ブログ・ご意見番の意見

 充実したホームページに仕上げていこうと、毎日目を凝らしながら取り組んでおります。淡々と書き続けてきただけで、10年2月に初めて4桁の大台1000回を、そして奇しくも74歳の誕生日に当たる2012年「文化の日」に連続2000回を、15年7月31日に3000回、18年4月26日に4000回、21年1月19日に5000回を数えました。ここでは、出来るだけポジティブな意見や、気軽な独言、時には戯言や想い出を書き込んで、自分自身の気持ちを素直に表わしながら楽しく読んでいただけるよう心がけたいと思っております。意見の主張というより、感じたままを日記風に書き綴って参ります。身勝手な意見や、独断的な表現も見られると存じますが、どうぞご理解下さいますようお願い致します。皆さまの忌憚のないご意見をお寄せいただければ有難く存じます。

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1017.2010年2月24日(水) トヨタ・リコール公聴会開催される。

 銀座4丁目の一等地、鳩居堂画廊で日中水墨研究会作品展が開かれている。酒のペンクラブの勝野定典(雅号白山)さんからご案内状をいただいたので、根を詰めて納税申告書類を作成していた束の間にちょっと覗いてみた。勝野さんの「山寺景勝」がとても良い。話に聞くと山寺の長い石段を登っていた時は、霧がかかっていたが、上に到達したらガスが消え失せたそうで、その感じを描いたと言っておられた。その研究会の代表者で中国人の史志輝氏の作品がすごい。案内状に氏の絵が印刷されているが、その写真だけを見ていてもその凄さは分からないが、原画を見るとまさに驚きである。顔を近づけて食い入るように細かいところまで観察すると、虎の毛皮がまるで本物に見えるし、虎の目が光っていて生きているようだ。ここまで写実を極めると写真も顔負けである。恐れ入った。作品展は水墨画ということだったが、かなりカラーを使っている作品もある。何でも墨彩画というらしい。

 こういう高尚な趣味を持っている人を羨ましく思う。

 さて、トヨタのリコールを巡るアメリカ議会の公聴会が開かれた。今日はアメリカ・トヨタ販売ジム・レンツ社長が呼ばれた。

 予めマス・メディア報道でラフな情報は承知しているが、これまでのアメリカのトヨタ批判のやり方も少しやり過ぎだと感じていた。確かに当初のトヨタの対応は遅く、稚拙だった。そこにアメリカ国民によって厳しく追求されるそもそもの原因があった。しかし、それにしてもトヨタは反省の言葉を述べ、謝罪し、販売下落というお灸もすえられている。しかも、リコールに応じて車の改良も約束している。それでもアメリカのやり方は容赦しない。少々えげつない。どこまでトヨタをやっつければ気が済むのだろうか。アメリカ人の行動には、少々子どもの苛めめいたところがある。

 公聴会をテレビで観た限りで言えば、これはもう中世ヨーロッパの魔女狩りと変わらないのではないかと思う。公聴会の雰囲気もとても民主的と呼べるようなものではない。こういうスタイルが引き継がれてきたこと自体、むしろアメリカ社会の特異性と異常性を現していると思う。レンツ社長は中央の高い席から多くの質問者に取り囲まれ、矢継ぎ早に鋭い質問を浴びせられる。徹底して「悪者」を追い詰める構図である。トヨタ車に乗っていて事故を起こした被害者が参考人証言を行ったが、トヨタの酷さを涙ながらに訴える。お涙頂戴の芝居がかったパフォーマンスで全米の視聴者の同情を買おうとしているようにも見える。そこには、アメリカが声高に叫ぶ「公平」「公正」など微塵も感じられない。

 アメリカ社会とアメリカ人は、自他ともに表面的には民主主義を具現しているように見える。しかし、それは自分たちにマイナス効果が及ばない場合に限られる。これまでアメリカ社会の象徴だった自動車会社、GMやフォードが、トヨタを始めとする日本車の後塵を拝するようになると、一点たりとも日本車のミスを許さない。もはや日本という国を許せないかの如きムードが忽ちの内に燃え上がる。実はこれこそがアメリカ社会、アメリカ人のクレージーな本音なのではないだろうか。公聴会は延々8時間にも及んだ。

