充実したホームページに仕上げていこうと、毎日目を凝らしながら取り組んでおります。淡々と書き続けてきただけで、10年2月に初めて4桁の大台1000回を、そして奇しくも74歳の誕生日に当たる2012年「文化の日」に連続2000回を、15年7月31日に3000回、18年4月26日に4000回、21年1月19日に5000回を数えました。ここでは、出来るだけポジティブな意見や、気軽な独言、時には戯言や想い出を書き込んで、自分自身の気持ちを素直に表わしながら楽しく読んでいただけるよう心がけたいと思っております。意見の主張というより、感じたままを日記風に書き綴って参ります。身勝手な意見や、独断的な表現も見られると存じますが、どうぞご理解下さいますようお願い致します。皆さまの忌憚のないご意見をお寄せいただければ有難く存じます。
ブログ・ご意見番の意見
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1404.2011年3月18日(金) ノーベル賞受賞者・根岸英一博士の講演を聞く。
大分前から楽しみにしていたノーベル賞受賞者・根岸英一博士の講演会を兼ねたパーティが、六本木・アークヒルズ37階ラウンジで母校湘南高校OBからなる「東京湘南有志会」の主催により開かれた。ここ1週間の地震騒ぎで実施されるかどうか気にかかっていたが、一昨日になって事務局から予定通り開催されると手紙で連絡をもらった。
しかし、計画停電などの影響により交通事情が予測出来ないので、講演開始時間午後6時の2時間前をメドに会場へ来て欲しいとの要望だった。
湘南同期生の大塚武夫くんと4時に渋谷駅で待ち合わせ、大分早く会場へ着いたが、応接室でほかの先輩と雑談しながら時間を過ごした。
実は昨年11月開催の定例有志会に根岸博士ご夫妻が出席されると伺っていたが、ストックホルムでのノーベル賞授賞式直前のタイミングといい、度重なる各種の祝賀会出席といい、ハードスケジュールによる疲労のため結局会場には来られなくなった。
今日改めて有志会の強い希望と、同期生の森稔・森ビル㈱社長ら幹事の方々のお骨折りもあったのだろう、幸いにして講演会が実現した。テーマは専門的なクロス・カップリングに関するもので、門外漢にとってはその内容は少々難しかったが、何となく分ったような気にさせる話しぶりだった。でも本当のところは、元国土庁次官で、理系から文系へ転じた吉居時哉さんが話されていたようによく分らない。
昨年上梓した共著「そこが知りたい 観光・都市・環境」(交通新聞社刊行)の拙稿の最後に、ダライ・ラマ14世の言葉とともに、根岸博士の言葉「若者よ 海外へ出よ!」を引用させていただいたので、博士にその経緯の説明をして、私の外向きの考えにも共感していただいた。その共著と2008年に書き下ろした「停年オヤジの海外武者修行」(早稲田出版刊行)を博士にお贈りした。博士はテレビで拝見するだけでも優しくお人柄の良さそうなところが見られたように、実際奥様ともども偉ぶるようなところがなく、とても気さくな感じの方だった。最近出版された博士のご著書「夢を持ち続けよう!」(共同通信社刊行)にもサインしていただいたし、ノーベル賞記念メダルも持たせてもらい記念写真も撮らせてもらった。
昨年結婚した二男の家内の名前は「すみれ」と呼ぶが、偶然にも博士の奥様が同じ名前で、奥様はほかに平仮名の「すみれ」という名前のお知り合いはおられないと仰って驚かれ、話が弾んで奥様から「若いすみれ」さんによろしくお伝えくださいとのメッセージを承った。
ご夫妻は相変わらずご多忙のようで、2月に日本に来られてから、この先上海、インド、スペインへ寄り、4月21日にアメリカのご自宅へ帰られるというお話だった。
講演会が終ってから別室のパーティ会場でも、参加者全員同窓生ということもあり、先輩、後輩が一緒になってお互い気軽に話し合い、とてもアトホームな雰囲気で、実に有意義で愉しい集まりだった。最後に全員で北原白秋作詞、山田耕筰作曲による母校校歌を声高らかに歌い、根岸博士が益々ご活躍され、2度目のノーベル賞を受賞されることを祈念してお開きとなった。
1403.2011年3月17日(木) 鉄道作家・野村正樹さんを偲ぶ。
