充実したホームページに仕上げていこうと、毎日目を凝らしながら取り組んでおります。淡々と書き続けてきただけで、10年2月に初めて4桁の大台1000回を、そして奇しくも74歳の誕生日に当たる2012年「文化の日」に連続2000回を、15年7月31日に3000回、18年4月26日に4000回、21年1月19日に5000回を数えました。ここでは、出来るだけポジティブな意見や、気軽な独言、時には戯言や想い出を書き込んで、自分自身の気持ちを素直に表わしながら楽しく読んでいただけるよう心がけたいと思っております。意見の主張というより、感じたままを日記風に書き綴って参ります。身勝手な意見や、独断的な表現も見られると存じますが、どうぞご理解下さいますようお願い致します。皆さまの忌憚のないご意見をお寄せいただければ有難く存じます。
ブログ・ご意見番の意見
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688.2009年4月1日(水) 故高木東六作?「新年度、あ~新年度、新年度」
日銀が3月短観の結果を発表した。予想通り景況感は最悪の結果となった。大企業の製造業で74年の調査開始以来最悪のマイナス58という数値で、6四半期連続の落ち込みである。
今回の不況は昨年辺りから百年に一度の大不況と言われているが、確かに一向に出口が見えない。これを解決する術がないのが何とももどかしい。小手先だけの対策では、むしろ悪くなる一方である。設備投資にブレーキがかかり、雇用が削減され、消費も下落するばかりである。株価は昨日の大幅下落から反発して小康状態であるが、この先どうなるかは予測できない。
そんな不景気風の中で今日新年度に入り、新入社員を迎えた企業では入社式が行われた。大手企業でも前年度の半数ぐらいというのがやっとのようだ。採用する余裕はないが、人事構成がいびつになるとの消極的な考えから已むなく採用を決めた会社も多いらしく、長期的な人材需要に応えた採用計画ではない。この経済不況がこのまま続くなら、企業の雇用に光明は見出せないのではないか。経済が回復しない限り、すべてが好転しないとの閉塞感が漂う。いつになったら経済が回復するのだろうか。
北朝鮮がミサイルを発射するのではないかとの予想に対して、万一の場合に備えて地対空迎撃ミサイルが落下予想地周辺に、続々と配置されている。これから発射予定日の4日から8日の間は、毎日どんな情報が伝えられるのか、気になるところである。今日ロンドンに到着した麻生首相も早速韓国の李明博大統領と会い、この問題について話し合った。北朝鮮がミサイルを発射すれば、国連安保理へ提訴するという点で両首脳の意見が一致した。
687.2009年3月31日(火) 真っ赤っかの平成20年度を送る。
今日は平成20年度の年度末日である。中小・零細企業は言うに及ばず、大手民間企業の決算も軒並み赤字という散々たる経済状況にある。昨年まで飛ぶ鳥を落とす勢いだったトヨタもついに減配の憂き目を見ることになったらしい。東証日経平均株価も昨年度末の12,525円が、35%も下がって今日の終値は8,109円だった。資産が目減りしてどこの年金資金運用も大変なようだ。まだまだ当分の間明るい兆しが望めない。専門家ですら、来年度の日経平均が10,000円台にまで戻るとの予想が80%、極端に5,000円まで下がるとの予想が20%もある。政府も補正予算を組んだり、景気対策を考えているが、一向に景気は上向かない。失業率は4.9%にまで上がり、非正規雇用者の失業者数は増加する一方である。雇用問題は最大の社会問題となりつつある。
一方、アメリカでは不況の象徴であるGM社の役員が多額の賞与を受け取ることで、オバマ大統領以下アメリカ国民から猛烈に顰蹙を買ったが、ワゴナー会長はGM社が政府の補助金を受ける条件のひとつとして、経営責任を取って会長職を辞することになった。鵜の目鷹の目の国民は、ワゴナー会長から目を逸らさず、会長の退職慰労金がどうなるかを厳しく監視している。
さて、今年も駒沢大学マス・コミュニケーション研究所の公開講座に参加を申し込んだ。木曜日の講座に関心があったのだが、すでに申し込んだ多摩大学の現代世界解析講座(毎週木曜日開催)と日時がダブってしまうので、‘CHANGE’マインドして金曜日の「現代広告論」と出版関係の講座を受講することにした。4月から毎週3時限大学で講座を聴くことが出来る。大いに楽しみにしている。
