充実したホームページに仕上げていこうと、毎日目を凝らしながら取り組んでおります。淡々と書き続けてきただけで、10年2月に初めて4桁の大台1000回を、そして奇しくも74歳の誕生日に当たる2012年「文化の日」に連続2000回を、15年7月31日に3000回、18年4月26日に4000回、21年1月19日に5000回を数えました。ここでは、出来るだけポジティブな意見や、気軽な独言、時には戯言や想い出を書き込んで、自分自身の気持ちを素直に表わしながら楽しく読んでいただけるよう心がけたいと思っております。意見の主張というより、感じたままを日記風に書き綴って参ります。身勝手な意見や、独断的な表現も見られると存じますが、どうぞご理解下さいますようお願い致します。皆さまの忌憚のないご意見をお寄せいただければ有難く存じます。
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1359.2011年2月1日(火) いよいよムバラク政権も年貢の納め時か。
エジプトが大きく揺れている。これまでアメリカは自国の中東政策の立場から、イスラム過激派と一定の距離を保ちながらイスラエルとも比較的友好的なムバラク政権を財政・軍事両面で支えてきた。この安定したムバラク政権が倒れることは、アメリカの中東政策の根幹を揺るがしかねない。何とかムバラク政権に命脈を保ってもらいたいというのがアメリカの本音である。そのため、ムバラク政権打倒を掲げるデモ隊に自重を促してきた。しかし、反ムバラクの声は日に日に勢いを増し、一触即発の様相を見せてきた。下手をするとエジプトがイスラム急進勢力に制圧されかねない。
遂にアメリカも我慢しきれず、現状のムバラク政権を見放すことに腹を決めたようだ。「エジプト国民の願望に応じる政府への秩序ある移行を支持する」とクリントン国務長官が公式発表した。今日エジプトでは、タハリール広場を中心に100万人デモが計画されている。軍部が必ずしも政府の意向に沿わず、デモが平和的なら彼らに向けて発砲しないと発表したことが民衆を力づけることになった。
この様子では一両日中にムバラク政権が崩壊することもあり得るのではないだろうか。奢れる者は久しからずというには30年はあまりにも長過ぎたが、流石に独裁を誇ったムバラク大統領も年貢の納め時を迎えようとしている。
さて、国内では相変わらず霧島連山・新燃岳の噴火に住民は恐怖感を抱いている。昨日まで直径50m程度だった溶岩ドームが今日には500mほどに急速に広がり、このままだと火砕流が流出する恐れが出てきた。
日本海側の積雪は過去2番目の積雪量と発表された。北陸では道路上に1,000台以上の車が立ち往生したり、JRも運行中止になるやら、最近では見られない市民生活への打撃である。
いずれも自然現象であり、やむを得ないというところだが、自然の猛威は一体いつになったら矛を収めてくれることだろうか。
例年通り確定申告の時期が迫ってきた。毎年申告書類が送られてくると気持が落ち着かない。何せ面倒な書類の書き込みと帳簿・領収証の整理があるからである。2年前から個人事業主として税務署へ申告しているが、すべて手作業で行っているので、書き込みだけでも時間がかかる。昨年も来年(つまり今年のこと)こそは、PCで申請出来るようソフトを買って研修を受けようと思いながら実行出来ずに、今年も申告の時期がやってきた。不味いことには、昨年折角揃えていたゴム印を紛失してしまい、手書きで記入せねばならず、その分余計に手間がかかる。今や手書きは時代遅れとなり、ゴム印を販売している文房具店もなくなってしまった。この事実は現代ではPCで申告せよと圧力をかけているようなものだ。これから申告書類を作成して、青色申告会でチェックしてもらい税務署へ提出するまで気が重い。反省を踏まえて来年こそはPCで申告出来るようにしたい。
1358.2011年1月31日(月) エジプトのデモが心配なら、日本の政治も心配だ。
エジプトが今や機能不全に陥っている。街の治安を管理していた警察も、治安部隊も街頭から引き上げて一部には無政府状態になっているところもあるらしい。住民は自衛組織を造り暴徒から自主的に身を守っている。すでに死者も150人を超え、エジプト国内に留まっている日本人観光客は昨日までは搭乗機のフライト・キャンセルで出国出来なかったが、今日になって直行便でやっと帰ってきた。日本政府はまだ現地に留まっている人のために、カイロ・ローマ間の観光客救出用臨時便を運航することを発表した。
