ブログ・ご意見番の意見

 充実したホームページに仕上げていこうと、毎日目を凝らしながら取り組んでおります。淡々と書き続けてきただけで、10年2月に初めて4桁の大台1000回を、そして奇しくも74歳の誕生日に当たる2012年「文化の日」に連続2000回を、15年7月31日に3000回、18年4月26日に4000回、21年1月19日に5000回を数えました。ここでは、出来るだけポジティブな意見や、気軽な独言、時には戯言や想い出を書き込んで、自分自身の気持ちを素直に表わしながら楽しく読んでいただけるよう心がけたいと思っております。意見の主張というより、感じたままを日記風に書き綴って参ります。身勝手な意見や、独断的な表現も見られると存じますが、どうぞご理解下さいますようお願い致します。皆さまの忌憚のないご意見をお寄せいただければ有難く存じます。

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365.2008年5月13日(火) 駒沢大学公開講座始まる。

 今日から近くの駒沢大学マス・コミュニケーション研究所で開講される公開講座の最初の授業に出席した。立地的には自宅から比較的近いので、多摩大学に比べて助かる。往路は徒歩で25分かけ、復路は大学キャンパス前から東急コーチのデマンドバスで自宅近くまで帰ってきた。

 キャンパスの場所、設備ともに申し分ない。特に、施設の旧所有者は三越だったが、それを買い取り、その後新しい6階建ての校舎を新築したものだ。初めて建物内部へ入ってみてそんじょそこらの安普請のビルとは少々違うと感じた。とても大学の建物とは思えないほど、全体的に格調高い。内部の雰囲気、建物の素材、空間スペース、高級感、AV設備など、大学でもこんなに金をかけて立派な施設を作るのかと感動してしまった。

 この公開講座は、大学のマス・コミュニケーション研究所というところが、学生と一般社会人を対象に、マスコミについて基本的な知識を授けようと公開したものだ。、毎週4日というのは少々きついので、今日の授業内容も検討して選択授業を絞りたいと考えている。

 今日の2科目はいずれも実際にマス・メディアの現場で取材、報道活動をされた元記者で、体験談や考え方に現場出身者ならではのリアル感があり、感銘を受けた。いずれの授業も、多摩大のような大講堂で一方的に講義をするのではなく、日本テレビ出身の菱山郁朗講師による「現代メディアと報道論」は受講生約40名、共同通信出身の片山正彦講師による「報道メディア論-体験的マスコミ入門講座」の受講生は約20名と割合ゼミ的規模で、双方向コミュニケーションが図れるサイズである。有名で偉い先生の講演ならやむを得ないが、じっくり話を聞こうとするなら、やはり少人数に限る。その点では、この公開講座は講座規模に併せて、受講料も安く理想的である。両講師とも自己紹介と質疑を通じて話をする機会があったが、こちらの求めるものと講師の望むものが割合近いように感じた。菱山講師には、1月の韓国・利川地区における倉庫爆発事故が日本で報道されない理由をぶつけてみた。とりあえず受けてもらっているので、次回どういう考えを話されるか、楽しみにしている。聴講学生は、マスコミ志望者が多いようだ。

 さて、昨日起きた中国・四川省の大地震は、死者が1万2千名を超えた。温家宝首相が現地で救援活動を指揮している。それだけ、中国政府としてもこの災害を重視していることが分かる。倒壊した建物は、トルコ地震の際見たように、ほとんど鉄骨にレンガを重ねただけで、耐震構造にはなっていないようだ。それが、昼間の災害にも拘らず、ビル内部の人たちが逃げ遅れた原因だと思う。

 一方で、ビルマのサイクロンは、死者・行方不明者が6万人を超えた。コレラ患者が現れた。にも拘らず、軍政は、支援活動に当る外国人の入国を拒んでいる。国連も苦りきっている。

