充実したホームページに仕上げていこうと、毎日目を凝らしながら取り組んでおります。淡々と書き続けてきただけで、10年2月に初めて4桁の大台1000回を、そして奇しくも74歳の誕生日に当たる2012年「文化の日」に連続2000回を、15年7月31日に3000回、18年4月26日に4000回、21年1月19日に5000回を数えました。ここでは、出来るだけポジティブな意見や、気軽な独言、時には戯言や想い出を書き込んで、自分自身の気持ちを素直に表わしながら楽しく読んでいただけるよう心がけたいと思っております。意見の主張というより、感じたままを日記風に書き綴って参ります。身勝手な意見や、独断的な表現も見られると存じますが、どうぞご理解下さいますようお願い致します。皆さまの忌憚のないご意見をお寄せいただければ有難く存じます。
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1419.2011年4月2日(土) 相変わらず彷徨う放射能漏洩防止対策
今回の地震が「東日本大震災」に決定したことは昨日も書いた。ところがいつまでももたもたして名称を決めなかったものだから、大震災募金として広く募金を集めている新聞社やテレビ局は、銀行口座名を変えるわけにいかず、旧来のままである。従ってNHKの例を挙げれば、放送では正式名の「東日本大震災」に変わったが、口座名は相変わらず「東北・関東大震災募金」のままである。
過去にこれと同じような大事件がある。言わずと知れた先の戦争である。正式な名前はあまり知られていない。一番多いのが「太平洋戦争」で、これは戦後アメリカが「大東亜戦争」の名にケチをつけて、「太平洋戦争」を押し付けたものである。次が「第2次世界大戦」だ。しかし、正式名は「大東亜戦争」で、開戦直後の閣議で決められた。政府が決めてもいつの間にか別の名が1人歩きするということはよくあることだ。
かつて、旧陸軍航空隊の方々とともに東南アジアへ慰霊巡拝に出かける度に、彼らは決まって「大東亜戦争」と言っていた。実際激戦地を一緒に歩いてみると「大東亜」にいるということを実感する。それに政府がお墨付きを与えたわけである。その「大東亜戦争」が、知らないうちに「太平洋戦争」になり、ヨーロッパを主戦場とした「第2次世界大戦」とも呼ばれている。太平洋戦争というのは、対米戦争であり、日中戦争から始まってアジアを主舞台に戦った経緯から考えると違和感がある。「第2次世界大戦」に至っては、とても実感がない。本来第1次大戦の復活戦である第2次大戦は、ヨーロッパに軸足を置いている。これだって世界大戦と呼ぶには些か抵抗があるところである。
ここは私自身の実感からしても、先の戦争は閣議決定の通り「大東亜戦争」と呼ぶべきであると思う。それが今ではてんでんバラバラである。今度の「東日本大震災」だって、よほど「管理」をしっかりしていないと訳の分らない名前に変わるということはあり得る。
さて、その東日本大震災だが、一向に安心できる情報が流れて来ない。米軍と自衛隊が合同で行方不明者を空海から捜索して2日間で50体以上の遺体を発見したというニュースが伝えられた。悲しいニュースのオンパレードで切ない。東電の不甲斐なさに業を煮やしたのか、東電に対する嫌がらせが増えてきたようだ。きれいごとばかりが報道されるが、フラストレーションが溜ると間違った方向に爆発するものだ。
この状況の中で全国的に自粛ムードが広がってきた。特に観光地ではキャンセルに次ぐキャンセルで、ほとんどの観光施設やホテルの経営が成り立ちにくい状態である。これだけ自粛が消費を抑えると本来GDPの6割が個人消費に頼っているだけに、国の景気を大きく低下させることは確実である。派手なパフォーマンスは自粛すべきだが、普通の消費は無理して抑えることはないのではないかとの声が高まってきた。どうも風評というか、考えることもなくひとつの考えが支配するのは考えものである。もう少し智恵を出せないものだろうか。
1418.2011年4月1日(金) 呼び方は「東日本大震災」に決定
