充実したホームページに仕上げていこうと、毎日目を凝らしながら取り組んでおります。淡々と書き続けてきただけで、10年2月に初めて4桁の大台1000回を、そして奇しくも74歳の誕生日に当たる2012年「文化の日」に連続2000回を、15年7月31日に3000回、18年4月26日に4000回、21年1月19日に5000回を数えました。ここでは、出来るだけポジティブな意見や、気軽な独言、時には戯言や想い出を書き込んで、自分自身の気持ちを素直に表わしながら楽しく読んでいただけるよう心がけたいと思っております。意見の主張というより、感じたままを日記風に書き綴って参ります。身勝手な意見や、独断的な表現も見られると存じますが、どうぞご理解下さいますようお願い致します。皆さまの忌憚のないご意見をお寄せいただければ有難く存じます。
ブログ・ご意見番の意見
ブログ一覧
544.2008年11月8日(土) 講演はまずうまく行った。ウッヒッヒ。
待望の講演当日である。どうなるか半信半疑なところもあるが、まあ準備はある程度やってきたのであまり心配することもない。
講演会という形ではなく、実際はシンポジウムである。それも「国際老人福利交流文化祭」(6日~9日開催)行事の一環として、アカデミックなシンポジウムが企画されたことのようだ。会場の「ドン・ウ大学」講堂へ向かうフリーのシャトルバスの中で隣席にいた大連外国語学院で日本語を教えている朴扮玉さんという女性から声をかけられ、このイベントに日本のグループが参加していないことが残念だと言われたが、実際私が唯一の日本人参加者で、全体を通してみても日本から参加者がいれば歓迎されるだろうと少し惜しい気もした。
韓国隠退者協会(KARP)会長でシンポジウム主催者である、朱明龍氏にお会いしてご挨拶したが、朱会長は在米30年で上手なアメリカ英語を話される。今日はシンポジウムのコーディネーターも務めて大童の活躍ぶりである。
シンポジウムは、「高齢者の生活と今後の生き方」というような統一テーマであった。日本、韓国、中国、アメリカからのパネリストが30分弱の時間内に自国の現状を説明し、その後4人のパネリストが通訳ともども登壇して会場からの質問に答えるスタイルで進められた。会場の参加者が約300人でその6割が中国人だったが、半分ほど進んだところで、朱会長から中国人が多いので、彼らに理解しやすいように韓国語を桂さんに通訳してもらい、次いで中国人の通訳を付けて話をして欲しいと注文があった。この期に及んでという気もしたが、一方でそれもそうだと思い了承した。
配慮により私を最後のパネリストにしてくれたので、急遽桂さんと効率的な通訳方法とその内容について簡単に作戦を練り直した。私がパワーポイントを操作し説明しながら、言葉を極力短くする。それを桂さんが簡潔に韓国語に直し、新たに付いた中国人通訳の女性がそれを中国語にして伝えた。結果的にはその後の質疑応答も含めて実に良いタイミングで的確に説明し、質問にも答えることができたと思う。終っての感触は成功だと確信した。顔を覚えられたせいか、参加者の接する対応が急に人懐っこく、好意的になった。写真を一緒に撮って欲しいとか、移動用のバス車内でも座席を譲ってくれたりした。桂さんともうまくいったとお互いに喜び合った。大連の先生も理解しやすかったと述べてくれた。ホテルへ戻ってきてからエレベーターの中でも中国人の女性からお褒めの言葉をもらった。まずまず八木会長の期待を裏切ることもなく役目を果たせてほっとした。
午後市立体育館で行われた民族舞踊の多彩なショーは中々見ごたえのあるものだった。各出し物が3時間に亘って次から次へと展開され、飽きることもなく珍しい民族舞踏を堪能させてもらった。内モンゴル自治区、吉林省、黒龍江省、北京、済州島他中国と韓国各地から多くの人たちがやって来てお国自慢を披露していたが、心から楽しめるものだった。
