ブログ・ご意見番の意見

 充実したホームページに仕上げていこうと、毎日目を凝らしながら取り組んでおります。淡々と書き続けてきただけで、10年2月に初めて4桁の大台1000回を、そして奇しくも74歳の誕生日に当たる2012年「文化の日」に連続2000回を、15年7月31日に3000回、18年4月26日に4000回、21年1月19日に5000回を数えました。ここでは、出来るだけポジティブな意見や、気軽な独言、時には戯言や想い出を書き込んで、自分自身の気持ちを素直に表わしながら楽しく読んでいただけるよう心がけたいと思っております。意見の主張というより、感じたままを日記風に書き綴って参ります。身勝手な意見や、独断的な表現も見られると存じますが、どうぞご理解下さいますようお願い致します。皆さまの忌憚のないご意見をお寄せいただければ有難く存じます。

ブログ一覧

818.2009年8月9日(日) 関心が薄い?長崎「原爆の日」

 長崎に原爆が投下された「原爆の日」である。3日前の広島「原爆の日」に比べて報道は、ボリュームも露出度も断然少ない。朝日も日経も社説にはほんの1行だって触れていない。気のせいか「長崎」は「広島」の二番煎じの感じがしてしまう。そんなことはないと思いたいが、どうしてもそう思えてしまう。犠牲者数では、広島の方が圧倒的に多いとは言え、同じように悲惨な犠牲者と被爆者が出ている。

 麻生首相も長崎原爆犠牲者慰霊平和祈念式典に出て挨拶されていたが、ここでまたいつもの「悪い癖」漢字読み間違いをやってしまった。「癒すことのできない傷跡」と言うべきところ、「傷跡」を「しょうせき」と読んでしまったらしい。これではいくら何でも原爆犠牲者の身になって考えていないと受け取られても致し方がない。こんな状態では、報道のアピールもトーンダウンして、広島に及ばないのも無理からぬということか。

 夜になってNHKスペシャル「海軍400時間の証言発見!~」を観たが、昭和15年に海軍は軍令部内に第1委員会なる組織を発足させ、大東亜戦争へ一直線に進んで行った。戦後も大分経過してから2度と戦争を起こさないために、第1委員会反省会なる会合が開かれ、その録音テープが紹介された

 戦争については、いろいろな考え方がある。しかし、この録音テープを聴く限り、やはり重要な役割を背負っていた将校たちが、積極的に好戦的な発言をしていた。彼らが先頭に立って戦争へ駆り立て、結局仲間や部下は戦死したにも拘わらず生き残り、正に生き恥を晒しながら責任逃れと言い訳に終始している。こういう将校がいたからこそ戦争へ突き進み、多くの犠牲を生んだのだと確信を抱いたくらいである。

 それにしても、どうして長崎はイマイチ盛り上がらないのだろう。麻生首相の発言は、いつもの漢字知らずが表れたと諦めるよりほかないが、長崎が盛り上がらない理由のひとつにはマス・メディアの報道姿勢の問題があると思う。「喉元過ぎれば熱さを忘れる」日本人気質もあると思う。世界的に核廃絶、核不拡散、を漸進的に目指すなら、広島と長崎をセットにして、「ノーモア・核」を連帯して訴えるべきである。更に日本は最初にして唯一の被爆国であるとの日本政府の後ろ盾を得て、国連の場、各種の国際機関、国際会議等あらゆる国際的な場でキャンペーンを仕掛ける必要があるのではないかと思う。

 日本の政治、外交の訴えは少し弱すぎる。それにピントが外れている。今日麻生首相が長崎市内の記者会見で述べたのは、核の先制攻撃を受けなければ、攻撃は仕掛けないということを打ち出すことが出来ないのかとの質問に対して、相手国の腹の中まで信用出来るわけではないので、そうはいかないような応え方をしていたが、長崎市民が一番神経質になっている「原爆の日」に、こういう回答をする一国の総理大臣の神経を疑いたくなる。これほど日本人はノー天気になっているのだ。情けない。

2009年8月9日 | カテゴリー : 未分類 | 投稿者 : mr-kondoh.com

817.2009年8月8日(土) 夏の甲子園で思い出すこと

 暑い夏の代名詞は「終戦」と「甲子園」である。その甲子園の高校野球が今日から始まった。そして、明日は長崎の「原爆の日」である。

 高校野球の開会式をテレビで観ていて、年々少しずつ好ましからざる方向へ変っているように思えてならない。その最大の変化は公立校の出場が少なくなり、私立校の天下になってきたことである。まして文武両道の学校は少なくなり、勉強は2の次の「野球学校」が大きな存在感を示すようになったことである。特に、開校まもない地方の学校は自校の名前を売るために、チーム強化に多額の資金を投入し、地元の金の卵ばかりか他府県からも素質の優れた選手を入学させ、チームを強化しようとしている。実際甲子園で活躍して名を上げると、その高校へ受験生が押し寄せ、偏差値も高まるらしい。そんな穿った見方のひとつに、新しい学校ほどユニフォームの学校名を漢字で表し、瞬時に校名を多くの人々の頭へ刷り込ませることが手っ取り早い方法だと考えている節が見られる。企業のM&Aがらみのように学校名が変ることも頻繁である。表面的には分からないが、その最前線ではきっとうんざりするような場面もあるのではないかということが杞憂であればいい。

