ブログ・ご意見番の意見

 充実したホームページに仕上げていこうと、毎日目を凝らしながら取り組んでおります。淡々と書き続けてきただけで、10年2月に初めて4桁の大台1000回を、そして奇しくも74歳の誕生日に当たる2012年「文化の日」に連続2000回を、15年7月31日に3000回、18年4月26日に4000回、21年1月19日に5000回を数えました。ここでは、出来るだけポジティブな意見や、気軽な独言、時には戯言や想い出を書き込んで、自分自身の気持ちを素直に表わしながら楽しく読んでいただけるよう心がけたいと思っております。意見の主張というより、感じたままを日記風に書き綴って参ります。身勝手な意見や、独断的な表現も見られると存じますが、どうぞご理解下さいますようお願い致します。皆さまの忌憚のないご意見をお寄せいただければ有難く存じます。

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1588.2011年9月18日(日) 放射性物質の危険と国が犯した大罪

 どうも日本国中に原子力放射性物質汚染の危険が広がりつつあるようだ。それを承知の原子力村の人たちや政治家、経産省、東電が、その事実を懸命に隠そうとしている。それが、原子力研究機関の中枢から外れた良心的な科学者や一部のマス・メディアを通して少しずつ外部へ漏れ伝えられてきている。
 われわれはこれまで政府のいう「原子力安全神話」というものを信じてきた。原発は何よりも費用がかからず、二酸化ガスを排出せず地球温暖化を防止し、安全であり、今世紀以降の資源エネルギーの切り札と信じ込まされてきた。それが、福島第1原発事故をきっかけに偽りだということが少しずつ分ってきた。これまで信じ込まされてきた原発のメリットが、悉くウソであることが明らかにされ出した。想定以上に巨額な費用がかかり、(これまでの条件付の囲みを取れば)二酸化ガスを排出し、一旦放射性物質が漏洩すればこの上なく危険なものになるという「当局にとって都合の悪いこと」が、分ってきたのである。
 私自身これまでテレビのドキュメンタリー番組や、使用済み核燃料処分に関する映画、幾冊かの専門家の著書を読むことにより、このまま今の原子力政策を推進するとわれわれは核の汚染に晒される危険が極めて高いということが少しずつ分ってきた。
 現実に案外軽視されているが、実は一番深刻な問題は使用済み核燃料の処分ではないかと考えている。これまで使用済み核燃料は当然最終処分されているものとばかり思っていたが、マイナスイメージとなることは、国は情報として流さず、メディアも報道してこなかった。そういう意味では、今回の事故による唯一のプラス要因は、その隠蔽された実態と原子力が危険だということが分ったことである。
 今朝の朝日新聞に「原発列島・ニッポン」と題する連載記事9回目が半頁に亘って掲載されている。その4つの大きな見出しを書き出してみよう。「迫る廃炉ラッシュ」「埋設地決まらぬまま」「処分費用も巨額」「事故の教訓どう生かす」と暗い言葉である。原子炉の寿命は数十年、通常40年前後と言われている。1970年代後半に本格化した日本の原発はこれから「廃炉時代」に入る。ところが、わが国では放射能廃棄物の管理や具体的な処分方法を最初から決めないまま進めてきたため、今になってそのツケが重くのしかかってきている。これまでに産出された原子力のゴミがほとんど最終処分されていないのだ。
 例えば、1963年にわが国で最初に原子力発電に成功した日本原子力研究所の動力試験炉は76年に運転を停止し、96年に廃炉を完了した。だが、廃炉で出た放射性廃棄物は敷地内に一時的に保管されたままである。処分場の候補地すら決まっていない。福井県敦賀市の新型転換炉「ふげん」だって同じようなものだ。すでに「ふげん」計画は中止され、2003年に運転を終えた。だが、その後の処分が進まない。やりっぱなしなのである。これから処分場所の決定をし、気の遠くなるような処分完了までの時間とこれにかかる膨大な費用などを考えると、いかに理解が難しい科学の分野とは言え、実情のあらましを少しずつでも国民に啓蒙してこなかった国の責任は重いと言わざるを得ない。
 夕方の日本テレビ「真相報道バンキシャ!」でも放射性汚染焼却灰を採り上げて報道していた。これは福島近辺ばかりでなく、南は神奈川県横須賀市にまでその影響が及んでいる実態を追求していた。放射能を浴びた樹木やゴミ、汚泥を焼却して出てくる灰の処分問題である。これらを処分する廃棄場所が見つからず、各自治体が独自に保管場所を見つけて保管したまま廃棄しようがないのである。各自治体も増える一方の焼却灰の処理には頭を抱えている。秋田県のある民間業者がコンクリート製の穴の中に捨てることを申し出たが、今度は受け入れ地区の住民から反対運動が起きる有様で、解決のための方法は依然として見つからない。
 いずれにせよ「原発ありき」を前提に国民に情報を一切公開せず、国、経産省と電力会社が持ちつ持たれつのずぶずぶの関係の中で進めてきた、国のエネルギー政策と原子力行政は、国民の負担のうえに国民に生命の危険を押し付け国民を裏切ってきた。これは国家が犯した許すべからざる大罪ではないか。

