充実したホームページに仕上げていこうと、毎日目を凝らしながら取り組んでおります。淡々と書き続けてきただけで、10年2月に初めて4桁の大台1000回を、そして奇しくも74歳の誕生日に当たる2012年「文化の日」に連続2000回を、15年7月31日に3000回、18年4月26日に4000回、21年1月19日に5000回を数えました。ここでは、出来るだけポジティブな意見や、気軽な独言、時には戯言や想い出を書き込んで、自分自身の気持ちを素直に表わしながら楽しく読んでいただけるよう心がけたいと思っております。意見の主張というより、感じたままを日記風に書き綴って参ります。身勝手な意見や、独断的な表現も見られると存じますが、どうぞご理解下さいますようお願い致します。皆さまの忌憚のないご意見をお寄せいただければ有難く存じます。
ブログ・ご意見番の意見
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957.2009年12月26日(土) 国家財政は大丈夫か?
すったもんだしていた来年度予算案が漸く(閣議)決定された。景気が悪く税収が減る一方で、マニフェスト上ある程度ばらまきは容認されるし、景気刺激策も多少認められるし、国債発行もありで、歳出ばかり突出して増える一方である。歳出額は過去最大の92兆円強である。前年度に比して4兆円弱も増えている。これに対して歳入はまったく不足して、税収は37兆4千億円である。これを補うのは、国債が44兆円、更に足りない分を埋蔵金と称される特別会計の剰余金で補った。悩ましいのは、一般会計92兆円、税外収入10兆円、国債発行額44兆円のすべてが、過去最大であることである。加えて国債発行額が税収を上回ったのが戦後初だそうだから、いよいよ日本丸は沈没の危機に瀕していると言ってもいい。
毎度言われていることであるが、政治家を始め国民の間で、喉元過ぎれば熱さを忘れる傾向があり、一般的に国の財政危機に対する認識が希薄過ぎるようだ。今回も事業仕分けとか、各省庁の虚虚実実の駆け引きがあって目先の問題解決に対する目はかなり真剣である。問題は、この後である。昨日閣議決定した予算案を見てこの赤字経営状態をいつまで続けていくのか、まず政治家は考えてもらいたい。
景気が悪く現時点で税収が少ないのはある程度已むを得ない。しかし、財政の立て直しより税収が少ないことを言い訳にして、収入を増やし、支出を減らす努力を怠っているのではないか。赤字予算を策定した今の時点で、来年度はもう少し健全財政に近づくように、有効な次の手を打つことを真剣に考えなければならない。将来的にこの異常な財政状態を一歩でも解決する策を早く打たなければ、このまま赤字を流し続けて、最後には財政破綻という最悪の事態へ落ち込んでしまう。今の状態が続くようだと、国債発行額は益々増え、後世に大きなツケを残すことになる。
これまでにもその点を指摘する声は多かった。しかし、手を打たずにその悪循環を止められない。どうして、社会を壊す動きを止められないのだろう。来年度予算は今年だけのレアケースにして、もう過去最悪というようなことは止めてほしい。
私が大学生になった昭和34年度の一般会計予算の歳出総額は、1兆4千億円だった。来年度予算の僅か70分の1である。あまりにも遠い数字になった。
956.2009年12月25日(金) 来年の図解塾セミナーの打ち合わせ
来年1月から3月まで毎月1回、民間セミナー会社・㈱TEIの図解塾が知研・久恒理事長の流儀により開講される。今日2度目の事前打ち合わせに関して、講師担当の久恒理事長、八木会長、中村茂昭さんと私の4人が集まった。受講生を一般募集するこの種のセミナーは初めての経験なので、まずはカリキュラム作成とテキスト作成は最初に行うべきことだ。毎回6日間で1セットとなるセミナーで、1日目を理事長、2日目は会長、3~4日目を私が、5~6日目を中村さんが担当することになった。私の担当講義は、「時事問題を図解する」である。最近発行された理事長の著書「図解の極意」をベースに、新聞の社説から的確でアップ・トゥー・デートな話題を拾い上げ、テーマを設定しそれを図解することが狙いである。会場の施設、設備等についてもよく知りたいので、明日にでも担当者に連絡をとってTEI社へ伺おうと考えている。
