ブログ・ご意見番の意見

 充実したホームページに仕上げていこうと、毎日目を凝らしながら取り組んでおります。淡々と書き続けてきただけで、10年2月に初めて4桁の大台1000回を、そして奇しくも74歳の誕生日に当たる2012年「文化の日」に連続2000回を、15年7月31日に3000回、18年4月26日に4000回、21年1月19日に5000回を数えました。ここでは、出来るだけポジティブな意見や、気軽な独言、時には戯言や想い出を書き込んで、自分自身の気持ちを素直に表わしながら楽しく読んでいただけるよう心がけたいと思っております。意見の主張というより、感じたままを日記風に書き綴って参ります。身勝手な意見や、独断的な表現も見られると存じますが、どうぞご理解下さいますようお願い致します。皆さまの忌憚のないご意見をお寄せいただければ有難く存じます。

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1429.2011年4月12日(火) ついに放射性物質放出は最悪の「レベル7」に

 牧伸二のウクレレ漫談ではないが、「あ~やんなっちゃった」。このところの余震続きに被災地では恐怖心が抜けない。

 福島第1原発から放射性物質の漏洩が止まらない。今日原子力安全・保安院と原子力安全委員会は、福島原発の事故の深刻度を示す国際評価「国際原子力事象評価尺度(INES)」を「レベル5」から最悪の「レベル7」へ2段階引き上げた。1986年に旧ソ連(現ウクライナ領内)のチェルノブイリ原発事故と同じレベルの深刻な状況に入ったということである。事故発生以来すでに1ヶ月を経過した現在でも東電は放射性物質の流出を止められず、事態収拾のメドはついていない。今後日本国内ばかりでなく、広く海外からも警戒され、すべてが敬遠されるのではないか。

 一番心配なのは本当にこの事態を収束出来るのかどうかということである。これについては日本はおろか世界中が固唾を飲んで注視している。

 今更言っても始まらないが、現代の科学技術を以ってするなら、製造した物を元へ戻す、つまりゼロベースへ戻すということが出来ないなんてことは考えてもいなかった。事故は起こりうる。過失やミスもある。しかし、それらも根っ子を押さえ込めば必ず元へ戻せると考えていた。現在の混迷の原発騒動を見ていると、肝心要の原点をコントロールし切れていないとの印象を受ける。

 更に悪いことには、問題はこの原子力という一般人にはとても分かりにくいアイテムであるがゆえに、一般人の知恵やイマージネーションを採用出来ずに、作業がすべて専門家任せになっていることである。これが時として常識とはずれることがある。チェルノブイリと同じ最悪レベルとなれば、あっと驚く筈である。ところが、チェルノブイリの放射性物質の放出量が520京ベクレルに対して、福島は37~63京ベクレルと数字だけを捉え、人体への健康上の影響は約1/10との認識である。本当にそうだろうか。

 なにやら難しいことを言いながら、その専門家が事態を一向に解決出来ず、次から次へと不安を増幅させていることが気になる。この決定を受けて政府がバタバタし出したことも一層不安感を煽っている。今日原発担当大臣に細野豪志・首相補佐官を任命した。ところが、昨日原子力経済被害担当大臣として海江田万里・経産相を兼務担当させたばかりである。どうして一度で済む人事を2日に分けて行うのか。もうドタバタとしか言いようがない。すでに震災発生以来1ヶ月が経過したんだよと言ってやりたい。あまりにもノロノロし過ぎていやしないか。あ~やんなっちゃった。

2011年4月12日 | カテゴリー : 未分類 | 投稿者 : mr-kondoh.com

1428.2011年4月11日(月) また余震。いつになったら収まるのか。

 また大きく揺れた。午後5時16分、福島県浜通りを震源地とするM7の余震があった。引き続き断続的に宮城から福島、茨城を震源地とする余震が起きた。

 今日4月11日は東日本大震災からちょうど1ヶ月になる。地震が襲った午後2時46分には各被災地でしめやかに黙祷が捧げられた。日本の歴史上最悪の災害となった今回の大震災では、あまりにも大きな自然災害に加えて、未だに収束の見込みすら立たない放射性物質漏洩の深刻な危機感が漂い、国民の間に言い知れぬ不安と恐怖が残っている。昨日死者の数は1万3千人を越えた。行方不明者は1万4千人を凌駕して、なお増え続けている。避難する住民の数は実に15万人を超える。

