ブログ・ご意見番の意見

 充実したホームページに仕上げていこうと、毎日目を凝らしながら取り組んでおります。淡々と書き続けてきただけで、10年2月に初めて4桁の大台1000回を、そして奇しくも74歳の誕生日に当たる2012年「文化の日」に連続2000回を、15年7月31日に3000回、18年4月26日に4000回、21年1月19日に5000回を数えました。ここでは、出来るだけポジティブな意見や、気軽な独言、時には戯言や想い出を書き込んで、自分自身の気持ちを素直に表わしながら楽しく読んでいただけるよう心がけたいと思っております。意見の主張というより、感じたままを日記風に書き綴って参ります。身勝手な意見や、独断的な表現も見られると存じますが、どうぞご理解下さいますようお願い致します。皆さまの忌憚のないご意見をお寄せいただければ有難く存じます。

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1464.2011年5月17日(火) ロータリークラブで講師

 昨日パワーポイントでメーカーとすったもんだしたが、幸いメーカーとは関係なく問題解決して今日会場の吉祥寺第一ホテルへ講演に出かけた。東京武蔵野ロータリークラブでお話するのは、7~8年ぶりくらいで2度目である。定例会合・昼食会の中に卓話として30分の予定で時間をとってもらい、「武者修行を通して見た世界」というタイトルで私の海外旅行の体験談と現場における臨場感の大切さをお話した。内容的には話したい事柄は大体説明出来たので佳しとするが、何と言ってもひとつのテーマに30分とはいかにも短い。話の中で話を絞りに絞っても30分ではとても足りないと話したので、終ってから受講者からもう少し聞きたかったという声を聞けたのは、嬉しいことだった。
 話を始める直前に、佐々木信也さんから携帯へ連絡が入り先日確認をお願いした件の回答をいただいた。トラック島酋長・故相澤進さんの湘南高在籍の確認を、同校で同学年の筈の佐々木さんの兄・佐々木道也氏に尋ねてもらったところお兄さんは記憶にないということだった。近日開催の同期生会で他の同級生に当たってもらうことになった。佐々木さんの話では、或いは年齢とは異なる学年に在籍した可能性もあるのではないかと仰っていた。それにしても中々願ったようには確認が取れない。依然として相澤さんが在籍していたのかどうかという疑問はそのままである。
 さて、相変わらず福島原発が暗雲のように淀んでいる。先日1号機のメルトダウンが明らかになったばかりなのに、今度は2号機と3号機もメルトダウンが起きていたと公表された。まったくやれやれである。原発に関しては一向に良い話が聞かれない。更に工程表の見直しも必要だという。賠償問題も厳しい。こんな状態で果たして年末までに何とか安定させたいとの願い通り収束へ向かうのだろうか。これまでの作業、公表過程などを見ているとどうも信頼するには心細い。あ~あ、いつになったらすっきりするだろうか。

2011年5月17日 | カテゴリー : 未分類 | 投稿者 : mr-kondoh.com

1463.2011年5月16日(月) 誠意が見られないメーカーの不遜な対応

 明日東京武蔵野ロータリークラブで「卓話」を頼まれており、「武者修行を通して見た世界」というタイトルでお話することになっている。すでにパワーポイントのスライドも作成した。持参するプロジェクターのテストを兼ねてスクリーンに映して確認しようと今日自宅で試してみたが、画像がPCからプロジェクターにどうしても送られない。いくつかのボタンをいくら押しても一向に起動しない。あの手この手でトライしてみたがダメだったので、ついに音を上げてメーカーの「日本ヒューレット・パッカード」の「消費者サービスセンター」?とやらへ電話で問い合わせてみた。
 プロジェクターが壊れたわけでもなく、まして苦情を言うわけでもなく、ただ操作の方法、つまりボタンの押し方を聞こうとしているだけなのに、やっと通じた電話は、最初からこの製品はすでに製造、販売とも中止したので、製品の説明は出来ませんのでご諒解くださいときた。しかも、4月一杯でこの型式に関する問い合わせは止めたと会社の一方的な回答なのである。私がこれを購入したのは、4年前である。しかもかなり価格の高いものだった。そんなに旧式の製品とも思えない。実際講義をする場合とても役立っている。
 まず、理解に苦しむのは、第1に販売したがもう製造を中止したので、問い合わせは受け付けないという高飛車な説明が世間で通ると思っているのだろうかということである。第2に、苦情ではなく自社製品のボタンの押し方を尋ねているだけの消費者に対して、応じられないというのは会社の営業姿勢として、あまりにも顧客を舐めているのではないか。そんな簡単なことは1社員の心がけ次第でいくらでも応えられるではないか。まったく腹が立つ。
 呆れかえって開いた口が塞がらない。大体最近の会社の営業姿勢には、顧客とはイチャモンをつける煩い奴と思っているのか、正面から誠実に対応しようとの姿勢が見られない。最初から「逃げ」の姿勢が見え隠れしている。電話は中々つながらず、最初から質問はホームページを通してお願いしますと、まるで顧客はポジティブに自分で壁を越えなさいと言われているようなものだ。それでいて顧客を放っておいて、自分たちは問題から「逃げ」ようとしている。これが、アメリカ企業日本版の典型なのだろうか。まったく営業の真髄を知らない会社と社員が多くなった。
 僭越であるが、「日本ヒューレット・パッカード」経営者に営業とは最低限どういうことを心がけるものであるかを教えてやりたくなった。もうこんな不誠実な会社の製品なんか金輪際買うものか。知人にも絶対薦めない。
 結局パソコンに詳しい知人に何とか連絡が取れ、トラブルと悩みはいとも簡単に解決した。

