ブログ・ご意見番の意見

 充実したホームページに仕上げていこうと、毎日目を凝らしながら取り組んでおります。淡々と書き続けてきただけで、10年2月に初めて4桁の大台1000回を、そして奇しくも74歳の誕生日に当たる2012年「文化の日」に連続2000回を、15年7月31日に3000回、18年4月26日に4000回、21年1月19日に5000回を数えました。ここでは、出来るだけポジティブな意見や、気軽な独言、時には戯言や想い出を書き込んで、自分自身の気持ちを素直に表わしながら楽しく読んでいただけるよう心がけたいと思っております。意見の主張というより、感じたままを日記風に書き綴って参ります。身勝手な意見や、独断的な表現も見られると存じますが、どうぞご理解下さいますようお願い致します。皆さまの忌憚のないご意見をお寄せいただければ有難く存じます。

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1269.2010 年11月3日(水) 「文化の日」は72歳の誕生日

 72回目の誕生日を迎えた。昨日までの曇天はどこへ行ったのか、「文化の日」は例年通り快晴である。

 今日驚いたのは、作曲家兼指揮者・松本耕氏のファンクラブ「耕友会」のコンサートが行われた新宿文化センターで、思いがけずベオグラード在住の山崎洋さんにばったり会ったことである。コンサートの4つのプログラムの内、「水脈速み(みをはやみ)」は詩人である山崎佳代子夫人が書いた詩を松本氏が作曲したものなので、作詞家として奥さんが一時帰国中であることは分る。実に意外だった。

 山崎さんから初めて奥さんを紹介してもらったが、9月開催の国際ペン東京大会に出席のため来られた時、生憎会うチャンスがなかった。昨日ベオグラードからやって来たという。

 コンサートは期待以上に素晴らしいものだった。オーケストラは超一流の東京フィルハーモニー交響楽団で、混声合唱は‘The Metropolitan Chorus of Tokyo’という若いコーラスがミサ曲も含め、荘重に唄ってとても良かった。総勢130名以上の大合唱は迫力もあった。折りを見て東京滞在中に山崎さんと会おうと約束して別れた。車での帰りに新宿のイタリアン・レストラン「マキャベリ」で、妻とささやかにプチ・デラックス・ディナーを楽しんだ。

 誕生日は本来お祝いすべきものではあるが、老齢に入るとそう喜んでばかりもいられない。定期的に内科と整形外科に通院して、健康管理には気をつけているつもりではあるが、他にも気になるところがないわけではない。これからは1日1日を悔いないように過ごしたいと思っている。

 八王子市内に住む同姓の近藤幸一さんから電話をいただいた。近藤さんが秋の叙勲を受けたというお慶びの電話だった。心からお祝いの気持ちを伝えた。勲章には種類が多くて一般人には分かりにくいが、近藤さんが受勲したのは「瑞宝双光章」というもので、JRのご出身として朝日新聞では単に「鉄道業務」、日経ではさらに詳しく「元国鉄東京西鉄道管理局八王子駅長」と書かれていた。話を伺うと何でも今朝からJR関係者や八王子市長らから多くの祝電をいただいたという。昨日発送準備をしていた書籍120冊を午後になって玉川郵便局へ運んだ。この中に近藤さん宛の書籍もある。相変わらず元気そうに話してくれるのが嬉しい。私よりちょうど10歳年長だが、お互いに健康に留意して元気でいられる内は、前向きに生きたいものである。

2010年11月3日 | カテゴリー : 未分類 | 投稿者 : mr-kondoh.com

1268.2010年11月2日(火) 新刊共著「そこが知りたい 観光・都市・環境」出版

 朝刊に福本邦雄氏の死亡記事が掲載されていた。福本氏の父親は、日本共産党史上屈指の理論的指導者だった福本和夫氏である。学生時代河上肇「自叙伝」を読むと「福本イズム」の名が度々出てくるほどの大物だった。その子息の邦雄氏は、あろうことか新聞記者から自民党・椎名悦三郎氏の秘書を務め、歴代自民党首脳とパイプをつないで竹下登との関係が有名となり、政界フィクサーとしても知られた。10年前には中尾栄一元建設省の受託収賄罪で逮捕され、起訴猶予処分となったことは世に知られている。

