ブログ・ご意見番の意見

 充実したホームページに仕上げていこうと、毎日目を凝らしながら取り組んでおります。淡々と書き続けてきただけで、10年2月に初めて4桁の大台1000回を、そして奇しくも74歳の誕生日に当たる2012年「文化の日」に連続2000回を、15年7月31日に3000回、18年4月26日に4000回、21年1月19日に5000回を数えました。ここでは、出来るだけポジティブな意見や、気軽な独言、時には戯言や想い出を書き込んで、自分自身の気持ちを素直に表わしながら楽しく読んでいただけるよう心がけたいと思っております。意見の主張というより、感じたままを日記風に書き綴って参ります。身勝手な意見や、独断的な表現も見られると存じますが、どうぞご理解下さいますようお願い致します。皆さまの忌憚のないご意見をお寄せいただければ有難く存じます。

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1274.2010年11月8日(月) 出版社特有の対応に戸惑い

 共著が出版され、3日に親しい知人・友人らに120冊を贈呈用に郵送して、やれやれと一息ついたところである。

 実は、先月中旬編集の最終打ち合わせで、出版社の担当者と執筆者が話し合った席で表紙のデザインが決まり、その一部の修正を出版社に提案した。

 まず、いくつか提案されたカバー表紙のデザインの中から書名とイメージがちょうどぴったりの見本があり、衆議一決でそれを表紙に採用しようということになり、同時に細部についても2箇所の修正をお願いすることになったのである。

 修正願いのひとつは表表紙に書かれた編著者名が小さいということ。もうひとつは背表紙の編著者名が書名の直ぐ下部に隙間無く続いているので、そこにスペースを取って、書名と編著者名の間をもう少し離して欲しいという比較的分り易い要望だと思っていた。

 ところが出来上がった表紙は、一見して何の修正も施されていないように見えた。そこで出版社の担当者に聞いてみると間違いなく修正したと仰る。再び表紙をじっと見てみたが、どうもぴんとこない。原案とはあまり変わっていないようだ。担当者は「修正しました」とはっきり断言するので、表表紙の編著者名をメジャーで測ってみた。するとほんの若干だが、確かに寸法的には大きくなっている。釈然としないが、こちらが気のつかないような小さな修正の仕方でも出版社にとっては、こちらの言う通りに修正したということのようだ。

 問題は、もうひとつの修正箇所である。背表紙の下部にある編著者名の位置であるが、これもまったく修正したように見えない。そこでくどいようだが、この箇所はまったく修正されていないのではないかと改めて尋ねてみた。返ってきたメールの回答は、文字の半角分だけ下へずらしたとの思ってもいない返事だった。せめて全角5字分程度のスペースが欲しかった。これでは、修正をお願いした意図がクリアされたとは言えないし、われわれが修正をお願いした本質的なポイントを理解していないのではないかという意味のメールを送信した。一見して書名と編著者名の間にスペースがないのが歴然としている。それでも1文字の半角分を下へずらしたと言う。このようにわれわれの望んでいる修正とはまったくかけ離れた修正の仕方は、修正とは言わないのではないか。

 商品が完成した以上、格別不出来でなければ敢えて苦情をいうのは潔しとはしないので、これ以上は修正云々を追求しようとは思わないが、出版担当者の相手の気持とか、願いを斟酌しない一方的な理解の仕方や、作業のやり方には少なからず違和感と不信感を覚えた。

 僭越であるが、私なりの長い営業経験からサジェストするなら、まず相手の言い分をよく聞き、何を考え、何を求めているのかということを深奥に推察し理解したうえで、相手に確認するものだが、今回出版社の対応はそうではなかった。一方的に自己流の判断で修正の意味を理解し、相手にそれを押し付けている。新著を受け取った友人からは、ちらほら礼状が届き、作品をほめてくれているが、その点で内容とは関係ないところで作業に疑問を抱くような事態になったのは、ちょっと残念な気がしている。

2010年11月8日 | カテゴリー : 未分類 | 投稿者 : mr-kondoh.com

1273.2010年11月7日(日) どんな結果になるか、ビルマ総選挙

 昨日は日本シリーズ第6戦が行われ、セ・リーグの覇者中日ドラゴンズとパ・リーグ3位の千葉ロッテ・マリーンズがお互いに譲らず延長15回でも決着がつかず、2-2の引き分けに終った。最近あまりプロ野球をテレビでも観ることは少なくなり、今年はほとんど観ていない。今年は贔屓の巨人が優勝を逸し、日本シリーズにも出ることが無くなったので、余計興味が湧かない。オーナーの滝鼻卓雄くんにもしばらく会っていないが、ご機嫌斜めか。昨日ロッテが3勝2敗のシリーズ王手をかけて、勝てば日本一、しかもパ・リーグでは3位との但し書き付ということから、好奇心に駆られて観てみた。

 それがどういうわけか、3回ごろから試合終了まで見続けることになったのは、ファインプレイとボーンヘッドが繰り返されて結構見せ場があり、ついずるずる最後まで観てしまった。テレビ中継の終ったのが12時5分前で、5時間43分の日本シリーズ史上最長試合となってしまった。