2008年5月13日 | カテゴリー : 未分類 | 投稿者 : mr-kondoh.com

364.2008年5月12日(月) 「グリーン・ツーリズム」セミナー

 テレビニュースでは、今日もビルマのサイクロン被災の様子を伝えている。やりきれない思いである。些少ではあるが、今日近くの郵便局から日本赤十字社へサイクロン被災の義捐金を送った。女性係員からビルマとサイクロンについて尋ねられたので、知る限りで説明してあげたが、ビルマが一般的にあまり知られていないことを痛感した。

 この後毎月定例のJN協会観光立国セミナーへ出かけた。

 財団法人「都市農山漁村交流活性化機構」専務理事・斎藤章一氏による「グリーン・ツーリズムから見た観光立国」がテーマで、実績、実例を挙げて中々興味深い話をされた。財団の狙いとしては、こどもたちに農山漁村で体験学習をしてもらうこと、グリーン・ツアーを企画することによって各地域で頑張っている「おかあさん」民宿を紹介する、等々を心がけていることを知った。農山漁村を核に、町おこし・村おこしを仕掛ける試みだと理解した。推薦する民宿には外国からも多くの観光客が押し寄せて、思うように予約が取れないほど盛況らしい。初めての農山漁村におけるミーティングに参加したこどもたちが感激したとか、地方の温かいホスピタリティーに接して癒され、グリーン・ツーリズムが顕在化してきたと、めでたい話ばかり聞かされたように思ったが、一方で手放しでは喜べない点もあるのではないかと考えざるを得ない。

 グリーン・ツーリズム自体の発想は大いに結構だが、それはいま健全に発展している農山漁村が、これからも時代の流れに後れないように援助、支援していこうとするプロジェクトのように見える。過疎化が進む農山漁村や、廃村化した農山漁村はまったく対象にはなっていないと思う。これらの地域に対しては前者に対する理念でどう対応するのかが描かれていない。

 このプロジェクトのために、国家がらみで財団まで作り、自治体や農協、その他の団体と手を携えながら、グリーン・ツーリズムを推進する目的がいま少し分かりにくい。加えて、はたして国がそこまでやる必要があるだろうかと疑問も感じた。

 質問するのは差し控えたが、次の点ははっきりしている。わが国の農政は完全に失敗した。それは一過性ではなく、失政の影響はいまも全国的に尾を引いている。米の減反政策は、まさにその典型であろう。わが国の食糧自給率は40%を下回り、先進国の中でもその割合が極端に低く、中でも主食の米すら外国産米を輸入している。これら今に至る食糧不足の元凶は、明らかに米の減反政策の結果である。それを国策として指導したのは、この財団の親分格の農水省ではないか。講師の斎藤氏は、99年1月の農水省退職前は、関東農政局長の要職を務めた方であり、農政大失政を担った中心人物のひとりだったのではないだろうか。講師に対して斯様な私見を抱くのは、申し訳ないと思いつつ、どうも違和感が拭えない。いま自分たちの失政のツケを、農水省と財団ともども、その万分の一でも返そうと考えているとしたら筋違いではないかとつい邪推してしまうのである。

 今日午後中国四川省でM7.8の大地震に襲われ、死者は6千人を超えたという。まだ、多くの犠牲者が出そうだ。

2008年5月12日 | カテゴリー : 未分類 | 投稿者 : mr-kondoh.com

363.2008年5月11日(日) 再びビルマへの熱い想い

 部屋をリメイクしようと先日デパートで机と本立て2竿を買ったが、今日配送されてきたので、早速部屋を整理する。本を買っては書斎内に手当たり次第に積み重ねていたので、いつの間にか大分溜まって足の踏み場もなくなっている。本立ては五段のものを二つ購入したのだが、それでも足りずどうすべきか考えあぐねている。どうもいま流行の「整理術」がうまくない。まったく同じ書が2種類も出てきて、そのうかつさと無駄遣いに自分でも呆れている。