今日は一日楽しい日程の中で自分の責任を果たすことが出来て、それが何より嬉しい。それは、桂さんも同じことのようですっかりご機嫌を良くして楽しかったとお互いの健闘を讃え合った。会場が市街から離れていることもあり、市民とは親しく交流することは出来なかったが、今日一日は爽やかな一日でもあった。今夜はぐっすり眠れそうだ。
543.2008年11月7日(金) 講演のため束草(ソク・チョ)へ向かう。
早朝起床して妻に車で羽田まで送ってもらい、予定通りソウル金浦空港に着いた。3日間ずっとお世話になる桂明洙さんに出迎えられ簡単な打ち合わせの後、地下鉄で鐘路3路に出て、国一館の韓国料理店で昼食をご馳走になる。29年ぶりの韓国の変貌に感慨に耽っていると桂さんが「韓国では10年で大きく変わります。30年経つと別世界です」と言われたが、その通りで私が知らなかった地下鉄にも多くの点で驚かされた。
地下鉄は65歳以上の高齢者は無料だというのにまずびっくりした。実際駅員が申告者の顔を一目見ただけで疑うこともなく乗車券を発行してくれる。外国人である私にも躊躇なく切符をくれる。元鉄道員としては、車両の幅が広いのと、座席がすべてアルミ製なのが珍しかった。車内で行商人が商売をやるのにも少々驚いた。ソウル市内を縦横に走っている地下鉄ネットワークもすべて右側通行だが、1号線だけが左側通行というのには妙な感じがした。
昼食後に桂さんが気を遣って世界遺産「宗廟」を案内してくれるという願ったり叶ったりの提案をしてくれた。今回は諦めていた世界遺産の見学であるが、桂さんの好意により拝観させていただくことになった。宗廟は市内の賑やかな一角に朝鮮風の庭園とともにある。朝鮮王朝歴代の国王と王妃の位牌を祀り、祭祀を執り行ったところで1495年に造営された。正殿に太祖をはじめとして49位を、近くの永寧殿には34位が祀ってある。朝鮮宮廷色の建物と庭園とのバランスが見事で、ちょうど紅葉の見ごろでもあり渾然一体となった造形美は、流石に世界遺産と云われるに相応しい。敷地面積があまり広くないのも私のようなショート・ビジターにとっては好都合である。これで世界遺産見学は143箇所目になる。
この後再び地下鉄に乗り市内数箇所にあるバスセンターの中で最大のバスセンターから15:30発の高速バスで束草(ソク・チョ)へ向かう。韓国の市街地と農村を車窓からじっくり見ることができて、中々楽しいバスの旅だった。景色は日本の地方風景に似てほとんど違和感はないが、高速道路はやたらにカーブが多かったり、中央センターライン寄りにブルーのバス車線専用レーンがあったり、車線変更にもウィンカーを出さなかったり、日が暮れてくると外灯があまりなく全体に暗い感じがあったり、これもお国柄だろう。270kmの道のりを約4時間かけて束草へ到着した。聞けば、束草市は江原道の中心都市であるが、国境線38度線より北に位置していて、敢えて言えば北朝鮮領土内である。それが1952年朝鮮戦争休戦協定の際、西側の開城(ケソン)が南にあるのに北側へ編入されたのと同時に、束草が南の韓国領へ入れられたという話だった。今は一時盛んだった漁業も不漁で寂びれ、人口も8万人程度に減少してしまったという暗い話だった。
宿泊施設は「SORAK PINE RESORT」と云われて外観は立派だが、ソフト面と内部のハード面はイマイチであまり感心できるものではない。済州島の高校生が修学旅行で宿泊していた。近くの観光地「雪岳山」を観光基地として、市当局とともども新たな発展を計画しているように見受けられた。ここの宿泊部屋はすべてオンドル形式になっていて、桂さんと同じ部屋に宿泊することになった。夕食は近所の韓国料理店で食べることになったが、すべて豆腐料理店で焼肉店がない。レストランは豆腐料理で競っていることと、値段がソウルに比べて1割方高いと桂さんは言っていた。