 一野球ファンにとっては久しぶりに肩の凝るゲーム観戦だったが、両チームとも力の伯仲した見応えのある良いゲームだった。

 さて、前々から気がかりだったビルマの総選挙が今日投票日を迎えた。1988年の反民主化反対デモに引き続いて行われた90年の総選挙以来、20年ぶりの国民投票である。90年の総選挙では、アウン・サン・スー・チーさん率いるNLD(国民民主連盟)が、全投票数の約8割を獲得して対抗する軍部に圧勝した。

 しかし、それにも拘わらず敗北した軍部がNLDに政権担当能力なしと言いがかりをつけて、20年間自らほしいままに軍事政権を保持してきた。諸外国の強い非民主化反対の声を少しでも受け入れた形に見せようとする今回の総選挙は、すでにどうみても民主的選挙の色合いが見られない。一方的に全体の25%の議席を軍部議員に割り当て、他方で引き続きNLD指導者アウン・サン・スー・チーさんを自宅軟禁処分にしたまま、総選挙をボイコットするNLDを解党処分にして自分たちの思いのまま選挙を行い、長期政権を維持しようとの目論みである。

 NLDは総選挙の信頼度を失わせるために、棄権を呼びかける運動を秘かに進めて、総選挙自体の国民的非人気を高めて、軍部に打撃を与えようとしている。スー・チーさんが言う「投票権があるように、投票したくなければ棄権する権利もある」という言葉が、力を発揮するだろうか。注目して結果をみてみたい。

2010年11月7日 | カテゴリー : 未分類 | 投稿者 : mr-kondoh.com

1272.2010年11月6日(土) 愉しい高校同窓会

 横浜・桜木町駅前ワシントン・ホテル内「東天紅」で、湘南高校同期生会が開かれた。同級生も71歳、72歳となり、それぞれに老境に入ったと感じられる。同級生は全員で401名だったが、今日の出席者は78名だったので約20%の出席率である。だが、判明しているだけでも60名が物故者になっている現実を考えれば、卒業後53年も経過した現在、そんなに悪い出席率ではないかも知れない。

 残念ながら高校時代から親しい轟貞雄、加藤靖典、山田勝久3君が出席しなかったのが、少々寂しい。ラグビー部の仲間だった大島泰毅くんも欠席だった。山田くんは心臓が悪いらしいし、大島くんはお母さんと奥さんの具合が悪いらしい。

 近著を贈った牧野力、吉水淑浩両君からお礼を言われたが、特に牧野くんからは内容的に良いと言ってもらったので、ほっとしている。牧野くんは通産事務次官卒業後天下りを繰り返していて、今は財団法人の会長を務めている。前の独立行政法人に比べて地味なところなので、聞いてみると時間的には余裕があるとのことだった。相変わらず健康そうなので取りあえず良かった。

 案の定今日の話題のひとつは、ノーベル化学賞を受賞された根岸英一先輩に関するもので、偶々卒壽の身でご出席された化学の雨宮先生には、在学中根岸博士があまり印象に残っていないとのお話だった。卒業後初めて会った石村(旧姓安藤)櫻さんは、遠路札幌から出席されたが、今年のノーベル賞受賞者は高校の先輩(根岸博士)と大学(北大)の先輩(鈴木章博士)であると鼻高々だった。

 さて、来週から横浜でAPEC首脳会談が開催されるので、大分厳しい警戒態勢が敷かれている。今日も桜木町駅前には山形県警から応援に駆けつけた警官がいたほどである。この会談の大きな話題のひとつがTPP加盟問題だろう。充分論議を尽くしているとも思えない。未だに政府内で対立している。

 さらに、今日になって前原誠司・前国交大臣が一旦は中止決定を下した八ッ場ダムの建設計画が、馬渕澄夫・現大臣によって振り出しに戻りそうな雲行きになってきた。馬渕大臣が地元の声を受けて、変更しかねない様相である。中止決定を先に延ばすということであるが、これまでの複雑な経緯から推して、そう簡単に朝令暮改をやらないようもう少し慎重であってもらいたい。

 どうも今の閣僚には、芯の強さや信念の固さが見られない。腰がふらついている。これだから外交ばかりか、内政まで怪しくなってきた。

2010年11月6日 | カテゴリー : 未分類 | 投稿者 : mr-kondoh.com

1271.2010年11月5日(金) 中国漁船衝突時の映像がインターネットで流れる。

 あっと驚くショッキングな映像ニュースが‘You Tube’で流された。朝からテレビ、インターネットを通して後から後へと関連ニュースが流れる。まるでハチの巣をつついたような騒ぎである。そのニュースは昨夜初めて流された。何とその映像とは、国民に広く公開すべきかどうかで喧しい尖閣諸島問題の発端となった、中国漁船と海上保安庁巡視船の衝突現場のビデオ映像である。あれだけ公開するのしないのと喧々囂々の言い合いがあったのに、いとも無造作にインターネットに流出し、国民が気軽に見てしまったのである。この映像が本物かどうかという疑問も呈せられているが、どう見てもあの迫力あるシーンから考えて本物の現場写真である可能性が高い。

