ブログ・ご意見番の意見

 充実したホームページに仕上げていこうと、毎日目を凝らしながら取り組んでおります。淡々と書き続けてきただけで、10年2月に初めて4桁の大台1000回を、そして奇しくも74歳の誕生日に当たる2012年「文化の日」に連続2000回を、15年7月31日に3000回、18年4月26日に4000回、21年1月19日に5000回を数えました。ここでは、出来るだけポジティブな意見や、気軽な独言、時には戯言や想い出を書き込んで、自分自身の気持ちを素直に表わしながら楽しく読んでいただけるよう心がけたいと思っております。意見の主張というより、感じたままを日記風に書き綴って参ります。身勝手な意見や、独断的な表現も見られると存じますが、どうぞご理解下さいますようお願い致します。皆さまの忌憚のないご意見をお寄せいただければ有難く存じます。

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1304.2010年12月8日(水) 3つの世界遺産と初雪

 このツアーでは朝食をすべてホテル外で取ることになっている。今朝も外で食事をして高速道路をひたすら北上し、ソウル郊外45㎞にある世界遺産・水原華城を見学した。市内の目抜きにあって城内を車の往来の激しい道路が貫通している。城壁一周が5.7㎞でとても全体を見ることが出来ず、ごく一部の城壁を歩いただけだったが、まあそれなりに歴史を偲ぶことは出来る。しかし、周囲をビルに囲まれていて味気がない。どうも歴史の重厚さが感じられない。

 午後訪れた2つの世界遺産、宣陵と昌徳宮は李王朝の墓と王宮だが、ソウル市内のいずれも交通至便な地にある。それでも水原華城ほど街の喧騒やビルが気にならない。昌徳宮では、ガイドさんが李王朝最後の王に、梨本宮家から輿入れされた李正子さんにまつわる話をしみじみされた。話によると歴代の后妃の中でも2番目に人気があった妃とか。

 そう言えば、歴代大統領の中で1番人気の高かったのは、1979年に暗殺された朴正熙大統領だというのは意外な感じがした。軍人大統領として強圧的との印象が強かったが、私利私欲がなく国の発展のために献身的に努め、亡くなった時大統領の私財はほとんどなかったと言われている。その朴大統領が戦後悲運な境遇にあった李正子さんの生活を気にされ、国の費用を捻出して面倒をみたという。その点でも朴正熙大統領の真面目な人柄が窺える。

 今日訪れた3つの世界遺産に、6日の安東河回村を加えると、これで私が訪れた世界遺産は156ヶ所になる。これもひとつの勲章と考え、出来ればこれからも200ヶ所を目指して旅を続けたい。

 夕食後は今売り出し中のNANTAのコミカルな芸も観てみたいと興味があったが、今回はコリアハウスで公演中の伝統芸術を鑑賞した。韓国の伝統芸能というと必ず演奏されるアリランや、韓国民族舞踏の扇子舞があるが、それらを充分楽しむことが出来た。

 今朝ソウルで雪が降ったとは聞いたが、午後遅くなってからかなり激しい雪がみぞれに変わり、コリアハウスを出てから繁華街明洞を「銀ブラ」していた時はかなり降っていた。それにしても、東京で今年はまだ雪にお目にかかれないが、外国のソウルで初雪に会うとは旅の意外性と妙味であろう。

 今日はあのビートルズのジョン・レノンが暗殺されてちょうど30年目になる。先日解団した「チボリ会」の先生方とともにマルセイユ滞在中の30年前の今日、号外でジョン・レノンの死を知ってびっくりした。まさに「光陰矢の如し」である。静かに雪のソウルでマルセイユを想う。(韓国・ソウルにて)

2010年12月8日 | カテゴリー : 未分類 | 投稿者 : mr-kondoh.com

1303.2010年12月7日(火) 古都慶州を観光

 ぐっすり眠ってあたふたとバスに乗り込む。慶州は全韓国人が古都として誇りに思っている素晴らしい街だ。40年前にソウルで開催されたPATA会議に参加した時に、下関から関釜フェリーで釜山へやって来てソウルへ車で上る途中に訪れたことがある。随分綺麗になったと思う。だが、あまり昔のイメージが感じられない。全般的に少々垢抜けたように感じる。その後ここでエキスポが開催されたこともひとつの理由ではないだろうか。

