ブログ・ご意見番の意見

 充実したホームページに仕上げていこうと、毎日目を凝らしながら取り組んでおります。淡々と書き続けてきただけで、10年2月に初めて4桁の大台1000回を、そして奇しくも74歳の誕生日に当たる2012年「文化の日」に連続2000回を、15年7月31日に3000回、18年4月26日に4000回、21年1月19日に5000回を数えました。ここでは、出来るだけポジティブな意見や、気軽な独言、時には戯言や想い出を書き込んで、自分自身の気持ちを素直に表わしながら楽しく読んでいただけるよう心がけたいと思っております。意見の主張というより、感じたままを日記風に書き綴って参ります。身勝手な意見や、独断的な表現も見られると存じますが、どうぞご理解下さいますようお願い致します。皆さまの忌憚のないご意見をお寄せいただければ有難く存じます。

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902.2009年11月1日(日) 新しいヨーロッパ東西の壁

 相変わらずバタバタしている間に、早くも晩秋の11月に入った。今月9日には、早いものでベルリンの壁の崩壊から20年になる。あのニュースはあまりにも衝撃的だった。戦後長きに亘って世界を東西2つに分けていた壁がついに壊され、そのウェーブはあっという間に社会主義国家全域へ波及していった。ベルリンの壁の近くにある検問所「チャーリー・チェックポイント」には、沢山の思い出がある。西ベルリン滞在中に日帰り観光で入国したこともあり、カール・マルクス・シュタットへ向かった時もここを通過して東ドイツへ入って行った。その際のバス車体検査に大きな鏡をシャシーの下に潜らせるような原始的な密出入国チェックをしていた。このやり方を見ていて驚きもし、呆れもしたが、これもある意味では懐かしい。東ドイツのビザ取得の手配をした代議士一行の通過もここでもめて、東ドイツへ入国せず、その後衆議院事務局から事情を聞かれたことがあった。代議士が入国しなかったのは、時間がかかった入国手続きにしびれを切らして勝手に引き返してしまったという我侭なもので、周囲が翻弄されたこともあった。とにかく私にとってもいわくつきの検問所だった。それがあっという間にベルリンの壁の崩壊はチェコやポーランドへ波及して、挙句のはてにソ連学校の優等生と見られていたブルガリアやルーマニアに至るまで、彼らの社会主義体制は大きく揺れた。

 社会主義体制が崩れて、民主主義体制になった筈であるが、それが一向に国家の発展とまではいかない。ドイツは同じ民族なので東西統合はスムーズに進展すると見られていたが、中々一筋縄ではいかなかった。東西ドイツの間にあった拭いきれない溝が表面化した。しばらく東側には失業者が溢れる有様だった。2年後本家であるソ連の国家体制も崩壊した。いずれも多くの複雑な国内問題を抱えたまま体制だけは、社会主義から民主主義に変ったのである。

 それが今ヨーロッパに新たな壁が出来つつあるという。その後西ヨーロッパに欧州連合(EU)が結成された。そこへ旧東欧諸国の中から新たなEU加盟国が加わってきた。昔の東西の対立線(国境)が、やや東側へ移動したような対立構造になったのである。現実に元ソ連のロシアシンパであり続ける、ウクライナ、グルジア、アルメニアなどと、旧東欧でロシアのクビキから脱却したポーランド、ブルガリア、ルーマニアとの間に南北に新たな壁ができてしまった。

 しかも、両陣営にはその背後で、ロシアとアメリカの対立が昔とは異なった形で影響力を与えている。その接点となったウクライナやポーランド国民の間には、抜き差しがたい米ロ両国への不信感が生まれつつある。東西対立は形こそ変ったが、姿を変えてまた新しい国境線を構築している。NATOラインと呼んだら良いだろうか。

 日本としては、面倒な外交関係に深入りしたくないため、政治的にまったく接触している様子が見えないし、その詳しいニュースは国内ではほとんど報道されない。だが、その間に世界は刻一刻とチェンジしている。

