ブログ・ご意見番の意見

 充実したホームページに仕上げていこうと、毎日目を凝らしながら取り組んでおります。淡々と書き続けてきただけで、10年2月に初めて4桁の大台1000回を、そして奇しくも74歳の誕生日に当たる2012年「文化の日」に連続2000回を、15年7月31日に3000回、18年4月26日に4000回、21年1月19日に5000回を数えました。ここでは、出来るだけポジティブな意見や、気軽な独言、時には戯言や想い出を書き込んで、自分自身の気持ちを素直に表わしながら楽しく読んでいただけるよう心がけたいと思っております。意見の主張というより、感じたままを日記風に書き綴って参ります。身勝手な意見や、独断的な表現も見られると存じますが、どうぞご理解下さいますようお願い致します。皆さまの忌憚のないご意見をお寄せいただければ有難く存じます。

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439.2008年7月26日(土) 新町さんから推薦文辞退のお申し出

 あ~参った。銀座の「ライオン」でゼミの仲間と暑気払いをやって楽しい気分で帰ってきたところ、次の拙著の推薦文をお願いした新町光示さんから電話があり、できれば辞退したいとの申し出だった。がっくりだ。新町さんのお気持ちは理解できないことはない。JATA会長を先月辞められたので、前会長としてJATAの名を使用することにひっかかるということだった。個人的には約束したことであるし、推薦文を書いてあげたい気は充分だが、会長を辞めたので、どうしても前職をタイトルとして使用することに拘りがあると仰っていた。あまり強引にお願いするのも失礼だと思うので、とりあえず今日はこのまま引き取って、ヨーロッパから帰られた後にもう一度お願いすることにした。

 しかし、あまり気が進まないのに押し付けるのも私自身本意ではない。少し考えてそれほどJATAのタイトルに拘るようだったら、他の人にお願いすることも選択肢として考えなければならないかなとも思う。急に別の人と言ってもそう簡単に適当な人が見つかるわけでもないので、頭が痛い。それにしてもまるで考えていなかった事態に、しばらくは気が重い。

 さて、ゼミの仲間との会合では、自由に話し合って思いのたけをぶつける。今日は隅田川の花火があるせいか、地下鉄銀座駅でも浴衣姿の男女を幾人か見たが、歩行者天国を「ライオン」まで歩いて行くとその前は人だかりで、「ライオン」の店内は混雑して大勢の人が群れ、外まで行列が並んでいるほどである、一部の人たちは歩道まで溢れている。そっとその脇を通り抜け2階へ上がる。銀座辺りで手頃な値で宴会?をできるのは、ここ「ライオン」ぐらいしかないのだろうか。外はそれほどでもないのに、中は熱い。

 4月にゼミお祝い会を開いて以来、まだ飯田先生のお宅へご挨拶に伺っていないので、近々伺おうということになった。

2008年7月26日 | カテゴリー : 未分類 | 投稿者 : mr-kondoh.com

438.2008年7月25日(金) 言葉の意味を間違えて憶える。

 次のドキュメント作品「停年オヤジの海外武者修行」のゲラを早稲田出版㈱へ持参した。しばらく時間をかけ読んでもらい嬉しい結論を出してもらいたい。もし、内容を気に入ってもらえれば、何とか出版してもらいたいものである。前著「新・現代海外武者修行のすすめ」も文芸社に引き受けてもらい再販が決定したので、それとこれでセットにして「海外武者修行シリーズ」としてともどもパッと売れればこんなに嬉しいことはない。これからトルコ、カイバル峠、シベリアの写真を整理して内容にフィットした写真と地図を載せて、臨場感を盛り込たいと考えている。

