充実したホームページに仕上げていこうと、毎日目を凝らしながら取り組んでおります。淡々と書き続けてきただけで、10年2月に初めて4桁の大台1000回を、そして奇しくも74歳の誕生日に当たる2012年「文化の日」に連続2000回を、15年7月31日に3000回、18年4月26日に4000回、21年1月19日に5000回を数えました。ここでは、出来るだけポジティブな意見や、気軽な独言、時には戯言や想い出を書き込んで、自分自身の気持ちを素直に表わしながら楽しく読んでいただけるよう心がけたいと思っております。意見の主張というより、感じたままを日記風に書き綴って参ります。身勝手な意見や、独断的な表現も見られると存じますが、どうぞご理解下さいますようお願い致します。皆さまの忌憚のないご意見をお寄せいただければ有難く存じます。
ブログ・ご意見番の意見
ブログ一覧
643.2009年2月15日(日) 酒のペンクラブ佐賀旅行
博多から佐賀へJRのL特急を利用した。ほんの35分で到着して駅前からタクシーで佐賀城本丸歴史館へやって来た。まだ酒のペンクラブの一行は到着していない。ボランティア・ガイドと本体到着まで気ままな話をしていた。以前佐賀城へ来た時は、外周りだけだったが、本体と一緒に本丸の中を見せてもらってガイドの説明を聞くと新しい歴史を知ることが出来る。
酒のペンクラブの面々だけに、日本酒については興味も関心も普通以上に強い。参加者は、佐賀県東京情報センター所長・西岡剛志氏、副所長・下平幸男氏が案内役で、私を加えてちょうど10名である。今日は3軒の醸造元、窓の梅醸造㈱、天山酒造㈱、そして峰松酒造を訪問、見学した。いずれも江戸時代に始まる古い歴史を持つ醸造元であるが、ビール会社のような近代的なものと違って、建物は老朽化して最近の地震の影響もあって前者の蔵のように大きく傾いていたり、後者も古い建物を維持するために、瓦屋根の葺き替えだけで2千万円もかけたという話を聞くと苦悩が分る。
地場の産業としてそれなりに経営しているようだが、内情は大変だなぁと思う。最近の傾向として日本酒より焼酎が伸びており、酒の方が多いとは言え、窓の梅で6:4、天山が9:1の割合というくらい焼酎の消費が伸びていると言っておられた。
佐賀へ来たのは久しぶりだが、地方の特徴として車、人の数が極端に少ないように感じた。国道沿いでも現実に何軒もファミリーレストランが店仕舞いしている様子を見ると地方の苦しんでいる姿が察しられる。現状では厳しいようだが、若い人にとってあまり魅力のある土地と言えないのかも知れない。地方の疲弊ということが言われるが、地方に行く度にう~んそうかなぁと思う。地方には大きな働き場所が少ないことが大きな原因でもある。その意味でも地方ではその土地ならではの産業を発展させることが生き残りの大きな要因だろう。地酒は決して大企業とはいえないまでも、地方産業を支える大きなつっかえ棒である。
今日の宿泊は嬉野温泉・和多屋別荘である。夕食宴会には、前東京所長だった山口和夫氏も参加された。
642.2009年2月14日(土) スイス・レーティッシェ鉄道と箱根登山鉄道、姉妹提携30周年記念
酒のペンクラブの佐賀を尋ねるツアーが明日、明後日とあるが、福岡の友人に会うために1日早く福岡へやって来た。久しぶりに訪れたJR博多駅は大改装工事中で、テナントも閉店セール中で、博多駅構内でテナントとして永年商売をやっていた地元の井筒屋が締め出され、新たに高島屋が入店する話を聞かされると身につまされる。
鉄道と言えば、今朝の日経紙によると今年はスイスのレーティッシェ鉄道と箱根登山鉄道が姉妹鉄道締結を結んでちょうど30周年記念となり、それに合せて、箱根登山鉄道がレーティッシェ鉄道と同じカラーデザインの車両を走らせるという記事が掲載されていた。