一方国内では鳥インフルエンザによる被害が拡大し、同時に霧島連山・新燃岳の爆発噴火の降灰による被害も甚大である。更に日本海沿岸では例年にない積雪量に悩まされ、人出不足で除雪作業も思うに任せず、公共道路工事作業員を除雪に廻してやりくりをしている状態で現場では悲鳴を上げている。
特に新燃岳の噴火では危険地域が拡大し、昨晩には山麓周辺では住民に対して避難勧告が出されて500世帯、1,100人以上の人々が避難した。また、噴火による影響で地形も変わり火砕流の危険も指摘され一層警戒の度合いが高まっている。
これだけ国内外の各地で深刻な事態に直面し、民衆の身に危険が迫り真剣に危険を振り払おうとしている最中に、一番仕事をしなければならない人たちが、まったく動かず、他人の悪口を言いあい自己主張を繰り返している。正義はわれにありと言わんばかりの傲慢な顔をしている。一体自分を何様と思っているのか問い質してみたい。国の危機に際してまったく危機感もなく、問題解決のために動こうとせず、日頃から空理空論を操り、高待遇のうえに胡坐をかき、政策を実行する志のない人々の集団、それは政治家集団である。とりわけ国会議員は国民との約束を果たそうとの気持すらなく、向上心もなく、国民の気持を理解しようとの真摯な気持もなく、地元の支持者とつるんで遊びまわっている。国会議員は国民の僕と言われていることをご存知か。あなたたちは一体全体このまま何もやらずにいて、国が迷走しているのを放っておくつもりなのかと問いたい。詰問すれば、われに理ありとばかりに中身のない回答が返ってくる。民主党政権なんか、一昨年政権を取ってから、はっきり言って国民生活向上のために効果的な政策を何も実行していないではないか。
通常国会では与野党がメンツと揚げ足取りに拘って、予算委員会もやっと開かれたばかりである。2ヶ月先に執行される新年度予算も未だに成立していないではないか。
こんな折に小沢一郎・元民主党代表が政治資金規正法違反で今日強制起訴されることになった。すでに検察審査会で2度も起訴相当とされながら、何らやましいことはないの一点張りで逃げ回っていた小沢氏は、今後容疑者として裁判で黒白をつけることになった。この問題に関わり過ぎると他の案件がまた進まない。使命感を欠いたやる気のな政治家どもにわれわれ国民はまだ翻弄されなければならないのか。
こんな状態がいつまで続いて良いものだろうか。この分では日本の政治はどんどん遅れ劣化していく。
1357.2011年1月30日(日) サッカー優勝に現代若者気質を思う。
今朝午前2時過ぎにカタールのドーハで開催されていたサッカー・アジア選手権の王者が決まった。日本が優勝したのである。3日前の準決勝でライバル韓国に延長線の末PK戦で勝って以来、連日マス・メディアはあらゆる角度から、決勝戦の対オーストラリア戦について予想を立てていた。その加熱報道ぶりは些か食傷気味となっていた。個人的にはオーストラリア戦は日本にとって身長の差でやや不利かなと思っていた。昨夜はテレビ観戦することもなく寝てしまったが、今朝のニュースはすべて日本が2大会ぶり4度目のアジア・チャンピォンに輝いたとの大々的な報道で溢れている。日本にとっては大分危ないシーンもあったが、相手チームを無失点に抑え、ともかく強敵オーストラリアを延長線の末に1-0で撃破した実力は誉めてやりたいと思う。
それにしてもFIFAの世界ランキングによると日本は29位だそうだが、近年の成長ぶりは著しい。チームが逞しくなったように思える。それは今までのように選手の言動にひ弱い印象が薄くなり、逆に普段通りの力を発揮出来る逞しさがチーム全体に身についてきたからだ。かつて日本サッカーはマイナースポーツの見本のように扱われ、世界に伍してとても戦えるような実力はなかった。それが、Jリーグが結成されてからメキメキ実力も向上して、ついにアジアの盟主に君臨することになった。とにかくメデタシ!メデタシ!である。
選手たちをよく観察してみると、昔に比べて大分変わったように思える。選手の1人ひとりが個性的で逞しくなった反面、傍若無人な言動と傲慢な振舞いも目立つようになってきた。それがグラウンド内で納まっていれば、許容されるだろう。ところがスポーツ面での活躍が、残念ながら他の分野でも許されると誤解する未熟な選手が増えてきたのも事実である。時折鼻持ちならない小生意気な選手が顰蹙を買い、世間からつまはじきにされる。それも時代を反映しているのかも知れない。
