充実したホームページに仕上げていこうと、毎日目を凝らしながら取り組んでおります。淡々と書き続けてきただけで、10年2月に初めて4桁の大台1000回を、そして奇しくも74歳の誕生日に当たる2012年「文化の日」に連続2000回を、15年7月31日に3000回、18年4月26日に4000回、21年1月19日に5000回を数えました。ここでは、出来るだけポジティブな意見や、気軽な独言、時には戯言や想い出を書き込んで、自分自身の気持ちを素直に表わしながら楽しく読んでいただけるよう心がけたいと思っております。意見の主張というより、感じたままを日記風に書き綴って参ります。身勝手な意見や、独断的な表現も見られると存じますが、どうぞご理解下さいますようお願い致します。皆さまの忌憚のないご意見をお寄せいただければ有難く存じます。
ブログ・ご意見番の意見
ブログ一覧
1491.2011年6月15日(水) また厄介なオスプレイ配備問題が持ち上がっている。
東日本大震災の復旧と福島原発の収束がまったく見通しが立たず、そこへ菅首相の退陣発言に対する民主党内部の、或いは与野党間の中傷合戦が嵩じて今国会の会期延長の賛否に関して、それぞれ非難の応酬である。まるで子どもの喧嘩である。まったく程度が低い。
10日被災地で酪農家の男性が遺書を残して自殺したが、原発に対する恨みつらみが書かれていた。親族も被災者の悲惨な状況下で国会内で内輪揉めばかりして被災者のことを少しも考えていないと手厳しく非難していた。まったく遺族の言う通りである。
その政権与党・民主党が地盤沈下していく中で、また新たな問題が急浮上した。以前から日米間の協議事項になっていた沖縄・普天間基地に新輸送機を配備する問題である。配備されるのは、ヘリコプターと輸送機を兼ね備えた新型垂直離着陸輸送機「MV22オスプレイ」と呼ばれる機種である。開発段階で度々事故を起こして、その安全性が懸念されていた。加えてオスプレイの騒音問題がある。
しかし、配備以前に普天間基地の移設問題がまだ解決していない。昨年5月には、普天間基地を海外、或いは最低でも国内の県外へ移設すると無責任にも約束し た鳩山由起夫・前首相が、ついにさじを投げ沖縄県民に謝罪して総理職を辞したばかりである。その後も普天間基地移設問題をウヤムヤにしていた民主党政権 は、大震災の影響下に遂にアメリカ側の公式発表により行き詰まり、今日沖縄県内で反対デモが気勢を上げる中で中途半端な結論を出さざるを得なくなった。
何とも節操のない好い加減な説明かと驚くばかりである。北澤防衛大臣の説明とは、オスプレイは現在使用中のCH46中型輸送ヘリに比べると、10万時間飛行当たりの事故率は1.28回で、CH46の1.37回 に比べると低く、騒音も少ないとアメリカからの情報を精査することなく鵜呑みにして応えているだけである。こんな誠意も中身もない回答では、基地自体の存 在に反対している沖縄県民が納得するわけがない。これはオスプレイ配備問題だけに留まらず、米軍沖縄基地使用問題であり、普天間基地移設問題であり、日米 地位協定の問題でもあり、その後ろにあるのは日米同盟の問題である。今の民主党では、とても荷が重くて解決は難しいが、それにしても政治家はもう少し自分 たちの責任を感じて、真面目に仕事をやってほしいものである。
1490.2011年6月14日(火) イタリアが原発にアリベデルチ
注目されていたイタリアの原発再開の是非を問う国民投票の結果が判明した。イタリア国民のほとんどが「脱原発」を選択した。この国民投票制度は分かりにくいが、全投票数が有権者の50%を超えたことがはっきりした時点で、中身を判定する。今回は暫定投票率が約57%に達した時点で開票し、約3割を開票した結果94.5%が原発凍結賛成票だった。現在停止中の原発を再開することを目指していたベルルスコーニ首相も「イタリアは原発にさよならを言わなければならない」と白旗を掲げざるを得なくなった。
これでスイス、ドイツに次いでEU域内でイタリアも原発停止国となった。これにより現在も消費電力の15%を輸入に頼っているイタリアは、引き続き自国内で生産出来ない電力を輸入する方法を選択するしかない。
日本はどうかとなると、浜岡原発は停止と決まった。出来るだけ自然エネルギーに代替していく方針は打ち出したが、原発を廃止とは言い切っていない。一度吸った麻薬の味はそう簡単には忘れられないということなのだろう。
しかし、トータルで考えると原発は絶対廃止しなければいけない。経済が停滞しようが、不便を我慢しコストがかかろうとも、原子力制御に人間の全知全能を傾 注しても時間とコストがかかり、解決の手段が容易に見つからないとするなら、原発は断じて廃止すべきである。原子力ほど不安な近代科学はない。福島原発の 事故まではコスト的に原発有利と考えられていたが、たった一回の事故でどれだけ費用がかかり、不経済で危険であるかということを思い知らされた。今や「絶 対無事故」、「絶対安全」というまやかしに騙されてはならない。原発を停止したら、他に代替エネルギーがないとの声も聞くが、専門家の飯田哲也氏が原発に よる供給は半分を自然エネルギーで、半分を節電でと提言している。