夕食後明日の講演について、パワーポイントのスライドを見ながら桂さんと打ち合わせて、初めてオンドル部屋で休んだ。
542.2008年11月6日(木) 初のアフリカ系黒人大統領の誕生
オバマ旋風が吹き荒れている。まさに勝てば官軍である。アメリカ大統領として始めてのアフリカ系黒人である。オバマ氏に大きな欠点は見当たらないし、これまでの選挙運動におけるアグレッシブで誠意のあるパフォーマンスは好感を持って迎えられたと思う。テレビではケニヤに健在の父方の祖母が田舎の集落で生活しているサマまで見せて、苦労した親の世代を偲ばせている。
各国の首脳が早速オバマ氏へ祝電やら、お祝いのスピーチを贈っているが、ロシアのメドベージェフ大統領は嫌味の一発をかました。実にロシアらしい。アメリカのミサイル防衛施設(MD)の東欧配備への対抗手段として、ロシアの飛び地、カリーニングラードにミサイル基地を作ることを宣言した。どうも米ロはかつての2大強国だっただけに、今もお互いにそりが合わないようだ。ロシアはアメリカのMD施設をかく乱するために、妨害電波装置もカリーニングラードへ配備することも言明した。
麻生首相は相変わらずぐずぐずして祝電を贈った素振りもない。まったく空気が読めないのではないかと思う。
午後突然ローマにいる赤松幹之さんから長距離電話があった。取り立てて緊急とか、大事な話ではなくご機嫌伺いの電話だった。以前にパキスタンの仕事をしていて機会があれば手伝って欲しいような話があったが、好意は謝してお断わりしていたところ、ムシャラク政権が崩壊してプロジェクトもダメになったという。それにしてもよく後から後から政府がらみの話をまとめるものだなぁと驚くばかりである。今はガーナと中央アフリカのプロジェクトに関与していると元気そうだった。今更身体を使って海外で動く気はさらさらないが、今年64歳になったという赤松氏は元気いっぱいである。積極的に関わることはできないが、彼が事業に成功するよう出来る範囲で応援してあげたい。
さて、明日から韓国である。ぎりぎりまで追い詰められたが、何とか資料も作成したので、あまり固くならずに聴衆に喜んでもらえるよう、アットホームな雰囲気の中で楽しんで話してきたい。
541.2008年11月5日(水) 次期アメリカ大統領にバラク・オバマ上院議員
アメリカ第44代大統領にバラク・オバマ民主党上院議員が選ばれた。長い選挙キャンペーンの末に、接戦との予想を覆し圧勝だった。各メディアが予想していた両候補の支持率の差は10%以内だったが、オバマ氏が全投票率の7割方を獲得した。オバマ氏の勝利は予想されていたこととは言え、金融危機をきっかけに流れが一気にオバマ・サイドへ傾いた。
ところで日本の反応はどうか。麻生首相が今夕ぶら下がりの記者会見で、オバマ次期大統領についてどう思うかと聞かれて、いかにも軽薄にして、ノー天気ぶりを曝け出した。曰く「日米間は過去50年以上に亘って同盟関係にあり、誰が大統領になろうとも従来の関係が影響を受けるものではない」。こういうナンセンスな言葉が総理大臣の口からすらすらと出てくるとは思いも寄らなかった。日米関係についてもオバマ次期大統領についてもまったく考えてもいないし、勉強もしていない。これでは日米同盟ではなく、アメリカとの従属関係が一層強固になるだけではないかと心配でならない。ばりばりの弁護士上がりで、弁舌逞しく頭もきれるバラク氏を向うにまわして、日本の麻生首相の脳みそで本当に大丈夫なのだろうか?