 整理していた小物類の中で、サイクロン被害により、いま世界中の人々からお見舞いの気持ちを受けているビルマの民芸品が、いくつも出てきて、ついビルマへの郷愁が募ってくる。年々ビルマの友人、知人との連絡も細くなっている。いまコンスタントに手紙のやり取りをしているのは、たった2人になってしまった。あとニューヨークにひとりいる。

 一説には、被災者は150万人とも言われている。国民生活が危機に瀕している最中、やはり一部の地域を除いて新憲法案の是非を問う国民投票が強行された。この結果が出るのは、延期された地域の結果を待つので、相当遅くなるとは思うが、結果的にはどう出ようと意味のないものになるだろう。いまのところ、日本の援助は最高額のようである。いまでこそ軍政体制でお互いにあまり友好的な付き合いではないが、かつては極めて良い互恵的な関係にあった。特に、戦時中日本軍がビルマに迷惑をかけたというお詫びと反省の意味から、戦後賠償を奮発して、率先してビルマには援助を惜しまなかった。それを憶えているビルマの人たちは多い。ビルマを訪れて嫌な印象を持つことはまずない。少し滞在すると、ビルマという牧歌的な大地と素朴なビルマ人の良さがじわっと分かってくる。それが「ビルキチ」(ビルマ狂いの意)が、いっぱいいる理由である。いまのタン・シュエ政権は強引で独裁的な統治で、ビルマの国際的なイメージをどんどん壊している。国際的にビルマという国が、このように独裁的で、他国の忠告を一切聞かず、悪い意味の唯我独尊の国家との固定観念が定着するのが残念であり、それが一番心配だ。

2008年5月11日 | カテゴリー : 未分類 | 投稿者 : mr-kondoh.com

362.2008年5月10日(土) ビルマの被災民が気の毒だ。

 今月2日、3日にビルマ南部を襲ったサイクロンの被害が、想像もできないほど酷いものだったようだ。ビルマ政府が外国人ジャーナリストの受け入れを頑なに拒絶しているため、中々真実を伝える正確な映像が入ってこないが、断片的な映像では目を覆いたくなるようなシーンばかりだ。

 ビルマ軍政の無情な対応は、当初海外から支援物資は一切断るというものだった。しかし、あまりにも甚大な被害が明らかになるにつれて、物資の援助は受け入れるが人的支援は必要ないというもに変わった。だが、とても普通の感覚ではない。それでいて、被災現場で援助活動に精出すビルマ軍人の姿は皆無である。こうして、被災者はどんどん増えていく。食糧が不足し、疫病が流行り、住むところがなく、家族を亡くして将来への希望を失い、それでもなお国家は国民を見捨てたままにしまうのか。あまりにもむごい。しかも、海外からの援助物資を政府の人間がネコババしているらしい。被災に遭った人々があまりにも気の毒である。さすがに見るに見かねてアメリカも、サイクロン被災者の援助を優先的に行うようビルマ政府にお願い?しているありさまである。

 そこへ今日非常識にも、新憲法案の可否を問う国民投票が、被災地を除くビルマ各地で行われた。悪評さくさくの新法案である。多分軍政の思惑通り、新憲法案は承認されるのだろう。

 それにしても、サイクロン被災の現場周辺に軍関係者、政府関係者の姿がほとんど見られないのは、どういうことだろうか。援助活動の指揮は誰が担っているのか。国家として成り立っていないのではないだろうか。あのビルマが酷い国に成り果てたというのが実感である。

 多くの国の中でも、最も国民性が素晴らしいと思っているビルマだが、国のトップが機能不全を曝け出し、これだけ無責任、無能、非情、非民主的、私利私欲だと国民があまりにも気の毒で可哀想である。

 さて、今日は結婚記念日だったので、妻と車で玉川高島屋へ出かけディナーで祝った。いつの間にやら39回目になった。25周年のときは、カナダへ銀婚旅行に行ったので、来年の40周年には、またどこかへ行こうかと思っている。

