ブログ・ご意見番の意見

 充実したホームページに仕上げていこうと、毎日目を凝らしながら取り組んでおります。淡々と書き続けてきただけで、10年2月に初めて4桁の大台1000回を、そして奇しくも74歳の誕生日に当たる2012年「文化の日」に連続2000回を、15年7月31日に3000回、18年4月26日に4000回、21年1月19日に5000回を数えました。ここでは、出来るだけポジティブな意見や、気軽な独言、時には戯言や想い出を書き込んで、自分自身の気持ちを素直に表わしながら楽しく読んでいただけるよう心がけたいと思っております。意見の主張というより、感じたままを日記風に書き綴って参ります。身勝手な意見や、独断的な表現も見られると存じますが、どうぞご理解下さいますようお願い致します。皆さまの忌憚のないご意見をお寄せいただければ有難く存じます。

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1066.2010年4月14日(水) 日本の政治力は劣化する一方?

 どうしてこうも日本の政治がメチャクチャになってしまったのだろうか。昨日から始まった核安全サミットを考えてみると、言い出しっぺはオバマ大統領で、会議を仕切るのもオバマである。47ヶ国首脳が参加した国際会議でありながら、事前にそれほど日本では報道されなかった。開催のテーマが内々に日本政府に伝えられたのも、他の主要国に比べてかなり遅れていたのではないかと思っている。その結果オバマ大統領との公式会談が実現出来たのは10数ヶ国首脳だけであり、その中で最も注目を集めたのは胡錦濤中国主席との会談で、台湾への武器売却、ダライ・ラマ14世との会談、イランへの制裁、などについて話し合ったようだが、一番の懸案事項は、人民元の切り上げ、グーグル問題から透けて見える言論弾圧等々、話し合いのテーマは尽きなかったようだ。これらの問題をすべて話し合ったわけではないが、予定をオーバーして1時間半も両首脳の話し合いが持たれた。

 一方鳩山首相とオバマとの会談は、昨日夕食時間の合間にたった10分間だけだった。それもまったく実りのない非公式会談に過ぎなかった。

 その挙句に次の2012年開催地は韓国に決定した。北朝鮮を意識したものであるにせよ唯一の原爆被爆国であるわが国は、単に「原爆被爆国」という認証札をもらっただけで、被爆国の反原爆活動も惨禍もまったく軽視された事実は捨て置けない。日本が広島か長崎で開催することをアメリカは警戒したのだろう。いずれにせよアメリカの意向が何となく日本を忌避している印象を受ける。一方鳩山首相とオバマとの会談は、昨日夕食時間の合間にたった10分間だけだった。それもまったく実りのない非公式会談に過ぎなかった。

 鳩山首相は政権発足時これからはアメリカに対して物申すと勇ましかったが、膠着している沖縄普天間基地移設問題を始めとして、トヨタ・リコール問題等々を見ても、最近のアメリカの日本に対する態度は決して友好的と言えるものではなくなった。こういうギクシャクした関係を、かつての蜜月まで復活させるためにどうすれば良いのか。鳩山首相には大きな責任がある。

 国内では普天間の移設候補地問題で、名前の挙がった候補地では強い反対運動が起きつつある。この辺りの民主党の物事の決定のやり方が上手くない。今朝の新聞を見ると、「普天間5月決着絶望的」と書かれている。その他にも有明海干拓地問題もこじれている。今日13年目を迎えて、干拓地の扉を再び開けるかどうかで、佐賀県と長崎県で意見が割れ、農業従事者と漁業関係者でもまったく対立している。どうしてこういう馬鹿なことが繰り返されるのだろうか。これは必ずしも鳩山政権の責任ではないが、政治の非力さとか、政治家の好い加減さ、思いやりのなさが偶々表れたに過ぎない。

