充実したホームページに仕上げていこうと、毎日目を凝らしながら取り組んでおります。淡々と書き続けてきただけで、10年2月に初めて4桁の大台1000回を、そして奇しくも74歳の誕生日に当たる2012年「文化の日」に連続2000回を、15年7月31日に3000回、18年4月26日に4000回、21年1月19日に5000回を数えました。ここでは、出来るだけポジティブな意見や、気軽な独言、時には戯言や想い出を書き込んで、自分自身の気持ちを素直に表わしながら楽しく読んでいただけるよう心がけたいと思っております。意見の主張というより、感じたままを日記風に書き綴って参ります。身勝手な意見や、独断的な表現も見られると存じますが、どうぞご理解下さいますようお願い致します。皆さまの忌憚のないご意見をお寄せいただければ有難く存じます。
ブログ・ご意見番の意見
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1444.2011年4月27日(水) 放射性廃棄物の処理を取り扱った映画
一風変わったと言えば言いすぎかも知れないが、珍しい映画を渋谷の自主上映館のような小さな映画館「UPLINK」で観た。移動自由な椅子席が、その時は約60席ほどだった。先日一部のテレビで紹介され、その翌日日経紙にも紹介された「100,000年後の安全」という奇妙なタイトルのフィンランド作品である。原子力放射性廃棄物を取り扱い、深刻に考えさせる現代人の意表を突く問題作である。福島原発の放射性物質漏洩が世界中の注目を集めているこの時期を狙い、年末公開の予定を繰り上げ今月になって急遽公開上映されたたものである。
原発から排出される大量の高レベル放射性廃棄物の処理を巡る、気の遠くなるような長いスパンの埋蔵計画を取り扱った作品だ。そもそも10万年もの長い時間をずっと誰の手からも触れられず、外へ漏れることもなく放射性廃棄物を地下深く埋蔵しておこうという奇想天外にも思える実話である。寡聞にして知らなかったが、フィンランド政府はすでにこの計画を実行に移して、工事を進めている。
フィンランド語で「隠れた場所」を意味する埋蔵地 「オンカロ」は、首都ヘルシンキの西方240㎞のオルキルト島の岩盤の固い地下500mに建造されつつあり、完成は何と100年後だという。この遠大な計画自体は納得出来るにしても、映画の中で訴えているのは、「オンカロ」が10万年後まで誰にも破壊されず、放射能も漏らさず、現代人のメッセージを理解してくれるだろうかということである。われわれ現代人がある程度予測出来る後世の人間の生活や文化は、精々500年止まりで、過去の文化でもそれ以前になると未だに解明出来ないことが多い。ピラミッドにまつわる創世記の文化や建立の目的などは今もって謎だらけである。それを10万年後の人々に埋蔵地の存在と目的、留意事項などをどうやって伝えるのか。果たして危険な埋蔵地があらぬ誘惑に駆られた不届き者によって触れられるようなことはないのか、その辺りの話し合いが単純に続けられるが、これが案外面白い。
原発問題とこのオンカロを考える知識として、字幕翻訳者でもある須永昌博・スウェーデン社会研究所長が書いた1枚の解説紙が論点と内容を分り易く整理していてかなり参考になる。
映画の提示するテーマとして、
①放射性廃棄物とは何か。
②なぜ、フィンランドなのか。
③原発に賛成、反対の人々との調整
④将来の人類とのコミュニケーション
⑤日本ではどうなのか。
等々を挙げている。
確かに上記について考えてみると難しいものだ。
それにしても原子力が人類にとって福音をもたらした一方で、これほど厄介な棘を残したことは、これまであまり深刻に捉えられていなかった。原発は絶対安心であるとの神話に騙されていたわけだ。現状の収束作業を見ていると、とても安心できるものではない。
この映画はいくつかの論点を提供したと思う。鑑賞に充分値すると思う。今は目前の大事を座視出来ないが、いずれ原発問題については真剣に議論して、わが国のエネルギー政策の方向性を見出してほしいものである。
