充実したホームページに仕上げていこうと、毎日目を凝らしながら取り組んでおります。淡々と書き続けてきただけで、10年2月に初めて4桁の大台1000回を、そして奇しくも74歳の誕生日に当たる2012年「文化の日」に連続2000回を、15年7月31日に3000回、18年4月26日に4000回、21年1月19日に5000回を数えました。ここでは、出来るだけポジティブな意見や、気軽な独言、時には戯言や想い出を書き込んで、自分自身の気持ちを素直に表わしながら楽しく読んでいただけるよう心がけたいと思っております。意見の主張というより、感じたままを日記風に書き綴って参ります。身勝手な意見や、独断的な表現も見られると存じますが、どうぞご理解下さいますようお願い致します。皆さまの忌憚のないご意見をお寄せいただければ有難く存じます。
ブログ・ご意見番の意見
ブログ一覧
613.2009年1月16日(金) 危機一髪! 旅客機が不時着水
ニューヨークで今日奇跡が起きた。ニューヨークのラ・ガーディア空港を離陸したUSエアウェイズの旅客機が、ニュージャージーとマンハッタンの境界を流れるハドソン川へ不時着水したが、幸いにして乗員・乗客合わせて155人の命に別状がなかった。不時着水だから滑走路上の胴体着陸に比べてややショックは小さく、火災発生の危険はない。だが、今まで何度かこのハドソン川をフェリーで往復して感じたのは、大小取り混ぜて1日中往来する船舶が多い船の過密地帯であり、航空機と船舶の衝突の危険性が極めて高いことである。例え航空機は着水の準備ができたにしても、航行する船が上空から飛び込んでくる航空機を避けることはほぼ不可能に近い。そんな絶体絶命の窮地をパイロットは見事に切り抜けた。アメリカでも機長の機転と操縦技術に絶賛の声が上がっている。実際飛行機が墜ちて乗客が全員救助されたという話はこれまで聞いたことがない。
原因は「バードストライク」と云われる鳥の吸い込みだそうだ。群れとなって飛んでいる水鳥が両翼に付いているエンジンに吸い込まれた結果である。2つのエンジンが機能しなくなり、急速に機体は急降下した。下手をすれば、地上の物体を巻き込んだ大事故につながる可能性があった。このピンチを冷静な操縦判断で救った元米空軍戦闘機のパイロットだった機長をヒーローだと言っている乗客もいた。大事故につながらなくて本当に良かったと思う。日本国内でも大事故にはつながらなかったが、過去に事故一歩手前というバードストライクはしばしば起こっているそうである。
今日の「JAPAN NOW観光情報協会」の定例観光セミナーは、講師が協会理事であり、高崎経済大学教授を務めている寺前秀一氏である。事前にタイトルが「1930年代の観光」と聞いていたので、どんな内容になるのか興味を持っていた。あの戦争前の暗い時代に観光がインバウンドを中心に結構流行っていたことを強調されていた。興味深かったのは、「観光」という字句は必ずしも易経による「国の光を照らす」ということではないということを寺前講師が主張され、明確ではないにしろ、疑問や異論もあって中々面白い意見交換の場となった。
612.2009年1月15日(木) イスラエル、ますますエスカレートへ
今日は父の命日である。亡くなって7年になる。わがままで頑固な父だったが、割合我々息子たちの言い分を聞いてくれた。今生きていればちょうど百歳になる。時折父の元部下だった方からいろいろ思い出話を伺うが、父が生きていればきっと私の著述について喜び、理解してくれたでしょうと言ってくれた。父も明治乳業の役員をしながら、ペンクラブやエッセイストクラブの会員として、話し方の教室を始めたり、タウン誌に寄稿したり、かなり地域でも自由に活動していた。普段はあまり思い出すこともないが、やはり命日になるとふっと思い出す。おねだりをしたことはあまりないが、いざという時には相談に乗ってくれた。私には頼りになる父親だった。
今日もガザ地区に対するイスラエルの攻撃は容赦ない。死者はすでに1,030名を超えた。空爆のほかに、イスラエルは市街戦も視野に入れているという。この期に及んでなお攻撃の手を緩めようとしないのは、徹底的に掃討しようと企んでいるからに違いない。ハマス側の攻撃に対抗するためであるというイスラエルの自衛的な言い訳は、ここまで攻撃的になると最早通用しないのではないか。小中陽太郎さんもメールで書いていたが、「ガザはいたいけな子どもたちの血で染まりました。かつてアウシュビッツほかで民族クレンジングの悲劇を体験した民族が、今度は同じ無法行為を行うとは歴史の教訓を履き違えています」。
