ブログ・ご意見番の意見

 充実したホームページに仕上げていこうと、毎日目を凝らしながら取り組んでおります。淡々と書き続けてきただけで、10年2月に初めて4桁の大台1000回を、そして奇しくも74歳の誕生日に当たる2012年「文化の日」に連続2000回を、15年7月31日に3000回、18年4月26日に4000回、21年1月19日に5000回を数えました。ここでは、出来るだけポジティブな意見や、気軽な独言、時には戯言や想い出を書き込んで、自分自身の気持ちを素直に表わしながら楽しく読んでいただけるよう心がけたいと思っております。意見の主張というより、感じたままを日記風に書き綴って参ります。身勝手な意見や、独断的な表現も見られると存じますが、どうぞご理解下さいますようお願い致します。皆さまの忌憚のないご意見をお寄せいただければ有難く存じます。

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1482.2011年6月6日(月) 日本ペンクラブ反原発セミナーに参加

 年齢による老化現象が年々進んで定期的に検査を受けているが、今日は40年 近くお世話になっている歯科へ寄ってから、日本ペンクラブ環境委員会6月研究会へ出席するため茅場町の鉄鋼会館へ向かった。私自身環境委員ではないが、今 回のテーマは今最も関心のある原発問題だったので、ぜひ新情報に触れてみようと申し込んだ。環境委員長は俳優として「木枯らし紋次郎」を演じ、その後参議 院議員を務められた中村敦夫氏であるが、偶々中村氏とは同じ年月にペンクラブ会員になった。
 今日の講師はNPO原 子力資料情報室代表・西尾漠氏で反原発の立場から「福島原発震災を『絶後』とするために」と題して話された。日頃より自身編集者である「はんげんぱつ新 聞」を通して意見を発信しておられる。司会進行は中村氏。冒頭挨拶の中で配布された資料のひとつ、グラフ「発電施設の設備容量と最大電力の推移」を手に掲 げた中村氏が、原発がなくても現状では水力と火力発電で消費電力を賄うことが出来ると強調された。これは意外だった。今までは原発がなければ当然電力不足 に陥ると認識していた。必ずしも必要な電力需要に対して安定して供給量が充分ということではないが、こういうグラフは、これまで政府など原発推進派が隠し ていた資料の一部である。最近になって原発推進派にとって不都合な資料や情報が充分公開されていないことが物議を醸しているが、これでは国民を不安に曝す だけではないか。
  西尾講師は熱心、かつ懇切にレジュメに則って説明されたが、原子力の技術者でも研究者でないせいであろうか、細部について踏み込んで説明されることが少な かったことが少々物足りなかった。だが、1時間に亘って講義をされ、その後1時間半に亘る質疑応答の中で答えにくい質問もあったので、講師に同情したい気 もした。ペン環境委員会としてこのセミナーを契機に何らかの原発反対に呼応した積極的な意思表示をするというような動きまでには至らなかった。
 私の知っている大原雄さんや瀧澤篤朗さん、更に見城美枝子さんらも熱心に質問されたが、私も現在の事故が収束した後の放射性廃棄物の処分について、映画「100000年後の安全」で紹介されたフィンランドの地中深く埋蔵する例と、現在は国際的に禁止されたが、1995年まで行われていた海洋投棄の例を挙げて、今後は原子力廃棄物の処理について国民的課題として広くその存在と処理の方法について啓蒙すべきではないかと質問し、講師の賛同を得た。
 原子力に関する情報と理解は、立場によってバラバラのような印象を持っている。西尾講師は、率直に福島原発事故は先が見えないという点で空前の重大事故と決め付けていたが、反面最悪の事態にはならないだろうとの考えも披露され、取りあえずほっとしたところである。
 それにしても福島原発事故が収束しないと何とも鬱陶しい気持ちは消えないと誰しも思っている。
 今日のセミナーで話を聴いても心の悩みが解決したわけではなく、相変わらず原発事故に対する不安は心に引っかかる。