 未曾有の災害に直面して復旧活動に当たるべき自治体の中にも、町長以下大半の役場職員が亡くなった町もある。こういう悲惨な状況の中で、海外からの支援、ボランティアの活動が被災者にとっては心強い。地震発生以来の社会活動への奉仕の状況を見ていると、ある程度世相も透けて見えてくる。あくまで個人の意思によるものであるとはいえ、積極的に個人の私有財産を義捐金として申し出る財界人やスポーツ選手が多くなったことは明るいニュースであり、頼もしい限りである。

 その中でもユニクロ創業者の柳井正氏、楽天の三木谷浩史氏の各10億円に続いて、ソフトバンク・孫正義社長の100億円+今後の役員報酬全額のような寄付はこれまでにはない桁外れのものである。ゴルフの石川遼選手のような若い選手が2億円+今年獲得した賞金全額といい、イチロー選手も1億円、松井秀樹選手が5千万円と気前がいい。

 それに引き比べて政治家からは思い切った義捐金を提供する人が見られない。案の定新聞への投書でも政治家が義捐金について、ほとんどコメントしないことに不信感を訴えている。あれだけ資産家の母親から違法に多額の資金提供を受けていた鳩山由起夫・前首相なんかまったく庶民感覚がなく、被災者に対する慈悲の言葉すら聞かれない。そのうえ、国を挙げて復旧に取り組まなければならないこの重要な時期に、首相の座を譲った菅首相の手法を批判している。リーダーシップを発揮出来ない菅首相も菅首相なら、その菅に後事を託した前首相の鳩山も鳩山である。情けないことにこんな修羅場においてまだ姑息で料簡の狭いいじめっ子役を演じている。国のトップにある人たちがこんな調子では、一体いつになったら目前の放射性物質漏洩問題を収束させることが出来るのだろうか。

 さて、昨日行われた統一地方選も東日本大震災の影響で、熱気がなく盛り上がらないままに終始した。総体的には民主党の敗北に終り、部分的には橋下徹・大阪府知事が結成した「大阪維新の会」と「みんなの党」が勝ったと言える。

 ちょっと気になったのは、12の都道県の知事選で勝利した知事の経歴である。12人の知事のうち作家出身の石原都知事とテレビキャスター出身の黒岩祐治・神奈川県知事を除く10人の知事はすべて元官僚である。首長というのは、地域のリーダーとしてその土地と住民の特性を良く知り、地勢的特徴を活かしながら政治力を発揮して豊かな地域社会を作り上げていかなければならないと思う。それが前例に倣って敷かれたレールの上を言われた通り歩んできた元官僚らに、地域の信頼出来るリーダーとして充分に腕を揮うことが出来るだろうか。

 官僚の政治力とリーダーシップというものについては、どうにも信頼感が持てず気になって仕方がないが、地域住民が選択した以上彼らのために必死になって仕事に取り組み、成果を上げてもらうことを期待するより仕方があるまい。

2011年4月11日 | カテゴリー : 未分類 | 投稿者 : mr-kondoh.com

1427.2011年4月10日(日) 高校先輩の明暗、石原慎太郎氏の都知事4選とトラック島酋長・相沢進さんの死

 今日は東日本大震災の影響を受け地域によっては実施が危ぶまれていた、統一地方選の投票日である。都民が直接関わるのは東京都知事選挙である。公示直前になって湘南高校の先輩でもある石原慎太郎・現都知事が、それまでの消極的な姿勢から一転して4選出馬に打って出た。面白くないのは一旦石原知事の後継者として石原氏の了解も協力も取り付けたうえで、神奈川県知事3選を取り止め立候補宣言した松沢成文氏である。結局松沢氏は出馬宣言を撤回して神奈川知事選にも出馬せず、ひとり臍をかむことになった。その辺りの本音は政治的過ぎて、外からは窺い知ることは出来ないが、松沢氏にとってみれば腸が煮えくり返る思いであろう。

