ブログ・ご意見番の意見

 充実したホームページに仕上げていこうと、毎日目を凝らしながら取り組んでおります。淡々と書き続けてきただけで、10年2月に初めて4桁の大台1000回を、そして奇しくも74歳の誕生日に当たる2012年「文化の日」に連続2000回を、15年7月31日に3000回、18年4月26日に4000回、21年1月19日に5000回を数えました。ここでは、出来るだけポジティブな意見や、気軽な独言、時には戯言や想い出を書き込んで、自分自身の気持ちを素直に表わしながら楽しく読んでいただけるよう心がけたいと思っております。意見の主張というより、感じたままを日記風に書き綴って参ります。身勝手な意見や、独断的な表現も見られると存じますが、どうぞご理解下さいますようお願い致します。皆さまの忌憚のないご意見をお寄せいただければ有難く存じます。

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559.2008年11月23日(日) 凶悪事件急転解決か?

 4日前にさいたま市と東京・中野で元厚生事務次官宅を襲い、元次官夫妻を殺害し、もうひとりの元次官夫人を刃物で負傷させ厚労省官僚の心胆を寒からしめた犯人らしき男が、昨晩凶器を持ったまま警視庁に出頭した。本人かどうかはまだ確定したわけではないが、取りあえず厚労省関係者はほっとしたことだろう。所轄署へ行かず最初から警視庁に出頭したのもちょっと普通とは違うが、男は辻褄のあう証言をしているので、追々真相は明らかになるだろう。犯人の人物像は、事件の発生と経過を見てみると保険関係の恨みから年金関係者を襲ったと見られていた。従って相当陰湿で年金自体に関する不満を論理的にぶつけるだろうと考えていたが、男の印象はインテリというより、ヤクザっぽい感じでこの事件が年金問題の不条理へ発展するような様子ではない。

 それにしても、先日20数年ぶりに自宅へ帰った次男がその晩親を殺害した事件があったが、出頭したこの男も高校卒業後国立大学理工学部へ進みながら中退して、家族とは20年以上も音信不通の状態になっていたようだ。最近起きた発作的な凶行は、すべて犯人が長期間家族と連絡を絶っているケースである。やはり仕事がなくて精神的に不安定なうえに、家族との交流がないことが気持ちをすさませるように思える。いずれ専門家が分析して原因を究明してくれることだろうが、物騒で、嫌な世の中になった。

 今日23日は昔からラグビー伝統の早慶戦の日である。最近は秩父宮ラグビー場へも観戦に行かなくなってしまった。今日も土浦から帰ってきたが、敢えて見に行くほどの気も起こらない。近年の早稲田は他大学に抜きん出て力を発揮して、大学選手権でも度々優勝している。慶応は対抗戦7年連続で負けている。しかし、今年は早稲田が帝京大に敗れたが、慶応はその帝京大と引き分けており、早慶の力は拮抗している。先取点を取った慶応は、前半は11対10のリードで折り返したが、後半に4つもトライを奪われ結局34-17で逆転負けを喫してしまった。早慶戦はこれで8連敗である。どうも気分的にすっきりしない。

2008年11月23日 | カテゴリー : 未分類 | 投稿者 : mr-kondoh.com

558.2008年11月22日(土) 霞ヶ浦の環境施設を見学

 1980年にヨーロッパへ教員海外派遣団としてご一緒した茨城県の先生方の同窓会「チボリ会」が、28回目を迎えて土浦市内で開催されたので車で出かけた。海野千秀先生を団長とする18名という割合小さな団体だったがまとまりがよく、今日も10名が参加した。いつまでも交流を続けられるのは、その中心に包容力のある海野先生がでんと座っていて、求心力があるからだ。現在も茨城県退職校長会会長として県教育界に多大な影響力を与えておられる。

 この派遣団は先生方にとっては南仏マルセイユが初めての学校訪問で、目新しいことばかりで興味津々だったと思うが、個人的にはマルセイユに滞在中ビートルズのジョン・レノンが殺されたニュースが強く印象に残っている。18名の内、すでに2人の先生が鬼籍に入られた。当時参加した担当の文部省佐野紀係長も度々チボリ会員として団の会合に参加してくれる。今回も参加された。宴会も盛り上がった。先生方のカラオケの歌いっぷりには脱帽である。

