充実したホームページに仕上げていこうと、毎日目を凝らしながら取り組んでおります。淡々と書き続けてきただけで、10年2月に初めて4桁の大台1000回を、そして奇しくも74歳の誕生日に当たる2012年「文化の日」に連続2000回を、15年7月31日に3000回、18年4月26日に4000回、21年1月19日に5000回を数えました。ここでは、出来るだけポジティブな意見や、気軽な独言、時には戯言や想い出を書き込んで、自分自身の気持ちを素直に表わしながら楽しく読んでいただけるよう心がけたいと思っております。意見の主張というより、感じたままを日記風に書き綴って参ります。身勝手な意見や、独断的な表現も見られると存じますが、どうぞご理解下さいますようお願い致します。皆さまの忌憚のないご意見をお寄せいただければ有難く存じます。
ブログ・ご意見番の意見
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1469.2011年5月22日(日) パソコンのシェイプアップとリフレッシュ
いつも使用しているPCのスピードが遅く、最近些かいらいらしていた。実際書斎のデスクトップ型VAIOとパナソニック・ノートPCともに機能が大分ダウンしている。いつもこのブログを書き込むのもこのノートPCである。そこで先日友人の大塚武夫氏に相談して、今日午後大塚氏とITコンサルタントの小糸武彦氏に自宅へ来てもらった。
PCに詳しいわけではないが、両PCともに後から後へとソフトをダウンロードしてしまえば、限られた容量に重い負担がかかってくることぐらいは分っている。専門家の小糸氏に早速2つのPCを診てもらった。案の定2台ともその容量の割りに相当負担がかかっていた。大掃除をしてもらっても起動は一気にスピードアップとはいかない。更にデフラグ処理をして粗いスペースを詰めてもらったところ、漸く軽くなりスピードもアップした。
更に普段あまり使わないもう1台のVAIOノートPCも診てもらったところ、4つばかりウィルスが侵入し、パンク寸前だった。普段使用しないとつい疎かになってしまう。痛感したのは機械ものはいつも大切に取り扱い充分気を配らなければいけないということである。大塚氏と小糸氏には、2時から8時頃までずっと書斎で世話になってしまった。随分長い時間熱心にわが愛用PCに立ち向かってくれて感謝している。これからは6ヶ月~1年のペースで定期的にチェックしてもらうことにした。
さて、昨日行われたオバマ米大統領の中東政策演説が大きな反響を呼んでいる。中東和平推進のために、第3次中東戦争勃発時の国境に戻すという、イスラエルに対して大きな譲歩を迫ったからである。一部には、オバマの現状認識が甘いとの声があり、またユダヤ人を中心としてオバマ大統領に対する露骨な反感も表れている。案の定ネタニヤフ・イスラエル首相は演説直後のオバマ大統領との会談で、この提案は幻想であると強い怒りと不満を表し、この受け入れを断固拒絶した。これからの和平交渉が反って難しくなったとも思えるほど、イスラエルにとってはきついオバマ大統領の提案である。
これまでアメリカとイスラエルは、蜜月と呼んでも良いほど良好な外交関係にあった。しかし、両国間に従来とは異なる関係が生まれるかも知れない。それは、イスラエルが親米政策を一部見直すことであり、その一方でアメリカがイスラム諸国と接近する動きでもある。遥か紀元前より対立し、第2次世界大戦後もイスラエル建国を巡って対立しているイスラエルとアラブ諸国間相互の憎しみと反感が、思い切ったオバマ大統領の強い要望により、少しでも好転し和平へのきっかけになれば、それこそ現代の国際社会でこんな素晴らしいことはない。
しかし、中東和平への道は険しい。これからもこの行方を注意深く注目していきたい。
1468.2011年5月21日(土) オバマの要請で中東和平は可能か。
昨日オバマ米大統領はパレスチナ和平推進のために、提言というより、和平条件として現在イスラエルが占領している地域を、1967年の第3次中東戦争時の状態に回復させることをイスラエルに求める演説をした。その一方で、イスラエルの存在自体を認めようとしないイスラム組織ハマスにもイスラエルの存在を受け入れるよう求めた。