 その福本邦雄氏が、毎月購読している月刊誌「選択」に「むかし女ありけり」を連載している。元々ジャーナリストだっただけに、各種情報の収集が数多く古い話をよくご存知である。今11月号では9月号から、永井荷風と別れた元妻・藤陰静枝との関係にスポットライトを当てている。今月号の連載が23回目で、文学界の裏社会に関心のある読者には、中々面白い記事だったと思う。ところで次号124回目はあるのか。いずれにせよ、福本邦雄氏は功罪半ばする人生を送られた。享年83歳である。

 さて、待っていた「そこが知りたい 観光・都市・環境」を特注していたが、今日3梱包・150冊が届いた。一見して表紙の印象が観光の雰囲気を醸しだしていて中々良い。ところが、よく見てみると最終打ち合わせで変更をお願いした背表紙の編纂者名と表紙の同じ名前の位置が修正されていない。

 そんなに難しい注文ではないし、その場にいた編集者が修正を軽く引き受けていた。どうして修正すべきが、修正されないままになっているのだろう。明後日の札幌セミナー会場で参加者に配布されるが、それは間に合わない。明後日都内の出版社に連絡を取り編集者に理由を尋ねてみたい。それにしても表紙と言えば、人間なら顔である。その顔が歪められたわけである。

 今日は親しい知人、友人に郵送するための準備と作業にてんてこ舞いで、約120冊を袋詰めにした。明日にも郵便局に持ち込みたい。友人たちは何とコメントを言ってくるだろうか。

 昨日東京地裁で、昨年8月に起きた耳かき店員とその祖母を殺害した犯人の判決が下された。事前に裁判員制度導入後、初めての死刑判決が下される可能性があるとして注目されていた。判決は無期懲役だった。いろいろ各方面の識者がコメントを述べているが、駒沢大学の清田義昭講師が度々話された「永山基準」9項目について新聞に詳しく説明されていた。この裁判も「永山基準」に準拠しているようだ。

 その基準とは、①材質=犯罪の性質、②動機、③犯行態様=残虐性、④結果の重大性=被害者数、⑤遺族の被害感情、⑥社会的影響、⑦被告の年齢、⑧前科、⑨犯行後の情状、となっている。これらはもちろん死刑囚・永山則夫の裁判で考慮された観点である。この9項目がどの殺人裁判でも参考にされているようだ。それを裁判員にも考えることを求めている。裁判員になるのも大変だなぁとつくづく思う。

2010年11月2日 | カテゴリー : 未分類 | 投稿者 : mr-kondoh.com

1267.2010年11月1日(月) ロシア大統領初めて国後島視察

 尖閣諸島問題で中国の言いたい放題の嫌がらせに辟易していたのに、今日になってまた新たな難題が降りかかってきた。ロシアのメドベージェフ大統領が北方4島のひとつ、国後島を訪問したのである。戦後旧ソ連、ロシア首脳が誰も訪れなかった占領地へここへきて現職の大統領が訪れた。日本政府はこれまでこの種の噂が流れるたびに、ロシア政府へ取り止めるよう説得していたが、ついに豪腕ロシアは中国の尖閣諸島領土問題と歩調を合わせるかのごとく、国内視察という名目をつけて北方4島の実効支配をロシア国内向けのみならず、世界へ向けてアピールし出したのだ。

 確かに日本にとっても難しい問題ではある。戦後65年に亘って北方4島は支配され、ロシア住民がすでにそこに生活しているから余計厄介である。ロシアの領土侵略に関して日本として絶対承服出来ないのは、日ソ不可侵条約を一方的に破棄して落城寸前の日本に宣戦布告して、なお日本が8月15日に天皇のポツダム条約受諾詔勅により無条件降伏を宣言した。にも拘わらずソ連はその日以降も無抵抗の日本の北方領土へ容赦なく侵略し、9月2日の終戦公文書署名を以って終戦と看做し、その日以前に占領した北方4島は大戦の戦果とうそぶき、戦勝国として北方領土の実効支配を始めたことである。

