を書庫から引っ張り出し一通り調べてみたが、その書名ではどうしても見つからない。かなり細かく小品、雑記、日記、手紙まで掲載されている権威のある全集にも関わらず、洩れている。仕様がないから加藤先生がお持ちだった講談社文庫本を購入するより術がないか。
313.2008年3月22日(土) 感銘を受けた加藤秀俊先生のお話
「知的生産の技術研究会」総会が例年通り東中野のテラハウスで開かれた。2007年度決算、2008年度予算、事業計画の説明があり、承認された。
意見具申、提案、ご意見拝聴の時間をとってくれたので、久恒啓一理事長に対して、JN協会立教支部をひとつの参考例として話し、多摩大学内にも学生支部設立を考えてみてはいかがでしょうとお尋ねしてみたところ、そういうお考えがあるとのお応えだったので安堵した。久恒理事長がせっかく多摩大学教授へ就任される機会でもあるので、多摩大学支部設立はグッドタイミングだと思う。学生にも積極的に会員になってもらい、知研に若いエネルギーを注入して活性化してもらえれば、知研のみならず、学生たちにとっても従来とは別の面で飛躍の可能性が出てくると思う。相互相乗効果を大いに期待したいと願う。
今日何よりの収穫は社会学者・加藤秀俊先生の基調講演だった。今西錦司、梅棹忠夫、川喜多二郎先生らに連なる京都学派俊秀のお一人である。4年前の講演に続き、密かに期待していたが、「知的生産と知的道楽」と題して、ご体験から滋味溢れるお話を約50分に亘って楽しく伺った。先生はそもそも「知的生産」という言葉自体に、少々違和感を抱いておられるそうだ。消費の伴う瑕疵性のある物的生産なら理解出来るが、非物的生産である知的生産は原価計算の根拠もなく、価値が成り立たないと言われた。確かにその通りで、著作活動とか学者のようなものも知的道楽だと仰った。さらに、他人のためにやるのは職業で、自分のためにやるのは道楽である。漱石の「私の個人主義」を参考にされ、漱石のユニークな論を披瀝された。
京大式カードについては、知識を共有するための工夫であるとは初めて伺った。
一番感銘を受けたのは、人間臭い1次情報を大事にする習慣を身につけることが大切だとのお話である。今日日本には、2次情報、3次情報が溢れすぎていると懸念しておられた。現場で直接見て感じた情報が最も大切であるとのお説は、私自身臨場感の大切さをいろいろな機会に講義しているので、先生のお話に納得しつつ心強く感じた。序に僭越ではあったが、60年安保闘争体験から最近のチベット旅行体験まで質問も交えてじっくりお話させていただいた。その後の食事会でも隣席で親しくお話させていただき、チベット、ビルマ、シカゴ、最近のパキスタン情勢についても話題が広がり愉快なひとときを過ごすことが出来た。小中陽太郎先生とも親しいとも伺った。八木会長から世田谷区野沢の加藤先生と世田谷区等々力におられる小中先生、私も世田谷区深沢に住んでいるので、近くにお住まいのご縁もあり、自由が丘辺りでお2人の先生から一緒にお話をお聞きする機会を設けようとのご提案をいただいた。。
名刺を交換した人も多彩で、皆さん前向きな方々でそれぞれ尊敬出来る人たちばかりである。中でも市民満足学会事務局長・大島章嘉氏からいただいた「官民の大組織への信頼度など評価はどうなっているか?」と題した調査報告書はあまり眼にしたことのないユニークで、内容的にもよく調べられた資料だと感じた。一般的にそうだろうと予想していた業種の満足度が数値で裏づけされ、かなり参考になる資料である。
「今日は昨日より物知りになった」有意義で愉快な一日だった。
312.2008年3月21日(金) 知研が目指す方向
明日「知的生産の技術研究会」総会が開かれる。もう随分長い間会員になっているが、いまでは「図解」講師を委任され、毎年2回福島県研修へ派遣される。総会に合わせて全国から会員が参集するのに先立ち、「図解」講師が集まって来年度の研修内容につき、勉強会を開くことが恒例となっている。その勉強会が今夕だった。依頼される県によって研修事情が異なるが、一応知研として統一的な見解とマニュアルに基づいて講義内容、講義方法、教え方等について、各講師の考え方を拝聴しようとの試みで、このこと自体は意義のあることだと思っている。
