ブログ・ご意見番の意見

 充実したホームページに仕上げていこうと、毎日目を凝らしながら取り組んでおります。淡々と書き続けてきただけで、10年2月に初めて4桁の大台1000回を、そして奇しくも74歳の誕生日に当たる2012年「文化の日」に連続2000回を、15年7月31日に3000回、18年4月26日に4000回、21年1月19日に5000回を数えました。ここでは、出来るだけポジティブな意見や、気軽な独言、時には戯言や想い出を書き込んで、自分自身の気持ちを素直に表わしながら楽しく読んでいただけるよう心がけたいと思っております。意見の主張というより、感じたままを日記風に書き綴って参ります。身勝手な意見や、独断的な表現も見られると存じますが、どうぞご理解下さいますようお願い致します。皆さまの忌憚のないご意見をお寄せいただければ有難く存じます。

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1190.2010年8月16日(月) これから戦没者遺骨収集をどう進めるのか。

 大東亜戦争中に海外で戦死した旧日本軍兵士のご遺骨は、今も100万柱以上が海外に眠ったままになっている。厚生労働省では毎年戦地へ遺骨収集団を派遣しているが、年々収骨作業は困難になり、収容数も減少の一途である。

 1973年以来20年近く旧厚生省・中部太平洋戦没者遺骨収集事業に携わってきた経験上から戦没者のご遺骨を収集するのは、年々難しくなっているということを実感する。日本側に当時の状況を知る人が年々少なくなっているのと同じように、海外各地で日本軍の行動や生活について知っていた現地の人たちがほとんどいなくなったことも大きく影響している。外地の人里離れたジャングルや、山地では現地の人の案内を請わなくては、思うように戦没地へ入ることが叶わないからである。

 例えば、フィリッピンでは51万8千人の戦没者のうち、約37万3千人のご遺骨が帰還していない。これは、軍がフィリッピンの山奥深く進軍したために山野に展開した作戦で部隊がちりじりになり、戦後も現地のゲリラ部隊の潜伏などで接近出来ないという事情もある。

 ビルマのインパールやコヒマのように、高山のジャングル地帯では平時でも入るのは難儀である。とても収骨することは難しく、しかも現在のビルマの政情不安を考えると現状では不可能に近い。年々遺族も少なくなり、厚労省や遺族会も焦っているが、現実的に状況は益々厳しくなっている。

 ある程度実情を知っている立場からすれば、収骨数というのは、数え方がマチマチなので、正確な数にはなりにくい。特に戦没地の事情によって数え方も異なるので、実態とは多少合わない点もあることは承知しておいた方がいい。

 政府は遺族がもういつまでも待てない状況に鑑みて、このまま座視しているわけにはいかない。実際には10年や20年の間にすべてのご遺骨を母国へ奉還することは不可能に近いことを直視すべきである。それなら、せめて気持ちのうえで遺族が折り合える対応を考えるべきである。ひとつの方法としては、希望する遺族には毎年8月15日に戦没地近くで慰霊追悼式を行い、気持ちを慰めてもらうことである。

 いくら形として追悼式で式辞を述べても、本当の気持ちは伝わらない。民主党は昨年の政策集で、無宗教の新たな国立追悼施設を設置する方針を明記したはずである。にも拘わらず、菅首相は「今すぐどうという結論ではなく、党内外の議論のあり方を見ていきたい」とのんびりとしていて冷たい。

 さて、夕方先日に続いて朝日の別の記者から、改めて海外旅行の安全について尋ねてきた。明日の特集で報道したいとのことだった。随分切羽詰まった特集だが、先日のように空振りに終らなければいいが・・・。

2010年8月16日 | カテゴリー : 未分類 | 投稿者 : mr-kondoh.com

1189.2010年8月15日(日) 65回目の終戦記念日

 終戦記念日の今日、日本武道館で「全国戦没者追悼式」が、天皇、皇后両陛下ご臨席の下に行われた。式典には軽井沢で静養中だった菅首相も帰京して出席し、衆参両議院議長、最高裁長官、及び遺族を中心に約6,000人が出席した。先の大戦の戦没者は310万人と言われている。230万人の軍人・軍属と80万人の一般人である。この内240万人が海外で亡くなられた。広島と長崎の原爆による犠牲者は全戦没者のほぼ1割である。

