充実したホームページに仕上げていこうと、毎日目を凝らしながら取り組んでおります。淡々と書き続けてきただけで、10年2月に初めて4桁の大台1000回を、そして奇しくも74歳の誕生日に当たる2012年「文化の日」に連続2000回を、15年7月31日に3000回、18年4月26日に4000回、21年1月19日に5000回を数えました。ここでは、出来るだけポジティブな意見や、気軽な独言、時には戯言や想い出を書き込んで、自分自身の気持ちを素直に表わしながら楽しく読んでいただけるよう心がけたいと思っております。意見の主張というより、感じたままを日記風に書き綴って参ります。身勝手な意見や、独断的な表現も見られると存じますが、どうぞご理解下さいますようお願い致します。皆さまの忌憚のないご意見をお寄せいただければ有難く存じます。
ブログ・ご意見番の意見
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853.2009年9月13日(日) 奥穂高のヘリ墜落事故に思う。
一昨日北アルプス・奥穂高で遭難しかかっていた登山者を、救助のために向かったヘリコプターが転落して操縦者を含む同乗の3人が死亡した。現場は険しいジャンダルム近くで、上空から撮った写真を見てもいかにも手ごわい山というように見える。あのジャンダルムは学生時代に1度だけ通ったことがある。痩せ尾根で左右を見れば、ぐっと下まで落ち込んでいる。あまりぞっとしない登山路だったが、険しいだけに逆に関心は高まった。今でも北アルプスの山々を歩いた学生時代の登山が懐かしく思い出される。
ヘリ事故で転落寸前にヘリから降りた2人の救助隊員は、遭難しかかっていた登山者の救助に当ったが、その直後にヘリが墜落したので辛くも難を逃れた。しかし、登山者は心肺停止のまま息を引き取った。批判を恐れずに言えば、結局この救助活動は犠牲者を出しただけで、無駄に終ってしまった。
今年は山の遭難事故が目立つ。それも高齢者の遭難が多い。先般の北海道・大雪山のツアー登山による大量遭難死は大きな社会問題となった。登山に対する関心が高まったこと自体は決して悲観すべきことではないが、何でもかんでも健康とか、福祉のためとか言って前向きに捉えがちである。逆の側面を考えてみることも必要ではないだろうか。今後各方面で登山のあり方を検討してみることが大切である。
1人の遭難者救助のためにヘリまで飛ばして多くの人たちが手分けして救助活動に当たる。その1人の登山者の無理な行動が、結果として当事者である登山者を含めて尊い4人の生命を奪い、ヘリコプター1機を失い、国土交通省、岐阜県警、消防署、医療関係者を心配させ混乱させて、まだこれから原因究明のために時間をかけて調査を行うことになっている。人的にも経済的にも大きなロスである。
随分大きな騒ぎになり、犠牲者まで出し、結果的に失うものが多い。登山では、ひとりの行動がいかに大勢の人々の協力を求めることにつながり、迷惑をかけ、下手をすると犠牲者まで出るということをもっと世間に啓蒙する必要がある。
先日もNHKで立山雄山から槍ヶ岳へ至る表尾根をずっと映し出していた。懐かしい光景が次から次へ展開され、気持ちだけはまた北ア表尾根コースを歩いてみたいと思わせてくれた。山は行ってみなければ、その魅力は分からないし、虜になる原因も分からない。
しかし、空気の澄んだ登山道をひたすら歩き、苦労の末に目的地へ達した時の感激は歩いた者でないと分からないだろう。山の魅力は登った者でないと分からないが、身近なところに大きな落とし穴があることも今回のヘリ墜落事故は改めて教えてくれた。
852.2009年9月12日(土) 堂本暁子・前千葉県知事に責任はないのか?