1443.2011年4月26日(火) 世田谷区長当選で社民党はどんなカードを切るか。
目黒区議選トップ当選の須藤甚一郎さんから、謙遜だと思うが、3期連続トップ当選は予想外だったとメールをいただいた。一方世田谷区長に元社民党代議士・保坂展人氏を推された小中陽太郎さんからも、須藤さんのトップ当選を祝い、保坂氏の区長当選を喜んでおられるメールをいただいた。小中さんは保坂氏が将来都知事になられると英語で書いておられた。
社民党もこのところすっかり落ち目となってしまった。保坂氏が2年前に3期務めた衆議院議員選挙で落選したのも、そもそも一時的な民主党ブームと社民党退潮の影響を受けている。保坂氏が偶々未曾有の原発問題の発生により脱原発を訴えたことや、自民党都連内の内輪揉めが保坂氏にとって有利に働いたこともある。
それにしても社民党の長期低落傾向は止めようがない。それでも福島瑞穂・社民党党首は、保坂氏の当選と脱原発を「時代の流れだ」と些か浮かれ、脱原発構想を政策の柱にするようだ。社民党は統一地方選で推薦・公認候補者のうち当選者の割合は75.7%だったが、前回は78.6%であり、相変わらず低迷している。
われわれの学生時代は「安保反対」の旗印の下に、総労働対総資本の対決となった労働運動の高まりとともに、社民党の前身・日本社会党は日本共産党とも手を携えて、そのパワーと熱気は時の政府を圧倒せんばかりだった。その後拡大した社会党は、1990年の総選挙では136の衆議院獲得議席を獲得した。その3年後の総選挙では、議席数は70と半減した。それが今や旧社会党たる社民党は、議席数は衆議院6、参議院4にまで減らし法案提出権もない小政党と成り下がった。
社民党はこれからどうやって党を立て直していくのだろうか。今のビジョンも組織もなくなった姿を見ているとあまり希望は持てない。
さて、一昨日本欄でアラブとアフリカの政治・社会情勢の混乱について触れたが、指摘した国々の他にどっこいシリアが問題になってきた。父子2代の世襲により40年間に亘って独裁体制を敷いてきたアサド政権が、反体制派のデモに対して一旦は政治改革を約束して譲歩の姿勢を見せ、21日には48年間続いた非常事態令を解除した。それが一転して、翌22日になり治安部隊がデモ隊に対して発砲し300人以上が死亡した。政権が無防備な自国民に武器を向け殺戮した残忍な行為は、ピレイ国連人権高等弁務官をして「常軌を逸している」と非難せしめた。リビア同様この自国民を殺戮する残虐行為は今後国際社会にも大きな波紋を投げるだろう。
昨日はJR西日本福知山線列車脱線事故発生6周年、そして今日はチェルノブイリ原発事故発生25周年である。いずれも忌まわしい事故で、後者の場合は福島原発事故が今も継続中であり、殊更頻繁に採り上げられている。どうも気持ちが晴れない鬱陶しい事故である。福島原発は少しは良い方向に向かっているのか、悪い方向に向かっているのか、メディア報道だけではさっぱり分らない。これでは周辺住民はもちろん、国民はいたたまれない。
1442.2011年4月25日(月) 前立腺は問題なし
10日前に前立腺の精密検査を受けて、今日その検査結果を伺いにクリニックへ行った。開口一番飯ヶ谷先生から「近藤さん、癌の心配はまったくありません。良かったですね」と言われてほっとした。目視で99%大丈夫でしょうとは言われていたが、実際に体液の検査をしてもらった結果だから安心である。前回画像を観ながら少々前立腺肥大の傾向があると説明を受けたが、それすら心配には及ばず、投薬の必要もなく、今後4ヶ月に1度ぐらいのペースで検査を受けることを勧められた。今回思い切って検査を受けて本当に良かったと思う。
偶々飯ヶ谷先生は、整形外科の松本先生のご紹介であるが、お2人とも慶応医学部のご出身であり、私にとっても学部こそ違え同窓生ということで、大分打ち解けた会話を交わせるようになった。以前にお会いしたことがある高校の5年先輩で、北里病院名誉院長の比企能樹さんが慶応ボート部時代にメルボルン・オリンピックへ出場した話になった。1956年メルボルン・オリンピックが開催された高校生の時、数学の竹下直之先生から、比企さんの他にもう1人先輩がメルボルン・オリンピックに出場していると伺った。比企さん以外のもうひとりとはサッカー日本代表チーム(慶応BRB)の小林忠生さんのことだった。
