ブログ・ご意見番の意見

 充実したホームページに仕上げていこうと、毎日目を凝らしながら取り組んでおります。淡々と書き続けてきただけで、10年2月に初めて4桁の大台1000回を、そして奇しくも74歳の誕生日に当たる2012年「文化の日」に連続2000回を、15年7月31日に3000回、18年4月26日に4000回、21年1月19日に5000回を数えました。ここでは、出来るだけポジティブな意見や、気軽な独言、時には戯言や想い出を書き込んで、自分自身の気持ちを素直に表わしながら楽しく読んでいただけるよう心がけたいと思っております。意見の主張というより、感じたままを日記風に書き綴って参ります。身勝手な意見や、独断的な表現も見られると存じますが、どうぞご理解下さいますようお願い致します。皆さまの忌憚のないご意見をお寄せいただければ有難く存じます。

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803.2009 年7月25日(土) 北方4島はロシアに奪い取られるのか。

 山口県防府市は土砂災害のニュースで大分騒がれているが、同時に北九州地方、中国、四国地方も相当な風水被害を出している。これほどの被害が出るのは、地球温暖化を言う前に気象庁、国土交通省、地方自治体が手を携えて、真剣に災害対策を行っていたかどうかが問われることになる。対策はいつも後手に回るようだが、マス・メディアももっと世論を盛り上げて一過性のものではなく、定期的に恒久的な対策を講じるシステムを構築する必要がある。

 さて、ひとつ厄介な問題が俎上に上がった。日本が一番不得意な外交問題の中でも解決のメドが立ちそうもないのが、北方4島返還問題である。このほど全ロシア世論調査センターによるロシア国民へのアンケート調査の結果が公表された。

 日本が求める北方4島の返還について、ロシア国民の89%が反対し、賛成は僅かに4%という結果である。今から15年前の前回調査では、反対は76%、賛成は7%だったから、更に悲観的になったと言わざるを得ない。いずれにしろロシア国民は4島の返還については大反対なのである。特に驚くのは、ロシア領土として維持して交渉を打ち切るという数字が79%だというから、ロシア国民の5人に4人がそう考えていることになる。2島返還とか、元日本領だったとか、はまったく考慮されていない。芯から北方4島はロシア国民のものだと信じきっているのだ。だからこそロシア国内では日本の国会が今月初めに北方領土をわが国固有の領土と明記した、改正北方領土問題等解決促進特措法という長たらしい法律を成立させて以来、益々反発が高まっている。

 このままではいつまで経っても解決する見通しは立たないだろう。日本国民の間にも最近こそ関心は高まってきたが、ずっと無関心に近い状態のまま4島にロシア住民が住んでいる実態から目を背けてきた責任がある。一方ロシアではどうかと言えば、島の領土占領の経緯が国民にはまったく説明されず、盲目的にロシア国民が戦後居住している固有の領土との一方的な認識がある。

 1875年(明治8年)締結された樺太・千島交換条約により千島は正式に日本領となったことは歴史的事実である。この歴史的事実を隠蔽して旧ソ連政府は国民に4島が旧ソ連領だと説明してきた国としての無責任性も問われるべきである。現ロシア政府は事実を国民に正しく理解させる努力を払っていない。真実を知れば、ロシア国民が極東の小さな島の帰属権にそれほど拘るとは信じられない。まして、サンフランシスコ平和条約で連合軍の占領は解除され、日本に返還されるべきとの約束が無視されている事実は、例え当時のソ連が平和条約署名を拒否したにせよ、ソ連は他国の自由を承認しないという横暴以外の何者でもない。

 ただ、日本側にはこれまで真摯にこの問題を解決しようと努力する姿勢が見られなかったことは事実である。正面からぶつかろうとせずに、いつも外務省は厄介な問題には腰が引け、素通りしようとしていた。政治家然り、外交官然りである。ロシア側に大半の責任があるとは言え、問題解決を遅らせているのは、明らかに日本のこれまでの外交当局の無責任と職責放棄にある。政治家と高級役人のいつもながらの怠惰と無能ぶりにはつくづく愛想が尽きる。

2009年7月25日 | カテゴリー : 未分類 | 投稿者 : mr-kondoh.com

802.2009年7月24日(金) 外部へのPR文書に身内の敬称をつけるか?