今朝の新聞で野村正樹さんの訃報を知る。肺がんにより亡くなられたことに胸を突かれるようなショックを受けた。少々健康を損ねたと漏らしておられたが、私より6歳も若かった、あの野村さんがあっという間に黄泉の国へ旅立ってしまった。サントリー社員時代にミステリー作品でデビューしてサラリーマン作家として名を売ったが、一方で鉄道作家の顔も持っていた。私には鉄道作家としての野村正樹さんにより親しみを感じる。ペンクラブに入会してから野村さんが鉄道オタクで、大学の先輩・後輩という間柄でもあり親しくお付き合いをしていた。私の2度の出版記念会にも出席していただいた。最近では健康が勝れなかったためだろうか、ペンクラブの例会にもほとんど姿を見せられず、気になっていた。
しかし、何といっても野村さんとの交流で一番印象に残っているのは、一昨年暮「知的生産の技術研究会」編著の「知の現場」(東洋経済新報社刊行)を上梓する過程で野村さんをインタビューしてまとめた取材記である。
同書の中で取材した論壇人は21名だったが、唯一野外で取材したのが野村さんだった。敢えて取材場所として野村さんが提案されたのは、デビュー直後の小田急の新型ロマンスカー展望車の先端・展望席だった。いかにも鉄道ファン野村さんらしいアイディアで、今にして思うと新鮮にして強烈な思い出である。
提案をいただいた後早速指定のロマンスカーの展望車座席の先端半分を特別にリザーブした。小田急に関しても、元小田急マンだった私より遥かに専門的な鉄道知識を身につけておられ、薀蓄を傾けた知識をベースに沿線風景や離合する別のロマンスカーの予定時間などを適切に解説してくれた。走るロマンスカーの中でジェスチャーを交えて、並々ならぬ鉄道への愛情を示してくれた。野村さんは「鉄道と二宮尊徳が『知』の原点」と言って憚らなかった。
野村さんと相対してインタビューする取材は、主に新宿駅から小田原までの車中で行われたが、野村さんは二宮尊徳を深く尊敬しておられ、小田原で下車してから取材班一行は二宮尊徳を祀る報徳神社へ連れ立って訪れた。その時宮司の講話などの手配も自ら事前になされた。温かいお人柄で、誰からも好かれ、話していて心の和む素晴らしいお人柄だった。野村さんは「知の現場」の仕上がりを喜んでくれ、昨年の年賀状には「『知の現場』ではありがとうございます。いい本になりましたネ!!」と書き添えてくれた。中々良い装丁に仕上がり、野村さんの話はロマンスカーの宣伝効果もあり、小田急電鉄・大須賀頼彦社長にも気に入ってもらえたので、今日も野村さんをよくご存知の大須賀社長に野村さんの訃報を伝えた。
小中陽太郎さんと、ロマンスカー取材にも同行された「知的生産の技術研究会」の八木哲郎会長にもお知らせした。お2人とも大変驚き、野村さんのご逝去を惜しんでおられた。
わが書棚には購入したもの、いただいたものを含めて野村さんの著書が10冊ばかり置いてある。その中でも出色は大分前にいただいた自費出版の処女作品2冊である。サントリーへ入社した新入社員時代に出された限定版「ウルトラ70*逸楽のルンバ」と「5時から5時のブルース」である。ぱらぱらっと頁を捲っていると、人懐こい野村さんが今にも後から覗き込んでくるような気がしてくる。
今年いただいた年賀状には昨年夏に撮った、JR品川駅の名物ポスト「0kmポスト」の脇に立つ元気な姿の写真があり、今年は新境地の大作2冊に挑戦するとポジティブなメッセージが書かれていたので、楽しみにしていた。残念でならない。
あの優しい野村さんの笑顔をもう見ることが出来ないのかと思うと寂しい。心より野村正樹さんのご冥福をお祈りしたい。 合掌
1402.2011年3月16日(水) 東電の対応も稚拙だが、官邸も危機管理が甘い。
朝から晩まで周囲は怒涛のような地震関連ニュースの大洪水である。地震自体がもたらした後始末の処理や整理が思うように進まない中で、地震によって触発された原発の放射線漏れの報道が後から後へと新しいニュースとして伝えられる。福島第1原発の6つの原子炉では次々に不安を駆り立てるような緊急事態が発生する。その都度官房長官、原子力安全・保安院と東電が記者会見で対応し説明する。
昨日本欄に書きこんだように官邸は、東電の対応がもどかしいらしく、不安と不信感を憶え、昨日は菅首相自ら東電本社へ乗り込み直接清水正孝社長以下居並ぶ役員を叱責し、「撤退などありえない。撤退したときは東電が100%つぶれる」と不遜にもわめき散らした。