 明日はトヨタ本社の豊田章男社長が出席する。豊田社長へどんな辛らつな質問が浴びせられだろうか観察してみようと思う。いかに正義の味方を装っていても、所詮アメリカ人も自分本位であることが分かるのではないか。

2010年2月24日 | カテゴリー : 未分類 | 投稿者 : mr-kondoh.com

1016.2010年2月23日(火) あさま山荘事件を取り扱った2つの映画作品

 一昨日ベルリン国際映画祭で寺島しのぶが女優主演賞を贈られた。若松孝二監督作品「キャタピラー」で日中戦争中に手足を失った軍人の妻を熱演した演技が、外国人記者から高く評価された模様だ。若松監督作品としては、昨年3月に映画祭を開催中の所沢まで出向いて「実録・連合赤軍 あさま山荘への道程」を観たが、その時監督と60年安保の話をしたことを思い出す。あさま山荘事件も今から38年前のちょうど今頃、雪の中で起きた凶悪事件だった。

 あさま山荘事件を取り扱った映画作品としては、他に2002年に原田真人監督が制作した「突入せよ!あさま山荘事件」があり、シンポジウムに出席した若松監督は、原田作品は権力サイドから制作されたもので、赤軍派の行動が何も描かれていないと語っていた。この事件の主役は赤軍派であり、彼らについて一切描かれていないのは不自然だし、真実ではない。自分は反権力の立場から描きたいと思っていたと話していた。

 赤軍派内の抗争、リンチ、殺人、挙句の果てに山荘侵入人質事件となって暴発した。原田作品の5年後にその凄惨な過程を赤軍派側から描いたのが昨年観た若松作品だった。機会があれば、原田作品も観て2つの作品を比べてみたいと考えていた矢先に、タイミングよく昨晩原田作品がテレビ放映された。

 先日全共闘運動を取り上げたミュージカルを観たばかりで、何かもやもやと60年安保や全共闘時代の学生運動のイメージが駆け巡っている。

 原田作品は確かに若松監督が指摘していたように、権力側からのアングルで撮ったものである。まったく赤軍派内部の様子は映していない。確かにこれでは、社会派の若松監督ならずとも、消化不良を起こしそうだ。警察庁、長野県警、現場の警察車両内など、ほとんど警察サイドの物語に終始している。その点から言えば、作品としての質、描き方、アプローチの仕方等、どれをとっても若松作品の「あさま山荘」に軍配を上げる。

 実は、この原田作品がテレビ放映されたのは、数日前に亡くなった俳優・藤田まことさんの追悼番組としてである。藤田まことは、実在の人物、後藤田正晴・警察庁長官役で出演している。

 回りくどくなってしまったが、寺島しのぶの「銀熊賞」受賞は、日本人として田中絹代以来35年ぶり3人目(最初は「日本こんちゅう記」の左幸子)だそうである。父親の尾上菊五郎、母親の富司純子も大喜びであるが、彼女の才能を見事に引き出した若松孝二監督はやはり非凡な人である。

2010年2月23日 | カテゴリー : 未分類 | 投稿者 : mr-kondoh.com

1015.2010年2月22日(月) 就活学生に人気のある観光業

 昨日長崎県知事選挙が行われ、3期で勇退した金子原二郎・前知事に代わって立候補した自民党系の元副知事が民主党が推した元官僚ら6人の対立候補を破って初当選した。

 金子前知事の1期目の頃に、毎年恒例の大きな請負団体の旅行シリーズで壱岐・対馬を企画し、金子前知事からパンフレット上に歓迎の言葉をいただいたことがあるが、種明かしをすれば、実はあの文章は私が代筆したもので、それを長崎県観光課から承認していただいたことを懐かしく思い出す。