それよりもっと貴重な資料が明らかになった。先日の日本ペンクラブ環境委員会研究会で西尾漠氏が「原発の現実」と題して語られた時、委員長の中村敦夫氏が配布したグラフ「発電施設の設備容量と最大電力の推移」である。
藤田祐幸氏が1965年度から2007年 度までの発電量と消費量を「エネルギー・経済統計要覧」から毎年数値を拾い上げ、個人的に作成したグラフである。それによれば毎年発電能力は消費量を上 回っていることを示している。しかも、原子力発電量を必要とするまでもなく、取りあえず電力消費量を水力と火力発電で賄っている。もちろんこれだって精査 する必要があろうが、それにしてもどうしてこういう原発反対派にとって有利で重要な資料が表に出てこないのか。
今月から始まった駒沢大学マスコミ研究所の公開講座に今年初めて出席した。3年前に受講した菱山郁朗講師の「現代メディアと報道論」と片山正彦講師の「報 道メディア論」を改めて受講することにした。明日も清田義昭講師「映像を通して現代を考える」を受講する。各講師は今もメディアの前線で取材に当たり、新 鮮な情報を話してもらえるので、それを肉としたい。
1489.2011年6月13日(月) 非常時に内輪揉めでまったく仕事をしない国会議員
福島原発事故が収束見通しの立たない中で、原発推進派が声を大にすることはないが、昨日から今日にかけて2日間イタリア全土で原発再開の是非を問う国民投 票が行われている。イタリアではチェルノブイリ事故の後国内4ヶ所の原発をすべて閉鎖している。ベルルスコーニ現政権はこれを見直し再開を目指している。
政権にとって福島原発事故はタイミングが悪く、思いがけないマイナス・イメージとなって、電力が不足する中ではあるが、原発再開を訴えにくくなった。イタリア国内でも福島以降「脱原発」の動きが活発になってきた。
結果はどう出るか。原発推進派、反対派ともに注目している。
さて、連日嫌々ながらつき合わされているニュースに、「菅首相退陣」と「退任時期」という非建設的な話題がある。菅首相が退任をほのめかしたことで、一気 に「いつ辞める」の不毛の議論が進行している。そこへ要職にある与党議員が、自分の思惑だけを軽率に語るものだから、益々混乱して何がどうなっているのか まったく道筋が見えない。それでいて退陣を迫る議員には、次の総理の候補者として誰を推すのか腹案がない。メディアでも次期総理の話題がほとんど報道され ない。漸く今日になってNHKニュースで前原誠司・前外相、野田佳彦・財務相、石破茂・自民党政調 会長らの名前が挙がってきたが、彼らとて絶対的な候補者ではない。この次の日本のリーダーは一体誰になるのか。本来「辞任」と「就任」はセットで検討され るべき事項ではないか。日本のリーダーを決める議論をやっているのではなく、今のリーダーは気に入らないから早めに辞めさせて、その後で仲間内でまとめ役 として「無難な奴」に、リーダーを一定期間任せようという「村の寄り合い」と同じ発想なのだ。これだけ日本の政治は地盤沈下を起こし劣化しているのだ。
亀井静香・国民新党代表がうまいことを言っていた。曰く「殿が切腹しようとしているのに、周りの家来どもが介錯は俺が、俺がといきり立っている」。
呆れたテレビ朝日の古館キャスターも番組の中で永田町にも瓦礫の撤去が必要だと番組の中でしゃべっていたが、図星である。
1488.2011年6月12日(日) 講義では教材と機器を自分で準備すべし
今日は台東区生涯学習・ラーニングスクェア「世界の都市を知る」シリーズで、先々週のイギリスに続き、第3回「フランスの魅力といろいろな都市を知る」の講師を務めた。この数日精力的にパワーポイントUSB用画面作成に取り組み、写真をふんだんに使い、テクニックを駆使して31枚のスライドを使い、まずまずの教材に仕上げたつもりだった。ところが、会場に準備されたプロジェクターとPCがどうも持参のUSB画面の効果を引き出して機能してくれない。折角受講者から喜んでもらえるような画像を作ったと内心悦に入りながら、それが思っていたように機能してくれない。
PCにダ ウンロードされたパワーポイントのソフトがどうも古いのではないかと思う。見出しも文言もそれなりに、スピード調整して意外性とか面白みを持たせたつもり だったが、すべて同じスピードで同時に表示される。全然面白みがない。担当者に申し入れてもソフトの問題だからその場ではどうにもならない。不本意ながら そのまま映写を続けることにした。今日の講義のスライドは過去最大容量185MBまで使用して精一杯作成したものだった。これだけ力を入れて作成したスライドは初めてである。それだけに狙い通りの効果が表れないのが残念である。