2011年5月16日 | カテゴリー : 未分類 | 投稿者 : mr-kondoh.com

1462.2011年5月15日(日) 沖縄問題は忘れられてしまったのか?

  今日は5.15事件記念日である。例年通りどこにも関連情報はなく、テレビでも一言も触れない。なぜだろう?事件には日本が軍国主義へ向かい戦争へ突き進んで行った萌芽が隠れているのだ。一番無責任なのは、マス・メディアではないだろうか。負の遺産と呼んでよい「大事件」を忘れ去ろうともがいているのはメディアではないだろうか。メディアも堕落したものである。
 さて、今朝の朝日新聞広告を見て久しぶりに安保時代の興奮が甦ってきた。全面広告で「普天間基地は撤去、米海兵隊は撤退を」とある。沖縄・意見広告運動(第2期)の大広告である。かつてベ平連がニューヨーク・タイムス紙1面を買い切りアメリカ市民にベトナム反戦を訴えたことが世界中の話題になった。これと同根のアピール広告だと思う。懐かしく内容を読む。

  訴えている論点は3つある。第1に米海兵隊の普天間基地の即時・返還、第2に辺野古新基地建設案の断念、第3に日米安保条約をやめ、軍事力によらない平和の構想、である。第1、第2は近年言い尽くされているが、第3の安保条約の廃止は、理想ではあるが、我々が60年代に安保闘争を行ったころに比べて余計難しくなっている。あの時代は大げさに言えば、政府対学生、労働者を中心とする国民の対決となり、もう一歩のところまで政府を追い詰めた。それでもなお結局は政府に負けたのだ。安保反対闘争では、学生も労働者もみんな真剣に国の将来を心配し、それこそ身体を賭して闘っていた。今の社会に国民の間にそのような情熱や連帯感があるだろうか。今や学生だけでもまとまるという期待すら持てなくなっている。社会全体が豊かになり、個人の幸せを追求し、他人のことなぞ構うことがバカバカしいと思うような自己中心的な社会になっている。
 ただ、なぜ今日の段階でこういう意見広告を行ったのか。今日は沖縄が本土へ復帰して39年目のエポックメーキングな日だからである。それにもうひとつ理由があるように思う。今や国を挙げて東日本大震災に目が向いている。普段は対立する問題でも、こと大震災が絡むと一時タイムか、すべてが氷解する。国民が社会問題として大震災以外に関心が向かなくなっている。これは危険な兆候である。大震災前にはあれだけ騒がれた辺野古移設問題、アメリカの元沖縄総領事による差別発言等で燃え上がった「沖縄」が忘れ去られている。そんなアンニュイな空気を警戒して沖縄へ関心を呼び覚ますための起爆剤として一発かましたという気がした。
 それにしても沖縄の基地問題以外に国民の間に社会問題が爆発するようなムードがなくなった。社会問題に関心を持たず、行動せず、自分の城に篭る利己的な傾向が強くなったようだ。活気がなく張り合いもない、つまらない世の中になったものだ。

2011年5月15日 | カテゴリー : 未分類 | 投稿者 : mr-kondoh.com

1461.2011年5月14日(土) 役所も電力会社も税金の無駄遣い

  恩師の飯田鼎先生と最後のお別れをするために告別式に参列した。披露された弔電のひとつに大阪在住のゼミ1期生・佐竹正彬さんから寄せられた、心を打つ長文の弔電があった。佐竹さんの弔電にはありきたりの電文ではなく、我々すべてのゼミナリストが先生を尊敬し慕う気持ちをそっくり表現してくれていた。
 花入れで先生の胸元に1輪の薔薇を置いて、じっと安らかなお顔を見つめているうちに思わず涙が溢れてきた。永遠のお別れである。50年間の思い出が胸の中をさっとよぎって行った。火葬場へ向かう先生のご遺体をお見送りしながら、ただ心の中でひたすら感謝の気持ちを申し上げた。もうお会いすることは出来ない。永遠のお別れである。

