ブログ・ご意見番の意見

 充実したホームページに仕上げていこうと、毎日目を凝らしながら取り組んでおります。淡々と書き続けてきただけで、10年2月に初めて4桁の大台1000回を、そして奇しくも74歳の誕生日に当たる2012年「文化の日」に連続2000回を、15年7月31日に3000回、18年4月26日に4000回、21年1月19日に5000回を数えました。ここでは、出来るだけポジティブな意見や、気軽な独言、時には戯言や想い出を書き込んで、自分自身の気持ちを素直に表わしながら楽しく読んでいただけるよう心がけたいと思っております。意見の主張というより、感じたままを日記風に書き綴って参ります。身勝手な意見や、独断的な表現も見られると存じますが、どうぞご理解下さいますようお願い致します。皆さまの忌憚のないご意見をお寄せいただければ有難く存じます。

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937.2009年12月6日(日) 慶応ラグビー、9年ぶりの優勝を逸する。

 ケースは多少違うが、昭和35年東京六大学野球の秋の早慶6連戦を思い出すともなく思い出してしまった。

 今日テレビを観ながら関東大学ラグビー早明戦で明治を応援していた。今シーズン低迷する明治が勝てる可能性は極めて低かったが、仮に明大が勝てば母校慶応に9年ぶりの優勝が転がり込んでくるからだ。

 半世紀前の早慶6連戦は全6試合を外野席で友人らと応援していた。その当時長らく東京六大学で優勝していなかった慶応にやっとそのチャンスが巡ってきた。最後の早慶戦で勝ち点さえ挙げれば、優勝だった。それが1勝2敗で勝ち点を失い、早大と優勝決定戦を行って負けてしまったのである。その間に同点引き分け2試合を挟んだ6連戦で大いに盛り上がったが、負けた悔しさの方が強くて、最後に負けた後友人とどこかへ妬け酒を飲みに行ったように思う。大学キャンパス内には丁度60年安保闘争の余韻があり、試合前からどこもデモの熱気があったように思う。

 今日の早明戦は先月の早慶戦、昨日の帝京大戦に続いて慶応の優勝がかかった試合となった。早慶戦は勝てば優勝だった。しかし、前半リードしながら最後の土壇場で同点に追いつかれ20-20の同点引き分けとなってしまった。そして、昨日の帝京大戦も勝てば優勝が決まるはずだった。勝てると思っていて予想通り前半だけで17-0とリードしていながら、ノーサード(試合終了)直前に逆転され19-17で敗れてしまい、またも優勝を逸してしまった。

 そして今日の早明戦は早大が負ければ優勝という漁夫の利を狙うものではあったが、戦前の予想に反して明治が試合を優位に進め、前半は14-3で明治がリードした。これでやっと慶応に優勝が転がり込むと取らぬ狸の皮算用をしていたところ、早大もさるもの、ノーサイド直前になって逆転トライを挙げ試合を16-14とひっくり返してしまった。これで優勝はついに泡と消えてしまった。

 早慶6連戦の時もそうだったが、慶応というチームはどうしてか優勝がかかるとプレッシャーに弱い。いつもこんな調子で期待を裏切られてしまう。またまた来シーズンに期待するしかないが、暮から正月へかけて全国大学ラグビー選手権大会が開催されるので、新規まき直して優勝を目指して頑張って欲しい。

2009年12月6日 | カテゴリー : 未分類 | 投稿者 : mr-kondoh.com

936.2009年12月5日(土) 迷走する鳩山由起夫氏は果たして首相の器か。

 沖縄の米軍普天間基地の移設問題が混迷の度合いを深めている。その最大の原因は、鳩山首相のリーダーシップの欠如と、アメリカよりも連立を組んでいる国民新党と社民党の意見を取り入れすぎることにあるようだ。アメリカは不信感を強めており日米関係も聊か危うくなってきた。

 ところで、鳩山由起夫氏は果たして首相の器なのか。理想も良い。人望もあるようだ。マス・メディアを始め対人関係には丁寧に対応している。だから、人気もかなり高いようだ。しかし、政治を司り国を動かしていくトップとしては、決断力に乏しく、あまりにも頼りない印象を受ける。朝令暮改も甚だしい。いろいろな意見を持っていても、それを充分こなし切れず、是々非々の判断に迷いが見られる。いろいろな方針を大臣に検討させたり、命じたりするのは善しとして、上がってきた材料を料理する知恵と工夫が足りないよいだ。

 今迷走中の普天間基地問題は、アメリカとの合意事項には辺野古への移設が盛られていた。代案「海外か県外移設」を充分検討しない間に総選挙が近づき、沖縄県民の理解を得られやすい代案をぶち上げた。まったく成算なしにである。その軽薄さが、ここへきて首相自身自らの首を絞めることになった。

 鳩山首相は、良家のお坊ちゃまのまま苦労を知らずに今日まで来てしまった。潤沢な資金を持ち、苦労したことがないから、ちょっとした苦難にも耐えられそうもないし、苦衷の中で知恵が生まれてこない。さらに普通の人間の感覚が分からないところもあるようだ。あまりにも一般の常識とずれている。それが「宇宙人」と呼ばれる原因にもなっている。これだから閣僚や取り巻きも大変である。