 ホテルの近くの小さな食堂でカルビ湯の朝食をいただく。母子3代でお店を切り盛りしているというが、皺のしわくちゃなおばあさんが日本語で気を遣いながらお愛想を振りまいている。資格を取ったおばあさんが、主として料理の献立を作っているという。

 その後世界遺産に登録されている石窟庵と仏国寺を見学に訪れた。石窟庵への山道のアプローチはほとんど記憶がない。石窟もガラス越しで見学するようになった。仏国寺は有名な写真が取れる角度で数枚シャッターを押す。慶州観光で最近は取り上げられていない古墳内の見学がやはりなかった。その理由を明日ガイドさんに尋ねてみようと思う。

 山菜ビビンバの昼食後、高速道を今日の宿泊地・温陽温泉へ向かった。約300㎞を4時間近くかけて走ったが、その間に外岩里民俗村に立ち寄り見学した。昨日訪れた安東河回村とは異なり住民が実際に生活している。観光客がづかづかと敷地内に入り込んで、住民に迷惑をかけているのではないかと少々気になったが、入口で入村料を支払うようだ。きっとその一部は住民に何らかの助成金として手渡されるのだろう。ここの雰囲気は日本の古き里山だ。

 もう1ヶ所立ち寄った高速道のドライブインに米軍の軍用車と装甲車が数台やってきた。数人の米軍兵士の姿も売店で見られた。ヨンピョン島砲撃事件の直後でもあり米韓合同軍事演習が行われた時で、どうしても北朝鮮との対決を考えて無意識のうちに緊張感が走る。

 今日宿泊したのは、温陽の街の中心にある陰陽観光ホテルで、この土地の最高級ホテルとの触れ込みである。阪急の日程表によると英語で‘ONYANG KANKO HOTEL’と紹介されていたが、インターネットとホテルの備品には‘ONYANG HOTSPRING HOTEL’としてあった。外国で「観光」をホテル名につけるはずがないではないか。この辺りも格安ツアー阪急の面目躍如というところである。高級ホテルであることは全体の感じと付属施設の充実さで納得出来る。室内はオンドルであるが、昨日のホテルに比べれば完全にオンドルを承知の宿泊客を対象にしているように思う。室内に入ると左右にトイレ・バスルームと押入れがあり、だだっ広い10畳ほどのオンドル一間にはテレビと低い整理棚、卓袱台がおいてあるだけで、押入れから布団を出す。困るのは、事務用テーブルがないことで、パソコンを打つのにも一苦労する。幸い今日は充電出来たこととインターネット設備があったので、何とか原稿をパソコン送信出来る。

 このホテルは温泉を売り物にしているので、話の種に初めて韓国の温泉に浸かってみた。男女別々の大風呂で日本の温泉旅館とほとんど変わらず、ゆっくり寛ぐことが出来た。この温泉利用スタイルは日本人が教えたそうだ。

 やや疲れ気味なので、好い加減な文をアップしてしまったが、何とか送信出来たので一安心である。明日は首都ソウルへ向かう。 (韓国・温陽温泉にて)

2010年12月7日 | カテゴリー : 未分類 | 投稿者 : mr-kondoh.com

1302.2010年12月6日(月) 2年ぶりの韓国に期待高まる。

 新しくなった羽田国際空港へ妻に車で送ってもらい、初めてこの新ターミナルビルを使用してソウル金浦空港へ向かった。新空港ビルは斬新なデザインでテクノビルの感じであるが、広さもそれほどではなく、残念ながら新しい空港が出来たというわくわく感を抱かせてはくれない。これでは仁川空港や、シンガポールのチャンギー空港に対抗してハブ空港としては勝負にならないと思う。いざ搭乗となると大韓航空機へ乗り込むのに待合室からバスで案内されたのは、かなり時代に遅れているのではないかとややがっかりである。