 どうも天候がすっきりしないが、3日前に大雨による大きな被害を出した山口県防府市では今日も激しい雨が降り続き全員の行方不明者がまだ見つかってはいない。今日までに死者14名、行方不明者3名の被災者を出している。雨の中で懸命に捜索活動を行っているが、追い討ちをかけるように一層激しい雨が降り出し、2次災害の可能性も出てきたので様子を見守っている状態だという。今回は市の避難勧告の連絡が遅れたことにも大きな被害をもたらした原因がある。まあ考えることは、どうしてこれだけのゲリラ豪雨になったのか。かつてはこんな大雨が連続的に襲うことはそうざらにはなかったと思う。それがいつごろからか、全国的に局地的なゲリラ豪雨というケースが目立つようになってきた。ありきたりだが、ひとつの原因として、これも地球温暖化の影響がないとは言えないのではないか。

 昨日の日経朝刊に多摩大学の1頁全面広告が掲載された。大学創立20周年事業のひとつとして開かれたシンポジウム「現代の志塾・多摩大学の挑戦」の内容を日経紙が紹介したものである。

 これは完全なる多摩大学の全面PR広告である。冒頭に寺島実郎・新学長の講演の概要、そして、シンポジウムのパネリストである野田一夫・初代学長、グレゴリー・クラーク・3代目学長、コーディネーターの学長室長である久恒啓一教授のシンポジウムにおける発言内容、特に大学の考えが紹介されていて、内容的にも結構興味を惹いて面白い。ところが、ちょっと気になったのは、寺島学長以下全員の名前に敬称の「氏」がついていることだ。あれっと奇妙な感じがした。普通の感覚では、世間に対して自分たちの広告掲載をする場合「氏」のような敬称はつけない。

 放っておいてもよかったが、この敬称、「氏」の使い方はどうもおかしい。気になってしようがないので、久恒教授へそれとなく違和感を抱いたとメールを送ったところ、すぐ次のような返事をいただいた。「ありがとうございました。この記事はパブと広告の間なので、日経が『記事風』につくっています。タイトルなどはこちらでつけました。こういう場合は『氏』をつけるようですね」という内容だった。でもそうかなぁ。広告の主体は大学だから、やはりおかしいと思う。民間会社なら自分の会社の社長だろうが部下だろうが、社内の人間を外部に紹介する際、絶対に敬称では呼ばないものだ。大学と民間会社では感覚的に意識のずれがあるのだろうか。私にはやはり大学の感覚は少しおかしいと思えるのだが・・・。

2009年7月24日 | カテゴリー : 未分類 | 投稿者 : mr-kondoh.com

801.2009年7月23日(木) 国道工事凍結解除は元の木阿弥

 知研「出版プロジェクト」の定期会合があった。前回まで集まっていた新宿のレストランが閉店となったので、今日から東京駅近くのビル内のレストランで行うことになった。いつも通り常連メンバー9人が集結した。現役で働いている人ばかりだから、遅れて来る人や早く引き上げる人もいる。こればかりは致し方ない。

 原稿作成が遅れているメンバーもいて他のメンバーで手伝うことになった。原稿の書き手のことでもめたり、私自身も年甲斐もなく興奮して、若い人と口論に近い話し合いになったり、目的はひとつなのだが、それぞれの考えの違いや、過去に編集に関わっていた経験等で意見が分かれる。私も明日には野村さんの取材原稿を書き上げて事務局へ送ろうと思っている。早く立派な書籍として世に出したいものだ。

 いつものことと言って笑って済ませられない国道工事の再開である。今年3月に国土交通省は建設効果が費用に見合わないとして工事を凍結した国道18路線のうち、17路線で工事再開が決まった。まったく役所は何を考えているのか。これは国交省が地方の要求と、道路族国会議員の圧力に屈した図式である。いつもながらの日本的風景である。一旦は工事中止を決めておきながら、たった3ヶ月で元の木阿弥である。

 大体話がおかしい。建設効果が費用に見合わないと言っておきながら、計算の仕方次第ではすぐ建設費を下方修正出来るというマジックを操りだす。工事再開の判断は、専門家による監視委員会に委ねるということだったが、何のことはない。委員の人選は国交省の各地方整備局長に任されている。出来レース以外の何者でもない。

 役所には都合の良い数字というものがあるらしい。自分たちの思惑通りにことを進めようとするなら、それを使えばよい。こうして、国の税金は無駄に使われ、役人はでかい面して威張りまくるのだ。日本は倫理や道徳なんて、叩いても出てこない情けない国になったものである。

2009年7月23日 | カテゴリー : 未分類 | 投稿者 : mr-kondoh.com

800.2009年7月22日(水) 皆既日食を見た!

