充実したホームページに仕上げていこうと、毎日目を凝らしながら取り組んでおります。淡々と書き続けてきただけで、10年2月に初めて4桁の大台1000回を、そして奇しくも74歳の誕生日に当たる2012年「文化の日」に連続2000回を、15年7月31日に3000回、18年4月26日に4000回、21年1月19日に5000回を数えました。ここでは、出来るだけポジティブな意見や、気軽な独言、時には戯言や想い出を書き込んで、自分自身の気持ちを素直に表わしながら楽しく読んでいただけるよう心がけたいと思っております。意見の主張というより、感じたままを日記風に書き綴って参ります。身勝手な意見や、独断的な表現も見られると存じますが、どうぞご理解下さいますようお願い致します。皆さまの忌憚のないご意見をお寄せいただければ有難く存じます。
ブログ・ご意見番の意見
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1486.2011年6月10日(金) 脱原発発言相次ぐ。原発の今後は?
明日で東日本大震災に襲われてからちょうど3ヶ月になる。地震、津波被災からの復旧の道のりは遅々としている。言うまでもなく東電福島第一発電所事故の影 響である。地震より津波の方が恐ろしいと言われているが、それに輪をかけて恐ろしいのが放射能漏洩である。福島原発事故がいつ収束されるのか、全国民が固 唾を飲んで見守っている。
そこへ昨日政府の地震調査委員会が、将来起きる地震の規模や確率の予測手法を改めると発表した。専門的なことは分らないが、大震災のM9を予測した警報とそれに応じた対策を立てるということである。
つい最近読んだ吉村昭著「三陸海岸大津波」(文春文庫)によると、著者は明治29年発生の明治三陸地震、昭和8年発生の昭和三陸地震、更に昭和35年 のチリ地震による津波の記録を検証し、生き残りの人たちにインタビューして津波の怖さを精査、分析しているが、当時の被災地を見てみるとほとんど今度の被 災地と同じである。津波は同じ場所を再び襲うことがこれによってもよく分る。つまり、天災は突然襲ってくるのではなく、ある程度似たような傾向を持って突 然やってくる。予想される天災に備えることは当然学者や行政などの専門家が考えなければならない。今回M9の想定外の地震が起き、原発が壊れたとするなら、今後M9以上の地震の再来を考えて今まで以上の備えをすべきだろう。その点では、科学者よりも作家の方が正確な視点で、正しい予測をしていることが理解できる。
昨9日スペインのバルセロナでカタルーニャ国際賞を受賞した作家・村上春樹氏が「核に対する『NO』 を叫び続けるべきだった」と自らの反省を込めて述べた。授賞式後のスピーチの一部がテレビ朝日「報道ステーション」で放映され、それに寺島実郎氏がコメン トされた。寺島氏は村上氏が敢えて「核」という言葉を使ったことに深い意味があると分析された。それは平和利用の「核」と軍事用「核」をひとつに捉えてい ることだと言われた。つまり軍事用なんて考えるべきではないと主張していると分析された。
同じく9日ローマ法王ベネディクト16世は「人間を危険にしないエネルギーをサポートし、環境に優しいライフスタイルを実現することが、政治経済の優先課題だ」と述べ、福島原発事故後の脱原発の動きを意識した発言と受け取られている。まともな世界、まともな人の間では脱原発の動きが進みつつある。
最近行われた原発県・青森県知事選挙で原発推進派の三村知事が再選されたが、これから日本の原発はどうなるのだろうか。福島原発で散々痛い目に遭っているはずだが・・・。
1485.2011年6月9日(木) 内向き志向の現代若者