 今回の旅行は僭越であるが、次回の書き下ろし作品のために格安旅行で業績を伸ばしてきた阪急交通社・トラピックスの対応とツアー・ハンドリング状況をチェックするのもひとつの目的である。そんなわけで格安団体旅行に参加してみた。安いのは結構だが、以前から会社と旅行参加者のハートフルな交流が乏しいと感じていた。実際この会社は、2004年エジプト・アレキサンドリアで1ヶ月の間に2度もバスのスリップ事故を起こした。察するところタイヤが磨耗した古いバスを利用していたからだと、TRAVEL JOURNAL紙へ寄稿した。同誌編集長によると同社から拙稿に対して苦情らしきものが寄せられたという。詳細は不明だが、痛いところを突かれて後ろめたい点もあったのだろう。

 申し込み段階から書類関係のやり取りでは、やはり不親切だと感じていた。やはり対応が冷たい感じがする。ところが、韓国でツアーが動き出すとツアーオペレーターは沢山のツアーを扱い慣れているせいか、そつなく今日1日のスケジュールを消化した。ガイドによれば、最近は圧倒的に阪急の牙城で、かつて盛んに送客していた大手業者のJTB、近ツー、日本旅行などでも、阪急の前では影が薄いそうだ。

 金浦空港に到着してから高速道路を走って今年世界遺産に登録された安東河回村を訪れ、1時間たっぷり朝鮮の伝統的な民家を見学した。1999年にはイギリスのエリザベス女王が訪れた。

 その後夕食を取って古都慶州のホテルへチェックインしたのは午後8時40分だった。この間走行距離約430㎞でかなり疲れた。外はやはり大陸性気候のせいでぞくぞくするような寒さだった。

 ガイドは中々意欲的な中年の女性で、李玉女さんと仰る。いま緊張している北朝鮮との関係について韓国人の気持を話してくれた。ソウル市内を東西に流れている漢江を境に、北部の地域が北朝鮮との対決の影響から南側に比べて住宅が少ないと意外な話を聞いた。いざ北が攻めて来たら逃げ易いためだという。こういう話は現地でないと聞けない。更に韓国の人びとはヨンピョン島を砲撃して民間人を殺害したことについては休戦協定に違反していると厳しい見方をしていた。

 ホテルは慶州のリゾートホテルで室内はオンドルで暖かく、これも経験だと思うが、インターネットの接続ができず、充電するコンセントが初めて見たタイプのもので持参したいくつかのオプションも使えずカメラ、パソコンの充電ができなかったのがやはり不満だ。

 明日からどんなスケジュールで、何を見せてくれるのか楽しみにしている。 (韓国・慶州にて)

2010年12月6日 | カテゴリー : 未分類 | 投稿者 : mr-kondoh.com

1301.2010年12月5日(日) クラシックの演奏会を楽しむ。

 年に2回恒例行事となったゼミの赤松晋さんがチェロを演奏するアマチュア・オーケストラ「上野浅草フィルハーモニー管弦楽団」の定期演奏会がいつも通り浅草公会堂で開催された。

 演奏曲目はベートーベン「交響曲第8番へ長調」とショスタコーヴィッチ「交響曲第5番ニ短調」で、いずれも私には馴染みのない作品だった。いつもこの定期演奏会で演奏されるのは、普段あまり聞き覚えのない曲目が多い。最後にアンコールで「仮面舞踏会」が演奏され、やっと知っている曲に出合った。クラシックを聞く機会はあまりないので、時折静かに耳を傾ける機会があるのは貴重である。

 私も妻と出かけたが、夫人同伴のゼミ仲間が多く、全体で21人ほどの参加だった。終ってから幹事が予約してくれたレストラン「アリゾナ」で会食となったが、この店は生前永井荷風が好んで利用したところで、店内に荷風の写真が飾ってあり、店の主が複製ではあるが、荷風の作品「濹東綺譚」を見せてくれた。中々きれいで女性的な筆文字に加えて訂正箇所が朱文字で記入されているのが、パソコンでは感じられない味わいを出している。

 それにしても赤松さんは相変わらず若い。80名ほどの団員の中で、最年長とのことだが、ステージを見ていると最年少といってもおかしくない。あまりわれわれが、この演奏会にかこつけた会合が楽しみだと赤松さんにプレッシャーをかけるので、辛くても止められないと笑いながらこぼしていた。

 いつも感じるのだが、浅草界隈には独特の風情があり昔の下町情緒が残っている。昼食に入った日本蕎麦店「満留賀」は明治28年開業と書かれていたが、意外にも外人客がいくつか小さなグループ単位で入って来たのには驚いた。

