充実したホームページに仕上げていこうと、毎日目を凝らしながら取り組んでおります。淡々と書き続けてきただけで、10年2月に初めて4桁の大台1000回を、そして奇しくも74歳の誕生日に当たる2012年「文化の日」に連続2000回を、15年7月31日に3000回、18年4月26日に4000回、21年1月19日に5000回を数えました。ここでは、出来るだけポジティブな意見や、気軽な独言、時には戯言や想い出を書き込んで、自分自身の気持ちを素直に表わしながら楽しく読んでいただけるよう心がけたいと思っております。意見の主張というより、感じたままを日記風に書き綴って参ります。身勝手な意見や、独断的な表現も見られると存じますが、どうぞご理解下さいますようお願い致します。皆さまの忌憚のないご意見をお寄せいただければ有難く存じます。
ブログ・ご意見番の意見
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1289.2010年11月23日(火) 第2次朝鮮戦争勃発か? 北が韓国を砲撃
今日は祭日、勤労感謝の日で、昔から毎年ラグビー早慶戦が行われる日と覚えている。今年の慶応ラグビーは今月3日の「文化の日」に戦った明治に20-17のスコアで7年ぶりに惜敗して、優勝戦線から一歩後退した。
昼間は小田急百貨店にお歳暮の買い物に出かけたので、帰ってからのビデオ観戦となった。今日の慶応は終始押されていたようだったが、確実なタックルでよく早稲田の攻撃をしのぎ、前半3-3、後半7-5の2点差で逃げ切り、2000年以来10年ぶりで早稲田に勝ち、12月の早明戦次第によっては関東大学対抗戦グループで優勝の芽が出てきた。高校の後輩、栗原大介くんも地味なプレイながら相手のトライ寸前でボールをはたき、未然に早稲田のトライを防いだ。このプレイがなかったら負けていたわけだから、殊勲甲と言ってもいい。
さて、今日の買い物でスェーター、カーディガン、Gパンをそれぞれ1枚づつ買った。Gパンを買ったのは初めてで、一度試してみたいとは思っていたが、来月6日に韓国へ出かけるのを機会に‘MICHEL KLEIN’でしっかりしたデニムを購入した。ちょっと恥ずかしい気もしたが、寸法合せをしてはいてみると割合フィットしてその感触がいい。それに柄にもなく体形もスマートに見えるので、気に入っている。今まで食わず嫌いだったGパンだが、これからは少し熟年のお洒落も楽しんでみることも必要ではないかとも考えている。
ところで、今日午後突然えらく物騒な事件が勃発した。北朝鮮軍が韓国のヨンピョン島(延坪島)に突然砲撃を加えたのである。これに応戦した韓国軍との間で射撃戦が行われた。砲撃戦で韓国軍兵士2名が亡くなり16名もの重軽傷者が出て、民間人も十数名が負傷した。小学校6年生の時勃発した朝鮮戦争以後も、これまで何度か北朝鮮が挑発して騒ぎが起きたことはある。記憶に新しい事件では、3月に韓国哨戒艦が北朝鮮軍の魚雷攻撃によって撃沈され、乗組員46名が亡くなった。その際にも北は関与していないと言い張った。
それにしても世界中の嫌われ者・北朝鮮の無茶で身勝手な行動により困ったことになった。今までの局地的な事件とは異なり、北が遅れて発表したコメントでは、最近北朝鮮海域に近い黄海で行われている米韓合同軍事演習が北の安全を脅かしていると北は韓国に対して警告していた。そこへ北朝鮮のウラン濃縮用施設の開発、金正日総書記の後継者として三男金正恩が決まったこと、等々が重なりマイナス・イメージで存在感を強めてきた。一方で北朝鮮軍部内における人事を巡る内輪揉め、それを抑えるために敢えて軍部が暴発したとの専門家の指摘もある。まったく先がよく分らない筋書きである。
北朝鮮がどうしてこういう荒っぽい行動に走ったのか、まったく理解に苦しむ。当分この事件に関して世界中が姦しいことだろう。第2次朝鮮戦争に発展しないことを祈るばかりである。
1288.2010年11月22日(月) 柳田稔法務大臣ついに辞任
偶々と言おうか、今夕の日経紙スポーツ欄に巨人軍の東野峻投手の今季の活躍が大きく取り上げられている。優勝を逸したとは言え、東野投手は今年13勝を挙げ巨人軍投手陣の勝ち頭となった。読んでいてパッと目がいったのは、東野投手の出身校が何と昨日櫻井先生とともに訪れた茨城県立鉾田一高だったことである。そう言えば、校舎の裏側に広いグランドがあり、更にその向うに野球場があった。こんな環境なら思い切ってプレイ出来るだろう。確か一時センバツにも出場して、その後プロ入りした戸田投手?が活躍したことがあった。それにしても昨日学校へ行ったのは、偶然のまた偶然と言えようか。
さて、今月14日に柳田稔法務大臣が広島市内の後援者の集まりで、大臣が国会答弁を軽視するような大臣としてあるまじき発言をしたことが物議を醸し、野党から辞任要求が出されていた。これまで通り柳田法相は、最近話題になっている検察制度を検証し、必要なら改正するために全力を注ぎたい、と検察改革に強い意欲を示していた。そのためにこのまま大臣の椅子に座り続け職務を果たすことこそが責務であるとして、頑として辞任要求をはねつけていた。