 さて、9日に予定されていたアフガニスタン大統領選挙の決選投票にカルザイ候補の対立候補として挙げられていた、アブドラ元外相が今日になって立候補を取り止めると発表した。何のことはない。カルザイ側の露骨な選挙妨害が予想され、投票の公正さや透明性が期待出来ず、これでは勝負は決まっていると降りてしまったのだ。仮にカルザイ大統領が再選されても、これではカルザイ2期目の政権の正統性が問われかねないとアメリカ政府も苦りきっている。相変わらずの泥仕合でアフガンの民主化、並びに治安の安定はまた遠のいてしまった。

 これからアフガンはどうなるのだろうか。

2009年11月1日 | カテゴリー : 未分類 | 投稿者 : mr-kondoh.com

901.2009年10月31日(土) 尾崎秀実処刑65周年と「海ゆかば」

 午後駿河台の明治大学で日露歴史研究センター主催の「尾崎・ゾルゲ処刑65周年記念講演会」が開催されたので、ゼミの池田くんと誘い合わせて聴講した。昨夕図らずも尾崎秀実の実弟・秀樹について書いた峯島正行著「荒野も歩めば径になる」の出版記念会に出席したので、今日は頭の中が「尾崎」に占領されている。

 昨日は小中さんからも尾崎家の人間関係を聞かせてもらった。異母兄弟で21歳も年齢が離れているので、昔のこととは言いながらちょっと尋常ではないと思っていたが、秀樹はおめかけさんの子だと伺った。

 今日明大の講演では作家・西木正明氏が「近衛新体制とゾルゲ事件」、孫崎享・元外務省国際情報局長が「ゾルゲ事件時の国際環境と第二次大戦後の諜報活動」、下斗米伸夫・法政大学教授の「ゾルゲ事件・冷戦・共産党―モロトフ文書から」とそれぞれ専門家が話をされた。

 興味本位に題材を捜し求める作家として西木氏の話が魅力的だったし一番面白かった。孫崎氏はソフトな語り口だが、外務省で長らく諜報部門にも携わっていたせいで、日本人の中でも一番インテリジェンスに詳しいと自画自賛されておられた。ノンキャリアで苦労された休職中の佐藤優氏の話の方がよほど詳細で、相手の懐に入り込み活劇的で興味津々である。それに、孫崎氏はもう少しパワーポイントの使い方を研究して工夫しないと説明が分かりにくい。下斗米伸夫・法政大学教授は、最近ロンドンから帰ったばかりだと話されていたが、留学前にテレビにも度々出演して話している姿を観ているが、今日の話しぶりには少々失望した。もう少し整理して話されるのかと期待していた。話す内容を欲張りすぎているために早口の説明になり、一寸内容が理解しにくい。これは、池田くんに聞いても同じだったので、口幅ったい言い方だが、内容をカットして、もっと整理して、しかもパワーポイントの使い方をもう少し工夫した方がよいのではないかと感じた。

 5時前に池田くんに失礼して、JR西国分寺駅前「いずみホール」で開催の「第3回武蔵天平の郷・信時潔コンサート」に行った。昨年出席したのは、映画監督の篠田正浩氏と山崎洋さんがゾルゲ事件をテーマにトークショーをやったので、出かけたのだが、今年は昨年同様に信時潔の音楽に、山崎さんの平和へのメッセージの読み上げがあるということだった。彼も中々うまいメッセージと挨拶をしていた。1年ぶりに話をすることが出来て良かった。

 司会進行役を務めた田口精一さんと仰る89歳の劇団民芸の俳優さんが、山崎さんがブーケリッチ氏の遺児であることを初めて知ったと言い、かつて出演した「オットーと呼ばれる日本人」の主演俳優・宇野重吉と劇作家の木下順二が存命なら、驚き喜ばれたことだろうと話された。

 これからこの国分寺に信時潔が定着するのだろうが、名曲「海ゆかば」だけではなく、慶応義塾塾歌も良いメロディなので、演奏したら良いのではないかと思う。その他の演奏曲は知らない曲ばかりだったので、余計そのように感じた。

2009年10月31日 | カテゴリー : 未分類 | 投稿者 : mr-kondoh.com

900.2009年10月30日(金) 日航は立ち直ることが出来るか。

 このところ日本航空の再建問題が大きな話題となり、国交省が主導して再建策を考えている。それもいよいよ最終コーナーを回ったようで、昨日公表された再建案は再生組織を根本的に替えるドラスチックなものとなった。