2011年9月18日 | カテゴリー : 未分類 | 投稿者 : mr-kondoh.com

1587.2011年9月17日(土) 自力では何もできない日本

 昨日発行された文部科学白書に東日本大震災被災地の中学生が卒業式で述べた答辞が載っている。そのことは昨日のNHKニュースでも報道された。それは自宅工場が火災に遭い、どん底に落ち込んでいた久留米市の大の大人を唸らせ、その大人を叱咤し元気づけた。その中身とは、「大震災は天の試練というにはあまりにも厳しい。でも天を恨まず運命に耐えて自分を成長させたい」との主旨である。少しできすぎだと思えるくらいしっかりした言葉で、インパクトも強い。大した少年だと思う。政治家たちも少しはこういう少年を見習って平素から唯々諾々とせず、自分でじっくり考え率先実行してみてはどうか。
 さて、ニジェールに亡命を求めていたカダフィ大佐三男に関して、ニジェール政府は明確な声明を発表していないが、身柄をリビアに送還することは否定した。その一方で、カダフィ派は最後まで徹底的な抗戦を続けると強気な意思表示を示している。
 ところが、16日の国連総会では、これまでのカダフィ政権に替わってリビア国民評議会を国連代表であると承認した。国連による対リビア制裁の緩和も決定した。益々カダフィ政権は追い詰められている。親カダフィのケニアや南ア、キューバなどは反対したが、ロシアや中国などこれまでリビアに資金投資した国は今後どういう態度に出るのだろうか。昨日早々にリビアを訪問したイギリスやフランスも然りである。反カダフィ派の国民評議会に良い顔をして、政権樹立後に従来の資産保全と新しい利権を得ようとの思惑が透けて見える。
 わが国は各国が進める対応策の様子を見ながら、その時点でまあまあの線を打ち出す。結局大きなアドヴァンテージは得られず、主要国の後塵を拝することになる。外交戦略がなく自己主張をせず、当たらず触らずのスタンスしか取らない。とどのつまりいつまで経っても主体性を欠いた外交を繰り返すことになる。骨のある外交官が現れず、外交的にリーダーシップが取れないまま外国に取り残され、他国からは信頼感を得られず、気がついた時には、周りには仲間がいない疎外感を味わうことになる。
 政治がダメだから、外交もダメになる。国会議員は原発事故問題で参考人として国会に呼ばれた児玉龍彦・東大教授から「国会は一体何をやっているのですか」と一喝されたが、どれほど政治家としての責務を果たす努力をしているのかと問いたい。全政治家に反省を促したい。現状では政治家は何もやらず、責任を転嫁するだけだ。福島原発事故処理がどうなっているのか、詳しい報告すら国民になされていない。恐ろしく好い加減な国になったものである。

