充実したホームページに仕上げていこうと、毎日目を凝らしながら取り組んでおります。淡々と書き続けてきただけで、10年2月に初めて4桁の大台1000回を、そして奇しくも74歳の誕生日に当たる2012年「文化の日」に連続2000回を、15年7月31日に3000回、18年4月26日に4000回、21年1月19日に5000回を数えました。ここでは、出来るだけポジティブな意見や、気軽な独言、時には戯言や想い出を書き込んで、自分自身の気持ちを素直に表わしながら楽しく読んでいただけるよう心がけたいと思っております。意見の主張というより、感じたままを日記風に書き綴って参ります。身勝手な意見や、独断的な表現も見られると存じますが、どうぞご理解下さいますようお願い致します。皆さまの忌憚のないご意見をお寄せいただければ有難く存じます。
ブログ・ご意見番の意見
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982.2010年1月20日(水) 日本航空、果たして再生なるか。
会社破綻の危機に瀕していた日本航空は、法的整理により昨日東京地裁に会社更生法適用の申請を行った。再来年度には黒字を計上するという再建計画の下に低空飛行で離陸した。果たして思惑通り再生が可能だろうかと考えると、絶対可能とは言い切れない点がある。これまでの国土交通省による採算を度外視した政治的要求と政治家の介入が、日航経営の足を引っ張った大きな原因と指摘されている。役所ももう2度とこういう馬鹿なことはしないだろう。そうなると再生のためには、日航自体が自ら抱える悪しき病的体質を健康体質に変えていかなければならない。
そのために日航がなすべきことは3点あると考えている。
その第1は、現在8つもある労働組合を1本化することである。組合同士で相手を非難しあう不毛のバトルを繰り返しているようでは再生なんか覚束ない。この点に再生委員会が条件をつけて踏み込まなかったのは不可解である。
第2に、現在所有している効率の悪い35機のジャンボ機を、中小機種に交代させるという。こんな経営上の問題点なんか当然分かりきっていたはずである。それに手をつけずに、これまで放置してきた経営陣の感度の鈍さは常識では図りきれない。ダメなものはダメと決断出来る経営判断が、果たして今後の経営陣に出来るだろうか。これもひとつの試金石だと思っている。
第3には、甘い体質だった「親方日の丸」意識を全社員の頭から完全に払拭出来るかどうかである。また、人員削減を実行するというが、残る社員に経営悪化の原因を作った「親方日の丸」的な甘い体質が相変わらず残っているなら、以前とほとんど変わらないのではないかと懸念される。
かつて世界中を飛び回っていたパンナムが1991年に倒産した。確か倒産したその年に、ステンレス業界団体の添乗員としてアメリカからブラジルへ周った時、アトランタでリオ行のフライトの再確認ができず、NYのパンナム本社、日本のパンナムへ度々電話したことがあった。しかし、それでも思うように予約をコンファーム出来ず、アトランタ空港へ早めにチェックインしたことを思い出す。その時アトランタ空港で驚いたのは、あったはずのパンナム専用のチェックイン・カウンターがなくなっていて、空港内を走りまわったことである。航空会社の倒産というのは、他には想像できないくらい大きな影響が出てくる。今日もテレビで専門家が、給油契約、機材の保守、着陸料現金払い、帰路の旅客の処遇等のさまざまな問題を孕んでいると解説していた。
再生を目指す日航にとっては、これからが正念場である。散々利用させてもらった立場から、ぜひ立ち直って欲しいと祈るような気持ちである。
981.2010年1月19日(火) 日米安保条約調印50周年
半世紀前の1960年の今日、ホワイトハウスで岸信介首相とアイゼンハウワー大統領が現在の日米安保条約に署名調印した。そして6月15日新安保条約は国会で承認され発効された。私はこの時大学2年生で慶応日吉キャンパスに乱立するタテカンとチラシに取り囲まれ、スピーカーから流れるアジに当初は日1日と安保反対の機運が高まっていくのを不安気に感じていた程度だった。その内に福島出身の同級生・渡辺勉くんが高校ラグビー部の1年先輩だった清水丈夫さんのメッセージを伝えてくれた。東大生で当時全学連書記長として全国の学生運動の頂点にいた清水さんから慶応日吉キャンパスにオルグを作れという指令のようなことを伝えてくれたのだった。