 折りしも鳩山首相と小沢幹事長の「政治と金」問題のせいで、民主党及び鳩山政権に対する支持率は下降気味で、小沢氏の求心力も低下している。民主党にとってはその最中の知事選敗北である。昨年の衆議院選挙では長崎県全小選挙区で民主が完勝した。夏の参議院選挙の前哨戦といわれた矢先の選挙に負けたことは、民主党内に衝撃を与えている。

 首相も幹事長も国民を甘く見ている節がある。検察から起訴されなかったことを以って疑いは晴れたような口ぶりでは、とても反省しているようには思えないし、本当の意味で国民への説明責任を果たしているとは言えない。民主党内にも肝を冷やすような地震があった方がよい。政治資金の不透明さについて説明責任を果たし、真摯に反省しなければ、夏の参議院選挙だってどうなるか分からない。

 さて、日経朝刊の就職特集広告を見てみると大学生に人気のある企業が100社ばかり挙がっている。ここにも最近の学生の好みが表れているが、個性発揮の時代と言いながら、相変わらず安定志向、つまり寄らば大樹の陰と享楽傾向が窺える。

 ベスト10は銀行、保険、商社、観光業の大手企業で占められている。食品会社やマス・メディア、製造業がないのはどういう理由からだろうか。志望理由の中で目立つのは、国際性と規模の大きさである。その国際性と規模を満たし、そのうえ面白そうだというのが、ご存知「JTB」志望者の声である。これを見ていると心配な面もある。観光業は確かに面白い。だが、学生たちに果たして観光業の実態と裏がどのくらい分かっているだろうかという心配である。むしろ、厳しく、辛い仕事の方が多いのだということを知っておいて欲しい。

 旅行業を目指す人に案外多いのは、仕事は自分が楽しむのではなく、お客を楽しませることだということをよく分かっていないことである。

 ともあれ旅行業も昔に比べれば日の目を見るようになってきた。旅行業を見る世間の目も割合好意的になってきた。その中で仕事をするのは、張り合いもあるし、仕事もし易い。その点でわれわれの時代よりずっと恵まれている。

 今日観光立国が叫ばれるようになった。難しい問題もあるが、やはり観光は楽しい。国の政策に沿って仕事が出来ることも幸せなことであり、今のエージェントマンが何とも羨ましい。そんなことをふっと思った。

2010年2月22日 | カテゴリー : 未分類 | 投稿者 : mr-kondoh.com

1014.2010年2月21日(日) 今朝の産経新聞に注目!

 今朝の産経新聞に「知の現場」の書評が掲載されていると連絡をもらったので、近くのコンビニで産経朝刊を買い求めた。18日の河北新報と同じようにカラー写真の表紙と好意的な書評が載っている。これだけ宣伝してもらえれば、これからも販売は伸びるのではないかと期待出来る。その書評をスキャンしてメル友に送信したところ、早速小中陽太郎さんからメールをいただき喜んでいただいた。

 さて、久しぶりに手にした産経朝刊フロント・ページに右寄りの産経らしからぬ大きな記事が二つも載っている。

 ひとつは、4月から実施予定の民主党マニフェストの目玉「子育て・教育」の中に盛り込んだ、高校生授業料無償化に関して、朝鮮学校生徒を対象から除外するよう中井洽・拉致問題担当相が川端達夫文科相に要請した問題である。日本人拉致問題で進展が見られず、北朝鮮に対して強い姿勢を示すために申し出たものである。現段階では高校と同等とみなされる各種学校の生徒には、私立高校生と同様に支給すると先月の閣議で決定されている。朝鮮学校は各種学校の認可を受けているので、当然支給対象となる。文科省内でも「北朝鮮への制裁強化と子どもの教育問題は分けて考えるべき」との慎重な意見が強いらしい。それは当然そうだと思う。確かに北朝鮮政府のやり方は陰湿であくどいと思うが、文科省が日本の学校と同じように各種学校として認めている以上、教育的見地からも差別すべきではないと思う。産経はどちらとも意見は述べていないが、取りようによっては中井大臣の要請はおかしいと言っているように思える。今まで右翼的色彩が強かった産経にしては「あれ?」という感じである。