 妻と散歩がてら満開の桜並木の呑川通りを息子たちの母校・東深沢小投票所へ出かけた。石原氏の対抗馬は、飲食店チェーン「和民」のオーナー・渡邊美樹氏、前宮崎県知事・東国原英夫氏、共産党前参議院議員・小池晃氏、発明家・ドクター中松氏ほか6氏である。年齢的にもやや疲れ気味でかっての精彩は感じられないが、それでも現状では現職石原氏の優位は揺るがないだろうと思っていたところ、NHK夜8時の「統一地方選開票速報」スタートと同時に早々と「都知事に石原氏当選確実」のテロップが出た。8時投票締め切り、即「当選確実」である。あまりにも早過ぎるのではないか。続いて神奈川県知事、北海道知事にも「当選確実」の表示が出た。石原氏らの圧勝ぶりに些か拍子抜けである。世間からいま最も真剣に仕事をしていないと見られている集団が中央・地方の政治家の人たちである。これから4年間しっかり気を引き締めて、住民のことを真剣に考え職務に邁進してほしいものである。

 さて、今日何気なくインターネットを覗いていて、5年前に相沢進さんが75歳で亡くなられていた(2006年5月18日逝去)ことを知り、懐かしい記憶が甦ってきた。小さな接点ではあったが、個人的に存じ上げていた人だけに残念である。

 1970年代に戦没者遺骨収集事業に携わっていたころ旧厚生省から中部太平洋諸島との一部の交渉を仰せつかり、その当時トラック島の実力者だった相沢さんと一度だけ相沢さんの会社でお会いしたことがある。相沢さんは異色の経歴の持ち主で、プロ野球選手として、相沢さんによれば同じような環境にあったハワイ出身の若林忠志監督の誘いでパ・リーグ発足時に毎日オリオンズに投手として入団した。投手としての通算成績は7年間で8勝17敗、防御率4.20で取り立ててぱっとした成績ではなかったが、大柄ではなく使いやすい器用なリリーフ投手としてそれなりの存在感があった。その相沢さんが偶々高橋ユニオンズにおられた時慶応のスター選手で、社会人チーム「東洋高圧」に入社が内定していた、石原慎太郎氏と高校で同級生だった現野球評論家・佐々木信也さんを強引に高橋ユニオンズに入団させた。湘南高校の後輩として佐々木さんを熱心に誘い、プロ入りに悩んでいた佐々木さんをプロの弱小球団入りへ踏み切らせたようだった。佐々木さんはその年パ・リーグの最下位チームにあって全試合に出場し八面六臂の大活躍をして、新人王こそ稲尾和久投手(西鉄)に譲ったが一躍リーグを代表する選手になった。相沢さんからその話を聞いて、そのせいであろうか相沢さんは、佐々木さんのそのまた後輩である私にもその後目をかけてくださるようになった。

 1970年代当時の旧南洋群島にはパラオ島とトラック島に勢力を二分する日系人の勢力があった。かたやパラオの森さんであり、こなたトラックの相沢さんだった。相沢さんと森さんは一族が同じような境遇にありながら表面的にはあまり良好な間柄には見えず、どことなく張り合っている空気があった。当時の厚生省としては遺骨収集事業を進めるに当たっては、それぞれに事業を成功させて島の実力者となったお2人の協力が欠かせなかったが、お2人の間の調整に苦労されて、どちらかと言えば温厚派であるパラオの森さんに肩入れしている風があった。私も何度か森正隆さんにもお会いして随分貴重な情報をいただき、それを厚生省に伝えて役目を果たした。

 内輪話になるが、尊い国家事業に献身的に協力されたお2人の厚意に報いて、日本国として感謝の気持ちを顕し外国人叙勲者として顕彰する筈だったがそうはならなかったのも、今にして思えばお2人の関係を慮り過ぎた当時の厚生省の深謀遠慮があったからではなかったかと勝手に推測している。