幸いお二人の医師がよくご存知の比企さんの話から、飯ヶ谷先生とも大分親近感を抱いてお話し出来るようになった。
4ヶ月後に今度は気軽に診ていただきたいと考えている。
昨日行われた統一地方選で、世田谷区長に元社民党衆議院議員の保坂展人氏が激戦を制して当選した。小中陽太郎さんにメールで伺って見ると弟子のひとりということだった。道理で選挙公報に保坂氏の推薦人として小中さんの名前が載っていたわけだ。即日開票の目黒区議選では知り合いの須藤甚一郎さんが3期連続トップ当選を果たしてめでたし、めでたしである。翌日開票の中野区ではやはり知り合いの出井良輔さんが上位当選された。知人がそれぞれに栄冠を得てほっとしている。ところが、今回の選挙の投票率は戦後最低だそうだ。確かに投票所ではいつもの選挙に比べて閑散としていた。難しいとは思うが、出来れば先週の知事選とかみ合わせれば、もう少し上がったのではないか。因みに最年少30歳の若い市長を誕生させた、財政再生団体・夕張市の投票率は82.67%だった。
先週に続き全般的に民主党の退潮が目立ち、またぞろ菅首相の責任追及の声が高まっている。菅首相にリーダーシップが欠けているのは、すでに周知のことである。しかし、今この非常事態にあって政治家がやらなければならないこと、選挙の敗北の責任を追及して代表者を引き摺り下ろすことではないのではないか。しかも同じ政党内でトップの首の挿げ替えを目論んでいる醜態ぶりは、とてもまともとは思えない。今に始まったことではないが、呆れかえって開いた口が塞がらない。
今日行われたある女優の告別式に鳩山由起夫前首相が参列された姿を見た。個人的な関係があったのかも知れないが、散々菅首相の行動を槍玉に挙げて非難し、政治家として多忙である筈の国難とも言うべきこの時期に、前首相が時間を割いてまでとるべき行動だろうか。ちょっとセンスも神経もおかしいのではないか。政治家にはどうしてこうも空気が読めないトンチンカンばかり多いのだろうか。
1441.2011年4月24日(日) こんな非常時に政党助成金を平然と受け取る国会議員のモラルとセンス
世界を見ると今アラブとアフリカでは大きな政治混乱と社会変革のうねりが起きている。北アフリカのチュニジア、エジプトに続く独裁政権転覆への勢いはリビアに波及して、リビア国内ではカダフィ体制派と反体制派による激しい内戦状態が続いている。それがアラブ諸国へ飛び火して、イェメンとシリアではデモ抑圧のための発砲事件も多発し、数多くの犠牲者を出している。今夜のニュースによれば、イェメンの長期独裁政権・サレハ大統領が、ついにペルシャ湾岸6ヶ国で構成する湾岸協力会議の勧告を受け入れたという。その内容とは1ヶ月以内にサレハ氏が大統領職を辞職するとの約束である。しかし、権力者の地位に固執している大統領が果たしてすんなり約束を履行するかどうか予断を許さない。
西アフリカのナイジェリアとコート・ジボアールでは、新旧大統領の対立からともに国民を巻き込んだ無政府状態に陥っている。途上国ではいつも犠牲になるのは、底辺にいる生活の苦しい庶民である。
一方、国内では放射性物質漏洩問題が一向に収束する気配が見られない。対策本部が立ち上げられたが、雨後の筍の如く20近い復興関連の本部が出来て指揮系統が一本化されず、元々問題とされていた政府、原子力安全委員会、原子力安全・保安院、東電ら4つの組織がそれぞれの立場で情報を公開するので、その流した情報をどの組織がどう活用し、整理して国民に伝えるのかというルートと責任の所在がはっきりしない。
話が飛躍するが、今朝の「天声人語」に政治家の党利党略、私利私欲について批判的なコメントが書かれていた。今年度最初の政党助成金が支払われたという。併せて80億円である。当初から共産党だけは主旨に反対して辞退しているので、その他の全政党を併せた合計金額がこの巨額に上る。年間に換算すると何と4倍の320億円になる。