同じようなことは一般社会でも言える。素直でお行儀が良い若者が散見される一方で、エチケットを守れず、当たり前の常識すら身に付いていない若者が目につくようになったのも事実である。
ごく最近大学体育会クラブから一流企業へ勤め始めた若者に、彼と彼の会社にとって役立つ資料を送ってやったが、その後何の音沙汰もなくしびれをきらしてメールで資料を受け取ったくら知らせてくれたらどうかと注意したところ、慌てて謝罪の返信があった。だが、遅れた言い訳ばかり言ってあまり反省の色がないように思えたので、一社会人としては行動が遅いし言い訳が多すぎると老婆心のつもりでメールで忠告したら、それっきりウンともスンとも言ってこなくなった。小うるさいオヤジと嫌われたのだろう。ちょっとがっかりした。最近こういう風に他人からのアドバイスや小さな親切心を無視する若者が増えた。表面的には笑顔で如才なく振舞っているスポーツマンに見えたが、本心が透けて見えた。いずれ仕事で壁に突き当たることもあるだろうが、果たして挫けずに壁を突き破ることができるだろうか。ちょっとした他人の好意や配慮に思いが至らない現代青年に失望した次第である。
結局現代社会では年々人々の相互の交流が少なくなって、住みにくい環境となり、引き篭もり現象が見られるようになったのも、人々の利己的で相手を慮る気持が薄れたことが大きく影響していると思う。これも現代社会が忘れがちで、同時に大切なテーマであると思う。
日本サッカーチームの優勝から話が外れてしまったが、自分の力を思い通りに発揮出来る肝っ玉を持てるようになった若者は頼もしい。それを自分のわがままな言動ばかりに使わないで、周りをよく見てもっと社会を深く知ってもらえれば、現代社会ももう少し爽やかで捨てたものではないと思うのだが・・・・。
1356.2011年1月29日(土) エジプトのデモの行方が心配だ。
エジプト国内の反政府デモが尋常ならざる事態に追い込まれつつある。当局の指示により夜間外出禁止令が出され、ほとんどの都市でインターネットや携帯電話が接続出来ない状態が続いている。一連のデモにより多数の死傷者も出て、いよいよ容易なあぬ危機的な状況になってきた。この状態が続くと隣国チュニジアと同じように大統領の失脚、国外亡命という筋書きも考えられないわけではない。
ところが30年間に亘る長期独裁政権と汚職を非難され、民衆から辞任を求められている82歳のムバラク大統領は、国軍の支持を得ていることと、アメリカから軍事支援を得てこれまで政権基盤が比較的安定していたこともあり、デモ隊に対して「言論の自由を尊重する」と言いながらも、内閣総辞職など小手先だけの奇手を弄して今のところ自身職を辞する気持は毛頭ないようだ。
しかし、流石のアメリカも今回の民衆の反政府デモの対応に苦慮して、オバマ大統領はエジプト政府に対して政治、社会、経済で改革が必要だとの認識を示し、エジプトへの軍事・経済援助の見直しを検討すると警告した。
週末で株式市場が開かれていたニューヨークでは、原油価格が高騰しダウ平均が大幅に下がった。このままの状態が続くようだと、週明けには世界の株式市場にどんな影響が生じるか気になるところだ。
今日軍の装甲車がカイロ市内に入ってきた様子を見て驚いた50歳代のカイロ市民は装甲車が入って来るのを初めて見たと言っていたが、私が1968年1月初めてナセル政権下のカイロに入った時、数多くの戦車が走っているのをこの目で見ている。それくらい現実は想像も出来なかった事態が起きているということだろう。あの頃は第3次中東戦争直後で市内には観光気分なんか流れていなかったが、今回は日本人観光客も大分市内に滞在しているようだ。観光は平和へのパスポートと云われるが、チュニジア政変の際も多くの日本人観光客が旧カルタゴの同国内で観光を楽しんでいた。それまでは両国とも表面的には平和ムードだった。昔はほとんどこのような中東やマグレブ諸国には日本人観光客の姿はまったく見られなかったが、それがこのように今では世界のどこでも日本人の姿が見られるようになった。
しかし、治安が安全になったから観光客が訪れるようになったのかというと、必ずしもそうではないと思う。それは訪問客の経済的、社会的事情が時を経て観光し易くなっただけのことであり、当事国の治安事情は別物で観光立国であったり、その逆である場合がある。所によっては、むしろ以前より治安は危うくなっているように思う。
エジプト国内のデモがこれからどのような広がり方を見せるのか、或いは収束するのか、その場合現在の政治情勢はどう変わるのか、目が離せなくなってきた。