 朝日朝刊の「国語に関する世論調査」の結果に意外な感じを持った。「意味を間違えて理解している人が多い」言葉の中で、「憮然として立ち去った」の正確な意味をこれまで間違えて使っていたことが分った。「腹を立てている様子」だとばかり思っていたが、正確には「失望してぼんやりしている様子」だそうである。分っていた人は僅か17.1%で、間違えて理解していた人の割合が70.8%だそうだから、われわれはどこでどう間違えて憶え、これまで大きな恥をかかないで済ましたのか。こちらが意味を間違えて使い、相手が意味を間違えて理解すれば、問題になることもないということになる。何か落語で聞いたような話である。まあ、ここで正しい使い方を知ったので、今後は正確な意味で使えると思うが、どうしてこんな慣用語を間違えて憶えたのか、気になってしようがない。

2008年7月25日 | カテゴリー : 未分類 | 投稿者 : mr-kondoh.com

437.2008年7月24日(木) 地震と無差別殺人の連続性

 今朝未明また東北地方で大きな地震があった。岩手を中心とする東北地方全域である。昨晩このブログを書き終えてそろそろ寝ようかなとトイレに入った時だった。随分長い間小さく揺れていた。現地ではいまのところ死者は出ていないようだし、建物にもそんなに大きな被害は出ていないようだ。最近地震が多いせいか、みんな地震おたくになっていてそれを見込んでTVの解説もかなり詳しく、今度の地震は震源の深さが地下108㎞で、前回の岩手・宮城内陸地震の地下8㎞に比べるとかなり深い。そんなことも被害がそれほど大きく広がらなかった原因のひとつだそうだ。

 それにしても近年地震が増えてきた。これだって地球温暖化の影響もあるのではないだろうかと、余計なことまで考えてしまう。

 悪い事件がまた起きた。連鎖反応というのだろうか、秋葉原の無差別殺人事件に続いて、同じ無差別殺人が八王子市内であった。ビル内の書店でアルバイトの女子大学生が突然若い男に刺し殺された。逮捕された犯人の言い分は幼いまま成長が止まったように、親を困らせるために誰でもいいから殺したいと思ったと言っている。これが32歳の男の言うことだろうか。殺された女子大生も運悪くこんな男に出くわしたために、若い命を落とすことになった。

 心理学者がいろいろ研究しているだろうが、かつては見なかったこういう突発凶悪犯が最近になって頻繁に見られるようになったのは、現代病のひとつではないかと思う。素人考えだが、ある程度自分の考えが固まる前に、人生にとって不必要な下らないものに接触し、それを私有することが簡単に許されるようになったことが大きいと思っている。それに自分で汗を掻き、身体を使う厳しさを知らずにTV、携帯サイト、ゲームソフトで人とのコミュニケーションなしに、年齢と身体だけは成長し、見かけは大人になる。どうしても昔のような教育と現代の子どもの成長具合はずれてくる。結局自分に対する甘え、世間に対する甘えがこういう未成熟な人間を育てることになる。やはり、小さいときから行動規範を厳しくしつけることが基本的で、最も大切なことではないかと思う。

 それにしても酷い世の中になったものである。

2008年7月24日 | カテゴリー : 未分類 | 投稿者 : mr-kondoh.com

436.2008年7月23日(水) 日経の連載もの「ザ厚労省」が面白い。

 次のドキュメント作品の推薦文をお願いにお台場にある㈱ジャルパック本社へ行った。前会長の新町光示さんは、6月に会長を退きスペシャル・アドバイザーに就任し、旅行業界のJATA会長としての役職も6月に辞められたということである。ヨーロッパへ行かれる前の忙しさと退任のご挨拶周りもあるのだろう、中々直接の連絡をとれず、今日は秘書の方に原稿といくつかの資料をお渡ししただけだった。ヨーロッパでお読みいただきながら、素晴らしい推薦文を書いていただければ有難い。

 それにしてもこのお台場周辺の街づくりは、どうも違和感がある。人間と人間が出会うような環境ではない。ビルはすべて新しく、IT企業が入居しているような、見るからにデザインは洒落て冷たい感じである。周辺は高架鉄道の「ゆりかもめ」、地下は「りんかい線」で駅舎もステンレス製の近代建築と深いエスカレーター、外を歩いているのは、若いサラリーマンと恐らく遊びに来た男女の風太郎たちばかりで、人間的な出会いや思いがけない邂逅なんてとても期待できそうもない。あまり好きになれない環境と雰囲気だ。