一昨日の本欄で疑問を呈した1件だが、案の定といったら良いだろうか、堂本暁子・前千葉県知事が先の千葉県職員公金不正事件発覚に関連して、朝日新聞の質問に重い口を開いた。「まったく知らなかった。前知事として他人事ではすまされない。自分に起きた出来事のように心が痛む。本当に遺憾という言葉以外に見つからない」。
この人は一体何を言わんとしているのだろうか。他人事ではないと言いながら、他人事だと思っているのは当時知事だった堂本氏自身ではないか。なぜ自分に大きな責任があると言って素直に謝罪出来ないのか。この破廉恥な不祥事から逃げていて、朝日記者に捕まったから止むを得ず逃げ口上を言っているだけだ。その発言からは、自分にも大きな責任があると認めているわけではなく、役人の責任逃れの典型である「遺憾である」との言葉が出てきた。そのうえで、朝日によれば、来週中にも副知事ら県幹部から状況の説明を受けた後、「真摯に対応したい」ときた。
こういう発言をしておいて「真摯に対応したい」もないものだと思う。この人は結局事件から何とか逃げようと思っているだけに過ぎない。知事を2期も務めていて職場中で悪さをやっていた、その組織のトップとして8年間もの間、「まったく知らなかった」とは、あまりにも無神経で感度が鈍く、危機感に乏しく、管理能力もまったくなっていない。組織の頂点に立つ人としては失格である。小学生時代に7年半もの間住んでいた元千葉県人としては情けないという気がする。これでは、こんな人を知事に選んだ千葉県民も救われまい。
さて、日本航空が営業不振に陥っていたことは周知のことであるが、先日の国交省への再建策説明に続いて、昨日になってアメリカのデルタ航空との提携交渉がクローズアップされてきた。どうも国交省が主導している気配があるが、デルタ航空を引受先とする数百億円の第3者割当増資をする方向で交渉しているようだ。ついに天下のナショナル・フラッグ・キャリアが外国航空会社に跪いて、大株主になってもらうようだ。
リーマン・ショックとか、新型インフルエンザによる利用客の急激な減少という不測の要因もあるが、内在的な高い給与や、社内に8つも乱立する労働組合の存在に加えて、旧JAS社員との確執と対立、働く従業員の帰属モラルと能力も影響していると思う。
しかし、その根っこには国策会社にありがちな社員の鼻持ちならないプライドの高さと、絶対つぶれないという気持ちの甘えがあるように感じたのは私だけではないと思う。表に出る経営不振の原因と隠された本当の原因をよく究明して、1日も早く態勢を立て直して欲しいと願うのは、単にかつて仕事上の取引があったからとの外野席の同情心からだけではない。
851.2009年9月11日(金) あれから8年が経った。
8年前の今日、ニューヨークで同時多発テロが起きた。あの衝撃は今でも忘れられない。あれからアメリカが、タリバン掃滅作戦と称してアフガニスタンへ侵攻し、さらに2年後イラク戦争に首を突っ込むことになった。戦争を終らせることは、大変である。近代戦争は長い年月がかかる。そのアフガニスタンの混乱は、一時終結の兆しが見えたが、アメリカ軍が増派されてから反って泥沼の様相が見えてきた。ベトナム戦争の2の舞を演じるようなことがなければ良いがと思ってしまう。
あの同時テロでは、2,700人余りの人々が亡くなった。世界貿易センタービルのあったグランド・ゼロでは、復興計画は出来たが、未だに完成していない。
あのテロ以来世界中すべてが何となく暗くなった。明るい材料もなくなった。そして、あのリーマン・ショックによる経済不況である。世界のリーダーたちに苦境の中で活路を開く能力がなくなっているのではないか。例えば、オバマ大統領にしても就任以来人気は上々だったが、最近の医療制度改革に関して、共和党保守派の反対に会い支持率も大きく下落した。
果たしてわが国は政権交代してこの難しい世界情勢の中で、これから民主党政権が上手に舵取りをやっていけるのだろうか。
今日秋葉原の東京都中小企業振興公社でシニア大楽の依頼により講師を務めた。ここでは3年前にもやったことがある。テーマは「安心できる海外旅行」で、先日来パワーポイントの材料を作成して備えてきた。このスライドが割合評判が良かった。私にとっては得意の分野であり、「臨場感」を中心に自分自身の危機一髪だった体験談を交えてお話した。私の前に2人の講師が話され、私の後に男女の落語家が一席落語をご披露された。受講者は70~80人だったが、話し中に皆さんの顔を見ていると結構笑っておられたので、まず安心していた。割合反応は良かったと思う。終ってから藤井理事からも落語を食わないでくださいよ、と冗談を言われたくらいだ。とりあえずほっとした。
知研の秋田事務局長から今朝の読売新聞に梅棹忠夫先生の記事が掲載されているとメールで連絡があった。駅売店で買って目を通したところ、新著「山をたのしむ」の紹介だった。面白そうなので、買って読んでみようと思う。探検家らしく「自分の足で歩き、観て、観察して、考え、記述する。学問研究とは全人格的なもので、体力を伴う。学問は足でするもんや」の言葉が梅棹先生らしく印象に残った。
850.2009年9月10日(木) 民主党政権は、アメリカに自己主張出来るか。
