充実したホームページに仕上げていこうと、毎日目を凝らしながら取り組んでおります。淡々と書き続けてきただけで、10年2月に初めて4桁の大台1000回を、そして奇しくも74歳の誕生日に当たる2012年「文化の日」に連続2000回を、15年7月31日に3000回、18年4月26日に4000回、21年1月19日に5000回を数えました。ここでは、出来るだけポジティブな意見や、気軽な独言、時には戯言や想い出を書き込んで、自分自身の気持ちを素直に表わしながら楽しく読んでいただけるよう心がけたいと思っております。意見の主張というより、感じたままを日記風に書き綴って参ります。身勝手な意見や、独断的な表現も見られると存じますが、どうぞご理解下さいますようお願い致します。皆さまの忌憚のないご意見をお寄せいただければ有難く存じます。
ブログ・ご意見番の意見
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1384.2011年2月26日(土) アメリカ、リビア制裁を発動
昭和11年の今日、2.26事件が勃発した。11日の建国記念日と同じように、今ではマス・メディアはほとんどこの歴史的事件を報道しない。珍しく朝日夕刊に死刑を執行された青年将校が刑務所看守に宛てた新たな遺書が発見された事実を記事にしていた程度である。2.26事件については、松本清張「昭和史の発掘」シリーズに詳しいが、今日の遺書はこれまで明らかにされていなかったものである。評論家の松本健一氏は「貴重で大切な資料だ。地方出身の看守にとって、将校は自分たちの貧苦や不平等を救おうとした者と映り、心を通じ合わせたのだろう。事件は昭和の日本人の胸に刺さり、今も抜けないトゲといえる」とコメントしている。だが、メディアを始め、学会や政治家たちはそのトゲを抜こうともしない。
ことの是非は別にして、ひたむきで純真だった青年将校たちの気持を今の政治家たちも少しは見習ってはどうか。
さて、心配していたリビア情勢がまた過激に動いた。首都トリポリへ向けて進んでいた反政府勢力に対して政府治安部隊と外国人傭兵が銃撃し、ある外国メディアによれば2千人以上の死者が出たという。カダフィ大佐は狂信的に反政府勢力に攻撃を仕掛け、トリポリ周辺では修羅場となっている。
在リビアのアメリカ人が1人残らず国を離れたことを確認して、アメリカ合衆国政府はリビアに対する制裁を発動した。同時に国連安保理事会でもリビア制裁について検討し、近日決議採択することになった。これによってカダフィは手足をもぎ取られるような窮状に陥り、少しは根を上げるだろうか。
それにしてもこういう緊急事態に際して、日本の存在感が薄いのは毎度のことだが、いつもわが物顔に登場して国際世論に反対を唱える中国が声ひとつ上げないのも不思議である。これには、大きな理由がある。中国はいま微妙な立場にあり、下手をすると現体制にとって命取りになりかねないのだ。チュニジア、エジプトに始まった中東の独裁国政権の崩壊により、中国共産党独裁政権下でもマグマが爆発する可能性があるからだ。中国各地では集会が禁止され、数人集まればすぐ身柄を拘束されてしまう。昨日は、北京市内で集会騒動があった場に偶々通りかかった駐中国アメリカ大使が、デモを煽っていたと報道されるほど、中国公安当局は集会や、中東情勢に神経を尖らせているらしい。
まだまだ当分の間目が離せない。
1383.2011年2月25日(金) カダフィの暴発が心配だ。
ニュージーランドでは地震発生後72時間の生存分岐リミットが迫り、懸命の救出作業が続けられている。日本人の不明者はその後1人増え、現在28人の所在が分らない。いつになったら不明者の安否がはっきりするのだろう。天候も不安定で余震も続く中で、国際的支援協調の下に緊急援助隊は昼夜を分かたず、ひたすら1人でも多くの人命を救助しようと捜索に当たっている。
その一方で北アフリカのリビアでは、人命が軽視され独裁者・カダフィ大佐が正気の沙汰とも思えない、国民を殺戮しようとする行動で世界中から厳しい非難を浴びている。それでも一切聞く耳を持たず、各地から首都へ向かって押し寄せる反政府勢力に対して、徹底的に押さえつけようと残虐な殺戮作戦を開始する構えである。
このリビアには、正式な名の元首や権力者がいない。憲法もなく、国会もなく、内閣もなく、俗に言う「大統領」や「首相」も当然ながらいない。国家と称しているが、まるで国家の体を成していない。ひたすらカダフィ個人が個人的に「大佐」の呼称を認めさせ、独断的に権力で国家を支配しているだけである。任意団体か個人商店のような国である。カダフィに歯向かうことは死を覚悟せねばならず、今まで強権的に国民を押さえ込んでこられたのは、彼らの恐怖政治への国民の怯えに他ならない。