 アメリカでは、今も原爆投下は戦争終結を早め、犠牲者が増えることを防いだとして悪いことではないとの声が約6割もいると直近の世論調査が伝えていた。これだけ悲惨な犠牲を強いておいて、なお自分たちの行いは正しかったとする傲慢で頑なな考えはとても受け入れ難い。どうして相手の気持ちを慮らず、自分だけが正しいとする自分本位の考えが芽生えるのか理解不能である。

 アメリカ人は自ら声を大にして主張するように、アメリカ合衆国は民主主義国家の見本として、一般的に民主的で意見を広く求めて多数決を重視しながらも、たった1人の声も尊重すると思われている。それが、今日アメリカが何とか世界でも一番信頼される国のひとつとなった原因ではないかと考えている。

 しかし、場合によっては救いようがないと思うほど頑固で自説を曲げない頑迷さを持っている。その典型は銃砲所持の権利であり、この原爆投下の肯定論である。

 戦後65年も経過して、これだけ世界中に反戦・反核の火の手が挙がっているのに、頑強に自分たちの正当性を主張する彼らの間違いを糺すのは、アメリカへ反核の声なき声の連鎖を造り上げることしかないのではないか。アメリカ以外の人々から、原爆投下は間違っていたとアメリカに言ってもらうよりほかに、アメリカ至上主義に凝り固まっているアメリカ人を説得する方法はないのではないだろうか。プラハの宣言では、オバマ大統領は責任を感じていると発言したが、それは必ずしもアメリカ人の声を代弁したものではなかったということだ。

 さて、終戦記念日と言えば、毎年のように物議を醸す政治家の靖国神社の公式参拝がある。今年は数日前に仙石由人・官房長官が、首相を始め閣僚は参拝しないと発表した。菅首相は武道館には行ったが、靖国神社を訪れてはいない。今日は、自民党谷垣総裁、大島幹事長、安倍晋三・元首相、及び超党派の靖国神社を参拝する国会議員の会に所属する議員が参拝した。

 今日首相以下各閣僚が参拝しなかったことで、これから民主党政権の下では、国の代表者が靖国へ参拝しないことが明確になった。今後天皇・皇后両陛下の参拝についても、現在一般の戦没者と戦犯が合祀されている現状を考え直さないと難しいのではないかと思う。分祀して戦犯は靖国から別の場所でお参りするか、一部で検討されている国立の追悼施設を建設するか、もうとっくに考えてみる時期に来ているのではないだろうか。そうでなければ、いつまで経っても靖国参拝問題は解決しない。

2010年8月15日 | カテゴリー : 未分類 | 投稿者 : mr-kondoh.com

1188.2010年8月14日(土) ポツダム宣言受諾の日

   戦争の話ばかりで恐縮だが、65年前の今日ポツダム宣言を受諾し明日天皇の玉音放送により終戦となった。私自身当時国民学校初等科1年生だったが、夏休み中に終戦となり2学期が始まったら戦後の授業になっていた。はっきり覚えていないが、最初の授業で担任の青木正子先生から終戦を聞いたような気がする。

 ミズーリ号艦上で重光葵全権大使が降伏文書に署名したのが9月2日で、この日が国際的には終戦と認められるケースが多い。先月ロシアが「第2次世界大戦終結の日」と敢えて国際社会に向かって宣言し、ロシアの記念日としたのもこの署名を根拠にしている。

 しかし、今年になってロシアが記念日を決めたのは、原爆投下により日本が破滅寸前になっているのに、敢えて日ソ不可侵条約を侵してまでして日本に止めを刺すような戦いを挑んだことを正当化し、北方4島占領を既成事実化しようとの目論みであることは言うまでもない。

 実は、ポツダム会談の折スターリンはトルーマンに対して北海道の半分を戦利品として自国領とすることを申し出たとされている。あの時から今日まで、日本はロシア覇権主義の波に圧倒され続けて、未だに北方4島が占領されたままである。逆説的だが、日本の外交官にもこれだけ押しの強い図々しさがあれば、日ロの外交交渉ももう少し違った形になっていたのではないかと思う。