2011年6月6日 | カテゴリー : 未分類 | 投稿者 : mr-kondoh.com

1481.2011年6月5日(日) 文化遺産はどこの国に帰属すべきか。

 今朝の朝日日曜版「GLOBE」に興味深い特集記事が掲載された。「文化財は誰のものか」と題する中々面白い記事だ。ペルーのマチュピチュ遺跡から掘り出された出土品が保管されていたアメリカのエール大学から、今年3月100年 ぶりに母国ペルーへ帰還した。遺物を収めた木箱を乗せた車列がパトカーに伴走されてリマ空港から大統領府に到着し、礼砲の鳴り響く中でガルシア大統領がペ ルーの尊厳と誇りを象徴しているとその帰還を心から歓迎する言葉で迎えた。些か大げさと思えるほどペルー国民にとっては待ち望んだ「国家の宝物」の帰還 だった。
 マチュピチュと言えば、今や世界的な観光地として世界に911箇所しか登録されていない「世界遺産」の中でも、最も人気の高い観光地である。
 そのマチュピチュの遺物が祖国へ帰ってきたのだから、ペルー国民としては大きな喜びであり、お祭騒ぎする心情もよく分る。それにしてもよくも所有者であるエール大学が思い切って返還を決断したものである。3月に帰ってきた出土品はまだごく一部で、僅か363点だが、今後エール大学は保管する遺物46332点をすべて返還するという。
 ご多聞に漏れず植民地時代に朝鮮半島から日本へ持ち運ばれた韓国の陶磁器などの名品についても書かれている。国同士の話し合いでは返還することで足並みは揃っているが、個人の収集品となって秘かに保存されているものについては全体の掌握すら難しいという。

  今や国家の財産となってその国の国民が愛する資産として世界中から見学に来るような価値となった遺物は「私たち の財産ですから返して下さい」との要請に対して、ただ単純に「はい承知致しました」というわけにはいかないのではないか。その中でエール大学のように個人 的所有物と判断した大学当局が、独自に返還することを決めた英断には拍手を送りたい。
  そもそも他国から持ち出した価値ある遺物に対して、現在の所有者側は「美術館はひとつの国の市民のためでなく、すべての国民に奉仕しなくてはならない」と 述べ、人類共通の財産を保有するという彼らなりの正当性を主張している。これに対して持ち出された国側は文化遺産はもともとあった国に所属するべきものと の原則の下で、各国が共闘して保有国に圧力をかけていくスタンスである。
  征服者には被制服国のピラミッド、万里の長城、コロッセオのような持ち出し不可能な文化遺産ならともかく、欲しいと思えば分割してでも持ち出そうとする野 心が強く、ほとんどが力に任せて奪い取ったものである。これが奪われた国々にとっては植民地時代の悪しき圧制の記憶として、許し難いのだ。
  実際大英博物館やメトロポリタン美術館で出会う旧植民地から持ち出した宝物には、奪われた国民の複雑な気持が何となく感じられるような気がする。それはア テネ・アクロポリスのパルテノン神殿の石彫り壁画を大英博物館に持ち去られ、イミテーションをパルテノン神殿に見た時感じる気分と同じようなものである。
 外国から持ち込んだ文化遺産を数多く所有している先進国の思惑が絡んで、現時点では国際的な取り決めは特になく、遺物の所有権に関する話し合いは当事国同士の交渉に委ねられている点が、今後の解決にとってネックになるような気がする。