エジプトのことを心配していたら、今日ブラジルの首都リオに住む古い友人、アーリンド・フルタードさんから手紙が届いた。しばらく私から連絡がないので心配していたが、X’mas Cardを受け取りほっとしたと書いてあった。彼は医者を引退してリゾート海岸・コパカバーナの近くに住む今年80歳になる明るくポジティブなオジサンである。1973年に2度目のアフリカひとり旅でカイロに滞在して、ピラミッドの幻想的なLIGHT & SOUNDオプショナルツアーに参加した時偶然知り合い意気投合したものだ。爾来ともに地球の反対側に住みながら、お互いの家庭を訪ねあい、40年近くに亘り親交を深めてきた。阪神・淡路大震災の時には、わざわざリオからわが家族の身を心配して国際電話をかけてくれたくらいおもいやりのある男である。今日もらったコパカバーナ上空の絵葉書に、私が訪れた彼のマンションと私が宿泊したオットン・パレスホテルを矢印で示してくれている。
偶々今世界中から注視されているエジプトを介して、久しぶりに外国の旧友と相通じることが出来て、実に心が温まるようなさわやかな気持である。
1355.2011年1月28日(金) 知らなかったパリの地下世界
今日届けられた「NATIONAL GEOGRAPHIC」2月号のいくつかの特集記事のひとつ、「ようこそ、パリの地下世界へ」という見出しに思わず引きつけられた。写真やイラストを含めて22頁からならトピックだが、内容が極めてミステリアスでパリの地勢的な特徴の説明が興味を惹く。
これまで何十回となくパリを訪れ全体像をある程度知り、歴史的にも、芸術的にも、景観的にも大好きな都市のひとつであるが、実はパリの地下が上下水道や地下鉄以外に、これほどまでに深い歴史を孕み摩訶不思議な巣窟になっているとは寡聞にして知らなかった。
そもそもその発端は地下の採石場から石灰岩を掘り出して地上の石造りの建築物の資材用に使用したことから、地下に大きな空間が出来たことが原因らしい。どうやらそれらの石灰岩でノートルダム寺院も建造されたようだ。12世紀ごろのことだというから驚きである。それらの地下空間は地下20m以上もあり、それが分ったのは1774年に土地が陥没して多数の死者が出たことからである。その原因究明と防止のためにフランス革命の当事者であるルイ16世がお触れを出して地下が整備されたというから、実にドラマチックな史実である。採石場跡の壁には、銘板が取り付けられていて、そこには「壁の番号」「G=調査を行ったギョモーのイニシアル」「年号(1783)」が書かれている。何とフランス革命の6年前である。
断面図を見ると上下水道や古いメトロは、地下10m以内に敷設されているが、もっと深部には過密となった地上の墓地から掘り出され、移された多くの人骨が積み上げられて保管されていたり、第2次世界大戦時の掩蔽壕まである。狭いパリ市内の土地を当時の人々は効率的に活用したようだ。十数年前に開通した高速メトロは、更に深く地下36mを走行している。
かつてジャン・ヴァル・ジャンがジャベール警視に追われながらパリの下水道伝いに逃げた「レ・ミゼラブル」のストーリーから、パリを歩くたびに巨大な下水道に通じる道路両端の側溝と道路の清掃作業に興味を持って眺めていたものだった。1度は下水道ツアーで実際に地下道を歩いてみたいと思いながら、その思いは叶わず、今日新たな地下情報を得たが、いつかはパリの下水道に潜ることが出来るだろうか。
それにしてもこの月刊誌は、日本人の発想ではなく、われわれのあまり気がつかない視点から話題を取り上げてくれる。日本人とは異なる視点とそのアカデミックな切り口に強い関心を抱き、日本語版発刊以来17年間定期購読しているが、アメリカの学校図書館を訪れるとどこにも必ずこの雑誌が備えられているのもむべなるかなと思う。
さて、昨日のニュース2件に関して、エジプトのデモと霧島噴火がただならぬ様相を帯びてきた。エジプト国内では集会が禁止されているが、金曜日のモスク礼拝後に礼拝者がデモ行動に移り、警戒している軍と対立してそれは益々激化している。政府は断固デモを許さず、デモ隊を武力で押さえつける方針のようだ。エルバラダイ・前IAEA事務局長も在住先のオーストリアから帰国して、民主化と自由を求めてムバラク大統領の退陣を迫り、抗議行動は一層加速している。
一方で霧島・新燃岳が午後爆発噴火して周辺住民は降灰の影響で生活にも不自由し始めたようである。離れて住むわれわれとしては、こればかりははらはらしながら見守るより仕方がない。