 いま話題の東京スカイツリーが一歩一歩完成へ向けて上空へ伸びていて、通行人も立ち止まっては見物している。確かに話題になるタワーであることには違いないが、出来れば首都・東京のシンボルとしては日本的な建物の方がずっとサマになるのではないか。私も近著「そこが知りたい 観光・都市・環境」の中で触れたが、その点では江戸城が往時の木造で復元されるようだともっと大勢の人々の関心を高めることだろう。

 年に2度ではあるが、気持ちの通じあう仲間とコンサートを聴き、食事を楽しめることは幸せである。14日には、同じ仲間と下北沢で忘年会がある。

2010年12月5日 | カテゴリー : 未分類 | 投稿者 : mr-kondoh.com

1300.2010年12月4日(土) 東北新幹線全線開通

 3年半に亘りこのブログを書いてきたが、今日連続1,300回というひとつの節目を迎えた。毎日原稿用紙3枚分程度を書き続けることは、傍から見れば大変なように見えるかも知れないが、自分自身としてはそれほどタフだと思ったことはない。書く材料は目の前にいくらでもあるし、的外れだろうと何であろうと、今のところ幸いにも書きたいという意欲と好奇心が衰えないので、しばらくはこのまま書いていこうと考えている。お陰で友人たちにも結構読んでもらっているようなので、彼らに対する近況と意思伝達にもなっている。あまり古い記録では参考にもならないと思うが、今年書いたブログは来年辺り小冊子にでもまとめて、友人たちに配ろうかとも考えている。

 さて、今日JR東北新幹線が八戸から新青森まで延伸開通して、東京駅から最終目的地までつながり念願成就となった。明治24年の開通時の所要26時間に比べると、120年経って時間的に僅か3時間20分と大幅にスピード・アップされたが、よく考えてみると巨額の投資をして新幹線網を整備しても、負の遺産というべきか、その一方で取り残されるものも沢山ある。

 東海道新幹線が初めて開通したのは、東京オリンピックが開催された昭和39年だが、あの頃はまだ高度成長期の真っ只中にあったので、更に経済成長に拍車をかけるためのステップとして新幹線は大いに利用され、持て囃されたのはある面で頷ける。だが、今や高速道路網も発達、整備され、新幹線が必要と思われる主要幹線道には鉄道網が整備され、ある程度新幹線需要が国内の至るところにまで行き渡った現在、果たして小さな地方都市にまで新たに新幹線を敷設する必要があるだろうか疑問に感じることもある。実際東北新幹線の「いわて沼宮内」駅の乗降者数は、1日僅かに117人で全国の新幹線駅の中で最も少ないという。

 メジャーな鉄道網が栄える一方で、並行在来線が苦しい経営を余儀なくされ、地方鉄道もどんどん寂れて行く。それらはほとんどが第3セクター方式による経営に移行するが、まもなく多額の赤字を背負わされる自治体が悲鳴を上げるのは目に見えている。結局廃線の憂き目を見ることになるのではないか。

 新幹線開業でJRから分離された在来線で、苦境に追い込まれているメジャーな鉄道に、①IGRいわて銀河鉄道(盛岡市)、②しなの鉄道(上田市)、③肥薩おれんじ鉄道(八代市)などがあり、昨年までの累積赤字がそれぞれ3億1千万、1億9千万、8億7千万円に達している。地方の財政が厳しい中で、この赤字補填は辛い出費だろう。このまま行けば当然廃止の運命にぶち当たることになろう。そう思うと日の当たる一面ばかりでなく、その皺寄せを受ける陰の部分があることを忘れてはなるまい。

 今日の東北新幹線の乗車券は発売と同時に、往路と復路ともに30秒、45秒であっという間に売り切れ、大万歳だったそうだ。しかし、落とし穴もあった。想定以上の強風のため一時運転を休止して全路線に大幅な遅れが出たようである。事業のプラス面には陰のマイナス面と、プラスの中にも機械だけでは解決出来ない問題もある。中々うまく行かないものだ。

2010年12月4日 | カテゴリー : 未分類 | 投稿者 : mr-kondoh.com