 相沢さんからJR藤沢駅前に相沢不動産という会社があるが、あれは親戚だと仰っていたが、その頃確かに藤沢駅南口に相沢ビルが建っていた。

 相沢さんのお父上は元住友社員としてトラック島に勤めておられたと伺ったが、森さんはお父上が移民として昭和の初めにパラオ・コロール島へやってこられた。お2人のお父上はともにそれぞれの島の実力者である酋長の娘と結婚された。相沢さんはトラック島の36人の酋長の中でも隠然たる影響力を持ち、長年に亘って「酋長会議」議長を務めておられた。一方、森さんのお父上は戦前島田啓三が描いた「冒険ダン吉」のモデルとも言われ、穏やかなお人柄で人望もあり、現在孫に当たるマニー・モリ氏は第7代ミクロネシア連邦大統領を務めておられる。

 私にとってはお2人とも束の間の交流ではあったが、特に役所の代理として交渉役を務めさせてもらったせいもあり、仕事上お会いした人たちの中でも強く印象に残っている方である。

 石原都知事が4度華々しい脚光を浴びることになった今日、図らずも偶々異国の先輩相沢進さんが亡くなられたことを知り、寂しい気持ちとともに感慨無量の思いが込みあげてくる。同時に改めて一抹の寂寥感に捉われる。

2011年4月10日 | カテゴリー : 未分類 | 投稿者 : mr-kondoh.com

1426.2011年4月9日(土) 先生を欺いた中学生のほろ苦い思い出

 昨日はやけに風が強かった。今日も時々風が吹き、時折雨も降っている。一昨日晩の大きな地震(当初M7.4と発表されたが、その後M7.1に訂正された)以来また落ち着かなくなってきた。東京都水道局では前回水道水に混入した放射性物質のインパクトが強過ぎたせいで、飲料用水の品不足騒ぎを起こしたことに懲りてか、前広に雨が降ったら水道水を溜め置くようにとの事前案内を始めた。何だか世紀末的な気象状況と備えになってきた。

 昨日卒業した京都市立上桂中学3年生時の担任だった清水義一先生から京都の銘菓・和菓子を送ってこられた。拙稿が掲載された「月刊国民生活」4月号をお送りしたお礼にとわざわざお手紙を添えられていた。まったく恐縮する。

 清水先生は現在82歳だが、一昨年秋卒業以来初めてお会いして懐かしい思い出話を交わした。その時はあまり個人的な話をしなかったが、今日先生へのお礼状の中で先生に嘘をついたお詫びをして許しを乞うた。

 罪滅ぼしというのはこういうことである。在学中理科を教えておられた先生は学期末試験だったろうか、「リアス式の三陸海岸は沿岸が凹凸の激しい地形になっているが、九十九里海岸は凹凸がなく一線になった静かな海辺になっている。その違いの理由を考えなさい」というような試験問題を出された。私は授業を聞いていなかったせいですぐに答が分らず、問題をじっくり眺めていてふと思いついた。質問は「考えなさい」と要求していて答を書けとは求めていない。そこでその問題に関しては白紙のまま提出し、後日答え合わせの時間に「答を考えました」と応えた。先生から「答を知っていたのか?」と聞かれたので、「答は知っていましたが、答を考えなさいと書かれていたので答は書きませんでした」と応えた。流石に先生も呆れたであろう、しばらく考えた後に、答が分っていたのなら点数をあげると言ってくださった。問題の隙間を突き完全に先生を欺いて点数を稼いだのだ。我ながら先生までも欺く悪い生徒だったと思う。今日の手紙で嘘をついたことを60年近く経って告白し、お詫びをした。罪滅ぼしとはこういう悪さをしたことに遅まきながら謝罪したということだったのである。文面に目を通されて先生は何と思われるだろうか。今更怒るわけにもいかず、笑いながらも許してくださるだろうか。

