ブログ・ご意見番の意見

 充実したホームページに仕上げていこうと、毎日目を凝らしながら取り組んでおります。淡々と書き続けてきただけで、10年2月に初めて4桁の大台1000回を、そして奇しくも74歳の誕生日に当たる2012年「文化の日」に連続2000回を、15年7月31日に3000回、18年4月26日に4000回、21年1月19日に5000回を数えました。ここでは、出来るだけポジティブな意見や、気軽な独言、時には戯言や想い出を書き込んで、自分自身の気持ちを素直に表わしながら楽しく読んでいただけるよう心がけたいと思っております。意見の主張というより、感じたままを日記風に書き綴って参ります。身勝手な意見や、独断的な表現も見られると存じますが、どうぞご理解下さいますようお願い致します。皆さまの忌憚のないご意見をお寄せいただければ有難く存じます。

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972.2010年1月10日(日) 戦没者遺骨収集について

 今朝の産経新聞に戦没者遺骨収集に関するトピックスが載っていた。私自身20年近くに亘って旧厚生省の同事業のお手伝いをしていただけに、関心の高い話題であり、じっくり目を通した。先日テレビ・ニュースがフィリッピンにおける同事業について、現地では必ずしも歓迎されない事態も起きていると報道していたが、私が関わっていた当時の状況に照らしてみても、事業そのものに対する取り組みが日本サイドはもとより、相手国でも変わりつつあるように思う。

 その中で一番理解できないのは、かつての戦地における日本人戦没者の遺骨収集を目的とする日本人の民間組織が存在するということである。国家事業として始まった遺骨収集であり、国家が予算の手当てをして実施するのが筋であり、また、相手国との間には諸々複雑な問題もある。そんな事情で以前はすべて日本政府ベースで行われていた。民間協力団体も旧厚生省の指揮下のもとで収集作業を行っていた。

 それが、今ではフィリッピンで「空援隊」という日本のNPO団体がご遺骨の収集のために活動しているという。以前日本政府は民間人による遺骨収集を禁じていた。それは相手国との間に民間人では対応出来ないことが頻発したからである。それが、いつの間にか民間人が「異国に残されたままになっている多くの戦士が祖国へ帰れるように」という崇高な気持ちだけで、民間団体として認められ、実際に遺骨収集事業で活動している。随分変わったものである。

 しかし、その純粋な気持ちだけで、思いや目的はスムーズに叶っているのだろうかとつい気になった。昨年1年間だけで、「空援隊」がフィリッピン各地で収集した遺骨は実に8,675体に上るという。率直に言って、そんなに多くのご遺骨をたった1年間で収集出来るのだろうかという疑問が実感としてある。昭和27年から始められた遺骨収集事業で毎年ほそぼそと遺骨収集を実施して、海外戦没者概数240万柱の内、まだ半分の125万柱しか奉還していない。フィリッピンでは、約50万人の方々が亡くなられて、山地が深く思うように収骨出来ない点から推察して、産経の記事による、1年間で1万人近い戦没者のご遺骨を収集したというのは、いささか戸惑い疑問に思う数字である。こういう言い方は顰蹙を買うかも知れないが、1年間に8,675人というその数字がどうも腑に落ちないのである。収骨したご遺骨のカウントのし方が従来の政府のそれとは微妙に違うのではないかと考えられないこともない。民間組織が参加したことにより、作業は効率的に進んでいるということになる。ご遺族が納得出来るならは、それはそれで良いのかも知れないが、どうも素直に受け入れられない。

 ご遺骨収集数の問題はともかく、より問題なのは現地で住民との間にトラブルが発生していないかということである。それが、3日夜NHKニュースで報道された日本政府とフィリッピン政府との間で遺骨収集に関するガイドラインを取り交わすという問題に突き当たる。産経紙によれば、昨年末には持ち帰る予定だった遺骨4千体以上が、直前になって書類の不備という理由で足止めを食った。中々難しい問題を孕んでいるのだ。

 私が長年関わった中部太平洋地区では住民感情は頗る良かったが、収集作業は年々難しくなっていった。それは、ご遺骨が人目につく場所にはほとんど見られなくなって、私有地や岩山などの危険な場所でしか発見出来なくなったからである。ガダルカナルなどでは、住民が私有地に入るに際して、条件を出してきたこともある。