実は第3次中東戦争勃発に触発され、その半年後に単身戦争の当事国、その他のアラブ動乱の地、そしてアフリカまで行った。その意味では私が今日旅行ジャーナリストを名乗り、4日前にも「武者修行を通して見た世界」のテーマでおしゃべり出来たのも、この戦争のお陰だと言えないこともない。その当時日本ではベトナム戦争の方がよほど注目され、パレスチナ、アラブなどには大して関心が持たれなかった。その点では私自身些か変わり者だったから、40年近くも前にアラブなんぞへは行ったのではないか。
ベトナム戦争と並行して、その頃アラブという地域に少し興味を持ち始めたことは事実である。それはイスラム教という日本人にとって異質な宗教、その当時あまりにも日本人の感覚と常識とはかけ離れた伝統や風習に興味を惹かれたからでもある。でも、普通の感覚なら何もアラブとイスラエルの戦いの場へ直接乗り込むこともなかったのかも知れない。結果的に初めてアラブを訪れたお陰でイスラム教風習のさわりのようなものを知ることになったし、その後イスラエルとパレスチナの対立要因を少しばかりだが理解出来るようになった。そしてこのことがその後今の仕事上?でも大いに役立っていると思う。
ところでオバマ大統領はイスラエルが占領した地域、特にヨルダン川以西をパレスチナ側へ返すことを求めている。そこはすでに広い地域に亘ってユダヤ人入植地として開墾され、周囲には高い壁も作られパレスチナ人が入り込める余地はない。その既得権の如き占領地域をイスラエルがすんなり返還するとはとても思えない。それでいながらアメリカ国内のユダヤ人団体などの反発を恐れることなく、敢えてパレスチナ和平を推進しようとのオバマ大統領の強い決意には敬服をすら覚える。日本の政治家にオバマの真似が出来ないのは、政治家としての志と信念がないということと、火中の栗を拾おうとする気概がないからである。
今日中国の温家宝首相と韓国の李明博大統領が日中韓3国首脳会談出席のため空路仙台へやって来て、東日本大震災の被災者を見舞った。昨秋菅首相と温家宝首相が顔会わせした時には、こじれた尖閣諸島事件直後ということもあり、温首相は菅首相とは顔を会わせようともせず、終始笑顔を見せなかった。大震災が2人のギクシャクした関係に終止符を打ってくれれば良いのだが・・・。
1467.2011年5月20日(金) カーティス教授「日本の政治家は国民に甘えている」
昨日の朝日新聞に依れば、日本通の政治学者であるジェラルド・カーティス米国コロンビア大学教授が、菅首相と自民党の谷垣総裁に会い2人の政治姿勢について直接苦言を呈したという。カーティス教授の言うことがふるっている。「日本は社会がしっかりしているから、政治が貧困なままでいられる。日本の政治家は国民に甘えている」と喝破した。誰が見てもその通りであり、最早政治家なんてとても芯から信頼することが出来ない。
そこへ西岡武夫・参議院議長が菅首相は即刻辞任すべきだとの書簡を送った。これまでにも菅首相のリーダーシップや政治手法について不満を漏らしていたが、ついに中立であるべき立法の長が行政の長へ太い横槍を入れた。流石に与野党から議長としての発言は慎重であるべきだと批判の声が強い。以前から西岡氏は高い所から発言する割りに自分の立場を忘れがちな行動を取るのが習いである。いい年をして母親に指図され中々独り立ち出来なかった、典型的な世襲政治家で、祭り上げられている内は存在感があるが、議長となって言動に制約が課せられ、利権から遠ざかるにつれてじっとしていられなくなる人である。こんな人が良識の府のトップだというのだから呆れ果てるばかりである。これでは民主主義の根幹である3権分立も何もあったものではない。これもカーティス教授が指摘するように、国民に甘えている典型的な政治家である。
そのカーティス教授が、今夜の「報道ステーション」にゲストとして出演した。教授は菅首相も谷垣総裁もともに、今後原子力政策をどう構築するのかのグランドデザインを示さなければダメだと持論を述べ、現状は先送りばかりだとも発言された。教授は実際に被災地を歩かれた。被災者にインタビューしながら日本人の礼儀正しさに感嘆していた。現地で魚市場の残骸や、破壊された機械設備など惨状を見て、その日本人のパワーを持ってすれば日本は立ち直れると思うと期待感を語った。被災地で真剣に土地の人にインタビューする行動的な教授に比べて、日本の政治家たちの影が薄いこと夥しい。