2008年5月10日 | カテゴリー : 未分類 | 投稿者 : mr-kondoh.com

361.2008年5月9日(金) この世はおかしなことばかり。

 ロシアも、中国もどうもおかしなことをやっている。昨日ロシアではプーチン前大統領が首相に就任した。メドベージェフ新大統領に任命されたものであるが、大分前からきな臭い動きはあった。大統領職を禅譲されたメドベージェフ政権は、実質的にはプーチン首相による院政で、プーチン首相自身がかつてほしいままにした強大な大統領権限を、次から次へ封鎖して首相権限へ移行し、思い通りに政治を操っている感じである。昨日の日経紙に依れば、プーチン大統領は離任直前に州知事など地方自治体首長の人事権を、事実上大統領から首相に移す大統領令にも署名していた。これも明らかにプーチン氏のしたたかな計算によるものだ。これで地方の政治家が忠誠を誓うのは、メドベージェフ氏ではなく、プーチン氏だということがはっきりした。まあ、よくやるなぁと思う。こんなことまでされても、メドベージェフ氏は大統領になりたいのか。げに恐ろしきは、名誉欲と権力欲である。

 一方、中国も北京五輪成功のためには何でもありだ。問題の聖火リレーが海外で終わり、いよいよ国内で始まったと思ったら、あっという間にチョモランマ頂上の聖火リレーとなった。中国国内では、中国ナショナリズムが盛り上がり6時間も生中継をやっていたという。しかし、本当かな?というのが、実は率直な感想である。頂上の聖火をどうも手放しでは祝福できない。下衆の勘ぐりかも知れないが、本当に約10名のリレー走者チームが一辺に登頂したのだろうか。チョモランマというのは、仮にも世界最高峰・海抜8,848mの英名エベレストであるが、そんなに簡単に登れるのかという疑問がある。たった1人でも登頂するのが至難な英雄的偉業であるのに、団体で聖火を携えたパフォーマンスをやって、団体でいとも簡単に(?)登頂成功である。本当かなぁ? しかも、頂上で聖火を点した(された)のがチベット人女性というのが、何やら怪しい。「中国の、中国による、中国のための北京五輪」成功のために、国家総動員で田舎芝居を演じているように思えて仕方がない。

 どうも、近年は普通で、ごくまともな社会がどんどん消えつつある。嫌らしい傾向である。

 さて、今夕のテレビニュースで報道されたが、広島県の公立高校入学試験で、学業成績、内申書は合格点に達していたが、県教委は面接の態度が悪いとの理由で不合格になった受験生の入学を一転して認めることに決定した。現在すでに他校へ通学している1年生に対して当初の希望校入学を許可するらしい。

 よく考えてみると、この対応はどこかおかしく、筋が通らないのではないか。これでは面接試験をやる意味がないと思う。家庭の事情のようなプライバシーの理由で不合格にしたなら、その理不尽さは糾弾されてしかるべきである。だが、このケースは、学力以外の人物評定の場で、受験校の教育関係者がその学校のカラーに合わない行儀の悪さに不合格の烙印を押したのだ。それにも関わらず学校側が下した面接評価は認められず、逆に態度の悪かった生徒が合格になるという。この措置はやはりおかしい。その生徒がいまさら入学し直したところで、学校、同級生、保護者の間にしこりが残り、教育的な見地から好ましくないのではないかと思う。それより何より、その生徒にとって一旦拒否された高校へ入りなおすことが、本人にとって幸せなことなのかどうか、県教委は考えたことがあるのだろうか。それと肝心要の入学を認めた基準と根拠は何なのか、はっきりさせる必要がある。ご意見番としては、どうも納得がいかない。

2008年5月9日 | カテゴリー : 未分類 | 投稿者 : mr-kondoh.com