 日本人の民間団体の善意と崇高な気持ちだけでは、必ず壁に突き当たる。その際果たしてNPOのような民間組織の力だけで英霊を母国へ迎える尊い事業が貫徹できるだろうか。

 日本国内には、日本人が決して言ってはならない「戦後60年以上も経って、いまさら遺骨収集もないだろう」のような無神経で否定的な声も一部には聞かれる。すべての戦没者のご遺骨を持ち帰ることは確かに難しい。しかし、可能性があるなら、やはり国を挙げて祖国へご遺骨を奉還するというのが、戦没者に対する尊崇であり、また、生き残った日本人にとっての責務であり、日本人としての真心ではないだろうか。ことさら関わっていた事業だけに行く末が今も気にかかる。

2010年1月10日 | カテゴリー : 未分類 | 投稿者 : mr-kondoh.com

971.2010年1月9日(土) 「遠野物語」の評価と功績

 今まであまり気がつかなかったが、今朝の日経「春秋」と朝日の「天声人語」の話題が同じなのには不思議な思いがした。新聞記事が重なったり、同じ話題を取り上げるということはニュースなどではよくあることだが、今日の小欄は時間的に制約のある社会ニュースや時事ニュースではなく、時間を超越した柳田国男の民話の世界にスポットを当てたものだったから余計に気になった。取り上げられた話題は、昨年10月に火事で消失した「座敷わらし」が現れると噂になっていた、岩手県二戸市金田一温泉郷の旅館「緑風荘」と、発刊100年の柳田国男著「遠野物語」に関することである。偶然にしては、あまりにもタイミングが良すぎる。少しはライターの間で話し合いがあったのだろうかと想像する。

 恥ずかしながら「遠野物語」は読んだことはないが、柳田国男が地方に口承で伝えられていた民話や物語を文章にして書き残し、後世に伝承したという点において高い評価を得ていることは言うまでもない。

 京都や江戸から遠い地方にも豊かな文化がいくつも息づいていた。伝承は各地にあるものを誰かが書き残さねば、いずれは口と耳の間にこぼれ、消えていく。その意味で柳田が書き残した功績は傑出したものであり、他に比類がない。あの三島由紀夫をして「遠野物語」を、「文学として読んできた」「これ以上はないほど簡潔に、真実の刃物が無造作に抜き身で置かれている」と絶賛せしめた。

 さて、新年になって多少株価が上がっているが、今後どうなるかはまったく見通しが立たない。そんな折りも折り、今週初め藤井裕久・財務大臣が辞任した。難産の末漸く来年度予算案を策定したばかりだったが、体調不良を理由に首相に辞意を申し出て受理された。財務相辞任の真相は、いろいろな憶測が流れているが、77歳という高齢を考えれば、一番の理由はやはり健康問題だと思う。

 昨年引退を決意していた藤井氏を、敢えて首相は比例代表区に立候補させ、当選となるや組閣において官僚のトップ省庁である財務省を任すことになった。そして直ぐに予算編成である。財源不足の中でマニフェストとの整合性が注目され、例年以上のプレッシャーがあったものと思う。

 そして後任の菅直人・副総理が早々と勇み足をやってしまった。円安を誘導するような発言をしてしまったのである。歴代の財務大臣が決して触れることのなかった聖域である。しかもかなり具体的に1$=90円台半ばが好ましいとまでしゃべった。途端に外為相場は円安へ振れ、担当大臣の恣意的な発言によって外為相場が簡単に動くということがはっきり証明された。

 それにしても、鳩山首相は政治資金問題でふらふらし、小沢一郎・民主党幹事長の土地購入代金の不透明さにも黒い霧が立ち込めている。菅大臣もその発言は軽率だった。すぐ陳謝したが、副総理がこんな軽い気持ちで大臣職を務めているとは、前途に普天間基地問題等の難問を抱えているだけに鳩山内閣もそう長くは持たないのではないかと心配である。

2010年1月9日 | カテゴリー : 未分類 | 投稿者 : mr-kondoh.com

970.2010年1月8日(金) 日本航空の再建は可能か?