さて、予定通り今朝の朝日新聞に広告が掲載された「知の現場」は、見たところ新宿・三省堂書店にも置いてなかった。打ち合わせ場所へ急いでいたので、店員に聞くことはしなかった。ところが、打ち合わせの際中村さんが、新宿・紀伊国屋で尋ねたら早くも売り切れたと言われたという。それが事実なら出足は思った以上に良いようだ。この後どれだけ販売実績が伸びるか楽しみである。
今朝の朝日、日経ともにトップ記事は鳩山首相の国民に対するお詫びメッセージである。あくまでしらばっくれて「知らなかった」として首相の職に留まると謝罪会見をした。弟の邦夫・元総務相も同じ嫌疑がかかっている。母親から資金提供を受けたことは、明らかに贈与に当るにも拘わらず、兄弟揃ってとぼけていたわけだ。
さらに問題を難しくしているのは、首相のケースで重加算税を含めて約6億円と推定される贈与税が、国税当局の判断では果たして贈与にあたるかどうか、現時点では断定出来ないときた。何を遠慮しているのか分からないが、あまりの鳩山びいきにはうんざりである。
アホらしくてもう鳩山首相の言動なんて信用出来ない。
955.2009年12月24日(水) 秘書は起訴、鳩山首相は不起訴処分
6月以来燻っていた鳩山首相の偽装献金問題の内、虚偽記載などの政治資金規正法違反について、今日東京地検特捜部は虚偽記載罪で公設秘書と会計責任者の政策秘書を略式起訴したが、親分の首相は嫌疑不十分で不起訴処分となった。
以前から話題になっていたが、こういうケースで張本人の政治家が起訴されることは極めて稀である。今回首相が過去10年間に実母から提供を受けていた資金は11億5千万円である。この巨額の資金提供について首相自身はまったく知らなかったと言い、すべての責任を秘書と提供者である母親に被せている。常識的に考えて、こんな馬鹿なことが考えられるだろうか。首相自身かつて野党時代に秘書と政治家は同罪と述べていた。7年前には、不正に関連して自民党代議士の秘書が逮捕された時、代議士の責任は免れない、潔く議員の職を辞すべきであるとも主張した。それが、自分自身がその立場に追い込まれるや徹底して白を切り、知らぬ存ぜぬを押し通している。
二枚舌というか、何という鉄面皮だろうか。恥を知れと言いたい。そのうえ総理大臣は辞めないと聞かれないことまで答えている。でもよくよく考えてみるとこれは政治家の本質なのではあるまいか。いつも自分に都合良く合わせるのが、政治家の世渡りテクニックではないか。
それにしても、かつては不正の絶えなかった自民党が、正義感溢れるコメントを発表していたのは、対照的で笑っちゃう。お互いにどっちもどっちではないか。
しかし、鳩山首相の金銭感覚はおかし過ぎる。自分の母親から10年間に亘って毎月1,500万円もの現金をもらっていて、まったく知らなかったというのは庶民感覚としては絶対変だ。検察ももっと核心を突いて実態を曝け出すべきである。どうも後味が悪い。
いずれにしろこんな好い加減な捜査をしているから、後から後から政治家の不正が絶えないのだと思う。
ところで、今日発売予定の「知の現場」が書店においてあるかどうか、近所の2つの書店へ偵察に行ったが、残念なことにいずれの店頭でも見ることはなかった。尋ねれば、あるいは置いてあったのかも知れないが、いずれにせよ平積みのように目立つ場所にはなかった。まあ明日の朝日朝刊に広告が掲載されるそうだから、そうなれば置かれることになるだろう。明日来年1月から始まる「図解」講師の打ち合わせで新宿に出るので、新宿三省堂と紀伊国屋書店を覗いてみようと思う。
954.2009年12月23日(水) 密約外交文書発見される。
今日は天皇誕生日。今年76歳になられたという。今年は今上天皇在位20周年、そしてご成婚50周年と重ね重ねのおめでたである。最近は前立腺の早期治療等で以前ほどご健康ではないようだが、相変わらず国璽行事が数多く中々ご多忙の様子である。それが、先日の習近平・中国国家副主席との会見などでも、その会見実現の経緯に問題ありと指摘されるなど、周辺は中々喧しかった。
さて、今日の仰天ニュースは日米間の核の密約文書が現存していたことが分かったことである。最早その文書の存在は疑う余地がなかったが、外務省にも文書は見当たらず、すでに廃棄処分されていたと考えられていた。それが、驚いたことに佐藤栄作・元首相の子息・信二元通産相が父から受け継いだ遺品の中から発見されたのである。密約文書を交わしたニクソン米大統領と佐藤栄作首相、両首脳の一方の当事者である。決定的な証拠である。