教授は今度の震災は日本を発展させるターニングポイントになると語り、住民に希望を持たせる言葉を与えるのが政府の仕事であるが、まだそれがないと手厳しく語った。スピード感を持って復興を進めないと住民が土地を離れてしまうと嘆いてもおられた。政治家は復旧の過程で住民にビジョンと力を与えられるかどうか、日本の政治も非常事態であると力説していた。まさに日本人以上に日本を知る実践派の政治学者である。
さて、福島原発の事故収束の見通しが立たない中で、東電の決算報告がなされた。最終決算は実に1兆2千億円の赤字だという。とてつもないほどの巨額である。しかも、今後出費が予定される賠償額を支払っていない中でこれだけの赤字である。大学経済学部に入学した昭和34年度の国家の一般会計予算が1兆4千億円だったから、ほぼそれに匹敵するほどの営業赤字を1民間会社の1年間の営業活動の結果として生ぜしめてしまったということになる。いかに1次的には想定外の自然災害が齎したものであるにせよ、想像を絶するほどの金額である。
1466.2011年5月19日(木) 原子力の恐怖を訴えるテレビ・ドキュメント
今日の0時と前夜、前々夜の3日間に亘り、NHKが2月に放映した世界ドキュメンタリー・シリーズの原発関連番組を再放映してくれた。この番組を放映してから1ヶ月後に福島原発問題が発生した。今回放映されたのはいずれも夜中なので、3回とも録画しておいて今日午後3本続けて一気に観た。今日放映されたのは「地下深く永遠に-核廃棄物10万年後の危険」と題するもので、4月に観た映画「100,000年後の安全」とテーマと舞台は同じで内容的には同じ主旨であり、映画がフィンランド製だったのに対して、これはデンマーク製だったが訴える主旨はほとんど同じだった。これを観て改めて放射性廃棄物の処理に関する深刻な問題を考えさせられた。映画、テレビともにフィンランドの首都ヘルシンキの西方240キロメートルにある、岩盤の固い小さな島・オルキルト島における放射性廃棄物処理施設の建設を採り上げた問題点がほぼ同じドキュメントである。
昨日と一昨日放映された「放射性廃棄物はどこへ-終らない悪夢」の前編と後編は、2009年にフランスで製作されたドキュメントであるが、前者と同じシリーズの中で放映されただけに、視点も目的も共通性があり、その意味では3回の放送分を観てデンマークとフランスの製作者がともに、現在の原子力政策と放射性廃棄物の扱いに危機感を抱いていることがよく分る。
結局人類、特に現代人は原子力による恩恵に与った一方で、自分たち自身で処理出来ない難題を抱え込んでしまった。それをどういう手段によって今後解決するのかという点については、まだ答が出せない。
それにしても我々普通の人間は、東日本大震災で福島原発が容易ならない事態に陥って初めて、原子力に関心を抱かされたが、悔しいことにこれまでまったく無知であったことが分る。原子力専門家でない我々は、知る機会から意図的に遠ざけられ専門家集団の秘密の壁の外へ外されていたと言ってもよい。その最大の無知たる所以は、ほとんどの国民が原子力を作り出しても、不都合なら元栓を止めれば稼動を止められると思い込んでいたことにある。ところが原子力は実際には他の科学的機器や設備とは異なり、一旦火をつけたら自分たちで消せないということを専門家から聞かされ、初めて原子力の恐ろしさに愕然として不安になった。今や消火出来ない原子力の対応に日本中、いや世界が不安に怯え、これからの動向を心配している。
結論から言えば懸念されるのは、放射能を消火出来ないことと、使用済み核廃棄物を捨てようにも投棄する場所がないということである。このドキュメントを観て知ったことだが、1950年ごろから何と放射性廃棄物はドラム缶に詰められて海中深く廃棄処分されていたという。そのドラム缶は今や錆びて穴が開き、貯蔵されていた廃棄物は海中に流れ出ていたことになる。その周辺の海域の魚を食べた人たちは、水俣病と同じ病に取り付かれているのではないだろうか。
漸く1993年になって船から海へ投棄することが国際的に禁止されたというが、その間何とも止めようがなかったということが怖い。今も船舶で沖合いまで運んで捨てることは禁止されているが、陸から海中深く廃棄処分することは禁止されていないというデタラメぶりには驚くほかない。