 もうひとつは、中国共産党の独裁体制を批判して収監され、刑期を終えて出獄後も体制批判を止めず、2年前に民主主義体制への移行を訴えた「08憲章」の起草に関わったとして逮捕された劉暁波氏に対して、11年の刑が確定したニュースである。

 54歳の劉氏にとっては、敢えて厳しい戦いに臨むわけである。劉氏への有罪判決は、中国政府が憲法で規定している「言論の自由」や「市民的及び政治的権利に関する国際規約」に反しているとの批判が湧き起こっている。劉氏は政府に挑戦して、中国の不条理を世界へ訴えようとしている。今後劉氏へ対する国際的な支援運動が巻き起こってくることを期待したいと思う。

 それにしてもこれらの問題を産経が大きく取り上げるとは意外な気がする。

 注目していきたいと思う。

2010年2月21日 | カテゴリー : 未分類 | 投稿者 : mr-kondoh.com

1013.2010年2月20日(土) 学生運動のミュージカルを観る。

 知り合いの国友よしひろさんからミュージカルに出演する度に案内をいただく。国友さんの所属する「ミュージカル座」結成15周年記念公演「TIME FLIES」が、北千住駅前の「THEATRE 1010」で行われている。1968年の全共闘の運動をテーマに取り上げているようなので、どんなショー構成になるのか興味を持って出かけた。生憎妻は高校時代の友人と姫路城、倉敷、安芸へ旅行中なので、ひとりで出かけた。

 リーマン・ショック以来厳しい就職戦線に見舞われている2人の大学生が、就職活動をやっているが中々思うように行かない。その彼らが幼稚園でウルトラマンになって煙の中に入っていったら、タイムスリップして1968年の大学闘争現場に現れるという設定になっていて、時代的に1968年と現代を往復するストーリーとなっている。最後は大学構内に立てこもった学生が、機動隊によって検挙され、闘争をリードした中心人物が現代になってアフガニスタンでNGO活動に従事し、学生の1人は大学を休学してボランティアでアフガンへ行き、もう1人は父親の建設業を継ぐというシナリオである。

 あの時代について考えさせられたが、それでも68年の全共闘時代、所謂70年安保世代とわれわれが闘った60年安保世代とは一味違う。68年頃から始まった全共闘の闘いは、東大・日大などの学園紛争に、成田空港建設反対闘争、あさま山荘事件、ベトナム反戦運動など拡大させていく過程で昂揚していったが、一方で活動は内ゲバもあって内部分裂しセクトに分かれていった。60年に安保闘争で敗れて安保条約が改定され、条約期限の1970年に第2次安保闘争が盛り上がるものと期待された。しかし、全共闘による70年安保闘争は成熟せず、腰砕けのような格好で終わり、われわれ60年安保を闘ったものとしては、些か拍子抜けだった思い出がある。

 今の若者にはこの時代にあれほどまでに日本の将来を見据えて、目先の利に捉われず、ひたすら平和を希求して真剣に闘った学生たちの気持ちは分からないだろう。確かに時代は大きく変わった。だが、それだけではない。当時の学生たちは、生きることの意味、世界平和、人間の理念等々を真剣に考えていたように思う。

 久しぶりにあの全共闘時代の少し前、60年安保時代を懐かしく思い出した。

 ミュージカルとしては、ミュージカルらしからぬ構成で恋愛もないストーリーだったが、私は充分満足した。しかし、観客の半分以上を占めていた若い女性ファンにとって、恋愛のない舞台は果たして満足のいくものだっただろうか。聞いてみたいような気もする。

2010年2月20日 | カテゴリー : 未分類 | 投稿者 : mr-kondoh.com