しかし、今年度の補正予算成立などの難問を抱え、民主党もこの苦境を逃れるために法相を更迭することを決断した。
自民党、公明党、みんなの党などの野党はこれだけでは引き下がらず、菅首相の任命責任も追及する構えも見せている。この先すんなり国会運営が出来るのか気がかりであるが、言葉尻を捉えた与野党の不毛の論争となった感がある。結論から言えば、大臣の質が低い。法相自身「法相はいいです。答弁は2つだけ覚えておけばいい」などと軽率な発言をしたが、よくもそんなことを言えたものである。柳田法相が大臣としての資質に欠けることは明々白々である。
政治家と言えば、今や世襲政治家でなければ中々重要職には容易に就けないカラクリがあるようだが、それが苦労知らずのお坊ちゃんをダメ政治家に育てる温床になっている。それにしても、民主党は程度の低い国会議員の定数を削減すると約束したマニフェストも実行しようとの素振りすら見えない。国会議員の歳費の縮減だって、約束のほんの僅かしか実行していない。
法相の愚かな発言が出てくるのは、元を糺せば国会議員のレベルの低下に歯止めをかけようとしないからだ。どうあろうとも、いつも一番バカを見るのは国民である。
1287.2010年11月21日(日) 櫻井先生と鉾田一高へ
昨晩はすっかり飲みすぎてほろ酔い気分のまま部屋へ帰り、バタッと眠りについてしまったが、今朝になっていよいよ「スマイル会」も解団となると気持ちとしては寂しい。朝食後水戸まで何とか足を確保しようと考えていたら、取手市にお住まいの櫻井徳郎先生が、常磐線の駅まで送って下さるとの親切なお誘いに甘えてJR石岡駅まで車に同乗させていただいた。
櫻井先生の特技と専門知識を生かされた園芸については、日頃から努力されてご自宅の庭園や田畑を解放されて園芸や、土いじりを味わいたいという地域の方々を広くお招きして、「櫻友会」と称して楽しみながら和気藹々と園芸をご指導しておられる。茨城県内の学校や施設で講演をしながら、花壇の設計や造園計画にもかなり携わられたようだ。石岡駅への途次大洗海岸沿いに南下して、鉾田市内を通り抜けた時、造園を手がけられた県立鉾田一高へ寄ってみようということになり、狭い道路を走って校庭へ到着した。生憎休日なのでキャンパスはひっそりしていたが、トラック1周400mの広さがとれ、公式記録会が催されるほど校庭が広いのには驚いた。
やはり地方の学校の方が施設は広々と運動環境に恵まれている。生徒たちは思う存分走り回ることが出来て幸せだと思う。
櫻井先生がしみじみお話されたが、学校などの造園設計はほとんど設計者の名が表示されない。仮に名前が出るとしても代表者、つまり学校なら校長の名前が刻まれると話された。それは、他の記念碑的な彫刻や石碑でもそうだ。この鉾田一高でも校門から校舎へ向かってその前に創立周年記念彫像が建立されている。その下にその時の校長の言葉が達筆で刻まれていた。
石岡駅まで櫻井先生に送られて帰宅したのが、午後1時過ぎだった。櫻井先生には随分お世話になってしまった。この「スマイル会」の先生方には多くのことを教えてもらった。いま歩んでいる未熟な旅行ジャーナリストとしての仕事でも参考になったことが沢山あった。
しかし、「スマイル会」解団となるとやはり寂しい気がする。鹿嶋市から車で来られた石橋先生には、近くへ来られる時はぜひ連絡して欲しいと仰っていただいた。良い想い出を与えてくれて感謝の気持でいっぱいである。
さあ次の教育海外研修団は1週間後で、これも今回限りで解団である。
1286.2010年11月20日(土) 「スマイル会」結団25年を前に解団
1986年11月に茨城県海外教育視察団にお供して、当時の西ドイツ・アウグスブルグとフランスのエブリーで学校訪問をしてから、すでに24年が経過した。その後ほぼ毎年の如く同窓会を行ってきたが、参加された先生方もかなり退職された。幸いどなたも亡くなられてはいないが、今年が最後の同窓会と相成った。24回目同窓会の思い出は尽きない。万難を排する気持で参加した。
今回その視察団「スマイル会」の最後の同窓会は、大洗海岸を目前にする鴎松亭で開催された。そもそもユニークな会の名前は、添乗員だった私が、旅行中学校訪問だけに限らず、常々「スマイル!」「スマイル!」と笑顔を湛えることを連発、強要していたことから、帰ってから「スマイル会」と名づけられたものである。
当初は車で出かけるつもりだったが、大洗には水戸から牧歌的な鹿島臨港鉄道が運行されていると聞いたので、滅多に乗るチャンスがないと思い、試験搭乗さながらに電車で出かけることにした。JR常磐線・水戸駅で特急「スーパーひたち」から単線の単車輌に乗り換えた。車窓から見る沿線風景は稲穂も刈り取られ、まさに晩秋の田園風景である。人家はあまり見られず、これではあまり収益が上がらないのではないかと余計な心配をする。ほのぼのとした風情がいい。