 連載中の日経朝刊「ザ厚労省」の今朝の中見出しが揮っている。「安心の老朽船」「戦略なき取り繕い行政」「事なかれDNA」とある。読んでみて厚労省役人の余りにも酷い仕事ぶりに呆れかえった。すべてがすべてその通りなのか、疑問を抱くくらいである。

 1988年に発刊された内部資料「厚生年金保険制度回顧録」にこんなことが書いてある。「~年金を払うのは先のことだから、今のうちどんどん使ってしまって構わない。先行き困るのではないかという声もあったけれども、そんなことは問題ではない」と本当に書いてあるそうだ。信じたくはないが、これまでの無責任なやり口から考えて、多分そんなこともあるのではないかと考えてもいた。呆れるのは、「年金の船」という構想では、集めた年金資金で豪華客船を造って、高齢者を格安で世界クルーズへ案内するという毛沢東も真っ青なアイディアが真面目に議論されたという。結局この話はつぶれたが、同質の「グリーンピア」へ発展する。「今」だけ見て「先」は見ない。厚生労働省のどうにもならない体質である。あ~馬鹿馬鹿しい。

2008年7月23日 | カテゴリー : 未分類 | 投稿者 : mr-kondoh.com

435.2008年7月22日(火) 酒飲みの集まり

 「酒のペンクラブ」例会が虎ノ門で行われた。いつもながら山中会長、麻木さん、小中さん、西山さん、勝野さんらが来られ、面白い話を聞かせてもらった。

 終わって山中会長に従い、新橋で小さな飲み屋に立ち寄った。随いて行くだけだったが、共産党員だった山中さんからいろいろな話を伺った。麻布→東大の秀才コースを歩んだ山中さんから、昔の共産党の活動について伺った。話によるとかなり共産党活動に関わっていたようだ。あの清水丈夫さんの話も出た。

 そこへ何とJN協会の阿部和義さんが知人とともに入って来られ、あまりの奇遇にお互いびっくり。

 拙著の再出版、再流通について、小中さんから貴重なアドバイスをいただいた。やはり長い間に多くの出版業者とお付き合いがあるので、ご意見は大変参考になる。

 12年間も逃亡していたボスニア内戦のセルビア人勢力政治指導者、ラドバン・カラジッチ被告が身柄拘束された。国際刑事訴追され身を隠していたのではないかと思っていたが、医師としての資格を活かし、変装して医師として働いていたらしい。

 はっきり言って日本人には中々分りにくい内ゲバだった。旧ユーゴスラヴィア内戦の結果、旧ユーゴスラヴィアは6つの共和国に分れた。その間各共和国内で紛争、騒擾事件が相次ぎ、現在の形になるまで長い年月を費やした。しかし、まだセルビア国内にはコソボ自治区が独立を志向し、国民投票によって独立は正式に認められた。それをセルビア政府が認めないという点で、いまだに独立容認派アメリカ・EUが反対派ロシア・中国と対立している。セルビア人の力が一番強かったせいか、セルビアの影響力は各共和国内に広く及んでいる。そう言えばセルビア人のカラジッチという人がいたなぁという記憶はある。旧ユーゴスラヴィア国際戦犯法廷(ハーグ)が、このカラジッチを民族大虐殺の罪で起訴し、長い間身柄を追っていた。似たような民族が、何とかひとつの国家を形成していたが、それが民族独立の流れにより、民族が同じというだけの理由で分離・独立した。

 しかし、やはり民族対立があったのだろう。ベオグラード(セルビア)に住む山崎洋氏の話を聞くと、隣のクロアチアへ行ってもいつもクロアチア人から嫌がらせをされると言っていた。民族問題は、そう一筋縄にはいかないものである。

2008年7月22日 | カテゴリー : 未分類 | 投稿者 : mr-kondoh.com