テレビから流れてくるニュースから察すると、カダフィは本気で反政府勢力をやっつける気でいるようだ。遠からず相当激しい戦いが首都トリポリ周辺で行われるに違いない。現在首都以外の都市はほぼ反政府勢力に制圧された。彼らは一斉にトリポリに向かっている。カダフィと彼を支持する政権側は外国人傭兵を含めて、首都で反政府勢力を迎え撃つ態勢であり、血で血を洗う戦闘により多くの犠牲者が出ることが懸念される。
それにしてもカダフィのやり方は、国民を獣扱いである。首都で武器を持たない国民と重装備の政府軍が争った後には、一体何が残るのだろう。こんな内部分裂のような内戦はこれまで聞いたことがない。アメリカを始め先進国もことの重大さに不安を憶えている。とりわけ狂信的なカダフィが「核」使用に踏み切らないか。極めて事態は深刻である。ニュージーランドとは別の点で心配だ。
1382.2011年2月24日(木) かたや大地震、こなた政治の無為無策
クライストチャーチ地震の救援活動のため、日本からも緊急援助隊が現地入りした。早速救助活動に携わった。まだ余震があるため思い切った作業とはいかないようだが、実績のある援助隊だけに大きな力となってくれることを期待したい。
市内中心部に近い日本人語学研修生がいたCTVビルが倒壊したが、映像によると周囲の建物に比べてこのビルだけが完膚なきまでにつぶれている。今日はビルの建物構造上に問題があるのではないかと、地震と建築の専門家がいろいろな角度から耐震性について解説していた。そのビル跡から今日47人の遺体が発見されたという。まだ、70人以上が閉じ込められているらしい。遺体の国籍も性別も分らないようだが、恐らくその内の何人かは日本人研修生ではないかと心配である。更にニュージーランド側の救援責任者はビル滞在者の生存の可能性は少ないとまで発表した。
それにしてもこれだけ多数の日本人が海外で遭難したのは、2001年の9・11同時多発テロに次ぐケースだと思う。何ともやりきれない。学生の家族も続々と現地入りしているが、この先も悲惨なドラマが待っているのではないかと気がかりである。
さて、国内の政治関連ニュースでは、今日民主党の小沢一郎元代表に近い松木謙公・衆議院議員が農林水産政務官を辞任した。明らかに民主党の小沢氏に課した党員資格停止処分に対して抗議をしたものだ。また、新たな内輪揉めである。1週間前の16人の党内会派離脱に続く不祥事である。先の16人と松木氏のパフォーマンスは、何らの正当な理由も見当たらない。党幹部と反旗を翻した議員らの行動と論理には一片の道理も見られない。むしろ国家の正常な運営に対する冒涜ですらある。こういう酷い政治家たちが、国民不在のまま私利私欲に駆られて内輪揉めをしているだけである。
いま世論は菅政権に呆れている。しかし、後継者に適任な人物が見当たらないだけに、このままずるずる民主党政権が続くのではないか。総理大臣の首のすげ替えが非難されるが、現在の菅首相と民主党のていたらくでは、国会解散、そして総選挙で改めて新内閣が誕生するのを期待するしかないのではないかとつい暗い気持になる。
1381.2011年2月23日(水) 同級生が半世紀遅れで同窓生に
4年ぶりに湘南高校2年時のクラス会が藤沢市内の「銀座アスター藤沢賓館」で開かれた。当時担任だった春原淳三先生はその時のクラス会にご出席の後半年後に亡くなられた。90歳を超えてもクラス会にはいつも出席されていたが、晩年は体も不自由のご様子だった。
クラスは51名だったが、すでに10名の仲間が鬼籍に入った。在校時には高校野球の県内強豪校として知られ、甲子園も狙ったが準決勝で敗れて叶わず、その野球部の部員がクラスには4人もいた。その内レフト、センター、ライトのレギュラー外野3人組がみんな逝ってしまった。センターの伊藤秀男くんは放課後の練習ではいつもラグビー部と背中合わせの形で練習していて特別に気があったし、日産のセールスマンとなってサラリーマン生活をスタートした時には、最初にブルーバードを買ってあげたことが思い出されてくる。
今日出席した仲間から話を聞いてみると大病を患ったり、手術をしたり、五体満足な人は案外少ないようだ。その点では、多少部分的に具合が悪いところはあるが、外泊出来たり、時によっては海外まで行けるのは、72歳にして「健康体」の部類に入るのではないかと有難く思っている。それにしてもこのように15人も出席出来たのは、それぞれに幸せなことだと思う。