今日から新年度に入る。大地震が起きてから丁度3週間が経過した。呼称をどうするのか気になっていた大地震について、今日の閣議で「東日本大震災」と呼ぶことに決まった。警察庁の調べでは、今日現在の死者は11,620人、行方不明者16,464人、避難者は16万6千人に上る。この数はまだ増える見込みである。まったくやりきれない思いである。
一方企業では今日新入社員のための入社式が行われたところが多いが、時節柄どうしても平年通りの明るくフレッシュな雰囲気が演出されないのも致し方ないだろう。入社式を中止したり、延期する企業も現れた。それでも新入社員にとっては新しい人生の門出でもあり、あまり暗いムードの中で迎えるのも可哀相な気がする。広い講堂の中で電光を落とすことまでしてセレモニーを行うのは、門出の儀式としてはあまり相応しくないと、つい彼らに同情してしまう。
本日を期して企業も衣替えするところがある。企業合併や社名変更もそのひとつであるが、社名変更は年度初という例が多い。付き合いのある「日興コーディアル証券㈱」が「SMBC日興証券㈱」と名称が変わった。今朝の新聞全面広告によれば、父が勤めていた「明治乳業㈱」も、「明治製菓㈱」の食品部門と一緒になり「㈱明治」となり、明治製菓の薬品部門は「Meiji Seikaファルマ㈱」となった。元々乳業と製菓は兄弟会社で、父も製菓から乳業へ転籍したので社員の間にもそれほどの違和感はないと思うが、存命していたら父はどう感じただろうか。
さて、若者がこれからの社会を支える。彼らには挫けずに国、社会、地域、企業、家族のために精一杯頑張ってほしいと願う。近年の傾向として多くの若者たちが、ボランティアに関心を持ち積極的に関わり出した。その姿勢は素晴らしいと心から声援を送りたくなる。
阪神・淡路大震災の頃から、災害で困った人たちを助けるために組織的に無駄なく動く善意の運動が広まってきた。今度の東日本大震災でも、輸送手段が充分整わない中で広い分野に亘って若者の献身的な活動が伝えられている。自衛隊、消防、警察、外国支援グループのような組織的な救援活動の隙間を、彼らの心の篭った補助的な支援活動が、被災地域の人たちに明かりを灯している。日本でも少しずつではあるが、このようなボランティア活動が定着しつつあるのは頼もしい限りである。
一方で若者のボランティアとは裏腹に、相変わらず電車やバスのシルバーシートへわれ先勝ちに殺到する一部の無作法な若者がいることは何とも嘆かわしい。電車に乗るとよく見られる光景で、これが現実である。見ていると彼らは眠るか、携帯を使用している。お年寄りを差し置いてシルバーシートに座るほど疲れているわけでもなさそうだ。見るからに暇そうでポジティブな考えもなく、ただ乗り合わせているだけで、周囲への配慮、ましてや高齢者に配慮する気持ちなんてまるで感じられない。こういう若者が高齢者になって若者に座席を占領されたらどんな気持ちになるだろうか。その時になっていかに惨めな気持ちになるかが分るだろう。
シルバーシートには、高齢者、身障者、妊婦、乳幼児らへの温かい配慮をお願いする文言が書かれている。好ましいことではないが、原則的に65歳以上の方を対象にしているだけに、私は敢えて「65歳未満の方はご遠慮ください」の文言を付け加えることが必要ではないかとさえ思っている。思いやりや心配りは、他人が強制したりお願いするまでもなく、自分から進んで行うべきものであるが、現実はそういう風には中々行かないものだ。前向きな若者が活躍する一方で、周囲に気を遣わない若者がいるのも現実である。若者にとっては嫌な表現だろうが、一部の若者に思いやりが見られない以上それも致し方ないのではないか。
1417.2011年3月31日(木) 吉報、鈴木さんが無事だった。
「相馬(福島県)の鈴木で~す」と元気のいい鈴木進一さんの声が受話器を通して伝わってきた。震災以来どうされたかと心配してメールも送ったが返信がなく気にかかっていた。今朝ご家族そろって無事だと電話をいただいた。最近になって相馬市の惨状が報道されるたびに、縁起でもないがひょっとすると鈴木さんご一家も震災で行方が分らなくなったのではないかと最悪の事態も考えていた。それだけに全員元気だと知り、まず良かったとほっとする。相馬市内は大分壊滅的な打撃を受けたので、相馬市役所勤めの息子さんを除いて家族で、友人のいる青森の温泉地に退避しておられたという。会社は南相馬市内の屋内退避地域にあり、しばらく出勤出来ないし、時節柄観光業ではおおっぴらに活動出来ないということから、今後どうしようかと悩んでいるという話だった。