 日航の経営状況を調査していた専門家チーム「JAL再生タスクフォース」は、発足してからまだ1ヶ月だが、前原大臣に報告書を提出して解散することになった。その中身も公表せず、タスクフォース代表の高木新二郎氏も不満を露にしている。結論は、今後日航支援は「㈱企業再生支援機構」に移ることになった。弁護士である高木氏の前職は「産業再生機構」産業再生委員長だった。どうも名前も似ていてわかり難い。そのわかり難いことを「企業再生支援機構」の下に実務の場でやろうとしている。

 最大の問題は、日航自体がすでに2,500億円の債務超過であることで、資金繰りも苦しく、11月中に1,800億円のつなぎ融資が必要で、更に来年3月までに3,000億円の資本増強が必要であることだ。今後は再建を「企業再生支援機構」の下に進めていくことになるが、そう簡単に作業は進まないと思う。

 ビジネスはこのまま実行しながら、債務の処理、事業の建て直しを実施しなければならない。銀行団の債権放棄、赤字路線からの撤退、9,000人の従業員解雇などが考えられているが、最大のネックは企業年金の積み立て不足である。

 この日航の年金問題は一日航だけの問題だけではなく、ひとつの例として広く世間の注目を集めている。国としても年金問題解決が注目の的である。

 しかし、日航のOBと社員の2/3以上の賛成が得られなければ、企業年金契約を変更することが出来ない。現役社員の間では諦めムードで、減額を認める空気があるようだが、現実に現在受給者となっているOBの間では、財産権の侵害として反対する空気が強い。比較的高額と言われている日航社員の給付利回りは現在4.5%だそうだが、これを1.5%にまで引き下げて、年金資産不足額を3,300億円から1,000億円程度にまで減らすことを検討している。一般の国民からすれば、会社が火の車になって、国が救済しようという時に被救済企業は贅沢を言うべきではなく、元も子もなくなっては、話にならないではないかと言いたい。

 在職中日本航空にも随分お世話になっただけに、何ともお気の毒ではある。

 さて、神田の学士会館で「荒野も歩めば径になる―ロマンの狩人・尾崎秀樹の世界」出版記念会が開催されると小中陽太郎さんからご連絡があり、出かけた。ところが、学士会館にはそんな予定はないという。小中さんの携帯へ聞いてみると何と如水会館だという。すぐ近くなので、大して気にすることもなかったが、一瞬どうすべきか当惑した。

 著者の峯島正行氏のお名前は初めて伺ったが実業の日本社で長らく編集に携わっておられた方である。「漫画サンデー」を発行したこともあり、藤子不二雄氏のような有名な漫画家を始めとして、多くの漫画家の姿が見られた。

 如水会館に入った途端「出版記念会ですか?」と尋ねられたが、風体が作家風だったのか。少しずつサラリーマンから遠ざかっていく感じである。

 冒頭に直木賞作家の伊藤桂一氏が挨拶された。尾崎秀樹の娘さんも挨拶された。会場はかなり混み合い折角オペラ「椿姫」のアリアを歌ってくれた時でも、雑談で少々うるさい。作家ならもう少し静かになるのだが、漫画家はどうもうるさいし、服装にしても帽子を被ったままだったり、ラフな格好をしている人が多い。ちょっと雰囲気が違うような感じがする。

 小中さんの挨拶では、尾崎秀樹は台湾で生まれたが、台湾ではスパイの弟と言われ続けて苦労したということを話されたことが印象深かった。帰りに小中さんから都立大学駅の「コーナーポケット」で、ご馳走になる。

2009年10月30日 | カテゴリー : 未分類 | 投稿者 : mr-kondoh.com

899.2009年10月29日(木) 腰が定まらない各大臣の発言

 ここ数日戦乱の地、アフガニスタンとパキスタンの治安が一層悪化して多数の死者が出ている。アフガンでは米軍兵士の戦死者数が過去最悪となり、パキスタン西北部でもテロリストの攻撃を受けて政府の建物が爆破され、ペシャワールでは昨日90人が死亡している。この政情不安の中で、クリントン国務長官がパキスタンを電撃訪問した。対アフガンにせよ、対パキスタンにしろ、アメリカとしては難しい舵取りを迫られている。