2011年9月17日 | カテゴリー : 未分類 | 投稿者 : mr-kondoh.com

1586.2011年9月16日(金) 朝令暮改の国会会期延長

 政権崩壊の道を辿っていたカダフィ大佐が姿を消してから、カダフィ大佐の三男がニジェール政府に亡命の意思を示したり、明日にも国民評議会による暫定政府擁立の動きが見えてきて、同時にキャメロン・英国首相とサルコジ・フランス大統領がともにリビアを訪れ、アブドルジャリル国民評議会議長とポスト・カダフィ政権について話し合いを始めた。これではいかに強気のカダフィ大佐がわめいても流れは止めようがないだろう。ここにも「奢れる者は久しからず」が映し出されている。いよいよカダフィ大佐も追い詰められた。リビア独裁政権崩壊の後で、次に崩壊するのは、イェメンのサレハ政権か、はたまた長らく父子で独裁を継承してきたシリアのアサド政権か。
 日本の臨時国会は、会期が14日間延長されることに決まった。当初から会期がたった4日間と聞き、これでは野田首相の所信表明演説だけで終ってしまい法案決定は先送りだと思っていたところ、野党側の強硬な要求を受け入れ、野党要望の28日間をその半分の14日間に値切って延長することがいとも簡単に決まった。まったく朝令暮改である。そもそも4日間の会期に絞った理由を聞かれたある閣僚が野田内閣はまだ力足らずだからというような主旨のことをしゃべった。閣内に身内を信用していないことを軽薄に漏らす閣僚がいるとは恐れ入った。これでは野田首相としても危なっかしくて、超安全運転で進まざるを得ない。このような現状で問題山積の日本を仕切ることができるだろうか、心配である。
 これにより予算委員会で復興予算を盛り込んだ今年度第3次補正予算について、与野党の議論が交わされる。円高対策を含む震災関連経費に、台風12号被害への対応経費を合せて、政府税制調査会が総額11兆円規模の増税案を決定した。問題はその11兆円をどうやって捻出するかということであり、今日時点では部分的に法人税と所得税、それにタバコ税を値上げする案が出ているようだ。今回も消費税値上げはないという話だ。小沢グループが消費税の値上げは考えないとしたマニフェスト遵守を主張しているので、野田首相が配慮したのではないかと思う。
 しかし、ここは消費税の値上げを検討すべきではないかと思っている。震災復興のための費用の捻出には、国民的理解が得られると思う。それに引き換え、所得税は一般家計に響くのではないか。消費税論議は、不景気な折から盛んに話題にはなるが、まったく議論されることなく彼方へ押しやられている。外国の消費税率を考えても日本よりかなり高い。大きなお世話だが、IMFが日本の妥当な消費税率として17%を提言しているほどだ。今の消費税5%に3~5%の積み上げは、もっと真剣に検討されて然るべきだと考えている。

2011年9月16日 | カテゴリー : 未分類 | 投稿者 : mr-kondoh.com

1585.2011年9月15日(木) 日本ペンクラブは今一寸弛んでいる。

 森喜朗・元総理が今日ニュージーランドへ出発したと秘書から連絡があった。同時に昨日意向を汲んで修正した文章のうち1ヶ所だけ訂正の要望があった。これは森さんの軽はずみな発言によるものであり、修正するのは吝かではない。
 ところが、今日開かれたペンクラブ9月例会で理事の大原雄さんに昨日森さんと交わした話の内容を説明したところ、森さんの言い分はおかしいと言われた。やはり懸念していた通り、文章上「元総理」とすべきだとアドバイスをもらった。「前総理」という表現は菅直人前総理しか使えないとも言われた。森さんに「前総理」との肩書きを使うと約束した以上、「元」と「前」の区別が分る説明が必要だと考えている。それより何より、自由に筆を揮えるはずのエッセイに登場人物のエゴで表現を変えなければならないとは、相手がいかに元総理大臣とは言え少々釈然としない。でも、今回は森さんの言い分を引き受けてしまったので、不本意ではあるができるだけ不自然な表現にならないよう留意してまとめてみたい。
 今日のペン例会は、暑さもあり欠席者が多かった。常連の小中さんも欠席された。浅田次郎会長以下多くの幹部も欠席していた。聞いてみたら幹部連はセルビアで開催中の国際ペン大会に出席したまま、まだ帰っていないという頓馬な回答だった。いずれの会合の日時も大分早くから分っていたはずなのに、どうして2つの開催日時をダブらせないような工夫ができなかったものだろうか。
  加えて、東日本大震災について折角分り易い報告をされた吉岡忍理事の講演は、その講演中に自分が常務理事から専務理事になったと何気なく語っていたが、正式には本人ではなく然るべき担当理事が新人事として報告すべき事柄ではないかと、ペンクラブの軽薄な非常識には些か呆れている。大体昨年の国際ペン東京大会赤字決算について、約束したのに未だに説明が成されていないのもおかしい。しかも、杜撰な赤字決算の責任をとるべき吉岡氏が専務理事に昇格しているのも常識では考えられない。そのご本人がノーテンキな発言である。今日の講演でも折角気の利いた話をしたのに、明治三陸沖津波が発生したのが明治29年で、日露戦争の後だなどととんでもない事実誤認をしゃべったので、パーティの席上で本人に間違いを指摘してあげたが、ちょっと気持ちが弛んでいるのではないだろうか。
  来月の例会では浅田会長の国際ペン大会の報告、赤字決算報告、新人事などについて、明確な説明がされるものと期待したい。