 こんな状態が続いていると日本は、どんどん劣化していくのではないかと心配である。

2010年4月14日 | カテゴリー : 未分類 | 投稿者 : mr-kondoh.com

1065.2010年4月13日(火) わが国の前途に光明が見えない。

 アメリカのオバマ大統領のお声掛かりによってワシントンで核安全サミット‘NUCLEAR SECURITY SUMMIT’が開催され、日本からも鳩山首相が出席した。核不拡散から最終的にはオバマ大統領の宣言通り核廃絶を目指しているが、各国の思惑に左右されそうな様子で、ことは簡単にはいかない。この会議の一番の目標は、テロリストに小さな核でも手に入れさせないようにすることである。‘Dirty bomb’といわれる核燃料のチリやゴミを含めてのことである。

 それにしても鳩山首相のこの会議における影の薄さはあまりにも情けない。まるで幽霊である。核の安全に関する国際会議で、唯一の被爆国という切り札がある日本の存在があまり顧みられないのはどういうことだろうか。首相だけではなく、外務省の事務方にも問題があるのではないか。

 国際的な評価という点でこんな有様だから、国内的な評価は推して知るべしである。このところ鳩山民主党政権に対する世論の支持が下がりっ放しで、大体各メディアの世論調査でも支持率が30%前後にまで落ちている。これも最近の国際社会における日本の薄い存在感と軌を一にしているのではないか。発足当初は、70%にも達していたのが、その正反対となり、支持しない人も増える一方である。

 民主主義の原則として政権は国民の支持によって支えられていることは言わずもがなである。民主党政権が信頼を失ったとするなら、その対立軸にある自民党が上昇気流に乗るかと思いきや、この党は「伝統」の内部紛争が表面化して一向に支持率が上がらず、民主党と轡を並べて地盤沈下している。結果的に無党派層と称せられる人たちの数が増え、今ではどの調査をみても無党派層が全体の1/3を占める状態である。

 しかし、意見がない人たちが全体の1/3もいることは異常な事態だと言わざるを得ない。国家の政策も戦略もその都度、意見を持たない人びとに尋ねるということになる。これでは国家百年の計なぞ確立しようがないではないか。

 こういう無党派層が増える中で、新たな息吹として新しい政党の誕生が待たれるところだが、先日結党した「立ちあがれ日本」には、あまり好意的な賛同意見が寄せられていない。「反民主党」「非自民党」と打ち出した点が、孤高の存在感を示したが、こういう戦法だと賛否両論の決着をつける際に、キャスティングボードを握ることが出来ないのではないか。それが、ひとつ国民からあまり期待を寄せられない原因ではないだろうか。それに、中心人物の与謝野馨氏と平沼赳夫氏の郵政民主化に対する考え方が正反対であり、それが不満分子の寄せ集め集団と見られ、国民から信頼されない最大の原因なのではないだろうか。

 国内的にも国際的にもわが国の前途には一向に光が見えない。

2010年4月13日 | カテゴリー : 未分類 | 投稿者 : mr-kondoh.com

1064.2010年4月12日(月) 井上ひさしさん逝く。

 作家・井上ひさしさんが肺がんのため9日亡くなられた。9日朝退院して鎌倉の自宅へ帰ったその晩に容態が急変して、家族に看取られながら逝かれた。

 健康上の理由からだろうか、日本ペンクラブの会長も1期しか務められず、現会長・阿刀田高氏へ譲られた。4年前の日本ペンクラブ総会では、総会議長の役割を担うべき職責にあったが総会を欠席された。その当日、井上夫人の実姉である作家・日本ペンクラブ理事の米原万里さんが亡くなられたからである。2度ばかり議長としての采配ぶりを間近に拝見させてもらったが、どことなくユーモラスな語り口だったような記憶がある。

 昨夕刊と今朝刊が休刊だったので、記事が溜っている筈なのに、今夕刊を見ると意外なくらい井上さんの訃報に大きなスペースを割いている。あまり気がつかなかったが、それだけ存在感が大きかったのだ。前会長の哲学者・梅原猛氏、現会長の阿刀田高氏、演出家の蜷川幸雄氏らが死を惜しむコメントを述べている。作家として、劇作家としてたくさんの小説、演劇作品を残した。文化功労者でもある。