ついには東電本社内に法的根拠のない統合連絡本部を設置して、自らが本部長に、副本部長に海江田万里・経産相と清水社長を任命し、海江田大臣を常駐させるなど些か常軌を逸するような非常識な行動に及んだ。この民間会社の現場への強引な指導は、原子力発電は国家事業とは言え、明らかに民間会社に対する政府の強引な介入であり、極めて異常な行動である。日ごろ国会対策で悩みが尽きないとは言え、菅首相の傲慢な性格が破裂したように思える。敢えて前後の見境もないイラカン(いらいらした菅)所業と言っておきたい。
昨日になってフランス原子力委員長は、今回の東日本巨大地震に伴う福島第1原発放射線漏洩について危機レベル「6」と判定した。これは「大事故」に匹敵するレベルらしいから、日本国内で虚虚実実の駆け引きをしながら、東電がレベル「4」と低めに判定しようと検討していたのとはわけが違う。因みにチェルノブイリ事故が最高レベルの「7」で、スリーマイル島事故が「5」だそうだから、ちょうどその中間に位置づけられるほどの高い危険度である。
アメリカのメディアでも地震と津波のニュースに関心を寄せながら、一際強い関心を抱かせたのは放射線漏れに関する情報である。
従来原子力事故というと決まって引き合いに出されるのが、ロシアの「チェルノブイリ」であり、アメリカの「スリーマイル島」だったが、今後はこれらに「フクシマ」が加えられることになるだろう。日本は原爆被爆国として「ヒロシマ」「ナガサキ」が、今日国際的な平和運動のシンボルとなっているが、放射線漏洩の好ましからざる都市として、今後は「フクシマ」が不名誉にも国際的な知名度を高めることになるだろう。
それでも現在進行中の放射線漏れが収まり、すべての作業を無事終えた時、「フクシマ」が地震列島・日本の危機意識の象徴として、原発建設の安全のためのキーワードになれば少しは気持ちが救われる。
1401.2011年3月15日(火) 福島第1原発の放射能漏れが心配だ。
「死亡者3,166人以上、安否不明者16,006人以上、避難者約55万人」
これは朝日新聞社がまとめた今日午前中までの地震に伴う被災者の数である。
東日本巨大地震による福島第1原発の原子炉爆発による放射能漏れが懸念される中で、政府と東電の対応がもたもたしている。どうも官邸と経済産業省原子力安全・保安院、さらに東京電力との間の意思疎通がスムーズにいっていない印象を受ける。それについては新聞紙上でもテレビでもあからさまに指摘されているが、その原因のひとつは菅首相の政治主導があまりにも強すぎるせいで、当初予定されていた東電社長の記者会見が首相の会見に取って代わられたことなどに表れている。東電社長に代わって記者会見に臨んだ首相や官房長官は原子力に関する専門家ではないため、予めレクチャーを受けて会見に臨んだが、質疑ではすんなりと答えられないケースが出てくる。
太谷昭宏氏らジャーナリストは、官房長官が話した「爆発的事象」という言葉を捉えて、「爆発は事故であり事象ではない」と言葉を選んで使用するよう求めたりもしていた。
爆発の原因とか、放射性物質漏洩防止策など原子炉に関する解説をメディアでやってくれているが、なにせ普段関心を持たない理系の専門知識なので中々分りにくい。
こんなギスギスする雰囲気の下に、東京電力の分りづらい対応と説明が遅れて行われている。会見に出席した記者からも厳しい質問を浴びせられて立ち往生する場面もあった。そこへ新たな問題として放射能が大量に飛散したようである。原発近くの20~30km圏内の住民に退避を要請し始めた。危険は益々高まる。その解決策については当事者が自分たちにも分らないというような答え方をしている。国民にとって深刻な問題に対して不謹慎極まりない発言であり、軽率な管理、運転をやっていたとは許せることではない。ことが命に関わることである。しかも、放射性物質は日本だけの問題ではなく、近隣諸国へ運ばれてその地で拡散する恐れもあるのではないだろうか。
テレビ情報番組の中でも、改めてなぜ国が危険な原子力発電を行うようになったのかと疑問に応えていた。それなりの説明をしていたが、中々納得出来ない。新しい国家プロジェクトを進めるに当たって、一番気をつけなければ成らないことは国民に対する安全の担保だろう。それが分っていながら油断して気を抜くところがあったのではないか。
2002年8月に東電柏崎刈羽原発を見学した際案内してくれた東電社員は原子炉格納容器の前で、この容器は過去におけるスリーマイル島、チェルノブイリの放射能漏洩事件を参考にして五重にバックアップしているので、まず事故は起きないと胸を張って話してくれた。その場では安心していたところ、間もなく同原発で放射能漏洩隠蔽事件が発覚した。絶対ということはあり得ない。その油断が今回の放射能漏れを引き起こした遠因のひとつであるかも知れない。