実は、その30年前の両鉄道の提携式典では私自身多少お手伝いした経験がある。その記念式典ではレーティッシェ鉄道からハッツ専務が来られ、式典の後1日箱根をガイドした経緯がある。そして、箱根登山鉄道がその夏記念行事の一環としてスイスへツアーを派遣したが、そのツアーの添乗員として同行してイタリアのチラノからスイスのサンモリッツへ行った。それが、スイスとのその後の関わりの素となった。その意味では忘れられないツアーとなった。
そのレーティッシェ鉄道も昨年「世界遺産」に認定され、今では世界中の鉄道ファンから垂涎の的となっている。確かにスイスの鉄道は魅力に溢れている。特に、登山鉄道ではアイガーや、マッターホルンの鉄道がその巨峰の近くまでアプローチするので、有名であるが、鉄道の魅力としては長い距離の中で楽しく自然の景色を見せてくれる点で、遥かにレーティッシェ鉄道の方が上回ると思っている。
それにしてもどうしてスイスの鉄道会社は、経営的に悠々たる自信を持っているのだろうか。とにかく列車から見る景色、雰囲気が抜群にいい。それでいて経営的に安定している。
641.2009年2月13日(金) 「13日・金曜日」は大凶か。
今朝の日経「春秋」によれば、1866年の今日、アメリカで初めて白昼銀行強盗が発生した日とされているらしい。襲われたミズーリー州にあるその町の銀行は、今では歴史博物館になって、犯人のゆかりの品を展示しているという。苦笑を禁じえない、いかにもアメリカらしいパロディである。1975年に初めてテキサス州ダラスを訪れて、犯人がケネディ大統領を撃った教科書販売会社の建物が、その時博物館に変わっていた。その博物館では、ケネディ暗殺のシーンを模型と人形を使ってリアルに見せてくれた。オープンカーに乗ったケネディ大統領が登場するところから、撃たれてジャクリーン夫人がケネディに覆いかぶさり、その後ケネディ夫妻を乗せたオープンカーがスピードアップして消え去る一連のデモンストレーション劇を展示しているのには仰天させられた。ショッキングな暗殺場面を何のてらいもなく一般に見せる。アメリカ社会にはこういう、無神経と言ってもいいようなところがある。
今日は13日の金曜日という欧米流に言えば縁起の良からぬ日であるが、NYニューワーク空港からバッファローへ向かったコンチネンタル航空機が悪天候の中で、墜落して乗員・乗客49名全員が亡くなった。バッファローはニューヨークからナイアガラの滝を日帰り観光する時に、いつも利用していた都市である。原因は悪天候にあったのか、機体にあったのか、まだ明らかではないが、出来るだけ早く解明して欲しいものである。
ラグビーについて嫌な事件が起きた。強豪東芝チームのトンガ人選手が大麻吸引で陽性と判定され、東芝はその選手を退部させ、日本選手権準決勝に進出していたチームも日本選手権を棄権させることになった。今年の東芝は良いチームで、2年ぶりにトップ・リーグで優勝し、今年の日本選手権でも優勝候補の筆頭だった。つい先日の若麒麟の大麻所持事件にしろ、大学生の同じような無分別な事件にしろ、近頃の若者は良いことと悪いことの区別がつかない者が多い。この東芝事件にしても、偶々事件を起したのは外国人選手であるが、チームメートは誰も気がつかなかったのだろうか。監督責任、またチームとしての連帯責任を問われても仕方がない。
それにしても大麻の世界的な拡大汚染については、アメリカでも先に水泳のフェルプス選手や、ヤンキースの至宝・Aロドリゲス選手らもその使用を認めている。
アマチュア・スポーツの中でも、最もアマチュア的だったラグビー界も遂に汚染されてしまったとはショックである。
640.2009年2月12日(木) イスラエルは益々右傾化か。
イスラエルで10日行われた総選挙の結果、右派陣営が大きく議席を伸ばした。先日のイスラエルによるガザ地区攻撃の再発を予感させる結果である。1党による過半数獲得はならず、元々予想されていた連立政権が樹立されるだろうが、右派が主導権を握るだろうことは間違いないと思う。