アルゼンチンのサッカー代表チームの監督にディエゴ・マラドーナが決まったとのニュースには、驚いたというより呆れはてた。マラドーナのような何をやり出すか分らないハチャメチャな男が、こともあろうにサッカー世界最強国のひとつである、アルゼンチンの代表監督に選出されるとは考えもしなかった。サッカーでは天才的なプレイを披露してくれたが、社会人としては物議を醸すパフォーマンスに流石のアルゼンチンの人々もさじを投げた人間である。実際アルゼンチン国内のネットでは、70%以上の「マラドーナ監督反対」論があったという。それもそうだろう。それを敢えて押し切っても強引に監督に押し上げたのは、特別の意図があるとしか思えない。ヤクザまがいのコワモテ手法である。麻薬、銃乱射、アメリカ・ワールドカップ出場停止、病的に太った体躯、等々折につけ問題児として話題になった元名選手だが、あまりにも引退後のゴシップが多すぎた。
しかし、どうも理解できないのは、誰もが認める破滅型の人間をチーム、組織のリーダーとして認め推挙する希望、期待、思惑、空気はどこから出てくるのだろうか。これも農耕民族の発想では及びもつかないラテン系の感情だろうか。尤もこれでアルゼンチン・サッカーチームの黄金時代がずっと続くなら文句はないのだろうが、それでも監督として何かをやらかしかねない。リーダーとしては最も不似合いな怪しい男である。
540.2008年11月4日(火) アメリカ大統領選挙投票日に思うこと
昨日からチベットのダライ・ラマ14世が日本に滞在している。しかし、新聞はおろか、テレビでもあまり大きく報じない。今年3月に起きたチベット暴動事件の折には、連日連夜のべつ幕なしにチベット事件を伝えていたのに、手のひらを返すようなあまりにも冷淡な報道ぶりである。ダライ・ラマは中国政府のチベットに対する対応があまりにも非民主的で、チベット住民を益々窮地に追い詰めている中国政府の対応に悲観したと述べている。これでチベットの民主化は一層遠いものとなるだろう。それにしても日本政府のダライ・ラマ14世に対する姿勢はあまりにも冷たい。政府の閣僚は誰一人としてダライ・ラマに会おうとはしない。中国に遠慮しているとしか思えない。とても公平な対応とは思えない。ダライ・ラマはアメリカに行けば大統領以下多くの要人がわれ先に会おうというのに、対米追従国である日本政府の要人たちは、誰も彼に近づこうとしない。日本の政治家がいかに中国を怖がっているか明らかである。もっと虚心坦懐であってもいいのではないかと思う。
さて、今日はアメリカ大統領選挙の投票日である。民主党のバラク・オバマ氏と共和党ジョン・マケイン氏の一騎打ちであるが、このところオバマ氏優位は動かない。マケイン氏にとって痛いのは、リーマン・ブラザーズ社倒産以来の金融不安がブッシュ共和党による経済混乱のせいだと受け取られて、一気に共和党員マケイン氏の旗色が悪くなったことである。最後の一日になっても、両者は最後の最後まで地方を遊説して少しでも票を掘り起こそうとしている。その意欲とエネルギー、スタミナは見上げたものである。
しかし、とにかく選挙キャンペーン期間が長過ぎる。選挙戦がスタートしてからもう2年近くになる。全米中の考えを掬い上げる点で、遊説に遊説を続けてこれだけ草の根民主主義を貫くのは素晴らしいと思う。だが、一方であまりにも時間をかけ過ぎていないだろうか。時間の浪費があまりにも大きい。金もかかる。オバマがこの選挙のために集めた金だけでも何億ドルと言われている。大きなお世話かも知れないが、これだけ多忙な時代に、大統領ひとりを選ぶために全米で2年間に使う資金、時間、マン・パワー、エネルギーを考えるとそろそろその選出方法も考え直すべき時に来ているのではないかと思う。