 日本航空の再建問題がいよいよ節目を迎えている。予想以上に債務が嵩んでいて完全に債務超過の状態である。昨年来再建問題が政府、主力取引銀行、企業再生支援機構、日航の間で協議されたが、これという決定的な再建案が決められずに、今日までずるずる来てしまったというのが現実である。投入されると予想される公的資金は、とりあえず8,000億円と言われている。

 今日政府は法的整理の活用を前提に、企業再生支援機構が支援する方式を採用することにほぼ腹を固めたようだ。段取りとしては、日航が東京地裁に会社更生法の適用を申請し、その後に再生機構が支援を決定するスキームである。つまり体のいい「隠れ倒産」である。主力取引銀行と日航自体が、会社更生法適用はイメージダウンにつながり、旅客離れを招くと強く抵抗してきたにも拘わらず、このスキームを渋々受け入れたのは、ぬかるみのように日に日に増え続ける債務金額と、企業年金減額に対する日航OBの強い抵抗に遭って進むに進めず、まともに政府保証を取り付けることが難しくなったことと、法的整理を全面に打ち出されて、最早手の打ちようがなくなったからではないだろうか。

 12日にOBの企業年金減額の諾否の回答期限が来る。この回答次第では一気に事態は動く。日航とは現役時代にともに随分仕事をやった。当時も日航の親方日の丸的な仕事ぶりには、全面的に納得しているわけではなかったが、お世話になったことは事実であり、今日の事態を考えるとかつてのパートナーとしては残念であり、あの威勢の良かった当時を思うと昔日の感を禁じ得ない。

 とりわけ印象深いのは、長年協力しあった旧厚生省・援護局の大東亜戦争戦没者遺骨収集事業である。特に、中部太平洋地区では必ず日本航空を利用し、毎年便宜を図ってもらった。その当時はサイパンから日本への直行便がなく、収骨したご遺骨をミクロネシア航空機でサイパンから護持してきたが、経由地のグアムで日航機の接続便がないために、いつもまる1日間グアム空港内の日航特別施設に預かってもらったことなどがその最たるものだ。

 ほかにも日本航空との思い出は尽きない。セールススタッフとの業務上、業務外のお付き合いも忘れられないものが多い。

 政府は航空機を飛ばしながら、会社の再建を図ることを目指している。そのためには、日航にまだ大きな試練が待っている。社員1万人の削減である。どこまでも厳しいが、税金で支援してもらっているのだから、日航自体にもうひと頑張りしてもらいたいと思う。

2010年1月8日 | カテゴリー : 未分類 | 投稿者 : mr-kondoh.com

969.2010 年1月7日(木) 確定申告準備始める。

 今年も確定申告の時期が近づいてきた。申告期限は3月だが、きちんと準備をしないと間に合わなくなってしまうので、些か気になっている。昨日から漸く個人事業主としての申告書類作成の作業に取り掛かった。

 最近もの忘れがやや進んできたことと、しまった物をどこへ整理したのか、すっかり忘れていることに愕然とすることがある。ある程度は年齢を考えれば許容範囲かも知れないが、それにしてもつい先ほどまで覚えていたことを思い出せない。何とも情けなくてうんざりである。

 今年の申告に当っては、昨年青色申告書の記入を済ませ、初めて税務署へ提出してほっとした時に、次は絶対PCで申告しようと殊勝に考えたが、ついそのままにして今また申告の時期が近づいてきてしまった。今更PC申請しようにも準備が間に合わない。今年も昨年同様に手書きによる申告書類の書き込みとならざるを得ない。

 ところが金銭出納簿と総勘定元帳にゴム印を押印していた、そのゴム印を箱ごとどこへしまってしまったのか分からない。家捜しをしたが、遂に発見出来ずに困っている。こんなことなら、やはりPCによる申請の準備をすべきだったと思ってももう後の祭りである。

 一昨日近所の文房具店でいくつか使用頻度の高いゴム印を探しに行ったら、「あなたの探しているゴム印があるかどうか分からないが、ゴム印はもう処分しようと思っていたので、よかったら持って行っていいよ」と言われ、20個ほどタダで頂いてきた。もう古いゴム印なんて商売にならないようだ。今どき個人が手書きで青色申告をやっている人も、ほとんど居ないらしい。仕事量が多ければ税理士に頼んでいるようだし、そうでなければみんなPC、つまりe-Tax申請のようだ。

 とにかくこの期に及んでは今年も手書きで申請書類を書き上げるより方法がない。案外細かい書き込みが多いので、コツコツやっていけばよいのだが、情けないことに1年前必死になって憶えた書類の書き込み方法をかなり忘れてしまっている。昨年同様今年もこれから苦戦しそうである。