これまで定数120議席の内、第1党の「カディマ」と称する中立政党が、左派と右派の一部と組んだ連立政権を構成していたが、今回の総選挙で「カディマ」の議席は29議席から28議席へ僅か1議席減少しただけだったが、野党第1党の極右政党「リクード」が、12議席から27議席へ大幅に議席を増やしたうえに、同じ野党第2勢力の「イスラエル我が家」が11議席を15議席へ伸ばした。現状では、いかなる方法で連立政権を組んだところで、与野党逆転により右派が連立により政権を握ることはほぼ確実となった。
こうなるとイスラエルとパレスチナの和平が一層遠のくことは間違いない。逆に言えば、先日のガザ地区の戦闘が、イスラエル国民をしてハマス油断ならじとの攻撃的な姿勢にさせ、ハマス壊滅を主張する右派に票が流れたのではないか。
イスラエルの姿勢を擁護するアメリカの立場も微妙なものとなった。果たしてオバマ政権はどんな隠し玉を見せるか。
さて、こんな偶発的なことってあるだろうか。地球を周回していたアメリカの通信衛星とロシアの使用済み衛星があの広大な宇宙で衝突して飛散したという。地球の周囲にはその破片が宇宙ゴミとなって舞っているらしい。いつごろからか、地球の上空はゴミだらけとの報道がなされるようになったが、衛星を打ち上げても機能停止、または御用済みになるとそのまま放り出しておく。回収しようとしない。この無責任感覚がいつの間にか宇宙をゴミだらけにしてしまった。宇宙がゴミ満載になるなんて考えてもいなかったが、遂にそんな時代がやってきたのである。小さな子どもと同じようにやりっぱなしという悪癖が思わぬ事態を引き起こした。ゴミと障害物だらけの危険を避けるためにも、早く対策を立てる必要があるのではないか。
今日のJN協会主催「観光立国フォーラム」は、前イタリア政府観光局の鈴木正文氏による「ようこそイタリア」だった。フィレンツェ大学を卒業されて、イタリア一辺倒な方であるだけに、イタリアについて中々詳しく解説された。
639.2009年2月11日(水) 旧「紀元節」と盛り上がらない建国記念日
今日は「紀元節」、改め「建国の日」、建国記念日である。戦後最初の建国の日、昭和21年2月11日は、まだ紀元節と言われていた。当時坊主頭の国民学校初等科1年生だった。田舎の学校講堂で、今ではほとんど歌われなくなった紀元節を祝う歌を、♪雲に聳ゆる高千穂の~♪と同級生と声高らかに歌ったことを思い出す。歌詞の意味も分らずに口ずさんでいた。確かそれ以降学校で式典は行われなくなったように思う。それから年とともに徐々に右翼的思想や軍国調は薄れていった。
今日も各地で復古調の儀式が行われるのかと思っていたら、意外なことにどこにもそういう式典が行われたというニュースはなかった。自然にそういう流れになって、嫌な昔のミリタリズムが思い出されることがなくなったのは、むしろ望ましい傾向なのかも知れない。しかし、復古調とか、かつての軍国調が回復するのでないなら、わが国起源の史実的根拠を精密に辿り精査したうえで確認し、それを国民が祝うことは決してとやかく言われることではない。心配なのは、そういうアカデミックな視点が失なわれ、歴史的史実が消されることである。そしていつの間にか誕生日がいつなのか、それさえ分らない根無し草のような国家になることである。
かつての復古調が影を潜めた原因のひとつに、財団法人日本遺族会の影響力の衰退があると思う。私自身日本遺族会の仕事に携わっていた頃は、日本遺族会の全国的な力が強かった。当時の厚生省援護局も遺族会のド迫力に圧倒されていたほどだった。政治力も並外れていた。遺族会の影響力低下の最大の原因は、会員数の減少であることは明らかである。会員の年齢も高くなり、新しい入会者もほとんどなくなった。こうした流れが、国の祝日でありながら建国記念日が一向に盛り上がらない原因である。分らないものを無理にこじつけて真実を装うのは論外であるが、折角国家の建設を祝う記念日を国が決めたのに、何の行事も式典も行わないのは何か釈然としない。