 宴会前に「茨城県霞ヶ浦環境科学センター」を見学した。霞ヶ浦の歴史、考古学、産業史、地形的変化等を視覚と触角で教えてくれる。戦前の予科練とか、風物詩だったわかさぎ漁の帆掛け舟などに比べて、霞ヶ浦自体が今脚光を浴びることはめっきり少なくなった。しかし、これだけの施設を茨城県は運営している。かなり経費もかかるだろう。1995年に皇太子ご夫妻ご臨席の下に土浦市で「第6回世界湖沼会議」が開催され、その折り設置が提唱され2005年に開設された贅沢な施設である。教育施設と言えるものだけに、箱物と簡単に考えるわけにはいかない。近年地方自治体は財政的に厳しい時代に入っているので、県民にも相当広報活動と啓蒙をしなければ理解が得られないのではないか。ほとんどの展示物が地道なものだけに、霞ヶ浦の環境問題に関心がなければ、大人の足を呼び込めるほどのものでもない。学校教育の一環として野外教育は役立つものであるが、教え方に工夫が凝らされないと成果を上げるのは難しいと思う。

 展示物の中で、新しい知識も得られた。日経新聞夕刊に「おたふく」という山本一力の小説が連載されているが、その中に気仙沼から江戸へ「ふかひれ」を輸送する話がある。そのルートは単純に太平洋沿岸から房総半島を回って、東京湾から江戸へ輸送されたものとばかり思っていたが、実際には輸送ルートは、利根川から霞ヶ浦を経て、千葉県関宿を経て江戸川を通って江戸へ辿ったらしい。「おたふく」ではどのルートを辿ったとも書かれていないので、定かではないが、こういう海運ルートの存在さえ知らなかった。しかも霞ヶ浦には他にももうひとつ東北地方から江戸へ貨物輸送するルートがあったという。

 実際に学校から見学にどれだけの子どもたちがやって来るだろうか。環境問題や霞ヶ浦の生い立ちを調べるためには、間違いなく良い施設である。だが、立地的な利便性が伴わないだけに、大勢の利用者という観点から、今ひとつ訴求力を欠いているように思える。少々もったいない施設であると感じたが、土地の人々はどう思っているだろうか。

2008年11月22日 | カテゴリー : 未分類 | 投稿者 : mr-kondoh.com

557.2008年11月21日(金) 多面的な話に満足!

 不景気の波は日本の大手企業にも厳しく押し寄せている。金融不安の源流、アメリカではアメリカを代表する自動車産業のビッグ3が政府に公的支援を陳情する異常事態である。日本企業もご他聞に洩れず、中間決算で軒並み下方修正を公表する状態である。これを受けてニューヨーク・ダウ平均はこのところ大きく値を下げている。日経平均も昨日再び8,000円を割ってしまった。

 今夕六本木のアークヒルズ・クラブで恒例の湘南東京有志会(湘南高校OB会東京支部?)が開かれ、スピーカーのひとり、森稔・森ビル社長が景気に関する話をされた。上海に建設した国際金融センタービルの入居者が予定より少なかったことが、身に沁みているからだろう。東京の都市計画プロジェクトで計画中のマッカーサー道路を造成する際に、道路の上にビルを建て、その上を緑で覆うというアイディアを話された。国家的なプロジェクトだが、民間でも出来ることを試してみたい。同時に、国がやることを民間が出来るということは上海のビルで実現出来たとも話された。

 作曲家の湯山昭さんと初めてお話した。76歳なのに黒々とした髪で若々しく、締めに校歌合唱の指揮をされた。北原白秋作詩、山田耕筰作曲の素晴らしい校歌であるが、歌詞が堅すぎ、大時代的で、良い詩ではあるが、表現上いかがかと思うことがところどころに見られる。特に3番の「~剛健、ここに勢ふ我等、膽大に、意図は壮なり。立身報告期せよ友よ~」の箇所が在校時からどうも素直に馴染めなかった。この点について湯山さんに話すと、古い歌詞は現代風に変えることがあると仰った。しかし、森進一の「おふくろさん」歌詞変更問題、それ以上に何と言っても天下の北原白秋の詩に手をつけることはあまりにも恐れ多いということだろう。後輩たちは綿々と歌い続けている。