昨夕の日経紙にドイツ文学者の池内紀氏のエッセイが載っている。若者が外国へ行きたがらない傾向を心配して、最近の若者気質にご自分の考えを綴っているものだ。何でも30代 の大学准教授に、今のうちに留学したらどうかと勧めたが、意外な返事が返ってきたと嘆いている。件の准教授はその必要は少しもないというらしい。理由はド イツの文献はメールで送ってもらえるし、雑誌類はPCで読める。ドイツへの旅行は学生時代に済ませたと言ったそうである。ふ~んと考えてしまった。
池内氏も少々がっかりしたらしく、外国文学を専攻している人間がその国へ行くのは、言葉を学ぶためもあるが、読んだり、書いたり、話すだけではなく、その土地や人や歴史や風土や習慣と密接に結びついているからだとごく当たり前のことを書いておられる。
翻って若かったころの自分自身を思い起こしてみると、とにかくどこでも良いから外国へ行ってみたかった。それも発展途上の国々へ無性に行ってみたかった。 外国旅行に限らず、今の若者は自分で周囲の溢れるばかりの情報をあらゆる手段で取り寄せ、それを活用することに長けている。そしてそれで満足し充分だと理 解しているようだ。他人から直接情報を得たり、自分の五感で知識を得たり、臨場感溢れる現場で情報を掴みとってこようとの発想はあまりないようだ。
先日読んだ山口誠著「ニッポンの海外旅行」(ちくま新書刊)によると、1996年には20代若者の海外旅行者は約463万人だったが、2008年には約262万人にまで落ち込むほどの激減ぶりである。実に43.4%も減っている。20代女性は5割も落ち込んでいる。尤も全体の旅行者数、人口の減少などを勘案するともう少し実質的な減少幅は減るが、それでも10余年の間に2割程度漸減していることははっきりしている。
若者の海外旅行への奨励とその効用については、3月に高校の先輩である、ノーベル賞受賞者・根岸英一博士にお会いした時にもよく話し合い、お互いの考え方に意気投合したばかりである。
この若者の内向き志向現象について断言は出来ないが、最近の若者には冒険心と自己啓発心が些か欠如しているのではないかと思う。この傾向が続くといずれ四角四面のマニュアル人間ばかりの嫌な世の中になりそうな気がする。
さて、今日佐賀県玄海町長が、九州電力に玄海原発再開を求める要望を行った。何ゆえに日本国中で原発再開に対する消極的な空気が漂う中で、このような結論を出したのか。
町長は今日1時間半ばかり玄海原発を見学して安全であることを確認したという。そのうえで、原発再開の要請をした。古川康・佐賀県知事は再開するか否かに ついては慎重で、結論を先送りしている。肝心な町民の気持ちはどうなのか。原発推進か反対かは、どうも原発立地の自治体の泣き所でいずこも頭を悩ませてい る。玄海町の場合だと、今では町民の1割が原発に勤め、町の歳入の約7割を原発に頼っているという。こうなると放射能の心配どころか、原発なしの街づくり が破綻し生活自体が成り立たない。「安心・安全」のお上の説得によって、町に原発を受け入れざるを得なくさせた責任は、国にも、県にも、電力会社にもある のではないだろうか。仮に国として原発停止や廃棄とでもなったら、こういう原発立町はどうやって生きていくのだろうか。その回答を政府は原発を抱える自治 体に示す義務があると思う。
1484.2011年6月8日(水) アラブ諸国は長期政権で非難され、日本は短期政権で信用を失っている。
来年5月に開業する東京スカイツリー展望台の入場料金が発表された。あまりに高い料金にびっくりした。ふたつの展望台のうち低い方の第1展望台が大人2000円で、高い第二展望台は3000円だという。あまりひとりで昇る人はいないだろうから、仮に夫婦やカップルで昇れば6000円の出費である。これに家族連れで小学生の子どもを2人でも連れて行けば2800円加算され、家族全員で8800円となる。これではおいそれと気軽に見学というわけにはいかない。他の塔でもこれほど高い(料金も高さも)ところはないのではないか。
