充実したホームページに仕上げていこうと、毎日目を凝らしながら取り組んでおります。淡々と書き続けてきただけで、10年2月に初めて4桁の大台1000回を、そして奇しくも74歳の誕生日に当たる2012年「文化の日」に連続2000回を、15年7月31日に3000回、18年4月26日に4000回、21年1月19日に5000回を数えました。ここでは、出来るだけポジティブな意見や、気軽な独言、時には戯言や想い出を書き込んで、自分自身の気持ちを素直に表わしながら楽しく読んでいただけるよう心がけたいと思っております。意見の主張というより、感じたままを日記風に書き綴って参ります。身勝手な意見や、独断的な表現も見られると存じますが、どうぞご理解下さいますようお願い致します。皆さまの忌憚のないご意見をお寄せいただければ有難く存じます。
ブログ・ご意見番の意見
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1389.2011年3月3日(木) 大学入試で明らかになった不条理
京都大学、その他3つの私大入試でネット投稿によるカンニング事件があり、受験生はもちろん大学や高校、予備校など関係者、並びに日本中にに大きなショックを与えることになった。それが今日になって急転直下解決した。使用された携帯の持ち主が判明し、その息子である予備校生が今日偽計業務妨害容疑で逮捕されたのである。事件は逮捕された受験生が自ら蒔いた種によって引き起こされたものであり弁解の余地はないが、かつて浪人生活を送った経験から少なからず同情の気持も湧いてくる。
まずこの受験生を叱れ! 受験とは同じ土俵の上で自分の実力を試すことではないのか! 徹底的に反省させよ! そのうえで、まだ若い受験生を極悪人扱いするようなやり方は止めて、彼に立ち直るよう再起の機会を与えよ!
この受験生は今日早稲田大に合格していたことが分った。早大は不正行為が明らかになれば厳正な処分を行うと発表した。
当該の受験生にどうしても同情してしまうのは、2年前に父親が亡くなり、母親に浪人としてこれ以上負担をかけられず、何とか今年中に大学へ入学したいとの強い思いがあったという彼の生活環境と彼の優しい悩みである。それにしても彼が行ったことは、断じて許されることではない。他の真面目な受験生や入試制度の根幹を揺るがすような不祥事である。それでもなお、極悪非道な犯人であるかのような興味本位な扱いはいかがなものかとか、反省したら受け入れてやるべきだとか、温かい同情の声も当然表れている。事件が明るみになってから僅か4日間でこれだけ振幅の激しい両極端の声が出ているのだ。
悪いことは悪い。だが、一方的に決め付けるのではなく、罰を受け反省したら温かい気持で包みこみ、再起の機会を与えてやるのも社会の責任であろう。誤解されると困るが、はっきり言ってタカがカンニングである。今までだってこれに類する行為はあったと思う。ただ、やり方がこれまで以上に影響が大きい方法で、刺激的でみんなが興味を抱いてしまったということが最大の不幸だった。「罪を罰して人を罰せず」という言葉もあるくらいだ。まして、まだ若い青年である。この受験生を追い詰めるようなことだけはしてもらいたくない。
私自身2年間の浪人中は、辛く暗い気持で毎日受験勉強の日が続いた。それだけに罪を犯した受験生の気持は痛いほど分る。こういう現代的な事件は今回初めて表面化することになったが、京都大学・松本紘学長が会見の場で、試験場では監督体制は充分だったと自らの非は一切認めようとしない強気な姿勢は、実際監督体制の不備によりこの種の事件が引き起こされた以上、自らも反省し、正すべきは正し、試験監督の方法を考え直すとの謙虚な考え方にならないと、いずれは同じような事件が起こるのではないかと憂うるのである。
事件を起した受験生に少なからず同情するとともに、守れもしないルールを厳正に守っていると嘯く大学側の頑な背反論理は、ことが教育に関することだけに首を傾げざるを得ない。
1388.2011年3月2日(水) 今年の確定申告を済ませる。
辛気臭いノルマから解放された。個人事業主としての義務である確定申告を漸く済ますことが出来た。書類を作成するために昨年と同様、手書きのままいくつかゴム印を使って伝票と元帳の書き込みを済ませて、附属書類の整備と申告書を作成した。昨年に倣い何とか書きこんだ確定申告書を昨日青色申告会で見てもらい、修正のうえ申請用の申告書をPCで補正してもらった。それを清書して今日玉川税務署へ提出した。