自分の名前「近藤」の「近」の文字には「しんにゅう」がある。「しんにゅう」のある漢字には、1点の「しんにゅう」と2点の「しんにゅう」の2通りがある。なぜ単純に統一することができないのかという議論がつい最近専門家の間であった。近藤の近は1点で、今までずっとこれで通してきた。ところが、戦前は近も2点だったそうで、漢字の母国中国に倣ったらしい。日本でも本来は2点が正しかった。それが戦後、当用漢字の字体を決めた時に簡略な1点を採用してしまった。今となってはどっちを使用するのか、どちらとも言えないらしい。2点を使用した漢字の方が圧倒的に多いらしいが、今更「近」は2点だといわれてもちょっと馴染まない。思わぬところで、自分の名前をつらつら考えることになった。どうするのかと思ったら、いろいろな意見を参考に文化審議会国語分科会の漢字小委員会で再検討され、今秋修正案が公表されるという相変わらずのんびりした役所的処方である。
686.2009 年3月30日(月) 知研プロジェクトの取材始める。
今年の「知的生産の技術研究会」の出版プロジェクトがスタートして、今日は初めてのインタビューである。22名の知識人のうち、今日インタビューにお応えいただくのは評伝作家・北康利先生で、現在売れっ子作家として大童の活躍である。わざわざ出版社までお越しいただき、知研からは八木哲郎会長、久恒啓一理事長、秋田英澪子事務局長、カメラマン兼記録員として幅健一さんが出向き、主たる質問者として私自身が当った。事前に21項目の質問事項を提案していたところ、一問一答でなく、この質問事項に沿って応えましょうとの申し出があったので、喜んで受け入れることにした。
ご両親の出身地、兵庫県三田市は今話題の白洲次郎を生んだ。予想していたことであるが、ご自身は元来「読むこと」「書くこと」が好きで、亡父へのオマージュ、町おこし、評伝作家が少ないとの理由から自然に郷土史家として歩き出した。白洲次郎についても2冊の著書がある。人生訓として「一望を照らす」と述べていたように、ひとつの道に秀でた、社会にインパクトを与えた人に惹かれると話された。それが、松下幸之助であり、福沢諭吉であり、白洲次郎なのだろう。影響を受けた人物として、司馬遼太郎の「竜馬が往く」からパワーを得られたと仰っていた。
当初予定の1時間を2時間近くにまで伸ばしてもらい、几帳面に丁寧に流れるように話していただいた。さすがに東大弁論部で鍛えられただけのことがある。
印象的だったのは、①若い人の適性を伸ばす、②商売とは経営学より人間学である、③物事をイーグルアイで観る、④和魂和才、⑤早め早めの時間管理、⑥家族への思いやり、等々である。
他にも随分参考になることや有益なことを話していただいたが、それをしっかりした文章としてまとめていかなければならない。しかも読ませる文章でなければならないし、北先生の話された要点を外さないことが肝要である。出来るだけ早く文章化したいと思っている。取材を終えて八木会長の案内で出版社から日本橋の「泰明軒」へ向かい、名物のオムレツをいただいた。つい世界遺産として人気のフランス「モン・サン・ミッシェル」の参道沿いの伝統あるオムレツ屋を思い出した。
北先生の取材はいろいろ学ぶことが多かったし、楽しかった。チームワークで仕事をやるのは楽しいものだ。全員の気持も大いに高揚して、人へのインタビューの面白さをみんなで実感したのではないかと思う。まだ、スタートしたばかりだが、編集スタッフとしてはこれから約20名の方に取材する。順調に行かないこともあると思う。幸い若い人たちも情熱をもって取り組んでくれるので、彼らにとって良い自己啓発のための教訓となり、逞しい人材として育って欲しいという願いがある。知研力を発揮して立派な実績を造り上げたいものである。
夜になって取材を予定している小中陽太郎先生から、月曜と火曜ならいつでも都合がつけられると有難いご連絡をいただいた。
685.2009年3月29日(日) 大相撲は本当に八百長がなかったのか。
2年前の「週刊現代」の大相撲八百長事件連載記事に関して日本相撲協会が発行元・講談社に対して起こした名誉毀損訴訟で、26日「週刊現代」側が敗訴し、4,300万円の支払いと記事を取り消す広告の掲載を命じられた。確たる具体的な証拠がなく杜撰な調査と憶測で日本相撲協会や所属の横綱・朝青龍らの名誉を傷つけたというものである。本当に八百長がなかったのかどうか、これまでの相撲協会の疑問だらけの対応を見ていると首を傾げざるを得ない。誰も裁判の結果が正しいとは思っていないのではないだろうか。
一方、敗訴した講談社の姿勢も指摘されるように杜撰である。2年前にある書物の広告文表現の件で質問した時、まったく鼻も引っかけられなかった。しかし、その後論理を尽くして疑問を述べたらようやく手紙で応えてくれた。その時大手出版社である講談社ともあろうものが、その説明の稚拙さと非常識さに恐れ入ったことがある。しかも、手紙の書き方がまったくなってなかった。つまり、副部長職にある人物の寄越した手紙が、手紙の体をなしていなかったのである。手紙の書き方のイロハも知らないのには呆れたほどである。よくこれでビジネスが出来るものだと驚いた。この程度の常識しかない出版社と、すべてに次元の低い相撲協会の似たもの同士が角突き合わせていては、埒が明くはずがない。どっちもどっちだと感じた次第である。