どうしてこんなにも高い入場料金となったのだろうか。建設費用がかなり高額だったことが入場料が高額になった最大の原因と考えられるが、オーナーの東武鉄 道が高い前人気に便乗して料金を高めに設定したのではないかとも思う。自分としては、必要なら昇ることも考えるが、今のところ昇ってみようという気分には なれない。
さて、ポルトガルの大統領が交代したが、注目されていたペルー大統領選挙の結果は、戦前から話題を集めていたフジモリ前大統領の長女が僅かに対立候補ウマーラ氏に及ばなかった。
一方、国際社会の批判を浴びながら延命の綱渡りをしているリビアのカダフィ大佐がまだ音を上げない。ドイツのメルケル首相と会談したオバマ大統領は、大佐の退陣は時間の問題だと語った。カダフィ政権の閣僚や幹部軍人が次々と離反していることと、NATO主導の軍事行動に成果が表れているからである。
もう1人、民主化勢力から非難され、周辺諸国からも退任を突きつけられているイエーメンのサレハ大統領も、官邸へロケット弾を射ち込まれ負傷して隣国のサウジアラビアへ治療と称して国外脱出中である。いずれも長期政権による独裁政権による膿が政権内部に蔓延っている感じである。
その点わが国の政権は、批判される長期政権とは真逆である。それがあまりにも短期間で、実績をほとんど挙げないうちに渋々退陣して、こればかりは諸外国からもう少し長い間トップにいてくれないと誰とトップ会談をやってよいのか分らないとぼやかれる始末である。
短いとばかりに非難されているわけではない。短か過ぎるのだ。アラブの長期政権とはまったく反対なのだから冗談にもならない。今日のニュースは、小泉元首相以降の各首相はほとんどが在任期間がたった1年前後だったという事実を伝えていた。
今日で在任366日の菅首相の後釜に誰を据えるのかの議論が、すでに与野党の幹部の間では進められている。まったく不毛の話し合いである。目の前に大震災復興という大問題を抱えながら、今日も小粒の政治家が国家、国民を忘れ去って首相選びに狂奔している世紀末的ドラマである。
1483.2011年6月7日(火) ドイツの脱原発に敬意
日本ペンクラブの反原発セミナーに出席していた昨日、ドイツでは2022年までに国内のすべての原発を閉鎖することを正式に決定した。原発の運転延長を決めたばかりだったにも拘わらず、思い切った脱原発決定の背景には、圧倒的な国民世論があった。
メルケル首相率いる中道右派のキリスト教民主・社会同盟は元々原発維持を唱えてきた。中道左派の社会民主党主体のシュレーダー前政権が決定した脱原発政策 を昨年秋に変更し、運転延長を決めたばかりである。州議会選挙対策と見られていたこの変更も虚しく、連立与党は選挙で惨敗を喫した。その一方で反原発を掲 げて戦った「緑の党」が大躍進した。そこへ福島の事故で世論が一気に反原発に傾いた。メルケル政権は「緑の党」をこのまま拡大、飛躍させるわけにいかず、 先手を打つ形で当初のスローガンを思い切って変更したのだろう。
とにかくドイツ人の理念と実行動力には端倪すべからざるものがあるし、その決断にもスピードがある。わが国では メドがついたら辞めるとの言葉を取られた菅首相が、のろのろと辞任の時期を先延ばしにしているとばかりに与野党で喧々諤々の言い争いになり、一応の観測で は今月中か、8月中に辞めてもらうことを前提に手打ちのための駆け引きをやっている。
そこへ急に「大連立構想」が現実味を帯びてきた。その前提に政策合意、衆議院解散時期、首相辞任時期などを斟酌 して次の総理候補者がまとまらなければ前へ進めない。最大の壁となっているのが、民主党のマニフェストの修正だそうである。次いで解散時期、そのうえで次 期首相に誰がなるかという点だそうで、自民党は谷垣総裁を推し、民主党は衆議院議席数から考えても、首相を自民党からという話はないと駆け引きが始まって いる。相変わらず政局がらみの腹の探りあいで一向に建設的な話し合いにならない。