 川井校長が湘南再建のためにご苦労されていることがよく分る。慶応アルペンクラブの後輩、淀くんの山形・興譲館高校山岳部の後輩であることも奇遇である。ひところの勢いがなくなった湘南再建のために、大分頑張っておられる様子が話の中に窺えた。やっと高校日本一が出たと嬉しそうに報告していた。慶応高、法政二高、湘南高の生徒3人でチームを組んだ神奈川県国体代表少年フェンシング・チームの一員として今年の国体に優勝したそうである。少しずつでもよいから、ひとつ起爆剤としてどんな形であれ、実績を残すことである。

 竹内謙・前鎌倉市長も今経営しているインターネット新聞の経験上から、アメリカ大統領選挙に触れ、新聞販売が伸びず、テレビは大丈夫と思っていたが、今の様子だといずれそれもインターネットに追い込まれていくと言っていた。

 今年は30名少々の出席者で、やや寂しい感じもしたが、皆さんからユニークな話を聞いて気分はワクワクだった。

2008年11月21日 | カテゴリー : 未分類 | 投稿者 : mr-kondoh.com

556.2008年11月20日(木) さすが反骨の評論家・佐高信氏

 多摩大学公開講座の今日の講師は佐高信氏だった。この人の話はいつも辛口で論点の核心を突くので実に面白い。テレビとは違い、学生が多いというのも佐高氏にとっては若干やりにくいのかも知れない。多少学生を意識したような発言をされていた。対極にある立場から見れば、実に手ごわい論客であるし、理論的にも鋭い論法で攻めるので、必ずしもマス・メディアからは歓迎されないようだ。今日聞いた話から言えば、私には佐高氏の話はすべて正論であるし、納得のいくものだった。

 冒頭事前に配られた故筑紫哲也氏を悼む記事に触れ、筑紫氏の思い出を語られた。

 本論では、まず日本の権力構造から話された。今何がタブーなのかと。結局、わが国は官僚国家であり、会社国家である。どうしてこうなったのか? 国民は政治家が何もしないことを知っているからである。

 佐高氏の舌鋒は、小泉改革に向けられた。小泉純一郎・元首相は、民主党の小沢一郎代表、浜四津敏子・公明党副代表と並んで慶応義塾大学の同級生である。小泉改革は真の改革ではない。郵政改革はやったが、財務省を批判するようなことは何もやっていない。中川昭一・財政金融担当大臣という職責を見れば、今や財政と金融の分離も崩れてしまった。過去大蔵、財務に逆らった首相はいない。大蔵、財務を改革しなければ本当の改革ではない。

 もう一方で国の立場を代表する外(害)務省は、アメリカと中国を同じように扱わないから北朝鮮に強い影響力のある中国と親しく出来ず、結果的に拉致問題は解決しない。小泉首相以来、すべての首相がアメリカ一辺倒だった。

 会社国家というのは、国民が個人的に力をつけるより、会社経営者をやりやすくするよう力点をおいている。前者の側には城山三郎、内橋克人、佐高信氏らが立ち、後者には長谷川慶太郎、堺屋太一、竹中平蔵らで、派遣労働者を労働現場に定着させた。会社はCMで圧力をかけて新聞に不利、或いは批判的な記事を書かせない。記事の差し止めまで行う。佐高氏はCMのない新聞、当然書くべきことは書く新聞として「週刊金曜日」代表を務めている。

 勲章の馬鹿馬鹿しさについても触れた。史上最低の首相・宇野宗佑氏が勲一等で、世界的な写真家・土門拳が勲四等というのは解せない。城山三郎氏の葬儀で弔辞を述べた時隣席に中曽根元首相、小泉元首相がいた。受勲を拒否した城山氏を褒め称えた時、大勲位の中曽根氏は微動だにしなかったという。どこか昨日の篠田正浩氏の米軍司令官へ叙勲された話と通じる話だ。