 最近の偽装献金問題のお粗末さは、救いようがない。自分は知らなかった。秘書がすべて仕切っていた。こんな言葉は中間管理者あたりまでの下っ端の人間の言うことだ。まして、政権を取る前の2002年の加藤紘一・自民党元幹事長の秘書疑惑、その後の社民党辻元清美・現国土交通副大臣の秘書給与流用事件の際は、秘書の責任はすべて議員の責任と言っていたのではなかったか。資金が母親から拠出されていたことには驚いているとまでしらばくれている。これには漢字を読めないと笑い者になった麻生太郎・前首相にまで「驚くのはおかしい。驚いているのはむしろこちらの方だ」とまで皮肉られている。弟の邦夫元総務相ともども母親から資金を出してもらって、自分は与り知らぬとはよく言えたもので、とても普通の神経ではない。兄弟2人して贈与税の脱税を繰り返していたわけである。こういう世間を欺くような頼りにならない人物を総理大臣に押し上げた責任は、やはりわれわれ国民が負うべきなのであろう。やれやれである。

2009年12月5日 | カテゴリー : 未分類 | 投稿者 : mr-kondoh.com

935.2009年12月4日(金) 日本的曖昧さで右往左往

 些かうんざりである。今日の朝日夕刊「ニッポン人脈記」に、3人の国語学者による部首「しんにゅうは1点か2点か」が紹介されている。近藤姓の「近」の部首「しんにゅう」は、このパソコンで見る限り1点であり、私自身この文字を覚えて以来ずっと1点と信じ、1点の「近」を書いてきた。

 ところが、実際には敗戦直後の1949年に当用漢字の字体を決めた際、従来の2点を簡略化という見地から1点にしたのだという。それならそれでずっと1点にすれば混乱もなくて良さそうなものだが、いつの間にやら「しんにゅう」を使った文字には1点と2点の2通りのケースが存在するらしい。これは、パソコンの文字に倣って使用されるようになってからのようだが、正統派の国語学会が、ビジネスのパソコンに寄り切られてしまった例である。正にグレシャムの「悪貨は良貨を駆逐する」の典型ではないだろうか。

 ほかに「しんにゅう」を使う文字の中でも、どの部首が1点なのか、2点なのかは普通あまり気にしていない。自分なりに信じる文字を書いているものと思う。私は2点の文字は書いたことがない。実際「邁進」を見てみると「邁」は2点であり、「進」は1点である。

 教育現場を知る人は、「『しんにゅう』の形が統一されていないと、子どもがわかりづらい」と言うが、今年1月の常用漢字表の試案では、2点派に軍配が上がった。よく分からない理屈だが、部首の整合性より混乱を避けることが重視されたからだという。

 1点か2点、どちらに決めるにせよ、こういう身近なところで偉い学者が検討しても決められず、日本語がたいして意味もなく2通りに使われているところが、曖昧さを残す日本的なやり方で、同時に決断力がないところであろうか。

 漢字ばかりではなく、わが国では総理大臣まで決断力が発揮できず、沖縄住民のみならず、日米間で政治家が右往左往している。言うまでもなく普天間米軍基地移設問題である。総選挙前からどうも代替移設地が首尾一貫していない印象を受けていたが、今になってもどうするのか、宙に浮いたままである。

 今日になって鳩山首相は普天間代替地として「グアムも検討」と言い出した。民主党マニフェストでは「日米地位協定の改定を提起し、米軍再編や在日米軍基地のあり方についても見直しの方向で臨む」と書いてあった。それを一歩踏み込んで、いつの間にか普天間基地を海外か、県外移設という具体的な代案となっている。確かに3年前の日米合意のロードマップには、沖縄駐留の米海兵隊と家族をグアムへ移転させる計画はあった。しかし、内閣の主要閣僚の発言が日米合意とは別のところで迷走するようでは国民は信用出来ないし、アメリカ政府からも信用されないのではないか。日米の了解事項がばらばらに別の方向へ走り出している。一体どこが具体的な移設先なのか、現状のままなのか、首相の考えも外相、防衛相もばらばらになったまま見当がつかない。まったく締まりのない話で、困っているのは沖縄住民である。

 果たしてこの無様な動きに日本政府はどう決着をつけるのか。アメリカ政府も大分イライラしているようだ。

2009年12月4日 | カテゴリー : 未分類 | 投稿者 : mr-kondoh.com

934.2009年12月3日(木) エコ・ポイント制度をもっとスマートに

 9月初めにエコ・ポイント申請書を送付したが、ほぼ3ヶ月経ってもウンでもないスンでもない状態に痺れを切らし、環境省のエコ・ポイント事務局へ電話した。1ヶ月ほど前エコ・ポイントの申請手続きや、支払い方法等について作業が遅れて、申請者の元へ商品が送られてくるまでに大体2ヶ月ぐらいかかっていると新聞に報道されていた。新しく発足した国の景気浮揚策のひとつで、取扱量も多く手続きも煩雑だろうから、ある程度の時間的な遅れは止むを得ないと理解していたが、その後になっても何らの情報や連絡もなく、国の制度としては些か杜撰ではないかと抗議の気持ちも込めて問い合わせたわけである。