これには両首脳のフルネームのサインがなされている。先日公開された吉野文六・元外務省アメリカ局長のイニシアルだけのコピー文書とは違って正式合意書である。こうなっては、これまで密約の存在を否定し続けていた歴代の首相、外相、自民党幹部、外務省幹部はどう弁解するのか。つい最近でも吉野証言がなされた後でさえ、外相、官房長官は相も変わらず、核密約を否定した。
この事実を一体どう説明するのだろうか。これまで核密約を否定してきた人たちは、この点について何らの発言もしていない。こういう国民を騙し続けた人には、今後外部に向かって発言して欲しくはない。
ところで、もたもた鳩山政権が漸く2010年度の税制改正大綱を決定した。マニフェストも税収の極端な落ち込みからかなり修正せざるを得なくなった。われわれ夫婦にとって直接関係のある項目では、配偶者控除(38万円)の廃止が先送りされることになり、とりあえず現状通りとなった。従って増税負担はない。
しかし、国の財政事情は益々悪化している。税収が見込みより9兆円も減って37兆円で新規国債発行は53兆円にまで膨らむ。税収より借金が多いという終戦直後以来の異常事態である。いくら事業仕分けで経費を削減しても、数億円の目標が結果的には6,800億円程度の削減にしかならなかった。これから小泉内閣時に目指した財政改革を、国民に大きな負担をかけることなしにどう実現するのか、目標をはっきり国民に示して欲しい。
953.2009年12月22日(火) 年賀状を書き終えて
手紙を書くことで私なりに決め事というか、信念にしていることがある。基本的に万年筆による手書きである。そして宛名書きは必ず手書きである。現代の一般的な風潮としては、少しずつPCによる宛名印刷に変わりつつあり、特に大量の手紙、ハガキを扱う場合は宛名印刷になる傾向がある。だが、これは最も嫌いなことである。
使用する万年筆については今までいろいろなメーカー品を使用してきたが、現在はパイロット製を使っている。しかし、これもキャップ部分が壊れて、予備のペリカン製にいつ替えようかと考えているところだ。
割合まめに手紙を書くので、ある程度書き慣れていることもあるが、かつて会社勤めをしていたころは、若い社員が顧客へお願いする旅行のお誘いや、案内を当然のようにボールペンで乱暴に書いていたのを見て、怒ったこともある。万年筆を使うように言ったところ、自分は万年筆を持っていないと言った社員もいた。唖然とした。その時は言い聞かせ、万年筆は商売道具だがらすぐ買うようアドバイスした。
現在の若手社員はどうだろうか。宛名もPCで、内容は見本文章を使い、相手の名前もPCで書いているのではないかと些か気になる。時代の流れもあるが、手紙を書くときはそれなりの心構えと作法があると思う。目の前に相手の顔を思い浮かべながら、よくよく考えてその人に合った文章を書く。それは手間がかかろうとも、相手に対する礼儀であると思っている。そして気持ちはボールペンより筆か万年筆の方がこちらの気持ちが伝わると思う。
さて、数日前から年賀状を作成し、1人ひとりの宛名書きをやっている。年賀状だけのお付き合いになってしまった人もいる。元気でやっているだろうか。自分より若い友人が亡くなったのは寂しい。例によって万年筆で書いて、今日漸く600余枚を書き上げた。年賀状はPCで「WORD」を使って3種類作成した。このほか3人の孫に宛てた別様の年賀状に、それぞれ手を加えて作成した。これでひとまず安心である。
さて、昨日の朝日新聞の全国世論調査によると、鳩山内閣の支持率は先月の62%から、大きく下がって48%にまで下がった。総選挙直後の9月には、71%もあった支持率が右肩下がりで転げ落ちている。逆に不支持率は、前月の21%から34%に上がった。首相官邸高官が「政権全体が最終的にものを決められない不安感」、「普天間も予算も財源も難しい話だが、首相がこうすると言えば済む話なのに言わないので、『大丈夫かこの人は』と思われている」と言っている。つまり首相の指導力に疑問府がついているのだ。
総理大臣たるもの、もう少しすっきりと決断力と存在感を示して欲しい。