 今日の開会式では、2つばかり嬉しい気にさせられた。ひとつは、優勝旗に架けられた過去の優勝校のリボンの名前に母校・湘南高校の名を見つけたことで、テレビ画面にはっきり写っていた。率直に言ってやはり嬉しかった。もうひとつは、昨年春の大会を最後に京都の名門・平安高校が、龍谷大学付属平安高校と校名変更して、今日夏の大会30回目の最多出場校として登場したが、そのユニフォーム姿を見る限り、昔のままの「平安高校」だったのでほっとしたことである。

 大分前に愛知県の名門・中京商高も中京大学付属中京高校となったが、ユニフォームの胸にはかつての‘CHUSHO’から、‘CHUKYO’へ変り、綴り文字に変っている。それに比べれば、まあ良いとするか。

 少年時代の思い込みの強い「平安」には、中学2年生時の半年間だけしか在学しなかったが、やはりほんの僅かの期間でも通った伝統校へのノスタルジアは強い。当時の同級生は、3年生時の昭和31年夏の大会で全国制覇をやってのけてくれた。閉会式ではテレビを観ながら、校歌を歌った。懐かしい思い出がいっぱい詰められている。難しいとは思うが、希望としては、いつの日か元の「平安高校」に戻ってくれることを待っていたい。

2009年8月8日 | カテゴリー : 未分類 | 投稿者 : mr-kondoh.com

816.2009年8月7日(金) アホなタレントの所業

 このところ馬鹿なタレントが世間を騒がせる事件が連続して起きている。1週間ほど前に「押尾学」という31歳のタレントが覚せい剤所持で逮捕され、逃げ出したマンションを調べてみると全裸の女性が死んでいた。まるでミステリーである。そして、今週41歳の自称プロサーファーを路上で覚せい剤所持違反の現行犯で逮捕してみると、翌朝その妻のタレント・のりピーこと酒井法子が10歳の子どもを連れて忽然と行方をくらます。マス・メディアが大々的に取り上げ、のりピーは夫の逮捕でショックを受けて身を隠したと同情的に報道された。ところが、昨日子どもは知人が預かっていると分かった。何のことはない、のりピー自身も麻薬をやっていたらしく、家宅捜索の結果、覚せい剤と吸引具が発見され、今日になってそののりピーに対して覚せい剤取締法違反の疑いで逮捕状が取られ、一転して彼女は容疑者として追われる立場になった。現在彼女は逃走中なのである。

 それにしても、どうして芸能界には、後から後から麻薬がらみの逮捕者が出るのか。まだ、若く世間を知らないうちに、スポットライトを浴びて有頂天になり、社会常識やモラルが身についていないことが、彼らに自分自身を見失わせてしまう原因になったことは間違いない。

 そういえば、近頃の若者が集まる広場や、電車内では彼らの将来が心配になるような挙動がしばしば見られる。尤もわれわれ中期高齢者も他人様に迷惑をかけないよう自戒することを忘れてはいけないが・・・。

 若者のふしだらな行為に比べると、往年のマラソンランナー、山田敬蔵さんの人柄と功績には頭が下がる。山田さんは、このほどフルマラソンから引退を表明した。懐かしいお名前である。ボストン・マラソンでは1953年当時の世界最高記録で優勝したが、オリンピックでは活躍出来なかった。その山田さんも朝日鎌倉マラソンでは鵠沼の実家の傍を走り、よろめきながら鎌倉駅前のゴールへ倒れ込んだことが、強く印象に残っている。驚いたことに、ボストン・マラソンでは1995年から15年連続出場したことであり、81歳の今年も完走したが、記録は6時間16分56秒で、一世を風靡したランナーにとって流石にこれ以上フルマラソンは無理と悟ったようだ。フルマラソンを約340回完走したスーパーマンである。

 それにしても小さい身体の努力家で、控えめで温厚な方だった。秋田・同和鉱業に勤務していたが、会社が藤田観光の傘下に入るや、同社旅館の集金にクーポン券を持って私が勤めていた会社へやって来られ、何度かお話をしたことがある。これからも走り続けると仰っているようだが、地道に努力される謙虚で誠実な方である。今どきの若者に山田さんの爪の垢を煎じて飲ませてやりたい。

2009年8月7日 | カテゴリー : 未分類 | 投稿者 : mr-kondoh.com

815.2009年8月6日(木) 広島「原爆の日」が、核廃絶へつながるか。

 広島「原爆の日」である。広島市内の平和記念公園では平和祈念式が行われ、64年前の原爆投下時間8時15分に合せて、「平和の鐘」が鳴らされ、黙祷が捧げられた。

 今年はオバマ大統領のプラハにおける「アメリカは核兵器を使ったことがある唯一の核保有国として、行動する同義的責任がある。核兵器のない世界にむけて具体的方策をとる」との前向きの宣言に乗って、将来的な核廃絶へ道が少し開けてきた。秋葉広島市長もスピーチの最後には、英語で

‘We have the power. We have the responsibility. And we are the Obamajolity. Together, we can abolish nuclear weapons. Yes, we can.’