 さて、このところ血圧が上昇気味で森内科で、2週間前に従来の降圧剤プロブレス錠8に加えて、別の降圧剤ノルバスク錠2.5mgを服用した。しかし、あまり効果が表れないので、今日の診断の結果この錠剤に替えてやや強いアムロジンCD錠5mgを服用することになった。とりあえず冬の間だけでもこれによって様子を見ようということになった。

 その後松本整形医院でも先生から、仕事量をもう少しペースダウンしなさいと昨年と同じことを言われてしまった。できるかなぁ。

 高校ラグビー決勝戦が花園ラグビー場で行われ、東福岡高が桐蔭学園を31-5で破り2年ぶりの優勝を飾った。桐蔭は4年前と同じ準優勝だ。神奈川勢としては残念なことだ。内容的には、高校日本代表7人を含めた東福岡が終始優位に試合を進め、桐蔭を圧倒した。それにしても選手の体格は年々向上してがっしりとして、それていてスピードがあるのには感心した。今年の各チームの特徴としては、かなり1、2年生が活躍したことである。

 ゲームを観ていてやはりサッカーとは面白さが全然違う。本質的にラグビーの面白さはサッカーのそれを遥かに上回ると確認出来たし、ラグビーファンとしては大いに力づけられた。

2010年1月7日 | カテゴリー : 未分類 | 投稿者 : mr-kondoh.com

968.2010年1月6日(水) 茂木健一郎氏はテレビ出演を止めよ!

 雑誌「選択」1月号に「指導者不在のメディア帝国・NHK」という記事が載っている。内容は「ジャーナリズムとは無縁の風土」とか、「『暴走』する素人経営委員たち」とNHKに対する批判に満ちて、NHKにとっては散々であるが、仮に話半分にしても現状のNHKを痛烈にこき下ろしたものだ。指摘されていることの中で、実際少し前から些か首を傾げるパフォーマンスがあったことは事実である。

 ひとつは、「坂の上の雲」のあまりにも過度のCM放映を見せつけられ、視聴料をいただきながら、これほどまでに毎日予告編を流す必要があるのかとその神経をおかしいと感じていた。ところが、これはNHK内で今も隠然とした力を持つ海老沢元会長の熱望で作った番組だから、余計事前告知に力を注ぎ、何としても成功させたいのだそうである。これではそもそも番組作りの視点がおかしいのではないか。NHKの職員は上ばかり見ているひらめ職員ばかりと皮肉られているが、その極致となったシーンが海老沢氏の希望により、日露戦争の撮影ではCGは使わず、何万着分もの軍服を実際に作り、巨額の無駄をしていることだという。

 2つ目は、福地現会長お気に入りの「プロフェッショナル・仕事の流儀」のキャスターだった脳科学者・茂木健一郎氏が、所得税申告漏れが発覚したにも関わらず、ひらめ職員の間では茂木氏が引き続きキャスターを務めることに一向に疑問の声が上がらなかったことである。昨年この脱税が明るみに出た時、私は本稿で脱税確信犯である茂木氏が、番組から降板しないのはおかしいと疑問を呈した。「選択」によれば、茂木氏の続投については流石に視聴者から怒りの声が寄せられ、降板が決定したとある。

 ところがである。昨晩の同番組に、厚顔無恥の茂木健一郎氏は恥も外聞もなく出演し、ご高説をのたまわったのである。降板の真実はどうなっているのか。NHKの恥知らずは言うに及ばず、「選択」の千里眼だって曇ってやしまいか。

 これだから、テレビのみならず雑誌を含めて出版物が信用されず、発行部数は減少の一途を辿っているのではあるまいか。ひとりCMに頼らずにいられるNHKだけが、相変わらず愚行により延々と生き延びている。

 それにしても、茂木氏なるものが、偶々売れっ子になったからと言って、脱税まで冒していながら性懲りもなく、持論をテレビでぶつような厚かましさは、学者の風上にも置けない。少しは恥を知れと言いたい。こういう欠陥人間をちやほやするから、おかしな奴が広く蔓延るようになったのではないか。

2010年1月6日 | カテゴリー : 未分類 | 投稿者 : mr-kondoh.com