これがわが人生のひとつの節目となったかも知れない。2年間の浪人生活からやっと解放されて、のんびりと遊びたい時だった。かといってノンポリでは学生の権利と責任を主張し行使することにはならないとも考え、とりあえず安保反対闘争とは付かず離れず関心を持ち続けるというスタンスをとることにした。
その後の自分自身の半生を振り返ってみると、特別な組織に参加することはなかったが、やはり60年安保闘争は自分の生き方に大きな影響を与えた。ベトナム反戦運動に手を染めたり、沖縄返還闘争に加わったのも、原点はこの安保反対闘争参加に遡ると言えると思う。
あれから半世紀が経ったと思うとそぞろ感慨が湧いてくる。その間戦時下のベトナムや第3次中東戦争直後のアラブ諸国へひとりで出かけたのも、つまるところ安保闘争の残り火である。そして、それが結果的に終生旅行業に関わることになった。その意味では、60年安保闘争は間接的にわが人生を大きく左右するターニング・ポイントになったと言ってもいい。
1960年6月には、国会における立法を巡り激しい論戦が展開され、国会周辺はデモ隊と警察との対立で危険な状態となった。15日には東大生・樺美智子さんが亡くなった。全国民が関心を抱き、熱くなった。私自身幾たびとなくデモにも参加した。
大学内では連日デモが繰り出され、教室内でも安保条約は是か非かの熱いディベートが繰り返された。ライシャワー駐日大使、藤山愛一郎外務大臣、浅沼稲次郎社会党委員長、伊井弥四郎・共産党幹部らも次々とキャンパスを訪れ、安保改定に関して学生に自分たちの立場から、それぞれの考えを主張された。
今にして思えば、あのような歴史に名を残した著名人の印象的なスピーチを目の前で直接耳にすることが出来たこと、そして国民的一大運動に身体を張って参加することが出来たことは、学生生活における素晴らしい宝になったと考えている。
それにしても、今日まで日本の安全保障が維持されたのは、あの時安保条約が改定されて安全が担保されたからだと一方的に言われているが、それ以上に東西の対立崩壊が大きく影響していると見ている。当時われわれ学生が訴えた沖縄の米軍基地恒久化の懸念は、恐れていた通り今や現実となって沖縄県民を苦しめている。今日問題となっている普天間基地移設問題も別の意味で、今日50周年の節目を迎えた日米安保条約が日米間に横たわる大きな障害となっていることを忘れてはならない。
これから新しい時代に入る日米安保条約が、今後も両国間に摩擦と障害を生まないことを、かつて60年安保反対闘争に参加したひとりとして心より願っている。
980.2010年1月18日(月) 作家・山崎豊子の恥知らずな振る舞い
昔お世話になった方の奥様から、数年前ご主人とご家族の経歴を記録として遺したいので自伝風に書いて欲しいと頼まれた。とてもその任に非ずと再三丁重に文書でお断りしたのだが、どうしても引き受けて欲しいと昨年暮れになって、大切な写真や家系図、謄本等の書類まで送ってこられたので、ご家族の希望するように書く自信はないが、そこまで仰られるなら自分なりにやってみましょうと、結局執筆することをお引き受けした。
おっとり刀でお引き受けはしたが、例え長文でないにしても自費出版書ほどのボリュームはないので、手作業により製本屋へ持ち込む原稿を書き上げる必要がある。ところが、肝心の文章を納得いただけるまでに仕上げてから、組版、写真挿入、そしてその写真の説明まである程度形を作り上げるためには、私の現在のパソコン知識だけでは些か不充分で、思い切って先週久しぶりにパソコン技能について講義を受けた。今日もその後の調整のために受講したが、まだ形としては思うような原稿化とは行かず、これから文章を仕上げるに当って少々手間がかかりそうだ。
しかし、そこそこの印刷物を期待されてしまったので、納得いただける体裁の書き物にしなければならない。少々忙しい時期ではあるが、気持ちを込めて仕上げたいと思う。
さて、今朝の朝日新聞「文化」欄に直木賞受賞作家・山崎豊子の取材レポートが載っていた。現在85歳である。世に問題作を次々に問い、書く小説が悉く売れ、その作品がテレビ・映画化され、人気作家のひとりとして怖いもの知らずで、ご自分の思うところをズケズケ話している。
昨年映画化された「沈まぬ太陽」は、今話題の日本航空が舞台であり、しかも偶々主人公が高校の先輩だったので、在職中一気に読んだ。中々迫力があって惹きこまれるようなストーリーである。確かによく業界事情を調査して精通していると感心するほどである。