イスラエルの悪質さは、停戦交渉のためイスラエルを訪れていた潘基文・国連事務総長が外相と話し合いを行っている効果的な時期を狙って攻撃したことである。流石のパン総長もイスラエル側に怒りを伝えた。アウシュビッツに関してイスラエルは世界の同情を買い、イスラエルも悲劇を強く訴えてこのような残虐な行為を絶対防止しなければならないと被害者として説得力ある行動を行っていたが、このイスラエルも一皮剥けば凶暴な殺人鬼になることを世界中に曝け出した。イスラエルの正義はもう通用しない。
今日ついに南米のボリビアがイスラエルと外交関係を断絶すると発表した。それにしても従来の外交姿勢から当然断交を主張し、他国にも働きかけると見られたロシアと中国が、一向に明確な態度を打ち出さないのはまったく不可解である。
611.2009 年1月14日(水) 東大紛争からまもなく40年
昨日ジャーナリスト北岡和義氏から雑誌「現代への理論」新春号への寄稿文をメール送信してもらった。「オバマ圧勝、究極の民主主義、その光と陰」と題して15頁に亘る力作である。やはりアメリカに27年も在住して取材現場に関わっていたジャーナリストの見る目は、的確に本質を見抜いている。外面は黒いが中は白く、ナスビと言われるオバマの白人的な考え、さりとて完全な黒人でもないエリートが選挙期間中に自分の人種的な気持ちを外へ出さないようセーブして行動していたとは、並の人物ではない。
北岡氏も忙しそうで、元日からアメリカへ行っていたという。日大国際関係学部の非常勤講師を務めていたが、昨年特任教授になったと知らせてくれた。先日のヨタロウ会では、むしろ私の活動に刺激を受けたと言っていたが、どうしてどうして、北岡氏は専門的な分野で派手に活動している。
昨年暮れ以来「知的生産の技術研究会」で「知の現場」を出版するため東洋経済新報社へ企画書を提出する準備を進めて、その作業のまとめ役を秋田事務局長にやってもらっている。出版社との窓口は久恒理事長とは旧知の編集部長だそうである。今日秋田さんが作成した企画書前文を下敷きに自分なりにたたき台としてまとめてみた。それをプロジェクトの仲間へ送ったところである。今年はこの知研の出版が大きな仕事になりそうだ。
夜は2時間ものテレビ番組「東大落城」を感慨深く観た。東大紛争からもう40年も経った。懐かしいフィルムもふんだんに使われ、学生のヘルメットに書かれた「全共闘」「中核」「反帝学評」を見て郷愁を感じたくらいである。あれは1969年1月18日寒い中で放水車によって水を被った学生が震えていたのが印象的だった。60年安保闘争からすでに9年が経過していた。翌年が70年安保闘争だったが、確かあまり盛り上がらず外野席にいた自分としては、少々がっかりしたのを憶えている。それに比べれば、この東大紛争は、医学部改革を主に、全学的にベトナム反戦を訴えていた。その流れもあって当時この東大紛争には強い関心を持っていた。いろいろ批判はあったが、あの紛争をリードした学生たちの元気さは、今の学生には露ほども感じられない。個を抑えて大きな目標のために活動した、われわれよりも10年遅れの若者たちの勇気と元気を誉めてやりたい。
久しぶりに学生運動に心を奪われた。
パレスチナの戦火はまだ当分続きそうである。
610.2009年1月13日(火) ガザでは戦火、日本ではノー天気の政治
昨日パレスチナ・ガザ地区支援問題に関して、小中陽太郎氏へ宛て私見をメールした。我々の声がマス・メディアを通じて政治へ届くと信じようというのが小中氏からいただいた返信である。それにしても今日の国会は第2次補正予算案の是非について建設的な議論が交わされたとはとても思えない。与野党の足の引っ張り合いの挙句、自民党代議士が無断でビデオを撮っているのがばれてカメラを取り上げられるお粗末な一幕もあった。まさに内憂である。渡辺喜美・元行政改革大臣が自民党を離党する会見を行った。パレスチナ問題なんかまるで頭の中にはないようだ。目先のこと、しかも本質論から外れた議論ばかりで、多くの尊い生命が砲火の中で無残にも失われつつあることなんかまるで眼中にないようだ。