 ところが電話が通じない。電話が不親切である。例によって録音テープによる案内で、所定の係りへかけると「ただいま混み合っていますので、もうしばらく後におかけ下さい」とプッツンと一方的に切られること4回、漸く5度目に話をすることが出来た。私が送付した書類の記録は事務局がしっかり抑えてあり、11月中旬には支払いの資料を日本百貨店協会へ送ったので、実際にいつ希望した物が送られてくるかどうかについては、直接百貨店協会に問い合わせて欲しいと電話番号を教えてくれた。そこで、また百貨店協会に聞いてみると、今月14日に送付する段取りになっているとの回答だった。

 ただ事務が輻輳して支払いが遅れただけのことかも知れない。しかし、何たる不誠実な対応だろうか。どこかで一寸連絡さえしてくれれば、こんな心配をせずに済んだ。3ヶ月も放ったらかしにして、電話1本くれるわけではない。申請者はただひたすら待つしかない。業を煮やして直接尋ねたから事情は分かったが、これが国の制度として国民に対して行うサービスなのか。どうもやることにすべて魂がこもっていないと思う。まあ国がやるサービスというのは、せいぜいこんな程度かなとも思う。

 午後からJN協会の企画会議が麹町の海事センターで開かれ、唐突に白澤事務局長から来年JN協会として「都市・観光・環境の情報事典」なる書籍を出版する予定だから、その一部について私に執筆担当して欲しいとの話だった。来年は国際ペン東京大会開催で忙しくなりそうだし、それに合わせて次作品も書こうと思っているので、おいそれと安請け合いすることに躊躇する気持ちがあったが、お断りするわけにも行かず、「観光」章についてお引き受けすることにした。だが、詳しい説明がなく雲を掴むような話で書籍編纂の意図と主旨がよく分からない。近日打ち合わせをするというので、具体的な内容等についてはそれからだ。

 昨日東洋経済新報社が作成した「知の現場」の表紙デザインを、プロジェクト・マネージャー経由で送ってきた。珍しいデザインだが、これが今風なのかなと思う。しかし、見た感じは悪くない。内容は充実しているし、うまくすると売れそうな気がする。24日に1,600円で店頭販売されるが、販売結果が楽しみである。

2009年12月3日 | カテゴリー : 未分類 | 投稿者 : mr-kondoh.com

933.2009年12月2日(水) 証言! 外交文書の密約はあった。

 日本画家の平山郁夫氏が今日亡くなられた。79歳だった。平山画伯と言えば、シルクロードを描いた作品や、仏教の歴史・風物を主題とした作風で知られる。箱根の彫刻の森美術館、成川美術館にも画伯のシルクロードの大きな絵画が飾ってある。これらの絵を見ていると古代へのロマンが限りなく拡がっていくような大きな気持ちがしてくる。惜しい人を失った。

 さて、このところ噂が、実は噂ではなく真実だったのではないかと考えられていた、日米間の外交文書密約問題について、昨日東京地裁に証人として出廷した吉野文六・外務省元アメリカ局長が密約文書に署名したことを当事者自身の口から証言した。更に、当時の愛知揆一外相ら外務省幹部もその内容を知っていたはずだとも述べた。密約の内容は、沖縄返還時の沖縄住民への土地原状回復を行うための経費をアメリカが負担するという約束を履行せずに、実は密約によって日本が肩代わりするという内容である

 これで、日米間の4つの密約のひとつが当事者によって明かされたことになる。まだ残る3つの密約がどうだったか明確にされたわけではないが、外務省は来年1月にまとめて報告書を公表する予定である。

 こんな国民の目を騙すような例はこれまでなかったと思う。自民党政府はこれまで、一貫して「日米間に密約はない」「密約はないということは歴代の首相がはっきり答えている」との一点張りで押し通してきた。こうなると歴代の首相はみんな嘘つきだったということになる。この偽証の責任はどう償うつもりだろうか。そして、歴史上ウソを真実とした記録はどう修正するつもりだろうか。珍しいケースであるが、外交史上重大なことであり、どう決着をつけるのか注視する必要がある。

 それにしても証言した91歳になる吉野氏は、閉廷後の記者会見でこれまでも随分悩んだと言った。その挙句に「歴史を歪曲しようとすると国民のためにマイナスになることが大きい」とも述べた。覚悟のうえで真実を述べられたのだろう。人生も終盤になって、腹の中に溜っていたこれまでの心の負担や悩みを曝け出そうと決意したのだろう。

 日本とアメリカでは公文書管理制度が異なる。日本はアメリカの制度を見習い、25年か30年経てば公文書を公開して、誰でも研究出来るので、そういう制度を日本の外交にも採用することが良いとも提言した。

 今回の事件の経緯から、幸いにしてすっきりした形で密約文書が公開されることになりそうだ。一密約文書というだけではなく、制度としてあるべき形を整備することもこの際考えるべきことではあるまいか。

2009年12月2日 | カテゴリー : 未分類 | 投稿者 : mr-kondoh.com