 さて、ちょうど今お盆休暇のところが多い。先週は株価が下がる一方で1週間内に日経平均が320円も下がった。これはアメリカの経済の先行きに明るさが見えないことと、ヨーロッパ各国が金融不安を打開出来ないことが大きく影響している。このためドル安・円高が亢進し、1$=85円を割るありさまである。幸いなことに、販売低下とマイナス予測された各自動車メーカーが景気回復してきてかなりの収益を見込んでいるようだが、トヨタの如きは社内の換算レートが1$=90円と計算しているようだ。仮に1$当たり1円の円高になると約300億円の減収になるというから、1$=85円で決算期を迎えたら、1,500億円の減収になる計算である。大会社は大会社なりに悩みが尽きない。

 現在世界の主要株式市場で日本株式の下落が際立っている。日経平均株価は3月末に比べて16.6%安と最も下落率が大きい。これにより各国の通貨の中で円だけが高くなる独歩高となり、輸出企業の採算悪化が懸念されている。政府と日銀が急激な円高阻止や成長戦略で具体策を打ち出せるかどうかが、当面喫緊の課題である。

 それにしても景気の回復は、当分見込めないというのが専門家の一般的予想である。早く景気が回復して欲しいのは、素人としても当然の望みである。

2010年8月14日 | カテゴリー : 未分類 | 投稿者 : mr-kondoh.com

1187.2010年8月13日(金) 戦争に関する報道について

 最近戦争に直接、間接に関わる事件の報道が減っていると感じていた。8月になると終戦記念日、広島と長崎の「原爆の日」、12月8日の開戦記念日、2.26事件等々の露出度が、全般的にマス・メディアで減っているように思う。

 しかし、今年は大分違うようだ。2月の2.26事件の報道こそほとんど見られなかったが、普天間基地移設問題のゴタゴタからとりわけ沖縄に照準が当てられ、6月23日の沖縄戦を始めとして、今月に入ってから潘基文国連事務総長が出席した広島の「原爆の日」式典等々が、多くの報道番組で取り上げられるようになった。

 昨日NHKで「『爆笑問題』の戦争入門」75分番組で戦争について知識や考えを持っていないと思われるタレントを相手に戦争体験者が諭していた。特に、俳優神山繁が38歳のタレント品川某が誰も戦争について教えてくれないと発言したことに対して、逆になぜ戦争について学ぼうとしないのか、資料はいくらでもあると反論したことが印象に残っている。どうも若者は戦争から距離を置いて戦争を正面から見つめようとしない。甘えるばかりで、他人に責任を転嫁して自ら進んで知ろうとしない悪癖がある。今のうちに戦争世代が若者にガツンと言って、戦争の真実について知らしめることが大事だとも感じた。

 夜になってスペシャル番組「‘玉砕’隠された真実・奇跡の生還・その裏で新資料が明かす大本営の内幕」が放映されたが、アッツ島とガダルカナル島の玉砕についてこれまで公開されていなかった秘話を伝えていた。大本営によって「玉砕」とさせられたアッツ島守備隊の悲劇の真実を、玉砕後67年も経った今ごろになって曝け出されても、2,600名の「名誉」の戦死者は救われまい。たった27名のアッツ島帰還者のひとりは、「玉砕」ではなく「棄軍」だと言った。玉砕との栄誉に包まれた戦死者に対して合同慰霊祭が行われたが、同じ兵士たちが抱える白布の木箱の中には、もちろん遺骨はなく砂が収められていたという。ここまで遺族を欺いていたのかと思うと憤懣やる方ない。被弾負傷により米軍の捕虜となって戦後ガ島から帰還した元兵士のひとりは、戦陣訓にある「生きて虜囚の辱めを受けず」に逆らって生還したことに対して、いつも引け目を感じていて取材の際も「あなた(インタビューアー)に対して恥ずかしい。まわりに対して恥ずかしい。みんなに対して恥ずかしい」と何度も繰り返し語っていた姿が痛々しかった。