 氏を有名にしたのは、本業以外で遅筆家としてである。台本が間に合わず、度々公演の延期や中止があり、本気なのか冗談なのか自らを「遅筆堂」と名乗っていた。前夫人とのどたばた離婚も世間の注目を集めた。

 NHK人形劇「ひょっこりひょうたん島」の原作者であり、「吉里吉里人」のユーモア溢れる作風とストーリーはあまりにも有名で、実際読んでいても面白く、つい含み笑いをしてしまったくらいである。結末があまりにも意外で呆気に取られた。何でも大切なものを隠した場所がトイレットの「キンカクシ」だった。思わず噴出してしまった。こういう馬鹿げた話を真面目に取り上げて小説にしてしまうところが井上流らしい。何でも「・・・まじめなことをおもしろく、おもしろいことはいっそうおもしろく」と言っていたそうである。そう言えば、どうやらこの「キンカクシ」というのが、強烈なエスプリを効かせるのか、先日友人・呉忠士くんから送ってもらった手紙のコピーを思い出す。

 手紙とは、呉くんの父上で古代ギリシャ文学の碩学・呉茂一東大教授へ宛てた弟子三島由紀夫の手紙である。三島はその手紙の中で、自作品「金閣寺」について大岡昇平が「キンカクジ」ではなく、「キンカクシ」と読んだと言って呆れている。「キンカクシ」というと大抵は碌なものを思い出さないが、小説のネタや、文学者が使うと「キンカクシ」も多少格が上がるから不思議なものである。

 いずれにせよ、異色な作家はまだ75歳だった。惜しい人をまた喪った。ご冥福をお祈りする。

2010年4月12日 | カテゴリー : 未分類 | 投稿者 : mr-kondoh.com

1063.2010年4月11日(日) 世界が注目する2つの事件

 昨日衝撃的な事件が2件起きた。ひとつは、ポーランドのカチンスキ大統領夫妻、中央銀行総裁、軍幹部らポーランド要人が搭乗した同国特別機が、ロシア西部スモレンスク州カチン周辺で墜落炎上して搭乗員を含む96人全員が亡くなったニュースであり、もうひとつはタイ・バンコック市内で警察と前首相タクシン派デモ隊の衝突により、ロイター通信の日本人カメラマンが昨年のビルマ騒動に続き亡くなった、残念なニュースである。

 前者は、今年70年目を迎えた「カチンの森事件」犠牲者約2万2千人のための追悼式典に出席するため現地へ向かう途上で事故に遭った。「カチンの森事件」については、つい2年ほど前まで寡聞にして知らなかった。1940年第2次世界大戦中に、ロシアがポーランド軍将兵を大量虐殺したとして、ロシアにとっては心の棘となっていた事件であり、つい最近まで頬被りをしていたが、近年その事実を率直に認め公表してポーランドとの和解を図っていた矢先の不慮の事故である。不思議なことに、すでに1度追悼式典を行い、プーチン首相が弔意を表したその式典にポーランドのトゥスク首相も出席している。大統領は首相とは肌が合わず、何らかの思惑があるようで最初の式典に出席せず、改めて2度目の式典に出席する予定だった。理由はともかく、大統領夫妻にとっては不運だったとしか言いようがない。

 後者は、タイ・アピシッド政権と対立しているタクシン前首相派の反政府集会の取材中にデモに巻き込まれ命を落とした。死者は21名に上がる。4年前の軍部クーデター事件以来タイ政権は不安定な状態が続いている。これまでは、東南アジア諸国でも比較的政権が安定していると言われていたタイだが、最近政治の不安定と社会秩序は少々酷い。タイ在住の日本人も不安が消えないとこぼしていた。タイの政情が不安定になると、いずれその不安は近隣諸国に伝播して、アジア全域が不安定になる。すると経済活動に影響が出て日本にも余波が押し寄せてくる。何とかタイの政情が落ち着いてくれることを祈りたい。