 そんなイライラ感が、とばっちりとなったのか、アメリカ政府首脳は日本に対して不信を募らせている。民主党がインド洋の海自艦の補給中止を公表したことについて不満を表明している。沖縄の米軍普天間基地移設問題でアメリカが呑めない代替案を模索していることについても、否定的なニュアンスの言葉を漏らしている。それより何より民主党がはっきり日本の立場と考えをアメリカに伝えないことが一番悪い。何を考えているのか。早く決めなければならないことをのらりくらりして結論を先延ばししているから、不安感を与え、妙な勘ぐりをされるのだ。子どもじみている。さらに関係閣僚の言うことが、人によってぶれて二転三転している。これではアメリカとしては誰に対して自分たちの考えを伝えたら良いのか分からない。そのせいであろうか、オバマ大統領が来日する前に日米間で意見調整をするべく、岡田外相が渡米する話が持ち上がっているが、アメリカは受け入れに消極的である。

 国会論戦でも大臣のばらばらの発言が鳩山首相への質問になっている。首相曰く「最後は私が決める」。まるで中高の生徒集会と変わらない。

2009年10月29日 | カテゴリー : 未分類 | 投稿者 : mr-kondoh.com

898.2009年10月28日(水) 2つの海難事故の原因と対応

 昨晩関門海峡で海上自衛隊所属の護衛艦「くらま」と韓国のコンテナ船が正面衝突して、両船とも火災を引き起こした。鎮火するまでにかなり時間がかかったが、幸い死者がいなかったのは不幸中の幸いと言える。観光船で何度もあの海峡を渡った経験から言えば、7,000トン級の大きな船舶があのような狭い海峡ですれ違うこと自体に事故発生の危険性が潜んでいる。門司港と下関港間を往復する観光用のボートでもほんの5分ほどしかかからない。狭い箇所では僅か5~600mの海峡幅しかない。それほどの至近距離で、しかも潮の流れは速く、時間によっては流れが逆流する。もちろん遊泳は禁止されている。

 護衛艦とコンテナ船のどちらに衝突の責任があるのか、今のところまだはっきりしないが、これまでに得た情報から個人的に判断すれば、どうやら海上保安庁海上交通センターに大きな誤った情報提供があったようだ。

 この海域は狭過ぎるために普通追い越しは出来ない。両船ともルールに従い右側通行で航行していた。コンテナ船の前方に速度の遅い貨物船があったので、コンテナ船の要望に従い海上保安庁がコンテナ船に追い越しの許可を与えた。その際貨物船の右側ではなく左側から追い越しさせて、護衛艦の前に飛び出させ、護衛艦と衝突するという事故を引き起こした。

 海上保安庁海上交通センターは何ゆえに判断と指示を間違えたのか。貨物船が左側から追い越させて欲しいと言ったにせよ、時と場所、そしてルールを考えれば、異常な指示であることは明らかである。外国航路の元船長は、この海峡が世界で最も危険な箇所で、追い越しは考えられないと述べていた。

 空で言えば航空管制官とも言うべき海上保安庁海上交通センターなるものが、こんな杜撰で危険な船舶航行コントロールをやっているようでは、船舶も安心して航行出来ないだろう。犠牲者が出なかったせいか海上保安庁からは、一片のお詫びも反省の言葉もない。指示ではなく情報提供しただけで、最終判断は船長が行うべきものだと開き直っている。これは正に相手に責任をなすりつけるものだ。海上保安庁の対応とその後の言動は、無責任になりつつある現代社会の風潮を反映しているものだと言える。

 同じ海難事故でも、24日以来行方が分からなくなり遭難したと見られていた、長崎県鎮西町の漁船「第一幸福丸」が転覆した状態で発見された。八丈島近海で台風20号に遭遇し転覆、漂浪し、4日ぶりに見つかった中で乗組員3名が救助された。船長は亡くなり、他に4名の乗組員の行方は依然として分からない。絶望視されていた全漁船乗組員の内3名の生存が確認されたのは奇跡的であり、必死に生き抜こうとした乗組員の強い生への執着心があったからこそであろう。彼らの生存は、好い加減な海上保安庁の職員に対して、生命の尊さを無言の内に教えてくれる。それにしても、残りの4名の行方を思うと気が重くなる。「幸福」の船名の通り、残りの乗組員の生存を願って止まない。

2009年10月28日 | カテゴリー : 未分類 | 投稿者 : mr-kondoh.com