 明らかに相互外交協定を破って参戦し、白旗を掲げた敵に対して略奪を行って、それを戦果と称して自国の立場を正当化している。こういう違法にして、悪辣で非紳士的行為を世界は容認するのだろうか。

 尖閣諸島の中国領土を主張する中国にしてもロシアの言い分と同じように、理が通らない。この両国が対日外交では、「歴史的事実を捏造している」として裏で手を握っている節がある。

 日本はどうして、敵視的根拠と史実を提示し、論理を尽くして国際社会にロシアと中国の違法性と理不尽な所業を訴えて、古くから日本領土であることを知らしめようと啓蒙活動をしないのだろうか。いつまでもこのような力で押されている間に、世界は日本の論拠を信じなくなるのではないかと心配する。

 菅首相が遺憾の意を表明し、前原外相が駐日ロシア大使を呼びつけて抗議をしたところで、件の大使は大統領の国後島訪問はロシアの国内問題であると柳に風である。国後島島民に尋ねれば、何世代にも亘って島に住んでいるので、島から出る気持は毛頭ないという。その島の持ち主は本来日本人だということが、彼らには分らない。分らなくしたのは、代々の日本政府の寄らば大樹の陰の外交政策である。今の日本の信念のない政治力と軸のない外交力では、とても海千山千の諸外国を相手にして太刀打ち出来そうもない。

 この調子では百年後には、北海道も佐渡も隠岐も対馬も沖縄も、欲深い近隣諸国の領土になってしまうのではないか。

2010年11月1日 | カテゴリー : 未分類 | 投稿者 : mr-kondoh.com

1266.2010年10月31日(日) 事業仕分け、実効少なく尻すぼみ

 民主党政権になってから、とかく話題になっていた第3次事業仕分けが昨日4日間の作業を終えた。今回は無駄の温床とされている「特別会計」の18特別会計・48事業にメスを入れるということから、いよいよ奥の院へ切り込み、無駄を削ってくれると思っていた。だが、残念ながらその願いは虚しかった。

 仕分け第3弾は些か期待外れに終り、廃止と判定されたのは、僅か4特会・8事業に留まった。削減額も約250億円でしかない。見直しと判定された40事業で予算の圧縮が出来たとしても、削減総額が精々6千億円前後の見通しだそうである。

 改めて事業仕分けの意味について考えてみると、大体永年継続して実行されてきた政策が、無駄が多いからと言って、僅か4日間のうちに事業の可否を判断すること自体に無理があるし、拙速に過ぎると思う。短時間の議論だけで止めさせることには問題が多いのではないか。少なくともなぜこの事業が始められたのか。出来ればその当時の担当者に考えを聞くことぐらいやるべきではないだろうか。特別会計の政策実行について地道に時間をかけて真剣な議論をしようとしないのは、「事業仕分けありき」に意味があり、大向こうに訴えるパフォーマンスでしかなかったのではないかとつい勘ぐってしまう。

 普通の国民は、年度の一般会計予算が約90兆円であることぐらいは知っているかも知れない。

 しかし、特別会計が176兆円で一般会計の約2倍の予算規模であることなんかほとんど知らないのではないか。しかも驚いたことに、この特別会計の中に隠れ埋蔵金があるとされていたが、逆に隠れ借金が33.6兆円もあると知らされては、目の玉が飛び出さんばかりの驚愕である。国にはこれまで900兆円前後の借金があると知らされてきたが、これに加えて特別会計の借金が33兆円もあるとなるとこれをどうやって返済し、次の世代へ借金を積み残さないためのアイディアはどうしたらよいのか。

 仕分けの場の議論を聞いていても、この隠れ借金に関して居合わせた政治家や、各省庁の担当者はまったく責任を感じている様子も、この借金をどう返そうとするのか考えている素振りすら見えない。