2011年6月5日 | カテゴリー : 未分類 | 投稿者 : mr-kondoh.com

1480.2011年6月4日(土) 中国の覇権主義とわが国会議員にはとても付き合い切れない。

 22年 前の今日中国の首都北京で天安門事件が起きた。はっきりしたことはよく分らないが、当時の中国政府としてはこの民主化要求は外国政府から何と言われようと 絶対に封じ込めなければ、これまで中国共産党、並びに中国政府が一歩一歩積み重ねてきたと考える独自の国造りが危うくなると判断したからである。前日から 当日にかけて軍は戦車まで動因して学生、労働者を中心とする民主化勢力を徹底的に弾圧し、多数の死傷者を出した。結果的に官憲の弾圧により国民の声は抑え 込まれ、政治的にも、社会的にも見かけ上安定したように見える最低限の国内の治安を辛うじて保つことが出来た。しかし、この事件で中国の民主化は22年以上も遅れている。そして、民主化封殺の空気は今もなお続いている。
 内実は天安門以降中国国内で一層自由が制約されることになった。将来的にも本当の意味で中国の民主化は遠のくばかりである。中国政府首脳は自分たちの立場を保全するためだけに創意工夫を凝らして守旧的態勢を頑固に堅持している。
  ほんの数日前国内のモンゴル自治区で、交通事故をきっかけにモンゴル人が民主化と自主権利を求めて集団デモを行ったが、あっという間に鎮圧された。3年前 のチベット自治区におけるチベット人によるデモ、そして昨年の新彊ウィグル自治区におけるウィグル人の騒擾事件は世界的世論に逆行するように中国人民軍と 警察によって抑圧された。
 中国の覇権主義とは一体何だ? 今国際社会で自分たちだけの利己的都合ばかりを主張しているのは、「共産主義国家・中国人民共和国」だが、諸外国に対して恥ずかしいという気持ちがないのだろうか。南シナ海周辺でASEAN諸 国、なかんずくベトナムやフィリッピンの神経を苛立たせているのは、他国へ侵略を図り他国領土を自国領土とする覇権主義であり、中国の遠大な中華思想では ないか。言ってみれば中国が目論んでいることは、紛れもなく現代の新帝国主義ではないか。自分の思想や考えだけを押し通そうとする中国に何とかお灸を据え る方法はないものだろうか。
  さて、アホらしい菅首相の居座りか、辞任かという問題に関して、メディアは喧しい。首相としては原子炉の冷温停止、放射能物質の放出がほぼなくなるまで全 力を尽くすというものだった。しかし、福島原発事故の工程表に従えば、冷温停止は来年1月まで長引きそうで、その時期まで首相は辞任しないということにな る。これに対して辞任の確約を取ったと得意気に主張する鳩山前首相は、菅首相に対してあろうことかペテン師呼ばわりする始末である。そこへ自民党は参議院 で菅首相の問責決議案を提出すると明言し出した。もう馬鹿げた内輪話ばかりでうんざりである。この揉め事を何とか解決するためには、首相の早期辞任しか打 つ手がなくなってしまった。枝野幸男・官房長官と安住淳・国対委員長がともにそんなに遠い時期ではないとか、早晩決断するとか、相変わらず煮えきらず暢気 なことを言っている。
 政治家より多忙で毎日の生活に追われている国民には、もうこんな程度の低い国会議員に付き合っている暇はない。

2011年6月4日 | カテゴリー : 未分類 | 投稿者 : mr-kondoh.com

1479.2011年6月3日(金) 下品な政治家の非難合戦

 昨日衆議院本会議で菅内閣不信任案が否決されたが、内閣は安定するより不安定さを増し政治は混迷の度を深めてきた。
  その最たるものは、本会議前に開かれた民主党代議士会席上で「一定のめどがついたら辞任する」と語った首相の軽い言葉である。これによって菅降ろしの勢い は一応収まり、不信任案が否決された経緯がある。ところが、本会議直後から様子がおかしくなった。「一定のめど」とは時期的にはいつなのか。首相と首相に 辞任を迫った鳩山前首相が得た、辞任するとの確約を巡って解釈が対立している。首相は自身の退陣時期として来年1月を示唆している。鳩山氏は首相をペテン 師まがいと手厳しく批判している。他にも閣僚の中には、一定のめどを機に辞任とは1~2ヶ月内との解釈を披露する大臣も現れた。見苦しい内輪揉めはもう好 い加減に止めてほしい。
  野党はもちろん、海外でもこのトップニュースは評判が芳しくない。しかし、相変わらず国会議員はこれを政争の具にしている。朝日も日経も社説でこういう事 態では菅首相は早く退陣すべきだと厳しい。一番情けないのは、政界には判断力、倫理観、行動力が最早失われたことである。自浄能力はとても期待出来ない。 この国はこれから一体どうなるのだろう。
 今日「新宿区高齢者学級連合会」が主催する新生大学院で講師を務めた。「シニア大楽」を通した初めての依頼だが、求められたテーマは「世界遺産の楽しみ方」である。60歳以上の受講者が60名近く聴いてくれた。世界遺産については、これまでにも何度かお話しているので、要領も分っていて比較的楽しみながら自分の考えるように話すことが出来る。皆さん熱心に聴いてくれたようでまずまずほっとした。
 今日の会場は「新宿区立戸山生涯学習館」という公的施設で、利用したのは初めてだったが、長い間新宿区内で働いていた経験から当然すぐぴんと来る場所であるべき筈なのに、戸山、或いは近くの早稲田の地理が分かりにくい。地下鉄の路線図とにらめっこしながらJR代々 木駅から都営地下鉄大江戸線で都庁前まで行き、そこで乗り換え若松河田駅までやって来たが、目的地と反対側出口へ出てしまい、郵便配達員に尋ねてやっと辿 り着いた。帰りはその都営地下鉄で西新宿まで簡単に来ることが出来た。普段利用せず、また初めての路線というのは分りにくいものだとつくづく悟った。先日 偉そうにロンドンとパリの地下鉄の利用し易さを話したばかりだが反省、反省。
  東日本大震災の復旧見通しが立たない中であるが、長崎普賢岳噴火から今日満20年を迎えた。20年前会社で打ち合わせ中に偶々テレビ画面を観て火砕流の迫力に恐ろしかった記憶が思い出されてくる。近年日本は本当に自然災害の多い国だということを実感する。