 いずれにしても中々山葵の利いた話ばかりで、1時間半の間飽きさせることなく終始した。実に反体制的で味のある講義内容だった。

 終ってから聖蹟桜ヶ丘駅近くの居酒屋で、知研八木会長、久恒理事長、秋田事務局長、高橋茂人さんと食事を伴にして会長からご馳走になった。

 帰路渋谷駅で、先日修復を終え通路壁に掲げられるようになった、岡本太郎の大作「明日の神話」を初めて目にした。かなりの通行人が立ち止まっては見ていた。大きな絵画だけに、流石に迫力がある。このような名画を見ようと思えば、いつでも見られるのは有難いことだ。

2008年11月20日 | カテゴリー : 未分類 | 投稿者 : mr-kondoh.com

555.2008年11月19 日(水) 山崎さんと篠田監督、そして「海ゆかば」

 ベオグラード在住の山崎洋さんが、映画監督の篠田正浩氏と「ゾルゲ事件をめぐって」のテーマで対談する企画が織り込まれた「第2回武蔵天平の郷・信時潔コンサート’08」に出かけた。会場は西国分寺駅前の立地のよい「国分寺市立いずみホール」である。 

 ホールは市立で場所も便利だし、中々立派なものだ。セルビアから来日のチェリスト夫妻を交えたヴァイオリン、チェロ、ピアノの三重奏による国分寺所縁の信時潔の作品と、バッハ、ヘンデル、チャイコフスキーの作品を演奏してくれた。信時の「電車ごっこ」「海ゆかば」以外は知らない曲ばかりだったが、「海ゆかば」はチェロの重苦しい音色が胸にずっしりと沁み込み、感動した。仕事で戦没者の慰霊や遺骨収集事業に長らく関わっていたせいもあり、度々聞かされた「海ゆかば」はやはり他の曲とは違うおごそかな感情で受け入れてしまう。

 山崎さんと篠田氏の対談で新しい知識を得た。ひとつは、「海ゆかば」の作詩者はこれまで大伴家持と聞かされていたが、篠田氏の語るところによれば、聖武天皇が作った歌を大伴家持へ下賜したものだということ。もうひとつは、日本の天皇家は元来仏教徒であり、神道というのは明治維新後のことだということである。篠田監督は、その根拠のひとつとして、東大寺は752年孝謙天皇によって建立された。また、京都三十三問堂は1164年後白河法皇によって建立された。いずれの天皇、法皇も仏教徒である。「スパイ・ゾルゲ」では篠田氏は監督でありながらチョイ役で出演もしている。山崎さんの祖父役である。そんな話を2人はゾルゲ事件を絡ませながら丁々発止と語り合った。篠田氏の話した言葉の中で、時代が尾崎秀実と山崎さんの父・ブランコ・ブケリッチのようなプロのスパイではない人たちを、スパイ事件へ巻き込んでしまった。しかし、尾崎にしても、ブケリッチにしても優秀な取材がプロのスパイである、ゾルゲやクラウゼンにヒントを与えたと仰った。これほどの情報収集力を示したふたりは、スパイとしてではなくジャーナリストとして優秀だったと締めくくられた。

 1931年生まれの篠田氏は、いろいろ苦労を知っているだけに、重い言葉を述べられた。広島、長崎の原爆投下の責任者である米軍空軍司令官に対して日本政府が最高の栄誉である勲章を贈ったのは完全に間違いであり、返してほしいと厳しい口調で述べた。最近の田母神発言に対しても極めて厳しく糾弾していた。

 終了後山崎さんには知り合いが多く寄っていたので、挨拶と近著をあげて、ゼミの後輩・堀勇弘くんと東横線都立大学駅前で遅い夕食をした。堀くんのご家族の系譜も日中戦争史とかなり強いつながりがあると感じた。新しい一面を後輩の話の中で知った。

2008年11月19日 | カテゴリー : 未分類 | 投稿者 : mr-kondoh.com