2010年4月11日 | カテゴリー : 未分類 | 投稿者 : mr-kondoh.com

1062.2010年4月10日(土) 外交機密文書裁判で原告団が全面勝訴

 民主党政権になって以来、外交文書密約について外務省も広義の密約があったという言い方で密約を認めた。しかし、どうにもすっきりしなかったのは肝心の外交文書を紛失したとの外務省側の説明である。国家機密が盛られた重要文書が無くなっても、それを公式に発表しないばかりでなく、関係者が誰1人として誤りを認めようともせず、責任もとろうとしないことである。日米間の外交文書という重要書類がいかに時は経過したとはいえ、重要書類だけに管理責任者が金庫へしっかり保管し、閲覧の際にも目を光らせておけば、そう簡単に自然紛失するものではないのではないかとの疑問は以前からあった。密約がありながら、ないと嘘の証言を繰り返してきた政治家や外務省幹部職員にとって、隠し通せなくなって都合が悪くなり意図的に廃棄処分したのではないかとの疑念が拭いきれない。

 折りも折昨日東京地裁は、密約の存在を認定したうえで、文書は極めて重要性が高く、国が保有していると判断した。それにも拘わらず充分探さずに不開示としたのは違法と述べ、外務省と財務省に関連文書を全面開示するよう命じた。さらに、国民の知る権利をないがしろにした対応は不誠実とまで決め付けた。紛失されたとされたこれらの外交文書は、永久保存対象など重要性が極めて高く、外務省などの通り一編の調査だけでは合理的かつ十分な探索をしたとはいえず、廃棄されたとも認められないとして文書の存在も認定した。

 つまり裁判所として外交文書は外務省が隠匿していると看做している。判決では、歴代外務事務次官をはじめ、文書作成の時期移行に関与した可能性のある者に聴取することが求められるとして、徹底した再調査をするよう求めた。ここまではっきり証拠の提出を求められるとは考えていなかった岡田外相もちょっと戸惑い気味である。だが、司法はそう認定した。外相は裁判所に対して控訴も検討しているなどと馬鹿なことを言っているが、最早矢は放たれた。裁判所も指摘しているように、すぐさま歴代外務次官以下に事情聴取するべきではないか。さもないと外交機密があったかどうかを徹底的に内部調査すると言った手前、外相も格好がつかなくなるのではないだろうか。

 これまでとかく官には逆らわずという諦めムードと、役所がすべて調べたという言葉を本当かどうかまで追求する裁判はなかったような気がする。その意味では、好い加減に対処する役所の体質に鉄槌を下したとも受け取れる。

 それにしても本裁判の原告団の中心人物・西山太吉氏の国家に対する真相究明の辛抱強い戦いには頭が下がる思いである。今晩NHKドキュメンタリー45分番組「追跡!A to Z-密約問題の真相を追う」でも、事件の本質と裁判の経緯が詳しく放映された。

 今月2日に広島球場グランドで倒れ亡くなったプロ野球巨人軍・木村拓也コーチの葬儀が広島市内で行われたが、その場面をNHK7時のニュースで放送したのは極めて珍しい。昨年まで現役プレーヤーとして活躍し、今季からコーチとしてスタートしたばかりだった。練習熱心で、人柄も良く人望もあったようだ。それが、野辺の送りに多くの人が集まった原因だろう。偶々そこで弔辞を述べていたのが、ゼミの友人で巨人軍オーナーの滝鼻卓雄くんだった。最近会う機会が少なくなったが、読売新聞社社長を辞めてもまあ元気そうで安心した。

2010年4月10日 | カテゴリー : 未分類 | 投稿者 : mr-kondoh.com