51人の内女子生徒は僅か4人だったが、みな優秀だった。その中でも昨年先輩のノーベル賞受賞者・根岸英一さん、後輩の指揮者・大野和士さんとともに文化功労者に推された中西準子さんは、とりわけ目立っていた。残念ながらお忙しいらしく欠席だった。アメリカに渡った渡辺玲子さんはそれ以来出席していない。秋本さんと渡井さんは毎回出席して主婦業なりの苦労話をしてくれる。このクラス会が、1年時でもなく3年時でもなく、中途半端?な2年生時であることが珍しいと思っている。すでに先生はお亡くなりになったのに依然として続いているのは、一にかかって名幹事のきめ細かいお世話のお陰である。その幹事だった林功くんはクモ膜下出血で倒れたが、大分経過は良いようで今日も出席してくれた。快気祝いとして僭越だったが、昨年上梓の拙著を差し上げた。今年は後継者山口重裕くんがよくまとめてくれた。どんな集まりでもそうだが、そこには必ず縁の下の力持ちがいるものだ。わがクラス会がいつまで続くか分らないが、幸いにして来年も今日23日に行うことが決まった。
仲間のひとり、図師征治くんが最後にエネルギーに火をつけるようなスピーチをしてくれたが、みんな彼の話に感心して聞き入った。昨年10月から通信教育学生として慶応義塾大学経済学部へ入学したという。卒業年次目標は、77歳の喜寿だと笑いながら述べていた。私の52年後輩にあたることになる。
彼は高校時代も優秀だったのに、家庭の事情だろうか大学へ進学せず、当時の三井銀行に入行した。彼の周囲はエリートの学卒者ばかりだったという。真面目な性格だったので、高卒者なりに銀行員人生を全うし海外でもニューヨーク支店に3年間も勤めた。だが、こう言っては失礼だが、やはり学歴社会では後輩にどんどん追い抜かれて行って、コンプレックスにも取り付かれ、内心忸怩たるものがあったのではないだろうか。卒業後に新卒学生として職に就くことは考えていないと言っていたが、先輩?としてサジェスチョン出来るようなことがあれば、僭越だが無事卒業出来るよう協力してあげたい。
先月原稿を送った国民生活センターから、昨夕校正ゲラをメール送信してくれた。取り急ぎ手直しをして再送した。中々良い仕上げになっている。来月の発行が楽しみである。
さて、昨日クライストチャーチで発生した地震は想像以上に大きな被害をもたらしている。語学研修中にその建物が全壊して、未だに日本人語学研修生の生死不明者が10人もいる。瓦礫の山となって、それを取り除く作業が大変のようだ。他の不明者を併せて日本人でまだ生死が分らない人が27名もいるという。今日救助された男子学生は、右足を切断のうえ助け出された。向学心が強かっただろう学生の胸の内を思うと、切ない気がしてならない。
1380.2011年2月22日(火) クライストチャーチで日本人生徒が大地震に遭遇
ニュージーランドのクライストチャーチ周辺でマグニチュード6.3の大きな地震があった。クライストチャーチはフラワーガーデン・シティと呼ばれるほど清潔で綺麗な街である。富山市内の外国語専門学校生が語学学習中の校舎が倒壊し完全に壊滅してしまった。不幸にして学生と引率教師が教室内で災害に巻き込まれたらしい。彼ら生徒21人と教師2人の消息がはっきりしない。夜10時現在まだ11人が不明である。その他にもかなりの数の日本人語学留学生が滞在していて安否がはっきりしないようだ。テレビ画像を見ていても語学学校が入居していたビルは、崩落して瓦礫の山となった。1904年に完成して街の象徴だった大聖堂の崩壊した姿が痛々しい。その背後にミレニアム・ホテルが見える。1997年秋に妻とニュージーランドを旅行した時に宿泊したホテルだ。
私自身1999年8月にイスタンブールでトルコ大地震に遭った時は、早朝でまだ眠っていたが、突然の衝撃と激震に大いに焦り慌てた。その時外国で自然災害に遭遇した時の恐怖を味わわされた。
NHK「ニュースウォッチ9」では、1時間のうち大半の40分を費やして報道していたが、心配なのはまだ生死不明の人たちが数多くいることである。
さて、リビアのカダフィ大佐が無茶をやってくれた。無防備の反政府デモに対して軍隊と外国人傭兵を使って軍用機とヘリで銃撃したのである。自国民に対する虐殺行為である。当然多数の死者が出た。カダフィにはデモ隊を制圧出来るとの自信、というより過信があったのだろう。しかし、征服者が自分に対していくら気に入らない人びとの集団であるにせよ、狙ったのは自分が守ってやらなければならない自国民である。狂気の沙汰としか言いようがない。味方に弓を引いたカダフィ体制はすでに崩壊していると考えざるを得ない。政権内部にも離反する人が後を絶たない。これからどういう戦略で反政府行動と国民を押さえ込み、その後国家を統治していこうというのか。今やカダフィには残されたカードはないと思う。なお前進して玉砕するのか、はたまた少ない可能性であるが国を強制統治して国民を痛めつけるのか。それにしてもわが国の近くにいる裸の王様同様、ここにも自らのためには国民を犠牲にしても厭わない人物がいるのだ。酷いものだ。