 30年ほど前にガダルカナル島・ヘンダーソン空港に降り立った時、夕景の中を伊藤正徳著「帝国陸軍の最後」に描かれていたシーンを思い返しながら、一木支隊が行軍難渋した川を渡ったことを思い出した。武器と食料が極度に欠乏しジャングルと泥沼の中を彷徨いながら、次々に斃れた兵士たちの悲惨なメモリーに引き比べ、平和な時代になり夕暮れの海浜のあまりにも美しい景色が印象的だった。その裏でガ島にも陸軍上層部の主導権争いと棄軍の情け容赦のない作戦計画があったとは想像するだに恐ろしい。

 それにしても戦争とは、御国のためにひたすら純粋な気持ちで戦っていた兵士たちを、これほどまでに欺くようなことをやっていたのかと、その残酷さに愕然とし絶望感に襲われる。

 明後日65回目の終戦記念日がやってくる。

2010年8月13日 | カテゴリー : 未分類 | 投稿者 : mr-kondoh.com

1186.2010年8月12日(木) 日航ジャンボ機墜落25周年忌

 今朝の朝日新聞を開いてみたが、アメリカの小型バス横転事故については小さな記事で死亡者の名前と負傷者の状況を説明しているだけだった。昨日電話をかけてこられた朝日新聞社の村山さんが意図する事故の原因を追究するような記事は残念ながら見られなかった。従って私が話した事故遠因にはまったく触れられていなかった。

 しかし、テレビのニュースなどを観ていると、ドライバーの居眠り運転説が濃厚である。私も居眠り説と同じ立場に立つが、居眠りに至った経緯や原因が究明されていない。一部のテレビ・ニュースでは安売り海外旅行云々と報じている。このツアーの販売価格がいくらで、ホテルがどのクラスか、食事条件、等々が分らないので軽々しく断定できないが、日本旅行、近ツー、HISの3社が共同企画会社となり、バス運行会社は孫請け会社だったことから判断すれば、安売り旅行であると思って間違いないのではないか。コースも4日間でラスベガス、ザイオン国立公園、ブライス・キャニオン、グランド・キャニオンを巡って470㎞余を走行し、その間観光スポットではガイド兼ドライバーがそれぞれ案内し説明するというのは、率直に言ってガイドにとって少しタフ過ぎるのではないかと思う。それがドライバーの疲労、居眠り、事故となったのではないか。

 11月に出版される予定の共著の中でも、安売りツアーについて批判的な内容を書いたが、どうも旅行の本質をあまり知らない経営者がコストの削減にばかり気持ちが行って、旅行の楽しさとか面白さのような旅本来の味を旅行客に楽しんでもらおうとの気持ちが欠けているように思えてならない。旅行商品は他の物販品とは基本的に違うということを認識しないと、再びこのような事故発生につながる。

 さて、今日は御巣鷹山中に日航ジャンボ機が墜落して4半世紀に当たる。あの時は、10月に向ヶ丘遊園で開催された「世界蘭会議」の準備に忙殺されていた。資生堂の福原義春専務(現名誉会長)らと会議中に日航機が行方不明になったと聞き、えらいことになったなぁと思った。その日の夜のニュースで墜落現場が分り、後になって生存者もいたことが分ったが、その時点では歌手の坂本九を含めて、かなりの死者が出ると放送された。結局520名の尊い命が失われた。

 日航は今年1月に会社再生法を適用され、今は再建中である。保有のジャンボ機もすべて売却されるという。かつては華やかな存在だったジャンボ機が段々姿を消しつつあるのは、寂しいような気もする。ジャンボ機B-747が活躍し始めたころ、次の機種としてB-767が開発、製造されつつあった。1983年9月アメリカ・ワシントン州エバレットで文部省海外教員視察団添乗員として、同地の教育施設を見学した。学校訪問後に同地の教育委員会に勧められて、全員でボーイング・エバレット工場を見学させてもらい、格納庫で出番を待っていたB-767型機について説明を受けたことが懐かしく思い出される。

 航空業界の競争も、格安航空会社の参入などがあり益々厳しくなっている。日航もとても安定したとはいえず、当分厳しい経営状態が続くだろうが、何とか持ち直して欲しいものである。

2010年8月12日 | カテゴリー : 未分類 | 投稿者 : mr-kondoh.com