「白い巨塔」「華麗なる一族」「不毛地帯」「二つの祖国」等々の作品を書くに際して、当事者を取材し、ここまで調べるかと思うくらい専門家顔負けの精査をしてペンを揮った。愚息からも「白い巨塔」は面白いから、ぜひ読んだらいいと勧められた。だが、私はこの山崎豊子の作品はもう一切読まないことに決めている。その理由は、作家として一番軽蔑される「盗作」作品が多いからである。そのうえ反省の色もなく、倫理観の欠片も感じられない作家だからである。盗作された筆者の気持ちが分からないのか、この人は1度ならず、2度までも同じ罪を犯したのである。その2度までも表向きは反省したふりをしているが、物書きとして悪いことをしたとか、筆者や読者に迷惑をかけたとの反省がまったく感じられない。こうなると確信犯である。2度目にはそれまで好意を持って見ていた先輩推理作家の松本清張からこっぴどく叱り飛ばされ、流石に恥ずかしいと感じたのか表舞台から姿を隠した。
しかし、その社会派作家・松本清張が亡くなるや、もう怖いものなしと開き直った心境になったのか、堂々執筆活動を再開し出したのである。そして、筋肉が痛む難病で車椅子の生活に甘んじるようになった昨今は、作品のテレビ、映画化を積極的に進めて、再び世間の脚光を浴びるようになった。
自らに非がありながら山崎はよほど松本清張を恨んでいたのか、今日のレポートには「昔から女・清張と言われていましたが、それには不服でした。清張さんはかわいがってくださいましたが、私には、清張さんは国家観が希薄だったように思えます」とまで言っている。よくもまあ恥ずかしげもなくそんな失礼なことを言えると思う。山崎豊子という人間はいっぱしの作家ではあるが、社会常識と思いやり、そして人間性に欠ける「人間の屑」である。とてもこんな半端人間の言うことや書いた物を信用出来ない。こういう厚顔無恥にして、傲岸不遜な作家はそうざらにいるものではない。
数年前やはり盗作を非難され、自らの非を悟り、連載中の朝日の新聞小説を中途で止め、反省を込めて筆を折ると自ら表舞台から去っていった池宮彰一郎氏の潔さに比べて、何たる恥知らずか。池宮氏は71歳にして文壇にデビューした遅れて来た作家だった。しかし、それだけに期待もされ、読者の心を打つ作品を書いた。その池宮氏が筆を絶った。作家たるもの、それが分別というものであろう。しかるに山崎豊子のパフォーマンスは何だ? マス・メディアがこんなモラルの欠けた、恥知らずの作家をちやほやするから、文学界全体が地盤沈下するのではないだろうか。
979.2010年1月17日(日) ハイチ大地震救援に日本と中国の対応差
早いもので阪神・淡路大震災から今日で15年になる。あの朝テレビを観た時の驚きは、今もはっきり覚えている。最近しきりに市民生活における防災対策が話題として取り上げられる。その点で以前に比べれば、国民の防災意識はかなり高まってきたと思う。
火災に関する注意や警戒の呼びかけも向上して、来年は家庭でも部屋ごとに火災報知機を取り付けることが法制化されるので、わが家でも昨日業者に火災報知器設置を依頼したところである。自宅では階段部分を入れると6箇所に設置することが義務付けられる。まあ安全対策に関する法律だからある程度の出費は止むを得ないのではないかと考えている。
さて、13日に発生したハイチの大地震は、国家が崩壊するほどのダメージを与えたようだ。人口850万人の国民のうち、一説に依れば死者が20万人とも言われている。大統領官邸を始め多くの建物が崩壊して、首都機能が失われたために、指揮系統が隅々まで徹底せず、個人がばらばらに救援や、後片付けを行っているらしく、復旧作業はほとんど進んでいない。支援物資が届いても人びとが闇雲に群がり、食料を奪い合う状態で、折角食料を運んできたトラックが被災民に襲われそのまま逃げ出すような有様で、今まであまり見られなかった光景である。
各国の救援隊が現場にやってきても、どう手をつけたら良いのか呆然と立ちすくんでいる情景がカメラに映し出されている。この混乱状態の中で、思いがけず中国政府が地震発生後13時間内に救援隊派遣を表明した。翌日には約70人の救援隊が救助犬3頭とともに現地へ到着した。救援物資もまもなく到着する。こう言っては悪いが、前例のない中国の素早い対応には戸惑うくらいだ。だが、その真意はこの災害をきっかけにハイチを取り込む意図があると憶測されている。その理由として考えられているのが、これまで中米諸国は北京の中国政府ではなく台湾と外交関係を結ぶ国が多く、ハイチもその例外ではない。この機会に中国政府がハイチとの蜜月を期待したと考えても不思議ではない。