アメリカで1943年に操業して長崎原爆を製造した西海岸にあるハンフォード核施設は、今では稼動していないが、相変わらず放射能汚染水を地下に垂れ流しているという。フランスでは8割の電力を原発に頼っているせいで、原発に否定的な考えはあまり聞かれないが、廃棄物の処理に困っても財政的に苦しいロシアに引き取ってもらっている。その結果フランスの廃棄物はシベリアのトムスクに野ざらしのままで、ロシア国民にとっては穏やかではない。そのロシアではチェルノブイリ事故の遥か以前の1957年にソ連時代にウラル州のマヤークで核施設が爆発して、大勢の犠牲者が出て未だに放射能を吐き出している。フランス北西部のコタンタン半島のラ・アーグ処理施設では今も空と海へ放射性物質を排出している。どこの国でもあまり環境汚染については少々無神経であるし、その人体への健康障害とか環境問題に対してその姿勢は見識を欠き不誠実であると言わざるを得ない。
あるヨーロッパの有識者が語っていたが、原子力大国のフランスでさえ、原子力について専門家以外はまったく知識がない。前回の大統領選挙でサルコジ候補とロワイヤル候補の原子力の討論を聞いていても、原子力に関してまったく無知であることが分り、政治家は門外漢で原子力政策についてはまったく関与せず、エネルギー技術官僚と学者がすべてを取り仕切り、原子力についてはすべて秘密主義のまま国民に実情を公開せずに今日まで来たことが最大の問題だと指摘していた。
とにかく核再処理にしても有効に再使用出来るのは10%に満たないという。現状では再処理をせずに廃棄物は地中深く埋め込む以外に選択肢がないというのである。フランスのビュールではオルキスト島の埋蔵場所と同じような地下埋蔵施設をすでに建設中であるが、考えてみればこれだけ面倒で手に負えないエネルギー資源は世界でもう止めたらどうだろうか。どうしてそういうまともな声が燎原の火の如く広がらないのだろうか。まだ隠された話があるのかも知れないし、まったく怖い世の中になったものである。
1465.2011年5月18日(水) 国土交通省鉄道局次長の講演を聞く。
所属する「JAPAN NOW観光情報協会」総会が麹町の海事センタービルで開かれた。例年通り昨年度決算報告と本年度事業報告はシャンシャンシャンとすんなり承認された。例年のごとく行われた基調講演は、国土交通省鉄道局関口幸一次長による「高速鉄道の現状と将来展望」というテーマだった。こういう専門的で、政府の計画に携わっている責任者から直に本音を聞く機会というのはそうざらにあるものではない。関口次長は、細川内閣時代に運輸大臣だった社会党出身の伊藤茂氏の秘書官を務めたが、その辺の事情を当時運輸事務次官だったJN協会松尾理事長が面白おかしく紹介してくれた。関口次長は、久保成人鉄道局長が政府の委員会に呼ばれたために急遽ピンチヒッターとして久保局長のレジュメを抱えて駆けつけてくれたものである。説明の材料を手際良く整理して、丁寧に説明された。新幹線の財政面と新規計画について説明されたが、以前から疑問に思っていた国鉄解散時に旧国鉄から国鉄清算事業団へ引き渡された巨額の負債に関する説明が分りにくかった。
もう一点疑問を感じたのは、JR東海がリニアモーターカーを独自に整備する計画のようだが、総額9兆円強の途方もない予算を投じて、敢えて東海道新幹線をよりスピードアップするだけのための新線を、果たして敷設する必要があるだろうかということである。更に驚いたのは、第1期工事として東京・名古屋間を着工し開業した後に、時間をおいて第2期工事を着工するロードマップは、あまりにものんびりし過ぎているのではないか。付帯意見として大阪までの早期開業のための検討が挙げられているが、それにしても計画自体が完成するのは、今から34年後の実に2045年である。
世界の文化遺産の中には長い年月をかけて完成した建築物などもかなりある。しかし、それらは実用的なものでなく、概して立派で価値あるものに仕上げるために制約もなく長い時間をかけることはある。今ならバルセロナのサグラダ・ファミリア聖教会などがその典型であろう。だが、このリニアモーターカーは、現代社会で役立たなければ意味がないと思う。加えて蒸し返すようだが、新幹線に並行してなぜ新たな超特急を整備する必要があるのだろうかと講演を聴いていて、素朴な疑問を感じた次第である。