先日も本項に書きこんだように、昨年手書きの書類作成にほとほと手を焼いて今年こそはパソコンで申請する目論見だった。それが、あっという間に1年が経ち、その間PCによる申告方法を習得しなかったために、気がついたら1ヶ月近くもの時間をかけてやっつけ仕事をする羽目になってしまった。この1ヶ月間の時間のロスと精神的な疲れには自業自得とは言えもううんざりである。青色申告会の顔見知りのスタッフからも、来年の申請こそ講習会でノウハウを身につけてPCによる申告をしましょうと冷やかされてしまった。
まぁとにかく今日でやるべきことは終えた。やれやれである。
それはともかく、玉川税務署の周辺環境はここ数年で大きく様変わりした。話題になっている東急線二子玉川駅周辺の大規模な土地開発プロジェクトが進行していて、駅前開発が以前には想像も出来なかったくらい見違えるような形でスピーデイに行われている。かつて駅前から税務署まで歩いた道路の両サイドに建ち並んでいた旧二子玉川園はもちろん、個人のプロパティーがものの見事に撤去され更地になって、一部にはすでに高層ビルが3棟も建っている。あれだけ群立していた一戸建ての家並みとマンション1棟がきれいに消えてしまった。短い期間内に都内23区内でこれほど鮮やかに土地開発プロジェクトが進められたのはこれまで見たことがない。まだ更地のスペースも大きく、今後最終計画までどのように環境を変えていくのだろうか。
聞くところによると、今月17日には東急不動産が手がけた第1次開発計画に伴う、駅ビル‘RISE’のお披露目があるようだ。今や二子玉川界隈は交通至便な土地柄として東京でも人気の高いエリアとなった。今後の計画として2次開発、3次開発が続けられると多摩川辺りは、とてつもない商業施設とエンターテイメント、そして住環境が一体となって、注目を集める洒落たメガ・シティが誕生するのではないだろうか。
1387.2011年3月1日(火) 大学入試問題ネット流失の取り扱い
発生から1週間が経ち、行方不明者の安否が気遣われているニュージーランド地震の救出作業が思うように捗らない。依然として日本人28人の安否が不明である。今日になってニュージーランドのキー首相が崩壊したCTVビルの刑事責任を追及する意向を示した。それはそうだろう。いくら国の制度や習慣が異なるとはいえ、周囲の建物が外見上はそれほど大破したとは思えない状況の中で、このビルだけがこれほど木っ端微塵に壊れたのは、このビル自体に崩壊する原因があったからだと思う。現地に駆けつけた家族もビル倒壊現場に近寄れず、黙って遠くから見ているだけとは身を切られるような辛さだろう。とにかく1日も早く安否が確認されるよう祈る以外にない。
国内では昨日降って湧いた入試問題投稿が大きな話題となり、警察も捜査に乗り出した。警察がインターネット掲示板を運営しているYahooに協力を依頼した。これまでこの掲示板にアクセスした投稿者はいずれ絞られるということである。それにしても大学入試真っ盛りで、各大学も入試に当たって対応策の検討を始めた。
文科省も懸念を表明したが、高木義明大臣の記者会見のコメントは「高度情報化社会でこうしたことが起きた。どう防止していくのか、専門家の意見も聞かなくてはいけない」である。何とまぁ間の抜けたことを言っているのか。冒頭に大臣がいきり立って現代の若者を一喝してほしかった。「何たることをやってくれたのか?こんなことをやっては真面目に受験する学生がバカを見るだけではないか?反省しなさい!」ぐらいのことは言ってもらいたかった。
これに関わらず、どうもピントがずれたり、言うべきことを言わなかったり、どうも社会一般に弛みが見られるようだ。
これだから政治家もピントのずれた政治しか出来ないのではないか。これは相当根が深い。
1386.2011年2月28日(月) 日本旅行作家協会へ入会手続き
去る15日に開かれた日本ペンクラブ2月例会で、顔見知りの瀧澤陽子さんから「日本旅行作家協会」で活躍されておられる山本澄子さんを紹介され、3人で話をしている時に瀧澤さんが、これまでの経歴から私が旅行作家にぴったりだと山本さんに過剰にPRしたところ、山本さんからその場で「日本旅行作家協会」会員にならないかと強く勧められた。権威のある日本ペンクラブ会員なら、改めて別の文筆家の会に入る必要がないと思い日本エッセイスト・クラブへの入会も辞退していた。折角の話もあまり積極的な気持がないままにしていたところ、先日その山本さんからの推薦ということで、「日本旅行作家協会」事務局より入会申込案内書が送られてきた。