4月から久恒啓一理事長が県立宮城大学教授の職を辞され、多摩大学教授に就任されるので、従来のように仙台を足場にしていた活動に比べて、地理的にも理事長は活動しやすくなるのではないかと思っている。今後は理事長も東京をベースに活動されるので、知研としても相乗効果といったらよいだろうか、もっと理事長とも、さらに多摩大学とも広い分野で連携プレイが出来るのではないかと思う。
勉強会には、八木哲郎会長以下、秋田事務局長、福岡支部常富さん、岡山支部久保田さん、東京の中村さんと私の6名が集まった。これまでに比べて各自治体では、研修を「図解」のように研修項目ごとに依頼するのではなく、一括してマネジメント会社へアウトソーシングする傾向が表出してきた。これだと各行政の担当者としては手間が省ける。果たしてこういうやり方がよいのかどうか、われわれの判断することではないが、知研にとっては厳しい状況になることは間違いない。
このために自治体へ売り込むためのパンフレットを作成しようということになった。さらに、会長が今後の知研の発展のための目標と考えを披露された。一時期に比較して会員実数は減少しているが、新旧会員がピラミッド型に登録されていて、それぞれ熱心な会員が多いので、会員数だけを詮索することは必ずしも意味があるとは思えないという点を強調された。今後は機関誌「知研フォーラム」の充実を図っていくことが大切だとも言われた。また、「知的生産の技術研究会」というブランドをじっくり伝える努力と、梅棹忠夫先生のお名前を汚さぬように、知研との関係が分かるような啓蒙も必要ではないかということになった。
時代の変遷に連れ、変化はしていかなければならないが、知研の目指す方向性というものを見失ってはいけないというのは、全員同じ考えだと思う。
311.2008年3月20日(木) イラク戦争開戦5周年
5年前の今日イラク戦争が勃発した。シベリア鉄道の旅を終え、ウラジオストック経由で丁度モスクワから帰ってきた、まさにその日だった。ウラジオストック空港のトランジットルームのテレビで、米軍機がイラクを攻撃している映像を見て、ついに始まったかと感慨無量だった。新潟空港へ降り立ち、JR新潟駅へ向かう途上で地元テレビ局から街頭インタビューされ、「イラク戦争が始まりましたが、ご存知ですか?」と尋ねられたことが昨日のことのように思い出されてくる。実は、その数ヶ月前霞ヶ関ビルのトラベル懇話会で旅行業界関係者を前に「アメリカは必ずイラクを攻撃する」と持論を展開して、その場に居合わせた関係者の目をパチクリさせただけに、随分印象に残るイラク戦争開戦だった。
そのイラク戦争は、結局アルカイーダとフセイン大統領の親密な関係とか、イラクが秘密裏に核兵器の開発を進めていると、アメリカが一貫して主張していた開戦の理由が、その後根拠がなかったとアメリカが自ら弁明するに至って戦争の大義は霧消した。そして、5年間にイラクでは15万人以上が亡くなり、アメリカ兵も4千人が命を落とした。フセイン亡き後、イラク国内の混乱は益々酷くなり、テロが絶えず、宗派対立は一層激しくなり、治安は悪化する一方である。
日本政府もサマワへ自衛隊を派遣することによって、渋々アメリカの要請による国際協力の一翼を担うことになった。イラク開戦によりアメリカは戦前の予想に反して、泥沼にのめり込んだ。駐留部隊を増やしながらも事態は好転せず、「留まるも地獄、退くも地獄」ののっぴきならない状態に喘いでいる。アメリカ国内にも厭戦気分が蔓延して、かつてのベトナム反戦運動が次第に二重写しになってくる。
これからどういう道筋を辿って最終的に終戦へ収束させていくのか。アメリカの正義によるものだと度々アメリカは世界に向かって宣言していたが、つまるところ正義ではなく、アメリカの都合だった。戦争に勝者はないといわれるが、この閉塞状況を今秋の大統領選挙へ向け、アメリカはどのように世論を納得させるのか。前途は厳しく、気が重くなる話だ。