ところが座席の前の方から、揚げ物の匂いが漂ってくる。ところどころでポテトチップスや、ポテトフライをつまみ食いしている乗客がいる。それが車内にぷ~んと匂ってくるのだ。乗客の様態を見ているとつまみ食い、携帯メール、居眠り、おしゃべりに分けられるようだ。そんな短い旅の中15分で大洗駅に到着した。この駅舎内にはこの鉄道会社の本社がある。ここからタクシーで鴎松亭まで10分。
大洗と言えば、旧大洗荘の早稲田大野球部OBの石井藤吉郎氏が有名人であるが、聞いてみるととっくの昔に亡くなられたと、タクシーの運転手がそんなことも知らないのかと言わんばかりの口の利き方だった。
団員は私を別にして25名であるが、「最後のスマイル会」が効いたのか、万障繰り合わせて出席して欠席者は僅か6名だった。石橋喜代雄団長の挨拶に続いて、出席者全員が近況報告をされたが、懐かしい顔が見られる。この視察団では、ロンドン滞在中にホテルの火災騒ぎがあり、朝方になって全員が部屋から逃げる騒ぎがあったが、その当時の情景を説明される先生がおられて、改めてこの「スマイル会」が、火事現場に出遭わせたのだと再認識した。
この団のまとまりが良いのは、やはり石橋団長のお人柄と統率力が秀でているからである。近況を伺っていると淀川ゆき先生のように、現在女性として初めて牛久市教育長の職を務めておられる先生もおられるし、来年定年を迎えられる3人の先生はそれぞれ小中学校長として勤めておられる。他にも公民館や生涯学習センターで活動しておられる先生も4人おられる。皆さんそれぞれ元気に地域で活躍されている。団結成以来24年となったが、まだ物故者がいないこういう時期に解団して、当時を偲ぶのが良いのではないかという考えで未練はあるが今回が最終回となった。
走馬灯のように想いは駆け巡る。若い時代の感傷である。
部屋に引き上げてから、お声がかかり別室で2次会を12時半まで続けていた。みんな口では解団もやむを得ないと言っていたが、実は別れがたいのである。窓の外は打ち寄せる太平洋の波に月光である。ついセンチメンタルな気持になる。
1285.2010年11月19日(金) 厳しい今年の就職戦線
大学生の就職状況がはかばかしくないらしい。10月1日時点で、来春卒業予定の大学生の就職内定率が過去最低の57.6%まで落ち込み、就職活動は再び氷河期に突入した。
このところ毎日のように大学生の就職活動の様子がテレビで放映されている。特に、地方の大学生が苦戦を強いられているようだ。地方には学生を受け入れる企業が少ないことがその最大の原因である。関東や近畿は60%を超えているが、九州や北海道、四国などの大学生は中々内定を得られず、50%をちょっと超えた程度である。
翻って自分たちの時はどうだったか。卒業の1年前が空前の売り手市場で、あっと言う間に就職が決まっていた。そのおこぼれを受けてわれわれの卒業した昭和38年もあまり就職状況は悪くなかったような気がする。本気になればどんな会社だって入れると思い上がった気持があった。それで父親に頼ることもなく自分で職探しをして失敗し、私なぞは友人が次々に決まっていくのに、中々決まらず、親を心配させた。それでもゼミの先輩のルートで何とか就職することが出来た。
それに比べれば今の学生たちが気の毒でならない。尤も全般的に今の学生たちは世相の影響か、昔の学生のようにひたすら前向きに進むと言う感じを受けず、妙に余裕があるのか、あちらこちら目移りがしてじっと前を見つめて突き進む学生はあまり多くないような気がする。
2年前のリーマン・ショック以来就職状況は悪化の一途であり、「就職氷河期」と呼ばれた2000年前後でも60%台を維持していたことを考えると、今年の数字には極めて悲観的にならざるを得ない。特にこれまでと違って、大学院卒、理系が芳しくなく、これにいつも通り女子の内定率が低い。経済が沈滞して、就職先としての受け皿が大きく凹んでいることが致命傷であり、こればかりは経済界だけではなく、国を挙げて取り組まなければならない深刻な課題である。
今や昇り調子の中国でも、大学生の就職難は深刻な問題となっているようだ。しかも中国では大学生の就職難は日本以上に悪化して、精々内定率は40%というから驚きである。一部にかなり高いレベルを求める企業がある反面、ほとんどの労働市場は単純労働者を求めている傾向に原因があるらしい。結局大学出が就職するマネージャー・クラスの仕事が思ったほど多くないことが効いている。
一気に解決するのは難しいだろうが、就職内定率60%に対して求人率が1.28倍というのは、企業と学生の間のミスマッチを証明している。学生も高望みはほどほどにして、自分の実力にあう企業を探すよう頭を切り替えることも必要ではないか。