ぐずぐずしていた3党連立政権合意が漸く決まった。3党がいくつかの点で政策合意するわけではあるが、それぞれ各党がすべて平等ということではない。衆議院308議席の民主党と僅か7議席の社民党、3議席の国民新党では、そもそも重みが違うし、平等に取り扱ったら国民の意思を無為にしかねない。その裏には民主党が参議院で単独過半数を得ていないという事情がある。社民党福島党首、国民新党亀井代表がそれぞれ次の内閣で閣僚となることが内定した。
ところで、今月末来日するオバマ大統領との初の首脳会談で冒頭から、招待者がゲストのオバマ氏にきつい一発をかますわけにも行かず、アメリカのご機嫌を損ねるような行動が取りにくい。従っていきなり沖縄基地移設問題を持ち出すことが出来ず、これが社民党と中々合意に至らなかった原因である。
合意事項の中で最も難しい日米問題については、「緊密で対等な日米同盟関係をつくる。沖縄県民の負担軽減の観点から、日米地位協定の改定を提起し、米軍再編や在日米軍基地のあり方についても見直しの方向で臨む」ことになった。3党合意としては玉虫色である。アメリカはこれまで日本は‘always OK’、つまり御しやすいと考えていたことがそうは問屋が卸さなくなってしまった。
今日早速モレル国防総省報道官は、民主党が海上自衛隊のインド洋での給油活動を停止する方針であることについて、公式に「日本の活動で多大な恩恵を受けてきた。活動継続を強く促したい」と民主党の考えにクギを刺すような発言をした。
これに対して民主党は来年1月の期限を延長せず、海上自衛隊を撤収させる方針に変わりがないとの立場を示し、合意に参加した社民党も呼応して、それはアメリカの立場であって、自分たちの方針が変わることはないと述べた。
日米関係で最大の懸案は、沖縄米軍基地の移転問題だが、その前に期限付きの海上自衛隊給油問題が迫ってくる。さあ民主党政権はどう対応するだろうか、しばらく目が離せない。
さて、地方自治体の中には酷い話があるものだ。千葉県が5年間に亘って公費30億円を不正処理していたことが明らかになった。ほとんどの部署で不正をやっていたとは驚きである。返還対象の管理職が現役、OBを併せて5,400人だという。呆れ果てて物が言えない。この中にこの期間の最高責任者だった堂本暁子前知事は含まれているのだろうか。自分の在任中にこれだけの悪事をやった部下たちの不始末を、もう辞めたから関係ないとは言えないだろう。それにしてもこういう悪どい小童役人の所業は、何も千葉県だけに限ったことではあるまい。
2006年の岐阜県、長崎県、2007年の宮崎県、2008年の愛知県の不正、等々これだけ連続して暴露されるということは、役人というのは国、県、市町村を問わず、隙さえあればどこも公金を誤魔化して、私腹を肥やすことをやっているのではないだろうか。
税金を払うのが本当にバカらしくなる。
849.2009年9月9日(水) 日本の教育投資は28カ国中27位
経済開発協力機構(OECD)のデータによると2006年の各国のGDPに占める教育機関への公的支出(3.3%)が、日本は28ヶ国中下から2番目の27位ということが分かった。すべての国の調査でなく、比較的豊かな国の中だから、極端に悪いということではないが、欧米先進国の中では教育後進国と言われても抗弁しようがない。
民主党は「OECD先進国並みの教員配置を目指し、少人数学級を推進する」と提唱している。日本の小学校1クラスの平均生徒数は28.2人で、OECD平均の21.4人に比べるとかなりの開きがある。中学校に至っては日本の33.2人に対して、OECD平均は23.9人である。
それでもわれわれが小中学生のころ、1学級が40人以上だったことを考えれば、教育環境は確実に良くなっていることは間違いない。
実際過去に20回ほど文部省海外教員派遣団とともに欧米の教育施設を訪問して感じたのは、アメリカの初等学校の生徒数の少ないことが際立っていたことである。ほとんどの小学校で1クラス20人以下だった記憶がある。施設も充実していたし、教員の数も多かったし、先生が子どもの教育に情熱を持っているなあと感じられたものである。PTAの協力ぶりも献身的で心の篭った教育を施している印象が強かった。
その他にも2つほど強く印象に残ったのは、まず先生が徹底的に子ども好きだということだった。もちろん日本の先生だって、子どもが好きではないということではなく、アメリカやヨーロッパの先生の子ども好きに関しては、われわれの常識や感覚からすると並外れていた。それに地域のボランティアの協力ぶりも徹底していた。
教育的支出とか、投資というものは金額だけでは計れない。地道な地域ぐるみの協力があって初めて効果が出てくるものであると思う。日本の教育が問題なのは、投資額もさることながら、教育委員会のあり方、教育の本質、先生の質、市民の協力度合い、等がきちんとしていないことで、そうでなければ教育の成果は上がらない。
今度の調査では、他国に比べて財源が充分使われていないということであるが、その積み上げはもちろん重視すべきである。
しかし、身の回りの細かい教育的配慮がそれ以上に重要であることは言うまでもないことである。