取り入れた写真を参考にしてフランス旅行に関する勘所を説明するのだが、やはり今ひとつぴりっとしない。受講者には多少言い訳を言いつつ、一応最後まで主 旨にあった内容について説明したので、熱心に聴いてもらえたとは思う。しかし、折角作成した資料が思うように使えないという点では悔いが残る。やはり個人 用の機器を所有していることでもあり、会場の機器をあまり当てにしない方がよいと思った。今後は自分なりにケースバイケースで対処したい。
3週間後に最後の講義があるが、今日のように施設のPCとプロジェクターを使用すると効果半減の恐れなしとしないので、この次は自前のものを持参することで主催者側の了解をもらった。
張り切って事前の準備に力を注いでいただけにちょっと悔いが残る今日の講義だった。
さて、東日本大震災復興計画は依然としてもたもたしている。現場では福島原発事故の解決見通しが立たず、他の被災地では街の復興計画がいまだ緒に就いてい ない。政界は、菅首相の退陣を巡って特例公債法案も、第二次補正予算も先が見えなくなってきた。そこへ復興構想会議の第一次提言の骨子案の中で復興財源に ついて基幹税の増税を検討する声が内部で挙がっている。一方で、復興財源に消費税を充てる点については枝野官房長官が否定している。復興するには莫大な費 用がかかると思われるが、それをどう工面するかという第一歩が未だにふらふらして決まらない有様である。まったく政治は何も出来ない。政治家は空理空論の 鞘当てばかりやって、建設的なやりとりが一向に見られない。最近でも稀に見るほど機能不全の政治ではないか。ついに日本の政治は落ちるところまで落ちたと いう印象がしてならない。
1487.2011年6月11日(土) 日本はどうしていつまでもアメリカの言いなりなのか。
今日の朝日夕刊第一面に、日本がアメリカに押しまくられたトピックスが二つも掲載されている。
ひとつは東電福島第一原発で非常用発電機を地下に設置する米国式設計を採用したことにより、結果的に今回の事故の被害が大きくなったことが分ったというお粗末ぶりである。1号機はGE社 製でアメリカの企業が全面的に工事を仕切った。なぜ臨海の福島原発の非常用発電機を地下に設置する必要があったのか。われわれ原子力村の外に住む人間だっ て首を傾げたくなる。そもそもアメリカと日本では気象条件や立地が、まったく違うではないか。そんな基本的なことが斟酌されなかった。アメリカでは竜巻や ハリケーンに備えて発電機を地下に置くという。福島ではそのアメリカ方式を踏襲して、地下に置かれた発電機が流入してきた津波を被ってしまった。発電機は 水につかり全電源を失った。これにより1号機が冷却機能を失ったことは度々メディアでも報道されている。何と軽率で、思慮のないことか。
記事によれば、福島原発の後設の2号機以下は東芝、日立の日本製であるが、これもほぼ1号機を踏襲したそうである。実際福島原発1~6号機の非常用発電機13台の内、主要10台が地下に設置された。通産省の元幹部の言うことがふざけている。「米側の仕様書通りに作らないと安全を保証しないと言われ、言われるままに作った」だと。まるで怯えた小学生の言うことと変わらないではないか。その挙句に結果は少しも安全と言えるようなものではなかった。
これでは日本の原発ではないのではないか。政治家、役人、東電幹部らこれら非常用発電機の導入、設置に関与し、杜撰な設計に関わった人物の名前を公表して、厳しい罰を科すべきではないか。知ったかぶりをして陰でアクドイことをやっている奴が、相変わらず後を絶たない。
流石に評論家の内橋克人氏も呆れてこう言っている。「戦後日本の技術開発は、他国に学んで自主開発を目指すケースと、他国におんぶに抱っこで技術を導入す るパターンがあった。福島原発は後者の典型で自然条件の違いを考えずに米国の設計を丸呑みした。日本の技術の宿命的な落とし穴」。これにはまったくがっか りさせられる。
もうひとつのトピックは、日本が負担する沖縄の駐留米海兵隊のグアム移転費814億円の内758億円が使われずに塩漬けになったままだったということである。アメリカにもそれなりの理由があったとは思うが、これだっていかにも杜撰ではないか。グアム移転費は沖縄の過重な基地負担を日本も分かち合うための費用として、日本もやっと2009年から日本側が全経費の約6割を負担支出していたものである。こんな日米間の重要問題を放ったらかしにしてしながら政争に明け暮れていて、一体全体国会議員は、何の呵責も感じないのか。
アメリカも酷いが、アメリカの言いなりになっている日本は、これで本当にアメリカの手から離れ独立したと言えるのか。