もうひとつの理由として、カリブ海に浮かぶハイチはアメリカの裏庭であり、今後アメリカとの深いつきあいを考えるとそれなりに外交の橋頭堡を築いておくことが肝要だと判断したものと考えられる。
一方、このような自然災害にノウハウを持つ日本が、直ぐ救援隊を派遣するかと思いきや、初動の対応が遅れて後手後手に回り、派遣を決めたのは発生から1日以上経過してからである。現場が混乱し過ぎているのでもう少し状況を把握してからだと考えたにしても、諸外国が抱く災害救援に積極的な国という好印象が低下する恐れがある。金融危機で混乱し、一時国家の破綻も噂されたアイスランドでさえ、「われわれは日本と同じ地震国で経験がある。財政が厳しくても、助けを求める声に応えるのは当たり前だ」と言い、直ちに他国に先駆けて捜索救助隊を派遣して一番乗りで住民を救助している。
民主党政権は「コンクリートから人へ」と総選挙で声高に叫んでいた割には、敏捷な実行力が伴わない。もっとも政府・民主党のここ数日の内情をみていると、初めての通常国会開会を控えたこの時期に、小沢金権問題を抱え込み、カリブ海の小さな国の救援など構っていられないというのが本音ではないのか。
978.2010年1月16日(土) 逮捕者3人、小沢幹事長はどう説明するのか。
昨夜遅くなってから小沢一郎・民主党幹事長のかつての秘書だった石川知裕・衆議院議員と同議員の秘書が、政治資金規正法違反の虚偽記載容疑により逮捕された。さらに今日になって小沢幹事長の資金管理団体「陸山会」の会計責任者だった大久保隆規秘書も同じ容疑で逮捕された。
昨年暮れ以来東京地検は小沢氏へ任意で出頭を求めていたが、小沢氏側に一向に要請に応じる様子がなく、しびれを切らした検察が一斉に小沢氏側の外堀を埋める行動に出てきたものだ。
それにしても民主党総裁である鳩山首相はもちろん、民主党内から小沢氏を説得したり、その行動を非難する動きがまったく出てこないのは不可解である。むしろ応援団になってけしかけているように見受けられる。小沢氏の土地購入代金の出所が、不透明で怪しいことは、これまで小沢氏本人が一切説明しないからだ。西松建設や鹿島から何がしかのキックバックをいただいたことについては、両社の関係者の証言がある。購入代金と銀行借り入れの時期の不整合、これら建設会社の証言との食い違いなどを考えても不自然である。然るに民主党内に誰ひとりとして猫の首に鈴をつける、良識ある議員が現れない。こんな状態が長く続けば、民主党のイメージダウンは免れないことが分かっているにも拘わらず、小沢氏を諌める者がいないのである。何のことはない。子どものように、実力者・小沢一郎をただ怖がって怯えているのである。小沢氏にしても火の粉を早く振り払った方がよいと思えるのに、忙しいの一言で地検の追及から逃げ回っている印象を受ける。
今一番問題になっているのは、世田谷区深沢の土地約440㎡の購入代金、約4億円の入手経路である。わが家近くの呑川遊歩道沿いに歩いて行けば、辿り着ける割合近くの土地である。この購入資金4億円をどうやって入手したのか、小沢氏は未だに説明しようともしない。結果的に関係者3人が逮捕される事態になっている。
折りも折り今日民主党政権発足後初めての民主党定期大会が開かれた。幹事長としてどんな発言をするのか注目が集まったが、「法令に反していない」「幹事長職をやりぬきたい」「日本の民主主義を守るためにも屈してはならない」「断固として戦うことを決意した」と発言して、反省の色なぞ微塵も感じられない。強気に検察と徹底的に対決するという。それを鳩山首相以下民主党幹部に加えて、鈴木宗男議員までが後押しするという、まるで野次馬連合結成である。中には官僚の最高組織・検察と対決し、戦争も辞さないとまでわめく馬鹿な女性議員がいる。果たして国会議員が胡散臭い土地購入代金問題などで、国政を放ったらかしにして済むと思っているのか。小沢氏はまずきちんと国民が納得のいく説明をするのが疑惑を持たれた政治家の責任ではないのか。
まったく納得がいかない。民主党幹部は政治を弄び自分たちのオモチャと考えているのではないだろうか。