 この映像は先日一部の国会議員を対象に公開された7分間のテープと酷似しているようだ。画像を見る限り明らかに中国漁船が巡視船「よなぐに」と「みずき」に意図的に衝突している。

 それにしても政府が国民への公開をためらっているにも拘わらず、どうしてこういう映像が容易に見られる‘You Tube’で観ることが出来るのか。ビデオを所有している検察か、海上保安庁の誰かが何らかの意図を持ってサイトに流したのは間違いないだろう。

 夕刊記事と写真を見てもその異常な衝突現場の映像はちょっと普通では考えられない。政府首脳は慌てふためいているが、どうも機密保持、危機管理がずぶずぶで甘すぎるようだ。ビデオが一体どこから流れたのか、今のところはっきりしない。国の威信にも関わることでもあり、ビデオ流失の原因を徹底的に究明して欲しいものである。

 しかし、それにしても菅内閣の外交、危機管理はまったく当てにならない。こんな不透明で無様な危機管理しか出来ないのは、それぞれの大臣が能力的に大臣の椅子に座るだけの資質に問題があるからである。沖縄・普天間基地移設問題は未だに闇の中にあり、尖閣諸島、北方領土、さらに最近ではTPP問題も持ち上がり、政府部内で経済産業省と農林水産省が対立している。まだまだ、国内的に今年度の補正予算問題もある。国会が一向に先へ進まない。これが菅内閣の現実であり、政治執行能力である。

 国民のひとりとして感じるのは、お先真っ暗ということである。

2010年11月5日 | カテゴリー : 未分類 | 投稿者 : mr-kondoh.com

1270.2010年11月4日(木) アメリカ中間選挙でオバマ政権完敗

 昨日アメリカで中間選挙が行われ、充分予想されていたことではあるが、オバマ大統領に対する信頼感が大きく下降した証として、民主党議員が大幅に減少した。歴史的大敗である。

 アメリカの立法は日本とはかなり異なり、任期2年の下院は全435議席の改選、そして任期6年の上院では100議席の約1/3に当たる37議席が改選される。中間選挙の結果、下院では255議席だった民主党が185議席にまで減り、逆に共和党は178から239へ議席を伸ばした。上院でも民主党は過半数を辛うじて維持したが、59から51議席へ減らしたのに反して、共和党は41議席から46議席へ増やした。

 経済不況により、失業者が増え失業率は10%近い。失業者や非正規労働者問題がクローズアップされているわが国でも精々5%前後である。これでは、失業者を含む労働者、経済界からオバマ政権に対する不満が高まるのも頷ける。

 しかし、民主党惨敗の原因は、経済問題ばかりではない。茶会系候補が支持を固めたのは、2年前の大統領選でオバマ大統領当選のために活動した若者が動かなかったからだとされる。その最大の理由は、大統領があれほど熱心に法制化を説得し実現した医療保険改革が、中間層以上の選挙民から袋叩きに会い、攻撃の大きなターゲットとなったことである。

 ただ、国際社会では、世界をリードするべきアメリカが国内問題にかかりきりになってもらっては困る。アメリカにとっては、仮に国内的にどうあっても国際的には民主国家として外交上で存在感を発揮し続けてもらいたい。アメリカにとっても、オバマ政権にとっても正念場になってきた。

 昨日の誕生日にもうひとつグッドニュースを得られるかと期待していたが、残念ながら実現しなかった。東京六大学野球リーグ戦最後の早慶戦後の優勝決定戦で、早稲田が母校慶応に勝ったことにより、慶応連覇は露と消えた。

 特に今秋の早慶戦が注目を集めたのは、早慶戦で早稲田が1勝でもすれば、すんなり早稲田が優勝するはずだったが、ご丁寧にも連敗して慶応と同勝点、同勝率で首位に並び、改めて早慶戦による優勝決定戦が行われた。流石に早稲田も最後で踏ん張り、慶応を倒して優勝を決めた。早慶両校が優勝決定戦で優勝を争うのは50年ぶりということから注目されるようになった。しかも、早稲田には先日プロ野球界からドラフト1位指名を勝ち取ったエース級投手が3人もいる。これも50年前の早慶6連戦と状況が似ている。当時慶応にはプロ入りはしなかったが大型投手と言われた、清沢、角谷、三浦、丹羽の4羽烏がいた。慶応絶対有利だったが、優勝決定戦も含め1勝3敗2引き分けの戦績で優勝を逸した苦い思い出がある。

 その年、1960年の6月に安保条約改定が調印され、60年安保はわれわれ学生にとって屈辱的な敗北となった。その後しばらくは抜け殻のような気持で大学キャンパスへ出かけた。その虚ろな気持を救ってくれたのが、歴史的名勝負と言われた秋の早慶6連戦だった。全試合応援のため毎日神宮球場へ通い、暗くなるまで芝の外野席で応援していた。これほどエポックメーキングで、青春を謳歌した対抗試合はなかったと思う。いずれにしろ懐かしい思い出である。

2010年11月4日 | カテゴリー : 未分類 | 投稿者 : mr-kondoh.com