と結んだ。中々やるなぁという感じだったが、出来れば最後のフレーズは、もうちょっと大きいな声で強調してくれれば、なお良かった。

 しかし、核廃絶への道は一筋縄ではいかないと思う。オバマの気持ちが必ずしもアメリカ人の気持ちではないからだ。気持ちは理解出来るが、原爆投下とその的となった日本人に対して歴代大統領と同じく、オバマ大統領だって謝罪はしていない。現在アメリカ国内では原爆投下について賛否を問うと、60%以上の国民が投下を是認している。この米国内世論からすると、オバマ大統領が広島を訪れ、この式典に出席する可能性は今のところほとんど考えられない。日本人とアメリカ人との間に考えの差を感じる。

 今年の式典には、海外から過去最多の59ヶ国代表が出席した。世界的にもオバマ宣言以来核廃絶への動きが強まってきた、この流れを少しでも実現化へ向かせて欲しいものである。

 それにしても未だにアメリカ政府の代表が式典に誰も出席しないというのは、大統領の意向に叶っていないのではないかと考えざるを得ない。

 3日から始まった初めての裁判員制度の判決があった。求刑16年に対して15年の判決だった。6人の裁判員も真剣に考えた末の結果だろう。専門家によれば、多くの問題点を曝け出したことも事実である。どうしてもシンプルな殺人事件のせいか、求刑に近い刑期の懲役刑になった印象もあった。もし、犯人が罪を否認していた場合、下手をすると冤罪の可能性を残す判決になることもある。また、凶悪犯罪の場合に死刑判決を行えるのか。懲役が裁判員によってばらばらの場合、どう調整するのか。問題点が多い。一気に満点とはいくまいが、漸進的にでもうまくいくように願うしかない。

2009年8月6日 | カテゴリー : 未分類 | 投稿者 : mr-kondoh.com

814.2009年8月5日(水) 北朝鮮、2人の米国人女性記者を解放

 昨日電撃的に北朝鮮を訪れたクリントン元アメリカ大統領は、今朝にはピョンヤンを発ち、給油のため三沢基地に立ち寄りロスアンゼルスへ戻って行った。その手土産に今年3月中朝国境付近で捕捉され、12年間の労働教化刑に服していた2人の女性記者を解放してもらい連れ帰った。クリントン・金正日会談で何が話し合われたのか、詳細が発表されず、アメリカ側はクリントンの個人的な訪朝で記者解放を頼んだということになっている。

 しかし、したたかな北朝鮮が無条件で窮鳥の人質を解放するはずがない。米朝関係の進展を望む北は、まず米朝2国間交渉によって国交正常化をアメリカに迫るのではないか考えられる。アメリカが今回の訪朝をクリントンの個人的理由だと言っているのは、現在硬直状態に陥っている6ヶ国協議より米朝関係を優先していると思われたくないせいで、水面下で相当の下打ち合わせをやっているのではないかと思う。その証拠にあの金正日が数年来の笑顔を見せている反面、クリントンが終始こわばった顔をしていたのが、妙に気にかかっている。

 何にしろ、北朝鮮が少しでも歩み寄りを見せ、6ヶ国協議が進展し、核不拡散条約締結、核廃絶へ向かっていくならこれほど結構なことはない。

 しかし、嘘つき、裏切りの常習犯である北朝鮮がこのまま6ヶ国協議へ戻ることになるとは思えない。

 今日の朝日新聞夕刊「素粒子」欄にこういうクリントン元大統領の不倫を茶化した冗談話が載っていた。題して「妄想版・熟年夫婦のお話」、内容は「『ねえ、ちょっと頼みがあるんだけど。あなた、最近、暇でしょ。行ってもらいたいところがあるのよ。私が行けばいいって? 事情があってダメなの。まして今のボスもね・・・・・でね、あなたが適任なの。昔偉かったけど今は暇だし。えっ、嫌だって。何言ってるの! 私、許してないのよ。あなたとあの女との話。聞いているの? ビル!』―女房に握られた弱みが世界平和のためになるならば歓迎」

 まったく! まあ、しばらくすればはっきりしてくると思う。

2009年8月5日 | カテゴリー : 未分類 | 投稿者 : mr-kondoh.com