安否が分らなかった鈴木さんが元気でいてくれてホッとした。いずれまた会って話も出来るが、今日のところは無事であることが分かっだけで安堵した。あとひとり気がかりなのは陸前高田市役所の森正さんだが、3年前の研修後から連絡を取っていなかったので時間が経って落ち着いた頃に市役所に照会してみたいと思っている。
昨日清水東電社長が入院したことが報じられた。その裏にはいろいろ複雑な事情があったものと推察されるが、政府と東電の意見の食い違いが大分大きいのではないかと思われる。東電を支えなければならない原子力安全・保安院はすべてを東電に任せておいたことが解決を長引かせた原因であり、反省材料であるとまで述べた。物事が順調に進んでいるうちは良いが、お互いに考えが食い違ったりするとつい相手を責めて見苦しい場面を見せるようになる。
震災による損害は概ね16~25兆円に上るとも言われ、今後復興のためにどれだけの時間がかかるかとなると誰も何とも言えない。関東大震災直後に東京市長だった後藤新平は即座に復興案を提示した。予算は当時の国家予算の2倍に匹敵すると言われた。今日米倉弘昌・日本経団連会長が震災復興に向けた緊急提言を政府に要望した。震災復興庁の設置、マニフェストの見直し、臨時国債発行、時限的増税の検討などが含まれている。
一方政府の復興に向けた基本法案の素案も明らかになった。その骨子は、①5年間を「集中復旧復興期間」に設定、②復旧復興のための特別税を創設、③震災国債の発行、などである。
だが、それは当然検討しなければならないことだが、当面は目の前の火を消し止めなければならない。放射能封じ込めに手段を選ばずにあらゆる方法を講じるようだ。粉塵防止用の合成樹脂の散布、特殊なコーティングをした布製仮設建屋を現在の壊れた建屋に被せてしまおうというやり方である。
アメリカから遠隔操作出来るロボットや、中国からは62mもの高さから放水出来る放水機を提供してもらったり、各国とも大事故と捉え、何とか収束するために全面的な支援をしてくれている。
われわれにはとても理解出来ないが、これだけ後から後から手を尽くしてもまだ安心出来る情報とはならない。
素朴な疑問だが、本当に福島第1原発の放射能漏れは収束出来るのだろうか。
1416.2011年3月30日(水) 放射性物質封じ込め作戦に進展なし
5月総会を控えて「JAPAN NOW観光情報協会」理事会が麹町の海事センターで開かれた。今日は松尾道彦理事長以下6人の副理事長全員、そして大勢の理事が出席された。JN協会の会員企業でもある東京電力の原発放射性物質漏洩事故が話題になる。隔月発行のJN紙に震災見舞いの文言を挿入すべきとの提案がなされ、別途紙面を組み替えか、紙面を修正するような話になった。今度の大震災では東電のほかにもいくつかのJN協会の会員企業、協賛企業が影響を受けた。中でも東電と同じ電力会社、東北電力などは甚大な被害を受けている。
理事会を終えてから海事センタービル2階の喫茶店でゆっくり話し合いをした。今度の震災の呼び方がメディアによってバラバラで、どれが相応しいのか分らない。永年ルフトハンザ航空に務めておられた大島慎子さんによると、外国では「東日本」とか、「東北・関東」「太平洋沖」の訳しかたの理解が難しいし、実際その呼称が誤解を呼んでいるようだ。関東といえば東京を含む地域と受け取られる恐れがあり、首都東京が地震と津波の直撃を受けたかのように誤解される可能性があると言っておられた。JR東海・須田寛相談役も東日本というと大阪まで含めて受け取られると話しておられた。今は原発現場が混乱していてとても名前のことなんか考える余裕がないのかも知れないが、これはこれで大切なことである。海外からの受け取られ方次第では、日本への投資など経済的なマイナス効果が出てくる。それは、先日の日曜日に寺島実郎氏もテレビで述べておられた。