所詮高みの見物と決め込むしかない。八百長相撲は関係ないとばかりに盛況の大相撲春場所は今日が千秋楽で、横綱白鵬が全勝優勝を飾った。
今日の「NHKスペシャル・沸騰都市のそれから、バブル崩壊後のドバイ~」を観ていて面白いことに気がついた。世界経済不況の影響を受けたドバイから、お金がどんどん流失している。1年前まで新しいビルが後から後から建設されていたが、資本の流失により今や工事はストップしたままである。石油資本家が随分損失を出した。アメリカ経済の破綻から、大きな影響を蒙った典型である。他方で、イランはアメリカの経済制裁を受けていたことが、反ってその影響から逃れることができたという不可思議さがある。また、アラブでは資金の貸借に利息を支払わないために、借入金が多くても利息支払いの厳しさから逃れられる。儲かれば配当金を支払う。しかし、現在儲からないので配当金は支払わないで済む。さらに、バングラディッシュのような世界最貧国では投資物件もなかったために経済不況の波をかぶることなく、昔通りにただ貧しいだけという実態である。
ケインズ経済学では、これらの国々は対象にはなっていなかったのか、或いは死角だったのだろうか。そんなことは考えてもいなかったが、いずれも負の効用である。レアケースであるが、こんなこともあるのかと気づかされた次第である。
684.2009年3月28日(土) 映画「実録・連合赤軍 あさま山荘への道程」鑑賞
2007年に若松孝二監督がメガホンをとった映画「実録・連合赤軍 あさま山荘への道程」の映写が財団の主催により所沢市民文化センターで行われた。ぜひ観たいと思いながら、見逃していた映画であるし、偶々早稲田出版の大塚靖敏編集長の勧めもあり、初めて公営の所沢文化施設へ出かけた。西武鉄道・航空公園駅から広い道路が一直線に伸びて、都市計画がきちんと整備され、目指す施設までの街頭風景は清潔で緑の多い理想的な東京の郊外都市という雰囲気である。
期待していた映画は3時間10分の長編で、あの世間を震撼させた事件をリアルに見せてくれた。ついあの時代を思い出していた。60年安保から続いた学生運動の延長線上に引き続き起きた東大安田講堂篭城事件、70年安保、全学連の分裂、などの1カット・シーンであるが、1972年2月10日間に亘って雪の降る山中で展開された警察機動隊と連合赤軍の攻防は、まさに当時の昂揚感の演出、そして分裂を繰り返す学生運動が瓦解する端緒となった事件である。かなり事実に立脚して描かれているが、当時問題になった連合赤軍内部のリンチ、虐殺のおぞましいシーンは少々気の弱い人には見ていられないのではないか。殺し合いとなった赤軍のメンバーもほとんどが有名国立大学生で、「革命を目指す」の一念で突っ走り、結果的に無残な結末となった。今でも思い出すことができる学生たち、塩見孝也、森恒夫、坂東国男、植垣康博、坂口弘、田宮高麿、吉野雅邦、永田洋子、重信房子、金子みちよらの名前が妙に懐かしかった。
上映後小休憩を経て、若松監督、主演した永田洋子役・並木愛枝、森恒夫役・地曳豪、坂東国男役・大西信満が主催者を交えてトークをやってくれた。若松監督の狙いはこの事件を反権力の視点で描きたかったそうだ。それ以前に他の監督があさま山荘を取り扱った映画が2作品(ひとつは原田真人監督「突入せよ!あさま山荘事件」)あったが、すべて権力サイドから撮っている。これは真実とは言えない、自分なら反権力の立場から撮ると決めた。それがこの映画である。実際機動隊員が射殺された場面は、スクリーンに見られなかった。しかし、警官が殺されたことが警察側を結束させ、執念となって山荘へ突入し、5人のメンバーを検挙した画期的なエポックと経緯からすると、この場面も取り入れた方が公平で、真実に近いのではないかと思う。実際警官が射殺された時は、連合赤軍もひどいことをすると憤慨したくらいである。
当時の雰囲気は割合表現されていたと思う。やや疲労感を感じたが、久しぶりに学生運動史も思い出した。でもあの頃の熱気はもう見られない。監督も言っていた。今の学生にはその元気はないと。
帰りがけに若松監督に「60安保」へ誘ってくれたラグビー部の先輩で、全学連書記長だった清水丈夫さんをご存知か尋ねてみた。名前は知っているが、直接は知らない。むしろ委員長だった唐牛健太郎を良く知っていると話してくれたが、パフォーマンスの派手な唐牛らしいなと感じた。