 学生時代に大内兵衛・法政大学元総長の公開講義を聴講に法政大学へ行ったことがある。その時大内元総長は、政府の財政政策を手厳しく批判していた。特に、財政投融資のあり方について、こんな中身を知らされない巨額の予算をこっそり使っているのは、言葉は酷かったが、本妻に手渡す生活費ではなく、妾に支払う小遣いのようなものだと仰ったのが、強く印象に残っている。

 その後財政投融資には大きなメスが入れられ、今では資金運用部からの借り入れが無くなり、全体の額が14兆円足らずと聞いている。その財投の縮減に反比例して特会がゾンビのようにのさばってきた。

 民主党は、マニフェストでは一般会計と特別会計を合わせた国の総予算207兆円を全面的に組み替えすることにより、新たな財源16.8兆円を生み出すとしていた。しかし、とてもそれは無理だということが分った。これだけ真剣に事業仕分けをやってもこれ以上の予算削減は難しい、と世間にアピールするための事業仕分けだとするなら、それは本末転倒で、不誠実極まるものだ。

 さあ、民主党よ! マニフェストで約束したことをどう実行して期待に応えてくれるのか?

2010年10月31日 | カテゴリー : 未分類 | 投稿者 : mr-kondoh.com

1265.2010年10月30日(土) わがもの顔の中国にどう対処したら良いか。

 昨夜遅くなってからベトナムのハノイからニュース速報が入った。予定されていた菅首相と温家宝首相の日中首脳会談が突然キャンセルされた。中国側の都合により、トップ会談が一方的に中止されたのである。経緯はともかく直前まで何とかお膳立てされていた首脳会談が一方の言い分だけで、いとも簡単に取り消されるという外交上の信義を欠く対応はまったく理解出来ない。中国政府の傲慢で外交儀礼に悖る行為は、別に今に始まったことではないが、それにしても無礼千万である。

 尖閣諸島事件が尾を引いているとはいえ、中国は日本の言動にいちいち過敏に反応し、自らことを荒立てていながら、責任はすべて日本側にあるという。中国、或いは中国人というのは、もう少し大人だと思っていたが、まるで駄々っ子と同じである。

 今回の首脳会談拒否の理由には、ひとつは一昨日ハワイで前原外相とアメリカのクリントン国務長官が会談して、改めてクリントン長官から尖閣諸島が安保条約の対象になることを確認させたことがある。2つ目に、ASEAN首脳会議前に前原外相が他国首脳との間で尖閣諸島問題を蒸し返したと中国が受け止めたことである。さらにAFP通信の「東シナ海ガス田開発の条件交渉再開で日中両政府が合意」と伝えたが、これは事実と異なると中国側が憤然としたことも大きな理由である。

 だが、こんなことはニュースソースに照会・確認すれば簡単に分ることで、こんなガセネタに近い情報を確認もせず、恣意的に外交相手国に腹いせをされては迷惑千万である。日本政府は直ちにAFPに事実関係について抗議した。

 今の中国に対しては何を言っても誤解されるだけで、相互の歩み寄りはあまり期待出来ないのではないか。しばらく放っておくより仕方あるまい。中国のピリピリした心情から、ひょっとすると横浜で来月開催されるAPEC首脳会議に出席を予定されている、胡錦祷・国家主席の訪日もキャンセルされる可能性もないわけではない。仮にそうなったら世界中から信頼を失うのは中国自身であることを中国は自覚すべきである。

 1981年に初めて広州以外の中国主要都市へ行った当時の懐かしい写真を見てみた。北京、洛陽、上海、杭州のどこの市街を見ても、市民はほとんどが人民帽を被り人民服を着て壁新聞を見ていた。街には車がまだほとんど見られず自転車が多かった。人々も人懐っこくいつもはにかむように笑っていた。とてもフレンドリーで印象が良かったとのイメージが強い。あれからほぼ30年が経ち、この間の大きなギャップにはどうもついていけそうもない。残念である。

2010年10月30日 | カテゴリー : 未分類 | 投稿者 : mr-kondoh.com