  先生、長い間本当にお世話になり、ありがとうございます。どうぞ安らかにお眠りください。さようなら、飯田先生。

 小松先生、島田さん、池田くん、長谷川くん、須藤くん、鈴木くんらいつも一緒の仲間と東武野田線鎌ヶ谷駅前の喫茶店で昼食を取りながら、思い出を語り合った。毎年九段会館で行っていた「飯田会」の今後についてどうすべきか軽く話を交わした。主役の飯田先生が他界されてしまったので、どのように会の存在と運営をやっていくのか難しいところだ。とりあえず来月1日に銀座「ライオン」で話し合うことになった。
 さて、今日の朝日夕刊1面トップを見て呆れてしまった。「原発無人ロボ、東電『いらぬ』-JOC事故後30億円で開発→結局廃棄-」である。何だ?これは! 腹が立ってくる。よく読んでみると、原発事故での使用を想定し、国が30億円を投資して開発・製造された遠隔操作ロボットが、出来上がってみると東電など電力会社が必要ないと判断したため、実用化されなかったというお粗末な内容だった。だが、福島原発では作業員が立ち入れないほど放射線量が高く危険な場所で、実際にはわざわざアメリカからアメリカ製ロボットを借りて作業が続けられているのである。
 そのロボット開発に携わっていた技術者のひとりは、万一の事故に備えて必要だとのコンセンサスはあったが、肝心の電力会社に「原発で事故は起きないのだからロボットは不要」との考え方が根強かったと語っている。電力会社内には原発事故を話題にすることをタブー視する意識はかなり前からあったとも言われている。ある国立大教授はこうも証言している。元通産省電子技術総合研究所(電総研)に勤務していた時、ロボットの技術開発に関する提案書を書いたところ、上司から「原子力防災」という言葉は使えないと指摘されたという。電力会社のみならず、ロボット開発のための予算を申請した通産省自身が、開発した後でロボットは必要ないと言っているのだから馬鹿げている。こうして国民から税金として搾り取った資金が無駄に捨てられている。
 電力業界のこの血迷った体質のせいでロボットは実用化されず、外国から必要なロボットを借り、投資された30億円をドブに捨てたのである。そして、皮肉なことに、今日福島第1原発で作業員がひとり死亡した。まったく人災続きである。ロボット開発計画を放棄した電力会社幹部は、万死に値すると思う。
 加えて、東北大震災の死者は、昨日で1万5千人を超えた。この他に行方不明者が、まだ1万人近くいる。まだまだ大震災は終る気配を見せない。

2011年5月14日 | カテゴリー : 未分類 | 投稿者 : mr-kondoh.com

1460.2011年5月13日(金) 寂しい恩師・飯田鼎先生の旅立ち

 学生時代の恩師・飯田鼎先生のお通夜に参列し、お世話になった先生に心から感謝を申し上げ、お別れをした。明日告別式にも参列するのでお見送りは明日になるが、お通夜を終えてから奥様とご子息にご挨拶をした折にお棺の中で静かに休まれている先生の安らかなお顔を見て、感謝の気持ちがこみ上げてきた。
 幸い連絡をとることが出来たゼミナリストは明日の告別式に参列する人を除いて、大体今日来てくれたと思う。連絡はしたが、プロ野球開幕のドタバタ騒ぎで多忙になり来てくれるか心配していた「読売巨人軍オーナー」の滝鼻卓雄くんも参列してくれた。飾られた先生の軽装の写真が、いつも生真面目な先生らしくないような気もしたが、それも先生の隠れた一面なのかも知れない。
 大学時代の思い出は、大半はゼミとともにある。今でも飯田先生のご薫陶を受けたことを本当にありがたいと思い、幸せだったと痛感している。その気持ちは私のみに留まらず、すべてのゼミナリストに共通の想いであろう。表現は的確ではないが先生は、教え子である我々にとってはいつも拠りどころだった。何かあれば相談して、ヒントをいただけるだけで救われたような気がしたものである。
 先生からご指導をいただいてから、今年で丁度50年になる。まさに半世紀に亘って教えを受けていたことになる。素晴らしい先生だっただけに、気持ちは離れ難い。寂しい気持ちで一杯である。心から先生のご冥福をお祈り申し上げる。明日の告別式で、最後のお別れをしたいと考えている。
 葬儀場に予めお願いした「飯田ゼミナール一同」からの供花は、大学からの供花の中できちんと飾られていた。ゼミナリストの気持ちが先生にも通じたのではないかと思っている。
 さて、目を東電原発問題に向けると一向に前へ進んでいるようには見えない。現場の福島第1原発の1号機はメルトダウンの可能性が指摘されているし、先日政府の要請を受けた中部電力・浜岡原発の稼動停止も今日4号機を停止させた。明日5号機を停止することにより、浜岡原発はすべて停止される。
 一方で、損害を受けた住民に対する損害賠償を支援する枠組みを漸く決定した。東電1社ではとても賠償しきれない巨額に堪えかね東電が倒産しては身も蓋もないので、東電自体の存続を前提条件として債務超過にさせないことを明示した。つまり、公的資金を投入して支援する一方で、政府は東電の経営合理化を監督し、東電は政府の管理下で経営され賠償は進められることになる。
 国民の気持がいらいらしないスピーディで的確な対策と対応を望みたい。

2011年5月13日 | カテゴリー : 未分類 | 投稿者 : mr-kondoh.com