夕方のNHK「クローズアップ現代」では、今回のイスラエルの強行作戦について、パレスチナ自治暫定政府の内紛につけこんだイスラエルの本気の戦争だと断定していた。パレスチナ側の内輪もめが巧みに利用されている。パレスチナ自治区がヨルダン川西岸とガザ地区に分断されていることも問題を複雑化している。しかも、暫定自治政府を代表しヨルダン川西岸に本拠を置いているのが穏健派のファタハであり、一方住民から信頼され06年の選挙で勝ちガザ地区において主導権を握ったのがイスラム原理主義組織・ハマスである。イスラエルの狙いは、敵対する過激派ハマスを徹底的に叩いて掃討した後に、条件付で穏健派ファタハと協定を結びたいと考えていると見られている。
死者はすでに900人を超えた。エジプトの調停案はまだ提示されていない。イスラエルとハマスは国連決議を受け入れる気は毛頭ないという。戦禍は雪だるま式に増えるばかりである。
今日麻布十番で芳野満彦さんにお会いした。来月10日の出版記念会にご出席の確認をして、山の絵を2点購入した。絵画は出版記念会で出席者に抽選でお贈りしたいと考えている。芳野さんにも喜んでいただいた。
609.2009年1月12日(月) イスラエルは殺人鬼となるか。
何年か前に「成人の日」が1月15日から第2月曜日に替わった。今日がその第2月曜日で、各地ではそれなりにさまざまな催しがあった。7年前の「成人の日」(1月15日)には父が亡くなった。自分が迎えた「成人の日」当時は、目前の大学入試をどうやってパスするかということ以外何も考えられなかったし、何も覚えていない。暗い憂鬱な毎日だった。2年間も浪人していて、父からこれ以上浪人すると同年齢の仲間からどんどん遅れて、将来絶対損するからどこの大学でもいいから、今年は決めろと言われた。毎日が追い詰められた暗い日々で、成人式のような晴れがましいことなんか考えたこともなかった。あれからちょうど半世紀、50年になる。
ある意味では、折角の「成人の日」を周囲からも、自分自身でも祝うことがなかったのは、ほんのひと時ではあったが、不幸と言えば不幸であったかも知れない。
さて、パレスチナ・ガザ自治区におけるイスラエルの残虐ぶりが少しずつ明らかになってきた。AFPによれば、死者は885人、加えて「白リン弾」を使用していることが分った。この「白リン弾」は敵の目をそらすために煙幕を張ったり、塹壕に隠れている敵を焙りだすために使用されるが、化学兵器とは看做されていないために国際条約上禁止兵器とは考えられていない。しかし、人体への影響が残るため非人道兵器と指摘され、人権団体からの批判も多い。ガザ地区のような狭く、住民が密集する場所でこういう兵器を使うこと自体どんなに甚大な人的被害をもたらすかは、火を見るより明らかである。それを承知のうえで、蛮行を重ねているイスラエルは確信犯である。
折も折小中陽太郎氏からメールをいただいた。パレスチナの現状を伝えるとともに、日本政府がイスラエルの残虐行為に対して抗議をしないアメリカ寄りの姿勢、アウシュビッツの悲劇を味わったにも拘わらず同じような行為を行うイスラエルへの義憤を思い、どうしてこの残虐行為を止めさせるべきか、効果的なアイディアや意見を募ってこられた。私も考えているが、在日イスラエル大使館へデモをかけるとか、ガザ地区支援のための義捐金を集めることぐらいしか咄嗟には頭に浮かばない。
これから考えて提言はしたいと思っているが、行動まで出来るかちょっと自信がない。しかし、現時点で日本政府はもちろん、日本の政治家が誰ひとりとしてイスラエルの攻撃を止めさせるための具体的な提言とか、行動を起こそうとしていない。この1点だけを見ても、日本の政治が内向き志向だということが分る。しかもみんなアメリカに気兼ねしている。その一方で、当然パレスチナに同情的と見られる共産党や社民党がまったくイスラエル非難の声を上げないのはなぜか。どうも腑に落ちない。それにしてもイスラエルのやり方は酷い。恨みを後世に残し、将来のイスラエルにとって決してプラスにはならないと思うのだが・・・・・。