わざわざ送っていただいたのにしばらく放ったままにしておいたが、妻の勧めもあり考えを変えてみた。現在エッセイスト、或いは旅行ジャーナリストという肩書きで著述活動をしているが、ことさら旅行に関するテーマが多い。自分自身も長年の旅行業関係から抜け出せずに「旅行で食っている」実態から、この際旅行・観光関係の文屋としてある程度ジャンルを絞った形にしてみるのも良いのではないかと考え直してみることにした。それには「旅行作家」というタイトルは、現在の「旅行ジャーナリスト」とともに自分には案外フィットしているような気がするし、悪くないような気もしている。そんな理屈をつけて、肩書きは従来通り「旅行ジャーナリスト」と自称しつつ、「日本旅行作家協会」へ入会することを決めた。
昨日関係書類を山本さんへ送り、参考として要請された拙著2冊を事務局へ送った。問題がなければ、来月正式に入会が承認される見込みである。
推薦者となってくれる山本さんは、フルブライト奨学生としてボストン大学へ留学し、立正大学で教鞭を取っておられたと伺った。こういう立派な方の推薦で会員に推挙される以上、旅行に関する真っ当な文章を今後も書き続けていく気持ちを失うわけにはいかないと思っている。
さて、今日大学入学試験で呆れた事実が発覚した。入学試験問題が受験生から外部へ携帯でメールが送られ、その解答が送り返されてきたそうだ。それも京大、早稲田、立教、同志社の一流大学である。それぞれの大学では警察に被害届を出した。今風と言えばそうだが、ワル智恵だけはどんどん進化している。真面目に勉強した受験生が損をしないよう対策を練ることが必要である。
1385.2011年2月27日(日) 岡本太郎生誕100周年の催し
今年は岡本太郎生誕100周年に当たることから、岡本太郎に関する催しやプレゼンテーションが各地で広く行われるようだ。偶々岡本太郎さんは、妻の父・川手一郎と慶応義塾幼稚舎から普通部まで同級生として、歌手の藤山一郎さんや作家の野口富士男さんとともに竹馬の友として親しく交わり、終生交流が途絶えることはなかった。岳父からも太郎さんの話は度々聞かされていたこともあり、親しい4人の交流について私自身エッセイも書いた。
その岡本さんは明治44年2月26日生まれで昨日丁度満百歳を迎えたことになる。実は岡本さんは藤山さん、野口さん、岳父らと同じ明治44年生まれであるが、岡本さんだけが早生まれで本来ほかの3人よりも1学年上級の筈だった。ところが1人っ子だったせいもあり、中々地元川崎の学校に馴染めないという家庭環境もあって、幼稚舎に転入してきた。その時1年遅れて3人と同じ学年に入ってきた。幼稚舎に編入してからは学校の環境が気に入り、友だちとも仲良くなり幼稚舎生活をエンジョイしたようである。現在幼稚舎は渋谷区恵比寿、つまり天現寺地区に在るが、その当時は大学と同じ三田にあって川崎から青山へ引っ越してきた岡本さんは、自宅から三田までの通学を楽しまれたと仄聞している。
昨日岡本さんがまさに百歳になった誕生日に岡本さんをモデルにした「TAROの塔」という4回シリーズのドラマ第1回が、NHKで放映されたので、妻と期待しながら観た。もとよりドラマであるので、ある程度の誇張は許されるが、ドラマでは学校名は明かされなかったが学校の寄宿舎生活で悩んでいたように描かれていた。その中で幾分変わった子という印象を与えたように描かれていた。まだ豊かでなかったあの大正時代に寄宿舎があったような小学校はほとんどなかったと思う。岡本さんは悪戯坊主だったが、学校生活をエンジョイしていたと岳父から聞いたし、幼稚舎の卒業アルバムの集合写真を見ても、腕白坊主の表情ありありである。
寄宿舎云々は決定的な間違いというほどではないが、間違いは間違いなので、一応NHKにはメールでそのように知らせた。受信したとの通知があったので、あるいは明日にでも返事があるかも知れない。
さて、昨日2.26事件が近年マス・メディアでほとんど報道されないことついて触れた。それが効いたのかどうか、今朝の朝日社説に2.26事件について堂々と朝日の意見を開陳している。しかも普段の2倍のスペースを割いている。
社説論旨は2.26事件を歴史の分水嶺と断定している。その理由は、事件以前は軍部にたてついてまで正論を主張しようとする気風があったが、以降は軍部の言いなりになったというものである。それは、現在の国債大増発の流れに警告を発したものだ。軍国時代にも関わらず高橋是清蔵相は軍事費削減の主張により陸軍の権威に屈しない強い信念を訴えたからである。あまりこういう側面は紹介されないが、2.26事件を譬えに、日本が危機に立ち向かった時代の空気を伝える義務が、今日のメディアにはあるのではないか。