「天声人語」氏はこう書いている。「被災者に尽くすべき者が炊き出しに並んでいるような違和感を覚えた」「国会議員は歳費カットでお茶を濁さず、定数を削るべし」「今回だけでも遠慮するデリカシーを永田町に望むのは、どうやら自販機にスマイルを期待するがごとし。民に耐乏を訴えながら示しがつかない」などと相当厳しい。それも当然だろう。はっきり言ってどの面さげて、この厳しい財政状態の中で自分たちだけ国庫から金を融通してもらおうというのだろうか。
政党助成金の申請が出されたのは、偶々著名人が義捐金として私財を提供した総額が1000億円を突破した時だから余計皮肉っぽく受け取られる。政治家にはその時、義捐金を提供しようとの考えなんかまるで眼中になく、ひたすら脇目も振らずに国民の税金である国庫から少しでも資金をいただこうとのさもしい気持ちに駆られていたのである。本稿でも政治家も少しは被災地の人々に対して、税金からいただくサラリーを辞退し、義捐金へ回すような行動を起こしてみてはどうかと何度も訴えたが、現在までにただひとりとして賛同する国会議員はいないようだ。こういう利己的で自己中心的な人々に政治を担わせることが、国民にとってはどれだけ不幸なことだろうか。
今日は統一地方選の後半戦で、自治体としては山梨県、佐賀県に次ぐ84万人の人口を抱える世田谷区長選挙と区会議員選挙が行われた。投票した候補者の当確は、夜11時現在各候補が競り合っていて結果はまだ分らない。一方、わが国唯一の財政再生団体の北海道・夕張市長選挙では、夕張市へ派遣されていた30歳の東京都職員が全国最年少市長に選ばれた。他にも意外性と話題性のある首長が生まれる可能性がある。
1440.2011年4月23日(土) 孫の成長を願う。
高層ホテルから市内を見下ろすとそのランドスケープから新潟という都市が何となく分ってくる。今日は新潟へ転勤中の息子の誕生日でもあるが、大安吉日でもありメインの演目は孫のお食い初めのお祝いである。11時半までホテル内で息子が車で迎えに来るのをぶらぶら待つ。
初めて孫を新潟市内の新潟総鎮守・白山神社という実に伝統ある誉れ高い神社にお参りさせていただいた。随神門という木造の門は、存在感と貫禄からして相当な歴史を感じたが、資料によると永禄年間と天正年間の2度に亘る火災ですべてを焼き尽くし、その謂れもはっきりしないという。それでも2つの説があり、建立は延喜年間(901~922)とも、寛治年間(1087~1094)ともいわれるくらいだから、一見門構えからして鎌倉時代の建長寺に匹敵すると想像したのもそう見当違いでもないと思う。他に本殿で3人の赤ちゃんが一緒に祝詞をあげてもらった。みんな両親やその家族はわが子の行く末の幸せと健全な成長を願っているのだ。
白山神社は1万坪とも言われる広大な白山公園の中にあるが、その白山公園は今が盛りとばかり桜が満開だった。週末ということもあり、大勢の人が出て華やかな雰囲気を醸し出していた。
孫の「健太」も健康そうで中々愛想も良いので、このまま素直に、ただ健康に育ってほしいと願っている。
和食レストラン「梅の花」でお祝いした食事の席で、両親を前に嫁の「すみれ」にノーベル賞受賞者根岸英一博士のすみれ夫人から、先月18日にお会いした時お預かりしたメッセージを伝えた。「押し花のすみれから若いすみれさんへよろしく」というものだった。嫁のすみれは大感激だった。
夜帰宅してみると、偶々「知研」会員の石川均さんから送っていただいた4月20日付神奈川新聞が届いていた。同紙文化欄に母校・湘南高校のある同窓会が取り上げられていたのである。根岸英一博士と同期生の「華の二八回」同期会で、これは私がお会いした18日の1週間前の3月11日に開かれた、同期生会を話題にしたものだと思う。その席で根岸博士は得意の喉で布施明の「シクラメンのかほり」を歌っていた最中に、東日本大震災の突然の揺れにより歌うのを止めたと根岸博士から伺った。そんなエピソードもあり、18日にお会いした時は、今日は歌わないから地震はありませんとジョークを交えて話しておられた。
いずれにせよ、すみれ夫人から若いすみれへ温かいメッセージを伝えられて良かった。