こういう状況下で福島第一原発の汚染水が溜った問題について、はっきりした対策も行動をとっていない。どうして、こんな大事なことがいつも後手後手となってしまうのか。政治家も原子力科学者も今もってすべて他人事の感覚で利己的に動いているからだ。
ところで昨日ペンクラブ・大原雄理事と話していて、先日のペン総会の紛糾について話が及んだ。厳しい質問をした須藤甚一郎さんと小中陽太郎さんの間に座り ながら質問は控えていたが、理事席に着席されていた大原さんから、「近藤さんは『言い訳を言うな!』と野次を飛ばしていましたね」と完全にお見通しされて しまっていた。ちょっといらいらしてつい大声で某理事の発言を野次ったことは事実であるが、そこまで証拠を掴まれていたとは知らず迂闊だった。これからは よくよく尻尾を捕まれないように、また下品な野次はセルフ・コントロールしないといかん。
1482.2011年6月6日(月) 日本ペンクラブ反原発セミナーに参加
年齢による老化現象が年々進んで定期的に検査を受けているが、今日は40年 近くお世話になっている歯科へ寄ってから、日本ペンクラブ環境委員会6月研究会へ出席するため茅場町の鉄鋼会館へ向かった。私自身環境委員ではないが、今 回のテーマは今最も関心のある原発問題だったので、ぜひ新情報に触れてみようと申し込んだ。環境委員長は俳優として「木枯らし紋次郎」を演じ、その後参議 院議員を務められた中村敦夫氏であるが、偶々中村氏とは同じ年月にペンクラブ会員になった。
今日の講師はNPO原 子力資料情報室代表・西尾漠氏で反原発の立場から「福島原発震災を『絶後』とするために」と題して話された。日頃より自身編集者である「はんげんぱつ新 聞」を通して意見を発信しておられる。司会進行は中村氏。冒頭挨拶の中で配布された資料のひとつ、グラフ「発電施設の設備容量と最大電力の推移」を手に掲 げた中村氏が、原発がなくても現状では水力と火力発電で消費電力を賄うことが出来ると強調された。これは意外だった。今までは原発がなければ当然電力不足 に陥ると認識していた。必ずしも必要な電力需要に対して安定して供給量が充分ということではないが、こういうグラフは、これまで政府など原発推進派が隠し ていた資料の一部である。最近になって原発推進派にとって不都合な資料や情報が充分公開されていないことが物議を醸しているが、これでは国民を不安に曝す だけではないか。
西尾講師は熱心、かつ懇切にレジュメに則って説明されたが、原子力の技術者でも研究者でないせいであろうか、細部について踏み込んで説明されることが少な かったことが少々物足りなかった。だが、1時間に亘って講義をされ、その後1時間半に亘る質疑応答の中で答えにくい質問もあったので、講師に同情したい気 もした。ペン環境委員会としてこのセミナーを契機に何らかの原発反対に呼応した積極的な意思表示をするというような動きまでには至らなかった。
私の知っている大原雄さんや瀧澤篤朗さん、更に見城美枝子さんらも熱心に質問されたが、私も現在の事故が収束した後の放射性廃棄物の処分について、映画「100000年後の安全」で紹介されたフィンランドの地中深く埋蔵する例と、現在は国際的に禁止されたが、1995年まで行われていた海洋投棄の例を挙げて、今後は原子力廃棄物の処理について国民的課題として広くその存在と処理の方法について啓蒙すべきではないかと質問し、講師の賛同を得た。
原子力に関する情報と理解は、立場によってバラバラのような印象を持っている。西尾講師は、率直に福島原発事故は先が見えないという点で空前の重大事故と決め付けていたが、反面最悪の事態にはならないだろうとの考えも披露され、取りあえずほっとしたところである。
それにしても福島原発事故が収束しないと何とも鬱陶しい気持ちは消えないと誰しも思っている。
今日のセミナーで話を聴いても心の悩みが解決したわけではなく、相変わらず原発事故に対する不安は心に引っかかる。