因みに‘The Japan Times’を調べてみたら‘TOHOKU-KANTO Earthquake’と表示されていた。これでは外国人にはぴんと来ない。そこで彼らが専門的に ‘TOHOKU-KANTO’を調べると、青森県から東京都を越えて神奈川県まで含まれることになる。これはわれわれが認識している被災地のイメージとは大分違うのではないか。これが東日本とか、太平洋沖などとなると一層分りにくくなる。そろそろ地勢的に理解される英語の表示を含めて、日本語でも震災の名前を統一するよう検討を始めたらどうだろうか。
今日の福島原発、並びに関連アイテムでは依然として解決の兆しが見られない。それどころか、汚染水の外部露出を抑えて核燃料を冷やす作業を始めたらしい。更に福島第1原発1~4号機の放水口から放射性ヨウ素が検出された。それが何と法律の定める基準の3,355倍だという。こうなると、少々やけ気味になってもうどうでもいいやとなる。それでも現場では懸命の作業を続けている。遂に東電の清水正孝社長がダウンして、前任者の勝俣会長が社長を兼任するという。まったく「貧すれば鈍する」ようになった。
アメリカからも専門家がやってきて支援することになっているが、今日はフランスの原子力企業「アレバ」のCEOが来日した。アメリカと同じく福島事故を何とか収束させるために日本に協力しようということである。うまく智恵を出すことが出来るだろうか。
1415.2011年3月29日(火) 日本旅行作家協会への入会承認
2月に山本澄子さんから日本旅行作家協会への入会をお勧めいただいた。入会の意思表示をしているが、今日は銀座「ライオン」で開かれた日本旅行作家協会例会・パーティにゲストとして参加することになった。例会前に理事会が開かれ、正式に会員として入会が認められたと事務局長の井口順雄さんからお知らせいただいた。正式のお披露目セレモニーは5月の総会席上だという。山本さんには細かく気を遣っていただき、役員や会員の方を紹介していただいた。
会長は世界中を歩いて旅のスペシャリストとして一世を風靡した兼高かおるさんだが、母上の健康が勝れないという理由で欠席された。山本さんのご紹介でもう1人の推薦者になって下さった栗山定幸氏は生憎欠席された。お2人ともペンクラブ会員でもあり、特に山本さんはペンで電子文藝館の小委員会委員も務めておられる。私より年配であるにも関わらず、エネルギッシュで知的キャリアウーマンの鏡のような方である。
旅行作家協会は、旅行に特化した文章を書く人たちの集まりだが、写真家や登山家も多いようだ。ペンクラブ会員と2枚鑑札の方もかなりおられる。皆さん多彩な顔ぶれで割合気さくに話しあうことが出来そうだ。これからは少し視点を旅行記に重点を移してみようかと考えている。
さて、相も変わらず福島原発の放射線騒ぎが収まらない。大量の汚染水が見つかったというが、その危険度が現実的に一体どうなのかというのがよく分らない。専門家がいろいろ講釈をしてくれるが、安心したり、不安を感じたり、まったく国民の気持ちは落ち着かない。
そこへそろそろ被災者への補償の問題や、震災の瓦礫撤去費用の負担などが持ち上がってきた。マニフェストに掲げた子ども手当てや、高速道路無料化費用、法人税値下げ分などを転用して、復興費用や補償費に充てようと検討を始めた。
特に、出荷停止で得べかりし利益を失った農家に対する補償が検討されている。しかし、これだけ大規模な被害を与えたとなると東電だけではとても補償しきれるものではない。そこで政府はまず東電が補償し、残りの不足分を国が補填すると述べている。それも理解出来る。だが、本来はすべて東電が負担すべきものだと思う。不足分を国が一時立て替えて、いずれ立ち直った後に東電が時間をかけて国に返済するというのが筋ではないかと思う。というのは、津波はともかくその後の復旧作業などを見ていると東電のチョンボによって被害が大きくなっている。従って東電社員が、給料削減とか返済など自らの努力によって少しでも不足分を補うということが検討されるべきだ。さもないと、東電のミスを税金で補填するということになり、それは明らかに不条理である。