2日目に入った計画停電も直前までどの地域が対象となるのか分らず、今日になって知らされる有様である。わが家の地域も第4グループということで午前中待機していたところ、同じグループの目黒区の広報車が中止になったと近くを触れ回っていた。首都圏の鉄道は平常運転の2割から7割が運行されたようだ。
このようにバタバタして的確な対応の取られない状況の中で、今日日経平均株価はまた大幅に下がった。昨日の終値9,620円から1,015円も下がって8,605円となった。一時最大で1,400円も下がったほどである。これほどの下落は2009年4月以来だというから、よほど日本の株式は見捨てられたに違いない。このまま原発懸念が止まらなければ、明日以降も下げ続けるのではないだろうか。
今夜10時過ぎにまた突然揺れた。静岡県東部が震源地らしいが、マグニチュード6だそうだ。一連の地震騒動はまだまだ落ち着かないようだ。
これだけ気が滅入ることが頻発すると、どうしても気持が暗くなる。いつになったらスカッとするだろうか。
1400.2011年3月14日(月) 電力不足に鑑み計画停電実施へ
福島県相馬市内に住む知人の鈴木進一さんご家族の安否を心配して震災翌日お見舞いのメールを送った。相馬市の被害が相当大きいと報道されているからである。福島県職員研修の講師を務めていたころ、1度ご自宅に泊らせていただいたことがある。鈴木さんのお母さんを中心に一家5人の温かいご家庭だった。特に連絡はないが、無事であってほしいと祈っている。
ミラノからもお見舞いのメールをいただいた。昨秋「そこが知りたい 観光・環境・都市」の共著者のひとり、大島悦子さんからだ。地震のニュースはイタリアでも大きく報道されて、イタリア人は日本人の落ち着いた対応について感心して、仮にイタリアで同じような地震・津波が襲ってきたら100万人は犠牲者が出るだろうと噂されているとか。
さて、急遽計画停電が発表された。東京電力の電力供給の不足をカバーするために、地域別、且つ時間的に節電をお願いしようというものであり、これは止むを得まい。だが、唐突に計画停電を実行しようというものだから、準備時間が足りず無理や不具合が出てくるのはやむを得ないにしても、その後変更に次ぐ変更ではその朝令暮改ぶりに東電への風当たりが強くなるのも致し方あるまい。
公共輸送機関である鉄道会社に対しても、重要性とか地域制に倣って一般と同じように計画停電を実施しようとするから、どうしても各鉄道会社によって対応がバラバラになる。今朝から各駅へ殺到する利用者の群れでターミナル駅では延々長蛇の列である。平等でないとの批判も分らないでもないが、公共的な大量輸送機関として鉄道の輸送力とその効果は抜きん出ている。朝晩の通勤・通学の足である鉄道を一般家庭並みに考えることは、いかがなものかと思う。むしろ鉄道運行は優先的に認めてあげた方が、すべてがスムーズに流れるように思う。実際今日国土交通省は、鉄道会社をこの計画停電の対象とはしないよう東電に要請した。
東電の福島原発の事故関係でも、情報が錯綜して真実を明確に把握し難い。テレビでは専門家がイラスト化までして精一杯説明してくれるが、素人には些か分かりにくい。もっと分り易く説明出来ないものだろうか。説明の仕方や情報の伝え方にしても、もう少し工夫を凝らすとか、洗練された説明をするとか出来るのではないかとテレビを観ながら考えてしまう。くどくど説明するより、最初にはっきり危険とか、大丈夫とか言ってくれればそれで充分だと思う。
地震のニュースに目を奪われている間に、4月の都知事選へ立候補を表明していた松沢成文・神奈川県知事が、石原現都知事の4選出馬を踏まえて立候補をしないと発表した。まったくよく分らない。松沢氏は神奈川知事の職を捨ててまで都知事へ出馬宣言したのに、石原現知事の消極的出馬によって夢もビジョンも諦め、降りるとはあまりにも松沢氏と都民を舐めていやしないか。こういうことなら、この際石原、松沢ご両人に立候補を辞退してもらった方がすっきりする。
一方、地震によって日本経済の先行きに不安感が漂ったせいか、今日の日経平均株価は今年初めて1万円を割って9,620円となった。下げ幅も今年最大の対先週末633円である。東証一部上場企業の90%以上が値下がりして、上がったのは建設会社株だけだったとは投資家も抜け目がない。