 代々木の歯科へ行く手前のビルの広場で大勢の人たちが空を見上げ、携帯カメラや観測用黒メガネを空に向けていた。11時15分頃だった。同じ方向を見上げると欠けた太陽が見えた。直前まで皆既日食のことを忘れていたが、薄い雲の中に下部が黒く、上部が三日月のような皆既日食が確かに見えた。天候はぱっとせず、小雨さえ降っていたが、それが反って目を保護することなく自然に空を見る姿勢になれたのだと思う。東京都内は70%の部分日食と言われていたので、全体的に周辺は明るくそれが曇りの中でも日食がはっきり見えた原因である。勿怪の幸いと言うべきだろうか、運良く日食を鑑賞することが出来て感動した。敢えて言えば、偶々日食に遭遇したと言える。ついてもいた。

 それにしても、全国的な皆既日食フィーバーとなったが、その中心地・悪石島では風雨が強く目では見られなかったようだ。こう言っては悪いが、やはり島の名前も良くなかったのではないか。期待していた観測者には気の毒だったが、それでも10時53分には島周辺は夜のように暗くなったので、日食の感覚は些かなりとも味わうことが出来たのではないだろうか。

 構想日本から、日本青年会議所が総選挙に際し、各党、各候補者へマニフェスト討論会を仕掛ける「第45回総選挙全国一斉マニフェスト型公開討論会」記者会見の案内をもらったので、どんなものか後学のために見学させてもらおうと平河町の青年会議所会館へ出かけた。

 30分程度の普通の記者会見だったが、出席者は安里繁信・日本青年会議所会頭、北川正恭・早大教授、加藤秀樹・構想日本代表、そして友人で前鎌倉市長だった、竹内謙・日本インターネット新聞社長だった。

 要は総選挙の300小選挙区の立候補者へ公開討論会に参加を呼びかけるものである。すでに193選挙区から受け入れるとの連絡があり、今後も参加は増えるだろうとの話だった。各社から質問があったが、初歩的なものとしてマニフェストがまだ決まらない現状を指摘していたが、そのマニフェスト採用に道を開いた北川氏は、やはり発表の遅れを酷評していた。各党が他党のマニフェストを参考にしようと様子を窺っている点をついて、今後は早めにマニフェストを発表すべきだと厳しく応えていた。マニフェストとは別問題だが、公示後に候補者がHPのHPを変更することは公職選挙法に抵触するとは知らなかった。

 これからはマニフェストをじっくり注目してみようと思う。

 竹内氏から「またこんなところに出没している」と冷やかされたが、「どこにも出没するよ」と応えておいた。開始前に彼と新聞社の最近の経営について話をしたが、コスト高が足を引っ張っている点で意見が一致した。給料カットは難しいらしい。

 鉄道作家の野村正樹氏から、先日の取材内容の件につき今朝メールで問い合わせたところ、夕方になってわざわざ電話があり、親切に回答していただいた。これで行き詰まっていた疑問が解消され原稿が仕上げられる。野村さんは親切だなぁ。

2009年7月22日 | カテゴリー : 未分類 | 投稿者 : mr-kondoh.com

799.2009年7月21日(火) 衆議院解散

 衆議院が解散された。数日前から噂に上がっていたが、政権発足以来のらりくらりしていた麻生首相も遂に腹を固めた。解散とは言っても9月に任期満了なので、ほとんど任期を全うしたようなものである。自民党が4年前の小泉郵政選挙で圧勝したおかげで、現在議席の過半数を自民党が占めているが、今度の選挙は極めて旗色が悪い。地方選挙で連戦連敗の挙句の衆議院選挙で民主党も波に乗っているだけに、今度は民主党が過半数を獲得するかどうかが総選挙の焦点である。投票日は8月30日と決まった。

 皆既日食が明日に迫り、一番見やすい悪石島、クルージングで海上から見る観光客、上海で見ようとする人、等々46年ぶりの皆既日食に国をあげての大フィーバーである。46年前の皆既日食を調べてみたら、1963年7月に北海道地方で見られたらしいが、まったく記憶にない。当時は、まだほかほかの新入社員として玉川学園前駅に勤務していたころのことで、昼間は先輩とたった2人で小さな駅の大忙しの駅務掛として動き回っていたか、或いは明け番となり解放されて前夜の睡眠不足を自宅で補っていたか、のどちらかでいずれにしろ皆既日食どころではなかった。

 気になるのは空模様で、どうも快晴は期待出来そうもない。少しでも雲が切れて半世紀に1度の皆既日食を楽しみにしている人々を失望させないで欲しいと祈らざるを得ない。時恰も西日本で豪雨が襲い、山口県防府市を中心に鉄砲水が流れ込み、老人ホームにも土砂が入り込み死者も出た。テレビ画面に映る崩れ落ちて凄惨な光景には言葉もない。

 妻はコーラス仲間と伊豆方面へ1泊旅行に出かけた。

2009年7月21日 | カテゴリー : 未分類 | 投稿者 : mr-kondoh.com