 あの時代は周囲にあまり悪質な悪戯をするような生徒はいなかったように思う。それでも結構先生に対して細やかだが小生意気な反抗をしたこともあった。社会科の棚橋先生に対しては、「控訴」と「上告」は同じ意味ではないかと食い下がったこともあったし、国語の岩崎先生が「日本水郷」のことを「ニホンスイキョウ」と言ったので、論拠を示して「ニホンスイゴウ」が正しいと食い下がり、岩崎先生が教師の面目にかけて「ニホンスイキョウ」を押し通したことに、憤懣やる方ない気持ちになったし、えらい理不尽を感じたこともあった。一昨年岩崎先生に会った時よほど言ってやろうかと思ったが、米寿を過ぎてお疲れのご様子だったので、敬老精神を感じて思い止まった。

 それにしても上桂中学校に在学したのはたった1年だったのに、大きな顔をして随分生意気な中学生だったのではないかと思う。でも2回の転校を含めて何と3年間に3つの中学校に通ったが、一番楽しく印象に残っているのは、まさに卒業したこの上桂中学校だった。今でも恩師や、同級生と文通出来ているのは楽しかった思い出の名残ではないだろうか。あれから57年が経つ。

2011年4月9日 | カテゴリー : 未分類 | 投稿者 : mr-kondoh.com

1425.2011年4月8日(金) これからの資源エネルギー政策

 今朝起きてすぐにテレビのスイッチを入れた。昨晩の宮城沖地震の被害状況が気にかかっていたからだ。案の定マグニチュードはM7.4で、震度は6強とかなり強い揺れがあったことが分る。実際400万戸が停電になり死者も4人に、負傷者は140人も出た。余震というよりこれは本震である。気象庁の予報では今後もM6程度の地震が起きる可能性は高いという。昨晩の地震の結果、女川原発と青森県の東通原発では一部の設備に支障が生じ、一時使用不能になったという。

 こんなことを考えていると現在日本各地にある他の原発の安全性は本当に大丈夫なのだろうかと心配になる。これでまた住民の不安を煽る原発関連報道が広がる恐れが出てきた。

 過去10年間の統計では、M5以上の地震は平均して1年に約120回発生しているそうだが、3月11日の大震災発生以来昨日までの地震発生回数はすでに396回となり、これは異常なまでに多い。海外メディアでも日本の原子力事故に関する報道が増えている中で、誤報も相次ぎ、福島第1原発事故によって作業員が5人も亡くなったとの間違った情報が広まり、外務省を通して現地における誤報の火消しに躍起になっている。

 現状は何とかして福島原発のトラブルを収束させてほしい。その後において今後わが国としては原子力問題をどう考え、全エネルギー問題にどう対処していくのかを考えなければならない。これまでは原子力問題について国民的議論がなされることはなかったと思う。原子力問題に関して国民は完全に蚊帳の外にあった。政府と自治体、そして電力会社、原子力学者だけの専門家によってすべてが決定されていた。これが国民の間に情報不足をもたらした。

 恒常的に資源エネルギー不足問題を抱えるわが国としては、何とかして原子力にエネルギー源を求めようとしている。すでにわが国の電力供給の3割が原子力発電によって賄われている。この現状を考えると簡単に原子力を放棄することは出来ないと思う。

 実際「選択」4月号の巻頭インタビューで、日本エネルギー学会会長を務める柏木孝夫・東京工大教授は「危険な原子力は全廃せよと唱えることは容易だが、現実的か。積極推進か、全廃かという二者択一の議論に解答はない」とコメントしている。柏木教授によれば、ウラン1gに対して石炭は3tに匹敵するほどのエネルギーということは、原子力は3百万倍の高発熱量を誇るわけで、世界が原子力を手放すとは考えられないという。石化燃料はいずれ資源枯渇にぶち当たる。最も効率的な原子力発電を、危険だからという理由だけで今すぐ手放すわけにはいかないだろう。原子力をどう安全に確保するかということが、これからの議論の最大課題となるだろう。

 それにしても現在のもやもやした福島原発の対応が早く解決してくれなければ、一歩も先へ進めない。今日は偶々お釈迦さまの誕生日であるが、お釈迦さまが良い知恵を与えてくれないだろうか。

2011年4月8日 | カテゴリー : 未分類 | 投稿者 : mr-kondoh.com