2011年9月15日 | カテゴリー : 未分類 | 投稿者 : mr-kondoh.com

1584.2011年9月14日(水) 森喜朗・元総理と電話で小議論

 先日「楽天市場」へインターネット注文していた「冒険ダン吉(2)」(少年倶楽部文庫)が予定より1日遅れで送られてきた。文庫サイズでちょっと本物臭くないが素朴な絵で、内容もダン吉が南の島の王様になったという単純な設定は、今どきよくある陰惨とか、残虐、欺瞞とかいうような暗い内容とかけ離れて、子どもの夢を誘うようなストーリーで微笑ましい絵物語だ。原作者・島田啓三の「あとがき」が面白い。それを読むと作者自身南方の熱帯地方とは密林に猛獣や野鳥どもが横行し、黒い首狩り人種が住む所という先入観があり、動物もアフリカ、インド、南米、ボルネオ産などがゴチャゴチャに登場して回が進むにつれて、ダン吉島の所在がどの辺りなのか自分でも見当がつかなくなってしまったと打ち明けている。オランウータンはスマトラかボルネオに棲む類人猿でゴリラといっしょにするのはヒドイとか、ダン吉の舞台はアフリカらしいが、アフリカにはカンガルーはいないとか、外野からいろいろな声が聞こえてきたという。
 いま取りかかっているトラック島アイザワ大酋長のドキュメントにこのダン吉を登場させている。大酋長が冒険ダン吉のモデルとも言われる森小弁の孫を妻として迎えているからだ。象、カバ、らくだ、ライオンまで登場する「冒険ダン吉」は、作者が言うように小さな南の島ではあるが、通常島にはいない動物ばかり活躍している点でトラック島ということ自体無理があるようだ。作者はダン吉のモデルは実在しないと言っている。いずれにせよ、「冒険ダン吉」はとにかくゆったりと気持ちが落ち着ける絵物語で、今の時代にこそ読む価値があるように思う。
 このドキュメントに関連して昼前に森喜朗元総理から電話をいただいた。事前に長谷川秘書から昨日午前中に森さんから電話をいただけると知らせてもらっていたが、ご多忙でそうも行かなかったようだ。明日日本ラグビー・フットボール協会会長としてニュージーランドで開催中のワールドカップへ出かけ、16日の対オールブラックス戦で日本チームを応援するという。その合間を縫って電話をいただいた。細かい修正要望は配慮したいと考えているが、難しいのは森さんの肩書きの表記である。肩書きに対する思い込みがわれわれ庶民とはちょっと違うように思う。「元総理」「前総理」「元官房副長官」と本ドキュメントでは3通りの表現がある。元官房副長官はかなり昔のことで、時代が分るから私としてもあまり気にすることはないと思っているものの、「元総理」と「前総理」の使い分けが難しい。私は現在ドキュメントを読む人の立場上あまり複雑にしたくないと思い、「元総理」という表現に統一させてほしいとお願いしたところ、森さんは実際に「前総理」として活動した時のことははっきり「前総理」と表記してほしいと譲らない。面倒なことになったと思いながらも、かつての日本国総理大臣と言い争っても仕様がないので、「元総理」のご意見を受け入れて不承不承「元総理」と「前総理」の二刀流でまとめようと思っている。

2011年9月14日 | カテゴリー : 未分類 | 投稿者 : mr-kondoh.com