2011年6月3日 | カテゴリー : 未分類 | 投稿者 : mr-kondoh.com

1478.2011年6月2日(木) 菅内閣不信任案否決される。

 すったもんだした菅内閣に対する不信任案は今日衆議院本会議場で採決され、反対293対賛成152の 大差で否決された。菅内閣と民主党にとってはほっとしたところだ。しかし、すんなりとこの投票行動になったわけではない。今朝になって民主党代議士会で菅 首相が震災復興や福島原発事故への一定のめどがついた段階で辞任する意向を表明した。これによって少し様子が変わった。
 そもそもそういう経緯を辿ったのは、今朝菅首相が鳩山前首相との会議で鳩山氏が早い時期に辞任することを迫り、二人の間で条件付辞任を確約したことが起点にある。それが民主党内の造反派である不信任案「賛成」派を一気に「反対」表示に変えた。特に、小沢一郎派50名が自主投票とした結果ほぼ全員が「反対」票を投じた。更に、「賛成」と言われていた鳩山派が「反対」したことにより、勝負はつき意外な大差となった。
  これで普通なら一件落着としてしこりを水へ流すのだが、今回ばかりは相互不信が噴出して反ってこじれそうだ。めどがついたら辞めるという言質に対してすぐ 辞めるべきと主張する自民党とアンチ菅グループに対して、民主党内からも露骨な突き上げがある。小沢氏は投票を欠席したが、鳩山氏の如きは菅首相との確約 について岡田幹事長の解釈が不満であるのか、岡田氏をウソつき呼ばわりするほどピントが狂っている。その挙句に人間はウソをついてはいけないとまで語って いる。冗談じゃない。議員を辞職するとの発言を舌の根も乾かない内に翻して自分自身がウソつきであることを実証しながら、その愚は棚に上げて相手を同じ言 い方で非難して、国会内に疑心暗鬼のムードを作ったのは、誰あろう鳩山氏自身ではなかったのか。
 狐と狸の化かしあいの国会では、何をやっても真剣さと誠実さからかけ離れている。これから菅内閣はよれよれ状態のまま政界を浮遊していくのだろうか。もう好い加減にせいと言いたい。国会中継を観ていた被災者は、相当怒っていた。当たり前である。
  さて、一昨日の本稿に書いた「近藤聰さん」から心待ちにしていた返事をいただいた。近藤さんは予想していた通り市川学園中学1年生時のクラスメート だった。彼も驚いている。彼はそのまま市川学園高校へ進んだが、3年生時のクラスの名簿まで送ってくれた。その中には3人ばかり私が知っている友人もい た。こんな奇遇もあるのかとその縁に驚いている。別れてから実に58年である。普通ならこれだけ疎遠だと知らないまま時が経つのだろうが、偶々同じクラスに近藤姓のクラスメートが4人もいてその名前をすべてはっきり覚えていたということと、生年が同じだということに何となく勘が働いたことが58年ぶりの再会というハップニングにつながった。

  幸い近藤さんは海外でもワイン通として知られ本業のイラストレーターとしても成功し、素敵な人生を送っておられるようで、同じ日本旅行作家協会会員として嬉しく思っている。近い内にぜひ会いたいと言っておられるので、交流を深められることを楽しみにしている。

2011年6月2日 | カテゴリー : 未分類 | 投稿者 : mr-kondoh.com